作者:EINGRAD.S.F

 クロサキが言った物をメモに取った横島であったが、まさかこれが美神令子を窮地に追い込む書類であるとは知らなかった。

スーパーSF大戦 インターミッション

横島ファイル

その三。

 玄関まで見送ってくれたクロサキに礼を返して横島は取りあえず自宅に戻った。
 所用があったとは言え二日間もバイトを休むと給料明細が怖い事になる、更に言えば美神の顔も怖い事になる。
 美神は自覚していなかったが、彼女にとって横島の存在は無くてはならない物になっていた。
 セクハラをしたと言っては神通棍でぶちのめす毎日だが、自宅でシャワーをしていると云うのに彼が居る時にわざわざ事務所でシャワーを浴びて横島を刺激し覗いたといってはブチのめし、夕食時に事務所でミーティングをして文句を言いながら食事を振舞う、等と積極的に向こうから自分に依存せしめる構造を作り出していた。
 『自分は一人で生きてゆける、世界人類が滅んでも自分だけは生きのびる』と豪語して止まない美神は個人用の核シェルターを秘密裏に随所に建築しており、あくまでも強がりを通しているのだが、裏を返してみれば…。
 その対象たる横島はそこまで深く考えずにいたが、丁度夕飯時でもある事だし、と美神除霊事務所に足を向けた。

「ちわーっス。横島忠夫、参りましたぁ!」

 彼がドアを開けて事務所に入ると、事務室の奥に令子が座って腕を組んで彼を睨みつけていた。
 その無言の圧力に横島は気圧される。

「な、何スか美神さん」
「別に、まったく夕食時を狙ってくるなんてガッついてるわねアンタも」
「仕方ないじゃないっスか。食費にも事欠いてるんスから」
「それじゃあアタシがアンタの給料ケチってるみたいじゃないの!」
「…みたいじゃなくて、十分ケチってガフッ…」

 突然飛んできた分厚い六法全書が顔面を直撃し横島は完黙した。因みにこの六法全書は美神の愛読書である、何故なら如何にしてその裏を掻いてボロ儲けするかを日々考察し検討する為に必要不可欠な物だからだ。

「まったく、折角アタシが飼ってやってるっていうのに生意気なのよっ横島の癖に」

 ジャイアニズム満載の言葉を放ちながら肩を怒らせて美神は2階の住居スペースへ行ってしまった。因みに横島は頭から血を流して床に転がったままだ。

「あれ? 美神さん、今横島さんの声がしませんでした?」

「気にしなくて良いのよおキヌちゃん」

「はぁ、そうですか」

「拙者も先生の声が聞こえたで御座…る…キャイ〜ン…」

「はぁ、学習能力が無いわね、このバカ犬は」

「誰が莫迦犬でござるか、タマモ!」

「アンタよアンタ、バ・カ・イ・ヌ」

「拙者は狼でござる」

「まあまあふたりとも落ちついて」

 と上の階からはいつもの賑やかな声が響いてくる。誰も横島の事に気付いていないようだった。


 数分後。


「こんにちは〜、令子居る〜?」

 そう言って事務所に入ってきたのは令子に雰囲気が良く似た大人の女性である。そんな彼女の懐には一歳ばかりになった幼児が抱かれていた。
 勝手知ったる娘の事務所だけあってためらいも無く足を踏み入れた彼女の足に「ぐにゅっ」とした妙な感触が。
 なにかしら? とばかりに足元を確認して見ると…彼女のハイヒールのカカトが横島の側頭部にメリ込んでいた。

「!!!!」

 ぐうの音も出ない所を見ると、止めを刺してしまったようだ。
 しばし固まっていると腕の中の幼児、美神ひのめが横島の方へ腕を延ばして拙い言葉で話した。

「あぅ〜、にいにぃ、し?」

 それに我を取り戻した女性、美神美智恵は絶叫した。

「令子ぉ〜っっ!!」

 更に数分後。

 頭に瘤をこしらえた令子が居間のソファーでブー垂れていた。

「ママッ! いきなり人の頭殴らないでよ」
「なに言ってるの、横島クンを放って置いて、幾らあの子が丈夫だからって甘えてんじゃないの?」
「…トドメを刺したのママのクセに」
「(ニコッ)何か言ったかしら令子ぉ」

