「シンジ・・・なんでこんな季節にそんな薄着でねむってた訳? 風邪引くの当たり前じゃないのよ。エヴァのパイロットとしての自覚が足りないわ」
「ゴホっ・・・仕方ないじゃないかぁ・・・ボク、冬って初めてなんだからさ」
シンジはベッドに横になりながら傍らに座っているアスカの追及をかわしていた。
一昨日、定期訓練で遅かった事もあり軽くシャワーを浴びた後自室で眠ったのだが、初めて経験する冬にシンジとレイは体を冷やしてしまい風邪を引いて寝込んでしまったのだ。
この江東学園の寮は一人部屋となっているため、同居人に風邪を染す心配はないのだが、学園の寮と言う事もあり平日の午前中は人影が薄い。
だが、流石に特自の年少パイロット達を収容する為に設立されただけ有って病院並みの看護施設も用意されていたのである。
学園全ての生徒が寮住まいというわけではないのだが、下は幼稚園から上は大学院迄の全ての生徒が住む学生寮には小児科から産・婦人科迄に対応する衛生室が設けられていた。(注:結婚可能年齢に達した学生も存在する為、あらゆる事態に対応出来る様にしてある)
これは学園周辺が戦場になった時に野戦病院として使用する事も視野に入れてある。
だが、貴重なエヴァパイロットと言えど軽い風邪位では入院と言う事もなく自室にて療養中なのであった。
とは言え、基本的に自身で行動するのは拙いと言う事で、患者の容態の監視及び身の回りの雑務などをこなす為に看護用メイドロボが数体看護室に用意されていた。
今もシンジの部屋には先行量産型のHM−12a型マルチ・タイプ<ナース仕様>が訪問しており、患者であるシンジの世話をしていたのだ。
とは言え、体温の上昇に伴い汗をかいて濡れていたシンジの下着を交換しようと、嫌がるシンジを押さえつけて無理矢理パンツを脱がしている最中にアスカが見舞いに入ってきたのはバッドタイミングであったが。
病人であるにも関わらずシンジの頬に赤い紅葉が散っているのはその後のアスカの激情が引き起こした物であった。
今、シンジは風邪と平手打ちのダブルパンチによってクラクラする頭を抱えながらベッドに横になっていた。
しかし、アスカの追及の手は容赦なく果てしなかった。
「弛んでるんじゃないわよ、シンジ。良い? この新世紀になっても風邪の根治薬は出来てないんだから。折角流感の予防薬を打っていても対象が違えば役には立たないんだから。分かってんの?」
「あの・・・風邪と流感て・・・違うの?」
「あんたばかぁ? 風邪とインフルエンザじゃ原因ヴィールスが違うじゃないの。インフルエンザの抗生物質は風邪には効かないのよ。当然でしょ」
「そうなんだ」
「ふぅ、やれやれ。アタシはレイの看病に戻るから、しっかり休養してんのよ。それからあんたとレイの火蜥蜴は私が預かってるから。じゃ、ゆっくりねシンジ」
「うん、レイにヨロシクね」
「わかったわ」
アスカはドイツで四季を経験していた為、シンジの見舞いに来ていたアスカはそんな迂闊なシンジ達を見て嘆息を吐いていたが取り敢えずレイの看病のため部屋に戻った。
アスカが出て行った途端にシンジの部屋は微妙な静寂に包まれた。
何故かこう云う時には安物の時計の秒針の音が耳を突く。
「はぁ、疲れた。おやすみ」
「−−少し待って下さいシンジさん」
「・・・あ、マルチさん・・・いたんだっけ・・・ゴメン、つい忘れていて・・・」
「−−いえ、それは構わないんですけど。さっき替え損ねた下着を替えてからおやすみして貰わないと体に悪いんですよ?」
「ああ、うん。そうだね」
「−−えーっと、あの・・・失礼します」
そう言うとHM−12aは鞄の中から消毒済みの清潔な病院用パンツを取りだした。
ビリビリとビニールを破って中身を取り出し、先程アスカに誤解された時のようににじり寄ってきた。
