Episode.9.0
1.GGG病室にて・
ゾンダーに関する尋問のためアスカはGGG諜報部に拘束され、催眠療法、薬物療法を用いて尋問されていた。勿論非合法処置であるが、人類の存亡を賭けた秘密組織であったGGGには通常の立法は通用しないのだ。
今ではアスカの尋問も終了し、GGGのエリアY、三式空中研究所から地上にあるGアイランド総合病院の一般病棟に移されていた。
アスカの精神と肉体はゾンダークリスタルに支配され、ストレス、心のマイナスエネルギーをゾンダーのエネルギー源として利用されていた。
その為、今のアスカの中には過去から引きずっていた様々な執着確執諸々の暗い情念はそのほとんどが姿を消していた。
それはギャレオンからもたらされた情報の通り、元々ゾンダークリスタルとその制御装置である原種が戦闘兵器等ではなく医療器具の暴走の結果であることを裏付けていた。
しかし、元はどうあれ、今では地球人類に仇なす存在であることは間違いない。地球防衛組織GGGはアスカから得られた情報を元に新たなる戦略を練り始めていた。
アスカが一般病棟に移された翌日、シンジは左腕骨折の治療の為Gアイランド総合病院に来ていた。
その治療が済むと用意していた花を取り出しアスカの見舞いに病室へと来た。
機密保持のため、アスカは小児科ではなく一般病連の個室で養生していた。
シンジが顔を見せたとき、所在なさそうにひとり寂しげな顔をして窓の外を見ていたのだが、シンジが入ってきた事を知るやいなや、普段の勝ち気な笑顔に豹変した。
彼女のその変化にシンジは思わず笑みをこぼす。
「な、何よシンジ。アタシ何かヘンな事した?」
「ううん、たださ」
「ただ、なによ」
「可愛いなと思って」
アンタバカァ! アタシにそんな口聞くなんて10年早いのよ、と以前なら叫んでいたであろう言葉は口から出てこずにただ顔を赤らめて俯いてしまうばかりであった。
「アスカ?」
以前とのあまりの応答の差に不安を覚えたシンジは恐る恐る彼女に近づいた。
シンジがアスカの側に近づいた時、ガシッとシンジの右腕はアスカに掴まれていた。
その時の彼女の顔は笑みによって縁取られていた。
その表情を見た瞬間、シンジはこれから起こるであろう惨劇を想像し身を固くした。
だが、その想像は外れていた。
「ありがとうシンジ、あたしを救ってくれて」
「だって当然だよ、ボクとアスカは家族みたいなものだろ」
「それでもよ、家族だって裏切る人は沢山いるわ。これは感謝の印よ」
アスカは身を乗り出してシンジの頬に口づけした。
「ア、アスカ」
シンジは突然のことに驚き、思わず立ち上がってしまった。入る前から期待していたとしてもだ。
彼女はニッ、と笑うとベッド脇に置いてある丸椅子を示した。
「座って」
シンジは素直に従い、丸椅子に腰掛けた。
「ひとつ言って置きたいことがあるの」
「な、なに」
ふーっとひとつ深呼吸するとアスカは言った。
「ゾンダークリスタルから解放されてから、アタシ何か口走っていたでしょう」
「うん、フィアンセがどうとか、こうとか」
「あ、アタシはあの時は気が動転していて口が滑ったんだからね」
アスカは否定的な言葉を吐いた、もっともそれ自体が告白のような物だが。
「だからアタシがアナタの物になったなんて決まった訳じゃないんだからね、家でもデレデレしないようにして」
「分かってるよアスカ」
それを聞いたシンジは少し寂しげに言った。
「分かってないわよ」
アスカはそっと呟いた。
<けど、レイも含めて家族としてやって行くためには必要なことだから。仕方ないわ。うん、計画通りよ>
2.国際情勢についての説明。
日本は資源小国のため外国との貿易がなくては生命を繋ぐことが出来ないので、国内の軍事力すべてを用いて商船団の護衛をしなければならなかった。
幸い、中国大陸の各都市との貿易も目処が立ち、中近東からヨーロッパ半島近辺で活動しているエマーン商業帝国と短波無線による連絡が取れ、通商条約が結ばれることとなった。
しかし、そこに至るまでの貿易路に如何なる障害が立ち塞がっているか分からなかったため貿易船団を組むことになった。
そしてその護衛戦隊として連合艦隊が再編成され当てられることになったのだ。
その為、呉では連合艦隊に属する軍艦の改装作業が進んでいた。