 都合の悪い事を圧倒的な力によって圧殺するのは彼女の長女に限った事では無いらしい。
 美智恵の微笑みの裏には何も言わせぬ迫力が満ち満ちていた。
 それを見てしまった美神は慌ててフルフルと頭を振ってそれを否定する。

「ハァ…こんなに強情になっちゃうなんて教育方針を間違えちゃったかしら。ヒノメちゃんはおねえちゃんみたくならないようにちゃんとそだてまちゅからねぇ〜」
「ばぶぅ〜、ハァ〜イ」
「…クッ…!」

 鋼の神経を誇る美神も、敬愛して居る実の親から「アナタは失敗作だ」などと面と向かって言われたら絶句するしかなかった。

「で、横島クン。今日はなにか令子に用事があったんじゃ無いの?」

 美智恵がそう仕向けると、先刻復活したばかりの横島は強力なバックアップが付いている安心感からか、比較的余裕を持って話しを切り出した。

「済みません隊長。えっとですね、美神さん」
「ナニッ!」

 ギロリ、とヤクザも裸足で逃げ出すガンヅケで威嚇してくる美神に、横島は思わずたじろぐ、が、強力なバックアップがフォローを開始した。
「令子、アナタ都合が悪くなると人を威嚇するクセ止めなさい」
「何言ってるのよママ。コイツの生殺与奪の権利はアタシにあるって事を」
「…ハァ、ねえ令子。もしも今の言葉が城戸大臣の耳に入ったら、アナタどうなるか、分かってる?」
「や、止めてよ脅かすのは。それに私なんかが」
「アナタは日本でも最優秀なGSのひとりで長者番付の上位にいるし、目立ってるわよ、充分に」
「…ヤバイかな?」

 流石に自分が境界域を踏み越えているらしいと気付いた美神はその影に脅えた。

「そうねえ、今イキナリ聖闘士セイントが乗り込んできても不思議とは思わないけど、取りあえず彼の用件を聞いて上げたら?」

 そう促す美智恵には逆らえず、美神は横島の言葉を待った。

「…言いたい事があるなら言いなさいよ」

 飽くまでもつっけんどんな態度で対応する美神であった。
 だが、横島は今のふたりの会話を聞いて気が楽になり希望が沸いたのか、この前断られた用件を口にした。

「バイト代上げて下さい」
「却下っっ!!」

 間髪入れずに美神は言い放った。さすがに打たれ強い横島も言葉が無い。

「それだけ? この前、それを断られてから新しい取引材料も無しに良くもそんな事が言えたわね!」
「だってですよ、オレはもう生活がイッパイイッパイなんじゃーっ!!

 魂の絶叫であった。横島の言葉にこの場に居た皆、美智恵、ヒノメ、おキヌ、シロ、タマモは涙をこぼしそうになったほどである。だが、当の美神はせせら笑いを浮かべながらこう言い切った。

「そんな事、アタシの知った事じゃないし!」

 冷たく言い放った言葉はこの場を凍結させた。
 因みに、城戸沙織大臣率いる聖闘士セイントが動くのは「未成年(被保護者)に対する虐待」についてである。その他の要因で動く事は少ない。だが、今の令子の言葉は充分にその範囲に入っている。
 何故か令子の言葉を聞いた美智恵は焦った様子で割って入った。

「横島クンッ! 本当の用件はそれじゃないでしょ」
「あ…はぁ、まぁいいか。美神さん実は」
「ふんっ、何よ!」
「俺のクソ親父が勤めていた会社に行って給付金の申請をしたいって言ったら、え〜っと」

 彼はポケットに突っ込んでいたメモを見ながら美神に言った。

「給料明細と家計簿、それと後見人資格証の写し三つが居るって事なんで…す…けど…ゴゴゴゴゴって…ぇえ?!」

 ふと気付いて美神の姿を見た横島は仰天した。
 美神は額に滝の様な汗を浮かべ、何かに逡巡する様子を浮かべながらも突き起こされる怒りに身を任せ、光り輝く神通棍を頭上に構えて居たのだ。

「ヨォーコォーシィーマァーッッ、アンタはアタシからの恩を忘れて…給付金だぁ!? アタシの金じゃ足りないって言うのかぁっ!」
「だから前々からそう言ってるじゃないっスか」
「このゴクツブシの宿六がぁっ!」→因みに普通『宿六』と女性が男性を呼ぶ場合、彼女の亭主若しくはそれに類する関係を指す。彼女の無意識が出ていて興味深い単語だ。

