エヴァンゲリオン初号機は強大な力を持つゴモラを撃退することに貢献した。
戦いが終わり、シンジは初号機を待機状態にし、戦いで負傷したアスカとレイの元へ急ごうとした。
だが、そんなシンジがエントリープラグから身を乗り出したその瞬間、外輪山の頂から放たれた運命の一発の砲弾が初号機の足元で炸裂したのだ。
砲弾自体はエヴァの特殊装甲に傷を付けることすら出来なかった。
しかし、駐機状態にあったエヴァの姿勢を崩すには充分すぎる威力であった。
結果、シンジの体は空中に投げ出された。
その瞬間をアスカとレイは目に焼き付けていた。
閃光の向こう側、一瞬シンジの姿が消えたかと思うと余りにもちっぽけな影が地上へ落下していった。
それは何の感慨も引き起こさないただの物理現象でしかないのだが、その結果は余りにも悲しい結果を生み出そうとしていた。
彼らのシンジがその生涯をあと数秒の内に終わらせようとしている瞬間をアスカもレイも理解していた。
その瞬間、彼女たちの世界にはシンジしかなかった。
だが、どんなに彼女たちが望もうとも彼女たちの力はシンジには届かなかった。
地球の重力に引かれ(地球もシンジの重力に引かれ)そのスピードを増しながらお互いの距離をゼロへと近付けて行ったのだ。
シンジの姿は地上に建っていたビルに遮られ、見えなくなった。
そして数秒のことだった。エヴァの優れた集音マイクにひとつの音が拾われた。
ドッ・・・
アスカとレイの耳に鈍く響くそれは、シンジの最後に残したシルシであるような気がした。
歯の根を振るわせながらアスカもレイもエントリープラグを排出すると、そこから出てシンジが消えた方へ視線を向けたまま固まっていた。
まるでそうしていればシンジが帰ってくるとでも信じている様であった。
だが、シンジは姿を現さなかった。
「イ、イヤよ。シンジ・・・シンジィ・・・シンジー!! イャヤァアアアア」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アスカは絶叫すると頭を抱えてその場へ座り込み、身動きしなくなった。
一方レイは、今まで感じたことのない絶望感に包まれ身体に異常な気怠さを感じていた。
しかし、自分と同じくシンジを慕っている自分に最も親しい人間であるアスカが絶望に囚われて動かなくなってしまった事を目撃すると、言う事を聞かない体に鞭を打ってエヴァ弐号機に向かっていった。
彼女が苦労して弐号機のエントリープラグまでよじ登ると、アスカは頭を抱えたまま最後に見た瞬間とまったく同じ姿勢のまま朦朧としていた。
「アスカ・・・アスカしっかりして・・・へんじ・・・して」
レイはアスカの両肩に手を掛けると励ますようにゆっくりと肩を揺すった。
「アスカ、へんじ・・・へんじお願い。アスカ・・・アスカ・・・」
「・・・だって・・・・・・シンジ・・・しんじゃった・・・んだ・・・ふ・・・うぇ・・・えええ〜ん」
アスカはまるで赤子に戻ってしまったかのように恥も外聞もなく泣き始めた。
そんなアスカを見たレイは黙ってアスカの頭を抱きかかえた。
しばらく無表情にアスカを抱きしめていたレイの瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。
「これは涙? わたし泣いてるの? 心が痛い・・・苦しいよぉ・・・シンジくん・・・」
レイが心中を吐露すると、アスカはレイの呟いた「シンジ」の名前に敏感に反応した。
ぴくっと体を震わせるとアスカはレイの顔を見た。
レイの顔に表れていたのは悲しみ、アスカも初めて見た。
「・・・アスカ、心が痛いの、・・・苦しくて堪らないの」
「レイ・・・それは悲しいって言うのよ・・・」
「悲しい・・・そう、私はシンジくんがいなくなって悲しいのね」
「うん・・・だって アタシだって・・・悲しいよぉ! シンジ・・・、シンジィ・・・シンジイイィィィ!!!」
アスカの悲痛な声は、廃墟と化した新ヤイヅシティに虚しく響き渡った。
「なに? アスカ」
「・・・・・・へ?」
「えっと・・・だからアスカ、その・・・大丈夫だった?」
「へ?」
アスカは、自分の耳に聞こえてきたその音声が自分の想像が生み出した幻聴では無いと言いきる自信はなかった。
だが、その音源を捜そうと前後左右に首を振ってその声の主を捜すが見渡す限りの廃墟の中には、やはりその姿はなかったのだ。
アスカは首を振って諦めの表情を作りレイを見た。
そのレイは心ここにあらずと言った表情で、ただただ空を見上げていた。
「? レイ?」
「・・・・・・・・・よかった・・・フゥ」 パタン
長い沈黙の後、一言そう呟くとレイは気絶してしまった。
「ちょっちょっとレイどうしたのよぉ」
「綾波! アスカ、綾波が、レイが、大丈夫なの!?」
再度聞こえてきたその声、シンジの声は上から聞こえてきた。
「シンジ?!」
アスカが鞭打ちになるんじゃないかという勢いで上空を見ると、天空に輝く満天の満月の中にシンジが見えた。
「・・・・・・シンジ、が居る・・・」
アスカは茫然自失としたまま、少しずつ降りてくるシンジの姿を眺めていた。
何故地面に落下したはずのシンジが生きているのか、どうして空の上から降りてくるのか。そんな事は浮かんでこなかった。
そんな些細なことはどうだって良かったからだ。
アスカが凝視していると、段々とシンジの姿がハッキリとしてきた。
彼は無事、少なくとも見た目には怪我もなにもなかった。
だが、そんなシンジは何かに抱えられているようであった。