その改装ポイントは主に情報通信系の強化と機関、特に発電器の強化に重点を置いていた。
戦力的には近接防御の為のCIWSとその管制装置の設置及び携帯式地対空ミサイルの配備、航空戦力(主に零戦)は対艦打撃能力よりも迎撃に特化した兵装の搭載(機関砲の速射性と高初速貫通能力向上、小型軽量化と弾丸の軽量帯弾量の向上、及び軽量な追尾式ミサイルの搭載)を行い、護衛戦隊としての要素を高めた。
だが、危険な道中、様々な文明を持つ国家が危機感を高め一触即発の体制で待ちかまえていた。
その中には、護衛戦隊の過剰な戦力に気圧され有無を言わせず攻撃を始める国家もあることが想定されていた。
それでも日本の生命線である海上貿易網を守る必要があったからこそ連合艦隊もすんなりと日本連合政府の防衛組織に組み込まれることを承知したのであった。
通商交渉・貿易船団の出帆まであと1ヶ月余りとなっていた。
3.転校生
世界でもっともはじめに、この世界の現状を説明したGGGの存在するGアイランドはある意味で政治の焦点となっていた。
航空交通網の整備も完全に整えられていたこともあり、最近では色々な組織がGアイランドと接触を始め、それに伴い各地から人間の流入が活発になっていた。
その為、カモメ第1中学校には最近頻繁に転入生が増えていた。
だから2年1組に3人の生徒が同時に転校してきたことも珍しい事ではなかったのだ。
ただし、3人の内2人がとびきりの美少女であったことから校内の注目を嫌が応もなく浴びてしまったのは仕方がない事であったのだろう。
今日は始めから騒がしかった。
朝のホームルームが始まる前にクラスで話題になっていたことがあった。
最近多い事なのだが、このクラスにもとうとう転校生がやってくるとのウワサである。
クラス中の人間がそのことについて周りの人間と熱心に話し続けているのを初野あやめはぼんやりと聞いていた。
最近彼女は、いきなりウルトラセブンに変身させられると云うショッキングな出来事があり、いつもの元気がなくなっていた。
ミリタリーやプロレスに造詣の深い彼女は普段から周りの女子よりも男子との会話が多いのだが、ここのところの政情不安からプロレスの中継も無くなってしまうことが多かったため彼女の元気のなさはそれが原因だろうと周りの人間は考えており、彼女の変化に気づくクラスメートはいなかった。
ガヤガヤと続く喧噪が続いていたが、ガラス窓の向こう側に先生の姿が見えた途端にクラス中の声が静まり返った。
ガラッと戸が開き教師は教壇の上に立った。
「起立! 気を付け! 礼!」
クラス委員長の合図と共に教室内の生徒たちは教壇に向かって礼をし、一斉に座った為、教室内にガタガタと雑然とした騒音が響き渡った。
「お早う皆んな!」
「おはようザース!」
教師は教室内の生徒をぐるりと見渡すと、おもむろに用件を切り出した。
「今日は皆に転校生の紹介をする! 騒ぐなよ、さぁ入りたまえ」
教師が促すと扉から平凡な黒髪の少年と、快活な印象を与える赤毛と青い瞳の特上の美少女、そして線の細い感じの色素の薄い髪と赤い瞳を持つ極美少女が並んで入ってきた。
男どもの歓声は廊下まで響き渡った。おそらく次の休み時間には廊下は人集りで一杯になるだろう。
「コラコラ! 騒ぐなと云っただろう。えー、まずはそうだな、自己紹介といこうか。それでは君からだ」
「ハ、はい!」
緊張の余りシンジの声は裏返ってしまっていた。
その滑稽さにクラスの皆はドッと沸いた。
クラスの反応に焦ったシンジは一瞬我を忘れてしまったが、隣に立っていたアスカに尻をギュッとつねられたため痛みで自分を取り戻した。
アスカは他人に気取られないように笑顔を作ったまま小声でシンジに声をかけた。
「もっとシャンとしなさいよ」
「分かってるよ、もう」
「どうだか」
シンジは黒板に自分の名前を書いた。
「碇シンジです。よろしくお願いします」
シンジが頭を下げるとパラパラとまばらな拍手が起こった。
クラスの関心は後に控える2人の美少女に集中しているようだった。
転校当日から左腕をギプスで固めていると言う変わった格好でありながら、一般的に平凡な印象を与えるシンジにとってタイミングが悪かったと云うことなのだろう。