 轟音を立てて振り降ろした神通棍には確かに殺気が込められていた。

「どわぁーっ!」

 本能のままにヒラリと避けた横島の直ぐ横の床にメリ込んだ神通棍は、床の木材を粉砕して止まった。
 目が点になりつつも、その普段では考えられない只ならぬ威力に横島は戦慄を感じた、『このままでは殺られる』と。
 どうしてここまで腹を立てるのか横島には理解できなかったが、それが本気である事は確実である。
 そして攻撃した側の美神は神通棍が横島を壊していない事を不思議に感じつつ、爛々と光る目を彼に向けて、こうのたまった。

「よこしまぁ、何でよけるぅ!?」
「当たったら死ぬわーっ!」

 悪鬼が乗り移った様なウツロかつ、殺気に満ち満ちた表情に横島は腰を抜かしたのかその場にヘタリ込んでしまった。
 それを隙在りと見たのか、立て続けに神通棍による美神の攻撃が振り降ろされる。
 しかし、横島はその連続攻撃をまるでゴキブリの様な素早さで交わし続けた。
 ほとんど奇跡のような動きであったが、これも美神がGSとして独立して事務所を開いた当初から、雇用主とアルバイターと云う関係ながらもずっと顔を付き合わせて来た経験値の賜物である事は間違い無かった。
 美神の攻撃を奇跡的な動きで櫂潜り、横島は脱兎の如く応接室から逃げ出した。
 もちろん間髪を入れず美神も追い掛けてゆく。
 その場に居た全員が、止められる物なら止めたいと考えていた、が、ああなった美神を止められる物では無い事も理解していた。

『ああ、横島さん、私に力が足りなくてゴメンなさい』
『先生、骨は拾うでゴザルよ。くぅ〜ん』
『バイバイ、ヨコシマ。アナタの事は忘れないわ』

 美神除霊事務所の女性所員達は涙を呑んで見送った。
 そんな風に見られていた美神の行動は常軌を逸して居たが、その行動に疑問を持ったのは彼女の事を生まれた時から知っている美智恵その人である。
 そこで彼女は自分が抱いていたヒノメを、硬直しながら部屋の片隅にたたずんで居たふたりのケモノ娘に預けた。
 因みにヒノメも1歳になり、行動力も発火能力者パイロキネシストとしての霊力も増して居る、とだけ言っておこう。