そこはかとない不安感にシンジは引いた。
「ちょっとちょっと待って、自分でするからそこに置いといてよ」
「−−いけません、シンジさんは病人なんですから私に任せて下さい」
責任感の強いHM−12aはシンジの提案を退けるとベッドの毛布に手を掛けた。
それを阻止せんとシンジも毛布を握り締める。
「ボクが自分でやるから」
「−−病人の方は看護婦の言う事を聞いて下さい。えい!」
「ああ! 」
握力の衰えていたシンジは量産化に当たって強化してあったHM−12aの力に抗し切れず一気に布団を捲られた。
「−−はわ・・・。えっ・・・と、じゃあ、全部脱ぎ脱ぎしますね」
「しなくて良いってば」
「−−モンドウムヨウです。抵抗しないで下さい。却って時間が掛かります」
何故かシンジにはHM−12aの顔が無い筈の感情に彩られているように見えたという。
それは兎も角、HM−12aは効率よく作業を進めるためシンジの上に馬乗りになり寝間着の襟のボタンを外しに掛かった。
シンジの顔は熱以外にも恥ずかしさで赤く染まり、誰かに見られたらどうしようかと蒼くなったりでとても体に良くは見えなかった。
とは言え、悪い予感は的中率が高いのだろうか?
コンコンッ!
「シンジさん、ルリです。お見舞いに来ました」
「ルリちゃん!?」
「はい、失礼しま・・・すぅ!?」
シンジからの返事があったルリは躊躇わずに扉を開けた。
元々大きめなルリの目であったが驚愕の光景にその目は丸々と開かれ、そのまま凍り着いた。
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ルリの姿を見た途端に凍り付き、全く抵抗しなくなったシンジは非常に扱いやすくなったらしく、HM−12aの手によって瞬く間に全部脱がされてしまった。・・・ルリの目の前で。
「−−それではシンジさん失礼しますぅ。次の回診は3時間後ですけど、用事があったらいつでも呼び出して下さいね」
ここであった出来事に割と無頓着に仕事を済ませたHM−12aは下着類を籠に入れて廊下へ出ていった。
後に残されたのは全部見られて意気消沈しているシンジと全部見てしまい衝撃を受けているルリであった。
−−−うう、これなら直ぐに手が出たアスカの方がまだマシだったかも、見られなかったし・・・。シクシク
「あ、あの! えっとその! 犬に手を噛まれたと思って忘れた方が良いそうです、こう云う場合」
「ちょっと使い方が違うような」
「それじゃ私失礼します、あ、これ、お見舞いのリンゴです、剥いておきましたので後で食べて下さい、そ、それじゃ」
ペコリと頭を下げてルリは慌てて行ってしまった。
「あ、ルリ・・・ちゃん。はぁ、嫌われちゃった、よね。仕方ないか、どうせボクは・・・いらない人間なんだ・・・イジイジ」
熱の所為かどうか知らないが、一時的にシンジはここへ来る前のヨワヨワシンちゃんに逆行してしまったようである。
それはさて置き、その晩、夕食を取っていたミナトが顔を赤く上気させたままのルリに気が付いて「ははぁ〜ん。シンジくん関係で何かあったなぁ。イシシシ」とばかりにルリの横に座ると何があったか聞き出そうとしたそうな。
半ばあっちの世界に意識が飛んでいたルリはついうっかりその時のことをミナトに喋ってしまった。
「はぁ、ついうっかり、お見舞いに行ったら、シンジさんの着替えを、男の人って・・・ポッ」
この手の騒ぎに乗らないほどナデシコの人間が出来ているわけがない。
未だにあっちの世界へ行ってしまっているルリを余所に周りでお祭り騒ぎの準備を始めるナデシコ乗組員達であった。
シンジの周りはこんな状態であったが、実はこの時舞台裏では対使徒戦に於いて唯一の有効な戦力と言える貴重なエヴァパイロットが2人同時にダウンしてしまったことに対して、対使徒警戒態勢に緊張が走っていた。