その証拠に順番が回ってきたアスカが軽く会釈しただけで猛然と拍手が沸き上がった。
「惣流・アスカ・ラングレーです! ヨロシク!」
生徒たちに向かってトドメとばかりにウインクすると「おおーっ」と声が上がった。
それを見ていた女子生徒の中には「何よ、あんなのブリっ子に決まってるじゃないの」と云った反感の声も上がっていた。
アスカの派手なスタンドプレイに対しレイの自己紹介はシンプルそのものだった。
「綾波レイです」
彼女はニコリともせずに名前だけ告げた。
それは生徒たちに冷たい印象もしくは怖いヒトと言った印象を与えた。
その為、華やいでいたクラスの空気が一気に冷え込んでしまった。
だが、怖い者知らずのクラスのお調子者が質問を投げかけた瞬間その印象が一変してしまった。
「ハーイ、質問しまーす! 綾波さんに好きな人はいるんですかー?」
「え・・・?!」
レイは一瞬シンジの方をチラリと見ると頬を赤らませた。
「何を言うのよ・・・」
「おおー!」「可愛い」「可憐だ」「クソッ碇、許せん」どよどよとした声がクラスを包む。
「もひとつ質問ーっ! お二人の関係はなんですかーっ!」
「・・・・・・・・・・」
「そ、そんな関係って言ったって、その、綾波の部屋の掃除をしたりとか、その、そんなのじゃなくて、つまりその」
シンジは焦ってかなりヤバ目のセリフを口走っていることすら自覚していなかった。
そんなセリフを聞いたアスカはギロッと両側のシンジとレイを睨んだ後無言でシンジに蹴りを入れた。「イテッ!」
そしてその質問者を指さすと叫ぶように言った。
「ちょっとアンタ、余計なことは質問しなくていいのよ。」
「うわっご免なさい」
アスカの正体がバレた瞬間、再び教室内が騒然とした空気に包まれた。
「アスカ、それは言い過ぎなんじゃないかな」
「良いのよ、こういう手合いは最初にビシッと言っておかないと」
パンパンッ!
手を打つ音が教壇の傍らから響いてきた。
「さて、自己紹介が終わったら3人の席を決めなきゃならないが・・・、空いてる席は、ある訳ないな。良し、クラス委員長」
「はい」
「今から用具室に行って3人の机とイスを取ってこい」
「ええっ、ボクひとりでですか」
「バカ、この3人を連れてに決まってるだろ。それとだ、誰かか弱い女性に荷物を運ばせるのは忍びないと思う男はいないか?」
いなかった。さすがにさっきのやりとりの後では白け鳥も飛ぶのは当然だろう。
「仕方ないな、男が2人もいるんだから頑張れよな。それから次の授業が始まるまでには戻ってくるように」
「分かりました先生。行こうか、え〜と碇クンと惣流さんに綾波さん」
「すいません」
「よろしくね委員長さん」
「分かったわ」
なにやらかわった人たちが入ってきたな、顔には笑い顔を浮かべながら委員長こと鈴木太郎君はそう思っていた。
結局のところ、用具室から貰ってきた机とイスだが、シンジが左腕を負傷している事実からシンジが椅子ふたつ、太郎が机2つ、アスカとレイが協力して机と椅子を一個ずつ持って教室に帰ってきた。
とりあえず一番後ろの列に机とイスを並べ、シンジを挟んで左右にアスカとレイが座ることとなった。
シンジが持ってきた席に座ると、前にいた女の子がシンジの方に向き直って話しかけてきた。
「えへへーっ、さっきは修羅場だったねぇ」
「えっ、あはははははぁ。修羅場って?」
「ガク、まぁいいわ私は初野あやめ、これからヨロシクね」
「こちらこそ、その、ヨロシク初野さん」
「あはは。あやめで良いよ。それよりサ。シンジ君てプロレスに興味ない?」
「プロレスはちょっと、好きじゃないなぁ。いつも技かけられてるから」
「それじゃあミリタリー関係は? 私よく横浜に米軍の軍艦見に行くんだけど」
「じゃあケンスケと一緒だ」
「誰それ」
「うん、前の学校のクラスメートでさ。いつも学校さぼって新横浜港に軍艦の写真なんか撮りに行ってたりなんかしてたなーって」
「フーン、それじゃ私の顔見知りだったり・・・って事はないか。別の世界の人だもんね」
「うん、あ、でも・・・。う〜ん、でもこれからはバッタリ会えるかも知れない、かもね」
「ふ〜ん。そうかぁ、でも別世界の軍艦ってどんなのがあるのかわくわくしない?」
「そ、そう?」
「モチロンよ! 男子たる者」「えっ男子?」「男子に限らないけど、力強い者に憧れるじゃない!?」