いままではシンジ以外はアウトオブ眼中だったので気にも止めなかったが、シンジを後ろから抱えてゆっくりと降りてくる人物の姿がアスカの目に入った。
その人物は鼻まで覆う赤いヘルメットを被り、中世のファンタジーに出てくるようなマントを広げた単色のマントを羽織った女性だった。と言ってもワルキューレではない。
「すぅパァマン?」
彼女が呆然としてその正体不明の正義の味方を眺めている内に、アスカの脇にシンジ共々降り立った。
「あー、本当に死ぬかと思ったよ、アスカ」
シンジは意外とあっさりそんな事をお気軽な口調で口にした。尤も、それは緊張から解放された故のハイテンションから来る物だったが。
しかし、アスカにはそれが気に障った。
それもそうだろう。あれだけ心配させといて、『そんな簡単に許せるとでも思ってんの? お仕置きね』それだけで済むわけがないか。
アスカはシンジに近付いた。
「シンジ、シンジ死ぬかと思ったじゃないのよ、このバカ・・・」
「あ、うん。助けて貰っちゃった。・・・あ、アスカ! それにレイ! 怪我してるじゃないか大丈夫なの? 早く手当しないと」
「ばか! そんな事どうだっていいのよ、アタシはシンジが死んじゃうかって・・・もう、う、うぇえええ〜ん!」
「ア、アスカ・・・」
突然ボロボロと泣き始めたアスカにシンジは戸惑った。
そんなシンジとアスカのやりとりを見ていた謎の女性は軽く笑い声を上げてしまった。
「うふふふ、シンジくん、もてもてね」
「え? ち、違いますよ。ただ、ボクの不注意でふたりに心配させちゃって、もっと強くなくちゃダメなんだって・・・思います。」
「がんばってね」
「はい、えーと、パー子さん。ありがとうございました」
「いいのよ、これが正義の味方のお仕事だから」
「正義の味方。ボクもなれたら良いな」
「なれるわよ、もっともヒーローと呼ばれるまでにはまだまだ掛かりそうだけど」
「ちぇっパー子さんて正直だなぁ」
「ありがと、誉め言葉よね、それって」
さて、時系列を少し遡って説明しよう。
エヴァのエントリープラグから放り出されて自由落下により地面に向かっていたシンジはビル影に入りアスカ達の視界から消えた。
その時、シンジは意識を失っていた。
頭を下にしてシンジは落下を続けた。
そのままであれば確実にシンジは死んでいた。
しかし、ビルの合間を縫って時速119キロで飛翔するひとつの影があった。
そう、先程(予告編で)ビルの屋上からこの戦乱を眺めていたアイドル歌手星野スミレが変身したパーマン3号ことパー子その人である。
その彼女が数年ぶりにその封印を破って胸のロケットから取り出したパーマンセットを纏ってこの場に参上したのであった。
パー子は落下し続けるシンジを地上7メートルで受け止めると、そのまま街路にシンジを横たえた。
そしてシンジの容態を確認し、的確な処置をした後気絶から快復したシンジを抱えてアスカ達の元へ飛んできたのだった。
今そのアスカはシンジの無事を知って泣きじゃくっていた。
レイはシンジの無事を知った途端、気絶していた。
シンジはアスカの肩を叩いた。
「アスカ、もう大丈夫だから、泣かないで」
「うん、シンジ・・・シンジ?」
「? どうかした? アスカ」
「唇切ってる・・・じゃない」
え? シンジが自分の唇に触ってみると確かに赤い物が付いていた。
血? シンジの口には特に痛みはないが、シンジは腕でグイッと口を拭ってみた。
すると口の横に赤い筋が付いていた。
「血じゃないし、何かな?」
シンジには全然分からないようだったがアスカにはピンと来た。
「口紅・・・」
アスカはそう呟くとパー子をギッと睨んだ。
パー子は急にそわそわし出したかと思うと目線を反らしていたが。
「あ、シンジくん気絶していた上に呼吸が止まっていたみたいだったからちょっとマウストゥマウスで人工呼吸をホドコシマシタ」
シンジは意識を失っている間にこの女性に唇を奪われていたと聞き、衝撃を受けていた。本当に施療行為としてのそれはカウントする必要はないと思う、本当だったらね。
「本当でしょうね」
アスカはジト目でパー子を睨み続けた。
「ええ、勿論よ」
パー子はキッチリと言いきった、が、それは嘘だ。
実は、パー子こと星野スミレは小学校の頃宇宙へ旅立ったみつ夫の写真をいつも見ながら彼のことを思い続けていた。
それは今現在までずっとだ。
自分は成長を続けているのに写真のみつ夫は小学生のまま、そう、スミレも自覚しない内にショタコン(正式名称・正太郎コンプレックス、美少年に恋をしてしまう女性の心の病。余談だけど、プラトニックラブって清い交際の事だけど、あのプラトンの生きていた時代って成人男性のほぼ全員がホモだって知ってました?)になってしまっていたのだ。
当人もそれを知ったのがつい先程だったのだが。
いつもだったらシンジくらいの少年を見ても「可愛い」で済んでいたのだが、気絶してまったく無防備な、何をしようと自由になる上にどことなくみつ夫に似ているシンジを見ている内についつい、ムラムラと、我慢できずに、いけませんな。青少年保護法違反です。絶対止めましょう、刑法は男女平等が基本だし。
「あっ、ほらあなた達の迎えが来たみたいよ」
パー子が指さす方向にはGGGの持つ人工知能制御ヘリコプターであるガングルーが見えた。
「そ、それでは私は帰るから、シンジくん体には気を付けてね。応援してるから、それじゃ パワーッチ!」
パー子はシンジ達の返事を待たずにその場を立ち去った。
シンジ達は近付いてくるガングルーの爆音を聞きながらパー子のことは出来るだけ考えないようにしていた。