鷲羽・F・小林は日本連合を形成する最高の頭脳のひとりである。
彼女はまだ若干11才と言う年齢にも関わらず、科学界を引っ張るアクティブな行動力でもって時空融合によって起こった大混乱を見事に乗り切る原動力となったのである。
日本の将来を決める重要な会議で毎日を忙しく過ごしている彼女だが、彼女の第一の肩書きが小学校の理科の先生であることは余り知られていなかった。
その授業内容と言えば・・・自由奔放な彼女の性格が出ていると言うか・・・型にはまらない授業であると言う。
それはともかく、新世紀も2年に突入し少しは彼女も暇になったかと言えば、逆により忙しくなった感がある。
しかし、どんなに忙しくなっても彼女は学校の授業をすっぽかすことは無かったのである。(何しろ、この学校には彼女のライフワークたる「魔法」を操る「魔法少女」と目される少女がふたりも存在するのだ、彼女がみすみすこれを見逃すつもりが無い事は明白であった)
そんな彼女であったが、ここ数ヶ月の対策会議は勤勉な彼女にとっても激務であり、とうとう小学校への授業を行う事が不可能となってしまったのである。
そこで彼女は対策を立てた。
実は彼女には数ヶ月前から助手兼アドバイザーの日本国籍を有する人物が付く事になっていた。
彼女としては「私のような科学の真髄を生徒に正しく授業するような優れた理科の先生が就くなら兎も角、普通の何処にでも居るような先生が私の後釜になるなんて許せないわ。そんな無責任な形で一時的に休職するなんて! 」と校長に駄々をこねて自分が推薦した先生を紹介したのであった。
個性を重視していた校長は彼のその外観にも動揺することなく、鷲羽に親指を立てて了承の旨を伝えたのである。
そして4月初旬、新学期が始まって直ぐの5年生となったばかりの教室に鷲羽は彼を連れて姿を現したのであった。
今日の理科の授業は5年生になって初めての授業と云う事もあって、理科室ではなく砂紗美と美佐緒を始めとするメンツが揃った美星先生が担任の教室で行われる事になっていた。
予鈴が鳴り終わると騒がしいクラスメート達も席について鷲羽先生が来るのを待った。
彼女自体は堅苦しい先生ではないのだが、隣のクラスの清音先生はそうではなかった。いつまでも騒がしくしていると「秩序を乱す輩は許さん」とばかりに怒鳴り込んでくるのだ。
とは言え話し声が途切れる事はなかったが。
授業開始時刻から遅れる事1分、教室の前扉が開きカニに見立てた様な髪型をした赤毛の少女、天災少女鷲羽ちゃんが入ってきた。
「やぁやぁ、皆進級おめでとうさん。これから1年間、5年生の理科の時間は私が担当する事になって・・・居たんだけどねぇ〜、ちょっと残念だけど少しの間学校に来れなくなっちゃったのよぉ。くすん、鷲羽ちゃん悲しい」
よよよとばかりに泣き崩れ、ハンカチを目尻に当てて世を華噛んだ、・・・演技だけど。
とは言え、素直な生徒が多いこの教室の子供達は思わず押し黙ってしまったのである。まぁ、中には「これでやっとぉ、まともに授業が進むわぁ! 栄美嬉しい・・・後の不安は美星先生が担任だって事よぉ。学年が変わったんだから新しい先生にしなさいよね」と心の中でガッツポーズを取った挙げ句現状に対する不満を挙げている生徒も若干居たようであるが。
「ま、それはともかくとして」
コロッと態度を変えると鷲羽はニパリンと笑った。
「アタシが学校に来れない間は私の知り合いに授業の事頼んだから、皆しっかりと科学の真髄を吸収する事。良いわね」
そう言うと彼女は扉から廊下側に顔を突きだし廊下で合図を待っていた人に呼びかけた。
「いいわよ、入ってきて」
鷲羽の呼び声を聞いていた生徒達は不安感に襲われた。
何しろ彼女にはそれだけの実績が備わっていたのだから。
「鷲羽先生の知り合いって一体誰なんだろおねぇ〜・・・普通の人かなぁ? そんな訳ないか」
おっとりした感じの微笑みを浮かべた少年が傍らの席に座るツンツン頭の少年に声を掛けた。
その少年も同意見であったらしく空かさず同意の言葉を返した。
「絶対に普通じゃねぇって」
「うん、ヒデト、ボクもその通りだと思うよ。河合さんはどう思う?」
これ以上はないって位キッパリ言い切ったツンツン頭の少年の同意を得た彼は今度は反対側に座るツインテールの少女に話を振った。
「ええっ! 私・・・あの、そのぉ あはははは」