「ハハハ」
さて、そんなこんなでドタバタとその日の授業は終わり三人はそろって下校していた。
今日はさらに削減された授業時間の関係で半ドンの為、昼過ぎには帰宅していた。
部屋の中にはまだ家具は最小限度の物しか置かれておらず、又、自ら家事をしようとするのもシンジしかいなかったため3人はシンジの部屋でゴロゴロしていた。
アスカはTV、レイは読書。
その上、茶器のセットがあるのはこの部屋だけだった。
ちなみに、レイとアスカの部屋にはベッドとクローゼットがあるだけに過ぎない。
「ねぇ、シンジ」
「ん、なに?」
「明日買い物につきあってくれない?」
「えぇ、また荷物持ち?」
「とーぜんよ! アナタ男でしょ」
「うん、分かったよ」
「食器棚とかはシンジの部屋におけばすむから良いとして」「良くないよ、でも結局それが一番便利になるんだろうなぁ〜シクシク」
「良いとして! 私の部屋も、ファー・・・レイの部屋も殺風景でしょ。ね、私たち3人で相談して決めたいのよ」
「アスカ」
「分かったでしょ」
「うん、アスカがそう言うんだったら喜んでそうするよ」
「モチロン、レイも行くのよ」
「私も?」
レイは不思議そうな顔をしてアスカを見た。
「なぜ?」
「アナタも女の子なんだから色々必要でしょ」
「私はいいわ、碇クンと弐号機パイロットの2人で行って」
「レイ!」
レイはいきなり怒鳴りつけたアスカに驚き、目を見開いてアスカの顔を見た。
そのアスカの両目からボロボロと涙があふれ出してきた。
「なぜ泣いてるの?」
「レイ、私たちはたった3人の仲間じゃない」
「仲間、そう特務機関NERVに所属するエヴァンゲリオン操縦適格者、チルドレン」
「そうね、でもね、それだけじゃない絆があるの、」
「絆・・・」
「そう絆よ、これから私たちは支え合って生きて行かなくちゃならないわ」
「支え合い」
「ええ、お互いを認めあって補いあうのよ。例えば勉強が出来ないシンジの勉強を成績優秀な私たちが見てあげる代わりにシンジが家事の一切を行うとか」
「アスカぁ」
「だからね、アスカって呼んで。私もアナタのことをレイって呼ぶから。良いでしょ」
「・・・分かったわ・・・アスカ」
「うん、よろしい。それでね、こんな殺風景な部屋じゃ人間らしい生活は出来ないわ、だから色々揃えなきゃね」
「私は別に構わないわ、 アスカ」
「駄目よ、せめて人間らしくしなくちゃ、ましてや女の子なんだからシンジもそう思うでしょ」
「そうだよ綾波、ボクも一緒に選ぶからさ」
「人間らしく・・・わかったわ碇クン」
「ちょっとふたりとも」
「なに、アスカ」
「シンジ、分かってないわね。私たちは仲間だって言ったでしょ」
「うん」
「だからレイに私のことアスカって呼ぶように言ったんじゃない」
「そうだね」
「なのに何でアンタがレイのこと綾波って呼ぶのよ。名前で呼びなさいよ」
「え、う、うん」
「レイもね」
「分かったわアスカ、シ、シンジ・・・くん」
「うん、レイ」
「ハイハイ、雰囲気作ってんじゃないわよ」
アスカはふたりを両手で引き離した。
「それじゃ、明日は買い物に行く事に決定ね。で、どこが良いのかな」
「あ、ちょっと待って、確かスワンさんに貰った最新版の地図があったんだ。すぐ取ってくるから」
シンジは個室においてあった学生鞄から電子地図帳を取り出し、ふたりが待つ居間に戻ってきた。
「えーと、これがそうなんだけど」
シンジはテーブルの上に地図を広げた。
「いまいるのがここ、Gアイランドシティ」
シンジは川崎沖に浮かんでいる正八角形の人工島を指さした。
「それで、地図からはみ出してるけどこっちの方に第三新東京市があって、ここら辺一帯が旧東京市街で、南の方がネオトキオ、西の方がニュートーキョー、それで東京湾上にあるのがヌーベル東京だってさ。」
シンジの説明を聞いていたアスカは呆れ顔で呟いた。
「な〜んか、世界中の東京が大集合したって感じね」
「あはは、本当だね。それで買い物にはどこが良いのかな」
「なによ、そんなことも聞いてなかったの?」
「うん、だって女の子の買い物にどこが良いかなんてGGGの諜報部だって調べてないと思うけど」
「ま、それもそうね」
「それじゃ、明日までにスワンさんに聞いとくよ。」