所変わってSCEBAIの敷地近くにあるナデシコ停泊地。
現在ナデシコはその重力制御ユニット、核融合エンジンとその出力系の核パルスエンジン、そして相転移エンジンの調査のため船体の一部を分解し調査していた。
確かに設計図とその整備員が整備ノウハウと交換部品と共にこの地に存在していたのだが、実際に実物の調査をするとしないとでは技術の再生産の手間が大幅に異なるのである。
そしてその横にはいつでも出航出来るように準備が整えられているナデシコBが停泊していた。
現在、艦長の星野ルリは休息サイクルに入っており、艦の総責任者は副長の高杉が取っていた。
ちなみに、ナデシコAは民間所有の為に「船」と呼ばれており、ナデシコBは連合宇宙軍に所属していた為「艦」と呼ばれている。
で、星野ルリ=ルリ(大)だが宿舎であるナデシコ重力制御機構調査社の社宅へ帰っていた。
一応、被保護者であるルリ(小)と続きの部屋となっているのだが今日は平日、しかも午前中と言う事もあり彼女一人である。
昨日は早急に整備しなければならない日本連合の各種人工衛星群の打ち上げ、と言うよりも軌道上への配置と時空融合直後に種子島と鹿児島、そしてGGGから早急に打ち上げなければならなかった為に発生していた数基の行方不明になっていた衛星の修理と再配置を行っていたのだが、その合間に襲い掛かってくるインビットの軌道駐留群の攻撃を交わしながらであったため結構手間取らせられてしまったのである。
異星からの侵略者であるインビットは数百の単位のイーガーと呼ばれるインビットを収容した巨大な人工衛星を軌道上に浮かべ、宇宙から地球に侵攻してくる敵対勢力に対して防衛戦を張っていたのだ。
インビットは基本的にHBT等の高エネルギー反応に対して攻撃欲求を高まらせるという習性を持つ。
その為化学燃料のロケットや太陽電池の人工衛星などはまるっきり無視されるのだがナデシコクラスの宇宙戦艦ともなるとあちこちの管区から増援と共にインビットが押し寄せてくるのである。
かなり便利な性能を持つナデシコであったが、この衛星軌道上に於いての活動はそれ程自由には行かないようだ。
因みにその際、ナデシコのエステバリス隊のゼロG訓練も兼ねてナデシコBにて一緒に宇宙に上がっていたのだが、事前ミーティングの際に高杉三郎太と山田二郎、天野ヒカル、天河アキトの4人がゲキ・ガンガー3の話しで盛り上がってしまい、インビットの攻撃からナデシコBの防衛戦闘中に「ゲキガン・フレアー!」とか「ゲキガン・ビーム!」とか「ゲキガン・カッター!」と言った掛け声が戦闘空域に流れたのには頭を抱えてしまった。
高杉も元木連の優人部隊隊員としてはガイ、ヒカルに負ける訳には行かなかったのだろうが。
とは言え、そんなこんなであっても任務を全うしたナデシコBは日本時間午前4時にSCEBAIに戻ったのであったが、報告書の作成と艦体の整備の準備を行っていたためルリ(大)が宿舎に戻ることが出来たのは午前8時であった。
艦から戻った後、自室にて仮眠を取り現在時刻11時過ぎである。
ルリ(小)と同じく低血圧気味の彼女は暫くボーっとしていたがモゾモゾと普段着に着替えると食堂へと向かった。
「ホウメイさん、おはようございます」
「おやお早う。昨日は大変だったんだって?」
「ええ、まあ。あ、チキンライスお願いします」
「はいよ、天河頼むよ」
「はい分かりましたぁ」
「アキトさん?!」
自分と同じくナデシコBに乗っていたアキトが既に仕事に就いていることにルリ(大)は驚いた。
「あ、ルリちゃんお早う、かな。チキンライスだよね、すぐ作るから」
「じゃなくて、昨日パイロット任務に就いていたじゃありませんか。何故休息を取っていないのですか」