いきなり話を振られた河合砂紗美は慌てて返事を考えた。
これでも色々と鷲羽に借りのある彼女であった、そのしがらみから「余り悪い事言っちゃ拙いよね」と悩んだ末に・・・逃げた。
「え、えっと。砂紗美、分っかんない! ね、ね、美佐緒ちゃんはどう思う?」
「あ、うん、・・・普通の先生だったらいいね砂紗美ちゃん」
変身前は気の弱い所があるものの芯の入った女の子である美佐緒は希望的観測を述べるに留まった。
それがどんなに少ない可能性だったとしても。
生徒達は勝手気ままにそんな会話を交わしていたのだが、教室前の扉より入ってきた人物を見て、皆一様に絶句してしまった。
正に、普通の人ではなかったからだ。
彼・・・? 恐らく「彼」だと思うのだが、もしかしたら「彼女」と形容すべきなのか・・・取り敢えず彼と呼ぶ事にしよう。
外見を形容すると、身長2メートル強。滑らかな質感を持った青い胴体とそれに続く足。胸部は頭部から続く硬質な質感であり、その色は赤である。まるでカバーの様なのっぺりとした長細い流線型の側頭部にギョロッと飛び出した1対の目玉が付いていた。顎部の様な食物摂取器官が見当たらないが、その代わりと言っては何だがタイル状の発光器官が上から下に、下から上に、と順繰りに発光していた。
そして両腕の先端はギザギザに尖った鋭利なトゲ状の物で、どうやって物を保持するか類推する事が難しい器官となっている、そもそも人類とは違うのだから腕のように見える物が腕とは限らない訳なのだが。
そんな人類との共通点はシルエットのみと言える彼は、数ヶ月前に薬物捜査を行っていたディビジョンMと00サイボーグ達によって発見逮捕され、その技術力を提供する事を保釈条件に日本連合に帰化した日本国籍を有する「メトロン星人」であるのだ。
彼は教室にはいると教壇の上に上がり、ヒポポポポ、と下顎部の発光タイル状の物を点滅させながら挨拶をした。
「皆さん初めまして。これから君たちの理科の授業を担当する事になった山田芽斗郎です。よろしくお願いします」
そう云うと彼は頭を下げた。
つい最近までこの学校ではピクシーミサが率いるラブリーモンスターが出没していた為、騒動には慣れているはずのこの生徒達も流石にリアクションが取れず、釣られて頭を下げるばかりであった。
彼の仕事は基本的に高度科学の協力者として鷲羽博士の助手であるが、その時のメインテーマの仕事は後に述べる事になるが、ある地球環境計測プログラムの作成担当、山田芽斗郎と云う戸籍を持つ日本人としてプログラムの作成に協力していた。
しかし、彼はその仕事に就くに当たってひとつの条件を出した。
それがこの教師となる事、だったのである。
これはもはや帰還が絶望的になったと思っている彼が、自らのミーム(人的影響力と言うか文化的な遺伝子というか)を残そうとする努力の一環であった。
彼らの星の文明は終末期に近付いており、基本的に遺伝子的な後継者よりも文化的な後継者を作り出す事に熱心であったのだ。
ひとつの文明を担っている種族寿命がどんなに長生きしたとしても、その期間には限度が生じる物だ。
文明としての寿命を考えるなら多様な種族による複合文明の方が基本種族が生物的死を遂げた後も文明自体は生き続ける事が出来る。
彼がこの地球に来たのも、地球を効率よく占領し自らの文化・文明的な後継者として地球人を教育・育成する為であったのだ。
良く物語に存在する、世界征服が目的でその後の事を考えていない侵略者達と彼らメトロン星人の侵略活動の動機はその点で大いに異なっていた。
こうして地球侵略による強制的な教育という点は行えなくなった物の、メトロン星系日本人の山田先生は理科の先生としてこの学校に就任し彼の精神や考え方を伝えられる事になったのである。
その為には生徒達に印象深い教師であるべき、と彼は考え、研究した。
主に「金八先生」や「これが青春だ」等の映像資料を勉強した彼は有るべき教師像を確立し実践した。
その授業は少しばかり熱血や根性物が入っていたが、概ね理解し易く大概の先生よりも彼の授業は好評であったのだ。
こうして彼は短い期間でこの学校に慣れ親しんでしまった。
少なくともラブラブモンスターよりは遙かに文明的であり、対話によって遙かに実りある関係を築けるのだから在る意味当然である。
この点、一度親しんでしまえば偏見が少ない小学校を選んだのは懸命であったと言える。