「よろしくね、シンジ。それで夕飯の支度は大丈夫なの?」
「あっ!」
シンジはアスカのセリフに焦り、台所を振り返った。
「あっ、大丈夫だ。よかったぁ〜」
完璧に主婦しているシンジであった。
前日夜半
シンジはGGG技術部のスワン・ホワイトに連絡を持った。
先日の一件以来、GGGとチルドレン達との連絡と生活補佐をスワン・ホワイトが担当することになっていた。
『ヘェ〜イ、シンジィ〜。ナカナカやるですねぇ』
画面の中のスワンが顔中を口にしながらシンジをからかった。
「ス、スワンさん。からかわないで下さいよ。チェッまるでミサトさんみたいだ」
『フフ〜ン。それで用件のことですガ、吉祥寺駅周辺がイイと私は考えます。映画館もありますし、デートには最適ネ!』
「違いますよ。デートなんかじゃないです、第一、ボクなんかじゃあのふたりには釣り合わないですよ」
『そんなことはないです、シンジ、もっと自信をもってくださーい』
シンジは手渡されていた電子地図帳の検索ページを開き、駅名欄に吉祥寺と入力した。
画面に目的地までの使用電鉄名と乗換駅、乗車料金が表示された。
シンジはそれを見ながら電話口のスワンに問いかけた。
「もういいです、それで電車の乗り継ぎは南部線で登戸まで行ってから小田急線に乗り換えて下北沢で井の頭線で吉祥寺駅まで行けば良いんですね」
『イエース、バッチリグーッドですね』
「それじゃあどうもありがとうございました。」
『頑張ってくださーい』
「はいはい」
シンジは黒電話の受話器を置いた。
「全くスワンさんたら、すぐからかうンだから、参っちゃうよな」
彼は口を尖らせながら拗ねるような口調で呟いた。
そこがまた年上の女性方の嗜虐心をそそっている事にかれは気付いていなかった。
日曜日、午前9時頃。
シンジは前日の内にアスカ、レイの2人に目的地と出発時間を告げていたのでその1時間前に彼女らを起こしに2人の部屋へ行った。
彼はアスカの部屋のインターホンを押した。部屋の中からピンポーンという電子音が鳴ったのが聞こえた。
「アスカーっ時間だから!」
彼はインターホンに向かって語りかけたが「はぁ、どうせグッスリ眠ってるんだろうなぁ。と言って中に入って起こすと文句言うクセに起こさないと文句言うし、どうせ文句言われるんだったら早いほうが良いか」と独り言を呟いた。
が、しかしそのセリフはしっかりインターホンに吹き込まれていた。
シンジがドアの鍵を開けようとズボンのポケットから鍵を取り出そうとした時、突然ドアが内側から開いた。
「グーテンモルゲン!シンジ!」
中からは晴れやかな笑顔を浮かべたアスカが顔を見せた。こめかみに青筋が1本立っていたが。
「・・・おはようアスカ・・・」
呆気にとられたシンジは思わず廊下から空を見上げた。
「どうしたのシンジ? 今日は晴れ100%って言ってたけど」
「いや、雪でも降るかなって思って」
「ほほぅ」
シンジが目を覚ましたのは10時05分の事だった。
「おはようシンジ」
「おはようシンジ君」
彼が呆っと天井を見上げているとすぐ近くから声が聞こえた。
「あ、おはよう2人とも、ここは?」
「バカねぇシンジの部屋に決まってるでしょう。私を起こしに来たら急に眠っちゃってさぁびっくりしたわぁ。寝不足?」
「いや、そんなはずはアテッ!」
シンジが上体を起こすと後頭部がズキンと痛んだ。
「瘤が出来てる」
「私の方に倒れてきたとき私が抱きかかえたんだけど、その時当たったのよアタシのおでこに、痛かったわぁ」
「え、ゴメン」
確かにアスカの額にはでっかい絆創膏がバッテンに張られていた。三つ目が通るの写楽みたいに見える。
「それでシンジを部屋に運んでから、ワタシがレイを起こしに行ったのよ」
有り難く思いなさい。そうアスカの表情は物語っていた。
「どうも、ありがとうアスカ」
「うむ、よろしい」
シンジは釈然としない物を感じながらもアスカに礼を言った。
「私たちは朝食済ましたから、シンジの準備だけよ。急ぎなさい」
「う、うん。分かったよ」
シンジは急いで支度を整えると玄関へと向かった。
シンジが下駄箱から靴を取り出し、玄関で履いていると活動的な服を着たアスカと大人し気な雰囲気の服を着たレイが立っていた。
「お待たせ、行こうか」