「うん、昨日の実戦に出てさ。やっぱりコックの方が俺には向いているのかなってね。それを確かめたくて無理言ってホウメイさんに仕事を貰って居るんだ。心配してくれてありがとう、ルリちゃん」
「いえ、そうですか。私もコックさんのアキトさんの方が好きです!」
「そ、そう? アリガト」
最近富にストレートなアプローチをし始めたルリ(大)とユリカにアキトは少し気圧され始めていたのだ。
苦笑いを浮かべていたアキトであったが、その後ろから突然ユリカが顔を出した。
「ちょっとルリちゃん、抜け駆けなんてプンプンよー!」
「いたんですか、ユリカさん」
「いちゃ悪い?! ルリちゃんてば直ぐに抜け駆けするんだから」
「いえ、ちょっと失礼しますね」
そう言うとルリ(大)はコミュニケのウィンドウを開いた。
「プロスさん、艦長は食堂にいました」
「あ、どうも済みませんネー。船体の修理やら何やら会議で決めなければならない事が沢山有るんですが姿を隠されていましてさっきから捜していたんですよ。ありがとうございます」
「いいえ、当然のことです。と言う事ですよユリカさん」
「ううーっルリちゃん私のこと売ったのね?」
「いえ、一市民として当たり前のことだと思いますけど・・・」
と、言いつつルリの口の端は邪悪に吊り上がっていた。アキトには見えないようにだったが。
「だから言っただろ? こんな所に隠れても直ぐバレるって。艦長なんだから仕事サボッてんじゃないぞ」
「ううー。アキトまで・・・私を愛しているんじゃなかったのぉ?」
「ななな何を言ってるんだお前は! アアあうアエあお愛してなんかいねぇよ」
その瞬間、ガーンッ! と衝撃を受けたユリカはジリジリと後ずさった。
「ユリカ?」
アキトがヒラヒラと手を目の前で振ってみたが呆然としたまま反応がない。
「どうしたんだ、おーい、ユリカー」
「アキトの・・・アキトのバカー! ゲキガンオタクゥ! 2次コン! どうせあの本みたいにアクアマリンとナナコの××みたいなのが好きなんだわー。アキトのエッチー! ××マニアー! アキトに裏切られたぁー! えーん!」
と、アキトの部屋で十八禁の同人誌を発見した事件の時の騒ぎのように大声でアキトの秘密を暴露しつつユリカは爆走を開始した。
「ほぉ〜お、アキトの奴、そう言う特殊な趣味を持っていたのか」
「人は見かけによらないねぇ」
食堂でくつろいでいたウリバタケとホウメイの感想。
「いやだぁ〜、テンカワさんてああいうのが良いの? 幻滅ぅ」
「不潔ぅ、気持ち悪いのぉ」
「きっと艦長とルリちゃんみたいに女の子を散々弄んだ挙げ句、ああいう趣味に走ったんだわ。最低ねぇ」
「ホントホント、アタシたちの事妄想してたりしてぇ」
「うわぁ、キモォ」
・
・
・
「でもアタシ、リョーコおねぇさまなら・・・」
「「「「 エリ、あんたそう言う趣味持ってたの 」」」」
これは食堂でのアキトの同僚の通称ホウメイガールズ。
周りで好き放題に騒がれてまるっきり自分の意見を無視されているアキトは流石に切れかかったがその腕をルリが押さえた。
「私に任せて下さい」
「え、う、うん。分かった」
「皆さん、アキトさんはノーマルです。だって・・・テンカワさんは私の」
と、一大告白をしようとした瞬間、艦内に警報が走った。
反射的にスピーカーに注意を集中するナデシコ乗組員達。
警報を聞いた者達は戦闘部署以外の者達であっても直ぐに部署へと駆け出した。
特にナデシコBの頭脳であり最大の武器でもある星野ルリはダッシュで駆け出した。
その時既に疾走する彼女の頭の中から先程までの騒ぎは完全に消え失せ、これからの戦いに精神を集中させていたのである。
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