「ちょっと待ちなさいよ。何か言うこと無いの?」
「えっと」
シンジは辺りを見回した。
「ふたりともキレイだね、今日は」
「イ、イ、イキナリそんなこと口走らないでよ、バ、バカねぇ。ん?今日は?」
「シンジ君・・・」
気合いを込めておめかししたふたりは望んでいた言葉をストレートに言われたため焦ってしまった。アスカはシンジの最後の単語が気に掛かったようだが。
「遅れちゃったからさ、急いで行こう?」
「分かってるわよ、レイ、急ぎましょう」
「ええ、アスカ」
3人はGアイランドから海底を通っている路線に乗り吉祥寺駅へと電車を乗り継いでいった。
その途中に広がる景観は実に変化に富んだ物であった。
基本的に20世紀から21世紀にかけての時代の世界が融合した上に文化的にも似た傾向の世界が中心だったので外観は全般的に似ていた。
しかし、中には関東平野が広大な樹海であり続けた世界や世界大戦の戦火によって焦土と化した土地が島のように点在していた。
幸いなことに鉄道路線の復旧は最大のスピードで進み、首都圏全域の鉄道路線はすでに開通していた。(謎の超科学が使われたと言うウワサもある。)
井の頭線吉祥寺駅2つ手前の三鷹台でふたりの青年が乗ってきた。
「さぁて、世界情勢はっと」
独特な吊りズボンを履いたメガネの男は座席に落ちていたスポーツ新聞を開いた。
それを後ろから覗くようにしてもうひとりの男が読み始めた。
「えー、なになに、炎の悪玉ジェットシン」
「ぬぉぉぉ! 猪木に怒りの復讐宣言! こりゃ燃えるなぁ」
レイはそれを見るとアスカに告げた。
「アスカ、アナタの仲間の人よ」
「え、どこに」
「今乗ってきた人たち」
「どれ?」
アスカが良く良く観察してみるとパーマを当てたような髪の男とメガネを掛けたナチスドイツ戦車兵のズボンを履いた男であった。
「アレのどこが?」
「第三帝国の軍服、仲間じゃないの」
「あのね、どこをどう見てもアレは日本人じゃない。全くもう、」
3人の乗る井の頭線は無事に吉祥寺駅に到着した。
この辺りは20世紀後半のどこかの世界のようであった。
駅前の映画館に掛かっていた映画は新宇宙戦艦ヤマトと他ハリウッド映画2本、どれもシンジ達の記憶にない作品だった。
それを眺めていたシンジ達はここが別の世界なんだと言うことを実感していた。
何しろ彼らの世界では旧東京地域と言えば立入禁止の荒野、人影のない危険地帯であったから。
しばしの間そこに立ち尽くしていた3人だったが気を取り直して買い物に没頭する事となった。
様々な店を精力的に回る女性陣に対しシンジは気疲れでかなりへとへとになってしまっていた。
さらに左腕の骨折も完治していないため右腕にすべての荷重がかかっていたのでシンジはもうヘロヘロになっていた。
「荷物も重いし、はぁ、アスカぁ休憩しない?」
「えぇ〜っ! まだこれからじゃないのよ」
そう云うアスカだったが、腕時計をチラッと見ると15時を示していた。(彼女のクロノグラフは24時制なのだ)
「でもそうね、ちょうど3時だし少し休憩を入れましょうか」
「よかったぁ、それじゃあそこのファミレスで」
「イヤ、こういう時って少し洒落た喫茶店ってのがワタシの流儀なの」
「ええっ、でもこんな荷物を持ってはいったら笑われちゃうよ」
「喫茶店が良いの。レイも構わないでしょ」
「ええ、構わないわ」
レイは困った顔をしているシンジを見てちょっと躊躇ったが、アスカに同調した。
彼女も普段から静かな環境を好む方なので、静かにお茶を楽しむ方が好きだった。
「って言ってもそんな店あるのかなぁ」
「う〜ん。たぶんこっちの方にあるわ」
「え、アスカ来たことあるの?」
「そんな事あるわけないじゃない、ただ雰囲気から言ってこの町並みならこういう店が似合うなって思っただけよ。店のマスターだってそう思うからそこに店を出すんじゃないの。つまりはそう言う事よ」
「そうかなぁ」
まぁいいか、シンジはアスカの示した方角に振り向いた。
ボフッ、くぐもった音と共にシンジの顔面に柔らかい球状の物が張り付いた。
シンジは頭を大きく左右に振ったがそれはぴったりとシンジに張り付いていて離れなかった。
「シンジ、それ何?」
後ろからアスカが質問してくるが、それを知りたいのは当のシンジの方であったろう。
謎の物体にしがみ付かれそろそろ息苦しくなってきたシンジにレイはツカツカと歩み寄り、それを掴んでシンジから引き離した。
シンジが荒く息をついていると、レイが掴みあげたモノがシンジに文句を言ってきた。
「おうおうニーチャン、おんどりゃ人にぶつかってきよってから満足にゴメンの挨拶も言えんのかい」
呆気にとられたシンジはレイの持つソレ、虎縞のオムツをした幼児を見つめた。
「え、ゴ、ゴメン」
「フン、こっちを幼児と思って舐めくさったら痛い目みる事になるんやで、ニーチャン」
その幼児は歳に似合わぬセリフを吐きながらシンジの頬をピタピタと叩いた。
「アナタ誰?」
さっきから幼児を掴みあげていたレイがその幼児に質問した。
普通だったらその異様なシチュエーションに硬直してしまい言葉を発することなど出来なかったはずだ。
しかし、彼女の中には未だシッカとした常識が固まっていないため、その異様な現象に柔軟に対処する事が出来たのだ。
その幼児はくるぅりとレイの方を見るとまるで幼気な幼児でもあるかのようにワァッと顔を綻ばせた。
「わぁ〜い、お姉ちゃん美人やなぁ、ボク、テンちゃん。よろしゅうなぁ」
「そう、良かったわね」レイは言葉と同時にテンを掴んでいた手をパッと離した。
「うわっ、綾波!」
レイのその行動に慌てたシンジは地面に落下するであろうテンを受け止めるため両手を前に差し出して飛び出した、左腕を骨折していることも忘れて。
しかし、テンはそのまま空中に留まっていたためシンジは空しくアスファルトにヘッドスライディングする羽目になった。
シンジの左腕はギプスで固定してあるとは云え、その衝撃で気絶したくなるほどの激痛がシンジを襲った。
「アイデェ〜ッ!!!」
最早日本語になっていない言葉を吐きつつシンジは地面をのたうち回る。
「シンジ!」
ハッと我に返ったアスカがシンジに駆け寄った。
「大丈夫シンジ!」
「えっ、アハハハ、大丈夫、痛いけど」
シンジは目に涙を浮かべて苦痛をこらえていた。おっとこのこぉ、である。
「ちょっとアンタぁ、アタシのシンジに何するのよ!」
アスカは空中をふよふよ浮かんでいるテンに指を突きつけた。
「うわぁ〜い、こっちも美人なお姉ちゃんやな〜」
しかし、大概の女性なら恐らく抱きしめたくなるようなテンのふわふわした動きもシンジのことで頭が一杯のアスカには通じなかった。
「お姉ちゃ〜ん」
「わ〜い、お・じょ・お・さぁ〜ん」
ダキッ!
突然後ろから高校生くらいのごく軽い雰囲気の男の子がアスカに抱きついてきた。
「ひ、いいいい〜!」
アスカの背中をゾゾゾとした悪寒が走った。その余りもの不快感にアスカは本気を出してそいつを蹴り飛ばした。
「何すんのよアンタはぁ!!」
そいつは近くの壁に叩き付けられた。普通ならアバラ骨の2〜3本も折れてしまうような鋭い蹴りであった、にもかかわらず。
「う〜ん、なかなか鋭い蹴りだ。ところでお嬢さん、住所と電話番号おせーて」
にこやかな笑みと共にそいつは手帳を取り出しアスカをナンパし始めた。
「くっ!(こいつ不死身か)」
「あ、ぼくは諸星あたる。ねぇお嬢さ〜ん、せめて名前だけでも教えてよぉ」
「こらアホーっ! ワイのお姉ちゃんに何さらしとんじゃあ!」
「ふん、ガキはすっこんでろ、ねぇねぇおせ〜ておせ〜てってばぁ」
「ちょっと、触らないでよ、あっちに行って!」
アスカはとてつもなく馴れ馴れしいあたるの態度には嫌悪感しか抱けず、努めてクールにあたるを退けていたが、あたるはそんなアスカの態度を全く意に介した様子もなく更に馴れ馴れしく付きまとってきた。
「そんなに連れなくしなくてもいいじゃないか〜」
「いい加減にしないと!」
アスカは体重を乗せた肘撃ちをあたるに叩き込んだ。
ぐふっ!
「こうなるのよ!」
さすがに今度の打撃は効いたようで、ヨロヨロと後ずさった。
しかし、「じ、住所と、電話番号・・・」それでもしつこくナンパを続けていた。
もはやここまで来ると執念を越えて何かの呪いが掛かっているとしか思えない。
いつもあたるを見ているテンでさえ、ここまでしつこいあたるには呆れたようで「アホにしか見えんなぁ。本当、ラムちゃんはこんなアホのどこがええのやろ」
「何を言うんじゃジャリテン!このお嬢さんに嫌われたのもみ〜んなお前のせいじゃ」
ボカ!
あたるは八つ当たりの拳をテンにぶつけた。
「こらーっ、いたいけな幼児に何さらすんじゃ! おのれの失敗を人のせいにするなーっ!」
「へん!な〜にが幼気な幼児じゃ、聞く耳もたんわ」
怒りに燃えたテンはあたるの背後に回ると大きく息を吸い込んだ。
「じゃあムリにでも聞かせたるわーい! すぅううううーっ!」
次の瞬間、大きく開かれたテンの口から紅蓮の炎が吐き出されあたるとその軸線上のアスカ達を襲った。
「!!!!」
予想を超える現象に対処できずアスカは目をつぶってその場にうずくまった。
「ギャアアアアアアーッ!!!」
テンの放った火炎流があたるを襲い、あたるの悲鳴がアスカの耳に入ってきた。
ああ、次の瞬間にあの炎がワタシを焼き尽くすのね、まだシンジに何もして貰ってないのにぃ。
アスカが目をつぶって踞っていると、肩になにかがあたった。
「キャアアーッ! 熱・・・くない!?」
「アスカ、大丈夫?」
声が聞こえたので目を開けたアスカの前にシンジが心配そうな顔で立っていた。
「あ、ありがとうシンジ。何がどうなったの?」
「う、うん。ぼくにはさっぱり」
「アイツは?」
アスカが慌てて周りを見回すとあたるが黒こげになって倒れていた。
「じゃあやっぱり幻覚じゃなかったんだ、でもどうして無事だったのかしら」
「う〜ん、分からない」
実際、レイがとっさにATフィールドを張らなければあたる共々アスカ達も手ひどい火傷を負っていたことは間違いない。
「レイは?」
アスカは会話に参加してこないレイが心配になりシンジに聞いた。
だが、シンジに対しての質問は直接レイが返してきた。
「わたしも知らないわ」
「あ、よかった無事だったのね」
「ええ、ありがとう」
「それにしてもあのガキ! いきなり非常識な事をして! とっちめてやらなきゃアタシの気が済まないわ」
「ワイが悪いんやないで、そいつが、あたるのアホが悪いんやんか」
「そこにいたか! 覚悟は良いわね」
「アスカ、すこし可哀想だよ」
「アタシのシンジに危害を加えるなんて!問答無用よ」
怒りに燃えるアスカの背後には紅蓮の炎が燃えていた。
「堪忍してぇや〜!」
テンはアスカの手が届かない場所、空高く上がっていった。
アスカは何か投げるモノがないか周辺を見渡したが何もないことが分かり、靴を脱ごうとしたところをシンジに止められ、断念した。
「キーッ! なんか無性に悔しいっ」
アスカはその場で地団駄を踏んだ。
その拍子に倒れていたあたるの腕を踏んでしまった。
「あ、いけない。さすがにちょっと可哀想ね」
「ボクのことを心配してくれるなんて、なんて優しい人なんだ、君は」
一瞬のうちに復活したあたるがアスカの手を取った。
「うぁ、あんた達には常識ってもんがないの? ケガしてもすぐ直るし、火は吹くは空は飛ぶは」
「は、は、は。そんなことはどうだって良いじゃないか。今大切なのは君の住所と電話番号・・・」
「ほほぉう。ダァ〜リン! 何してるっちゃ!?」
突然あたるの頭上から声が聞こえてきた。
「ゲッ、ラム」
あたるが素早く頭上に振り向くと空からセーラー服を着た緑の髪の少女が降りてきた。
彼女は剣呑な目つきであたるを睨み付けていた。
その頭上に立つ2本の角の間には放電によるスパークが輝いていた。
「ウチと云う者がありながらぁ、毎週毎週浮気ばっかり! 絶対許さないっちゃ!」
「ま、待てラム。話せば分かる!」
「ウチには何もかも分かってるっちゃ! しかもこんな中学生にまで手を出して! 恥ずかしくないのケ!?」
ピシャーン!!!
ラムが指先を向けるとその先端から雷光がほとばしり、あたるに突き刺さった。
「うぎゃおうえええええーっ!!」
先ほどの数倍の悲鳴を上げたあたるはその場に倒れたままピクピクと手足を痙攣させて動かなくなった。
「さぁダーリン、おとなしく帰るっちゃよ」
ラムはあたるの襟を掴み、アスカ達の方を向き直りペコリとお辞儀した。
「皆さん、ご迷惑をお掛けしましたっちゃ。この通りダーリンは連れて行きますので、これで失礼するっちゃ」
ラムはそのまま空中に浮かび上がり、あたる共々 空へと消えていった。
「まったねぇ、バイバーイ」
しばらく呆然とその光景を見ていたアスカ達であったが、やがてアスカが重々しく口を開いた。
「私たち、ほんっとうに異世界に来ちゃったのね」
「うん、そうだね」
「わたし紅茶が飲みたいわ」
「へっ?」
アスカは突然脈絡のないレイのセリフに戸惑った。
「どうしたのレイ」
「喫茶店に寄るんじゃなかったの?」
「あ〜、そうそう。すっかり忘れてたわ」
「なんか最近、レイ食いしん坊になって来たんじゃない?」
「そういえばそうね、シンジの部屋にいる時も何か摘んでるし」
「だって、運動してるもの」
「ええ、ウッソォ、いつよ」
「今もしてたわ」
「そう? 気付かなかったわ」
「それは良かったわ、余り知られたくないもの」
「?」
「行きましょう」
そう言うとレイはスタスタと歩き始めた。
「ああ、ちょっと待ってよ」
レイの見事なボケによって、孤立感に襲われていたシンジとアスカは何となくほっとした気持ちになった。