「タマちゃん、シロちゃん、ヒノメのお守よろしくね」

 ひょいとばかりに預けられたヒノメは、抱きならされた感触ではなく、何となく足りない物に不安を憶えたのか火の玉の様な泣き声を上げた。



「うっうっうっうわぁ〜ん、マンマァ〜!(悲)」

ボフッ

「きゃーっ! 熱ちちちち(涙)」

「ひーん、ヒノメ殿ぉ堪忍でゴザルよぉ〜(泣)」

「あぁ〜ん…うあ? キャッキャキャッキャ♪」

 美智恵には先程の美神の行動は妙に執拗で、まるで何か知られちゃイケナイ事実をゴマ化しているように感じたのだ。

「ああああああ、タマモちゃん、シロちゃん大丈夫っ!?」

 美智恵はオロオロしながらシロとタマモの手伝いをしようとしていたおキヌを捕まえた。

「おキヌちゃん、ちょっと良いかしら?」
「え、えっと…」

 ヒノメに翻弄されるふたりの様子が気になるのか、人の良いおキヌの目はシロとタマモの様子を追いつづけた。


「おキヌどのぉ〜、お助けをぉ〜」

「助けておキヌちゃん〜」

「きゃあ〜い♪」

 ふたりの悲鳴が事務所の敷地内に木霊する。

「あの…私…シロちゃん達が…大変な事になってるんですけど」
「横島クンがピンチなのよ」
「ハイ、分かりました。何でも言って下さい!」

 美智恵の一言でおキヌは後ろの惨劇の事を綺麗サッパリ忘れ去った。

「酷いでゴザルゥーっ」

「おキヌちゃんバカァ…」

「で、横島さんの為に、私は何をすれば良いんですか?!」
「さっき横島クンが言っていた書類を持ってきてくれないかしら?」
「ラジャー!」

 この事務所の整理整頓を司って居るのはまさしくおキヌ本人である。勝手知ったる事務所の中、迷わずにささっとその書類を引き出すと美智恵に渡した。

「はい、どうぞ」
「ありがとうおキヌちゃん。ふぅ…む。なるほど、謎は解けたわ」

 そこに書かれていた内容を読解した美智恵は、まるで少年探偵が迷宮入り寸前の事件を解決した時のような笑顔を浮かべてそう言い切った。

「人工幽霊一号、ちょっと良いかしら」
『ハイ、マスターのお母さま』
「今、令子達は何処に居るかしら?」
『はい、現在マスターは地下の車庫にてボロ雑巾の様になった横島様に止めを刺そうとなさっている所です』
「! 急いで通信を伝えて!」
『イェス、マム』


 フフフフフとイヤな笑いを浮かべながら美神は神通棍を振り被った。

『そこまでよ令子!!』
「ふっふっふっ、横島ぁ、アンタが私に逆らうなんて100億年早いのよぉ〜ぉお」
『これを見なさい令子』
「ウルサイなママは…ヒッ!」

 そこに映った映像に美神の心臓は鷲掴みにされた様な衝撃を受けた。

『令子、アナタ政府要衝の方と繋がりが出来て改心したんじゃなかったの?』
「え、だって…私が稼いだお金なのよ。何で何の苦労もして居ない連中に寄付しなくちゃイケナイのよ?! 理不尽じゃないの!?」
『ハァァア…、私がGS協会とオカルトGメンの発足に奔走して居るって時にアナタって子は…ハァ〜アア。…産むんじゃなかった』
「な、何よ、幾らママだって言って良い事と悪い事があるでしょ!」
『やって良い事と悪い事の区別も出来ない子供にいわれたくありません。以前いた私達の世界の政官財癒着構造が完成していた国ならともかく、今の日本はね、本当の意味で誠実な政治家しか生き残れ無いの。そんな政治家達が社会環境を整えて、官僚が運営して、自衛隊が命を張ってようやく人類の敵性体の侵略に対応出来たのよ? でなければ今ごろ地球人類が滅亡していた可能性だって否定出来ないって言うのに』
「大丈夫よ、世界人類が滅んだって私だけは生きのびて見せるから♪」
『…はぁ、三大財閥の当主達がアナタの様な価値観を持っていなかった事に感謝するわ。彼らが孤独の超越王を気取っていたら今ごろ日本は彼らしか生き残っていなかっでしょうからね、もちろん大部分の人が辿った道をアナタも辿った事でしょうけど』
「そんな事ないわよ。どんな数の暴徒が攻めて来ても追い返せるだけの武器は用意していたし、核シェルターも何基かはこの世界に来ていたし。どんな手を使っても生きのびるに決まってるでしょ。私は美神家の女、美神令子なのよ」

 何かを履き違えている、この愚かな娘は。
 如何に私が世界と令子を救うためだったとは言え、この子の側を離れたのはやっぱり失敗だったのね。
 取り返しの付かない過去に絶望しつつも、前しか見ない女、美智恵は出来る事を始めた。

「令子、アナタには荒療治が必要なようね」
「私は完璧じゃん。スタイル、マスクは言うに及ばず料理だって完璧にこなすし倹約家だしバイタリティーに溢れてるし自分の意思を貫き通すだけの度胸も在る。これは皆ママが教えてくれた物なのよ!」

 確かに令子が言った通り、美智恵の教育方針はその様に考えられほとんどマインドコントロールの様に幼い頃の令子に言い聞かせられてきた。
 だがそのお陰でちょっと我が強いが素直な「れーこちゃん」がこんな3π[rad]ほどヒネくれまくった性格になってしまったのも事実であった。
 パイパーによる妖術によって歳を食われて幼児に戻った時と、幼児の頃に美智恵によるタイムスリップによって現代に現れた時と、自分達の前に存在した事のある就学前の「ちょっとわがままだが素直で純真な令子ちゃん」の2例を知っている横島とおキヌ。
 そしてふたりはタイムスリップによって来訪した際の美智恵の英才教育の実情をを知っていた、だからおキヌは今の令子の言葉は心当たりが有り過ぎた、よって批判の意味も込めて美智恵をチラッと見てしまったのも無理からぬ事であったが…そこに令子以上の鬼を見てしまった以上何の言葉もあろう筈も無かった。

「そう、完璧なの?」

 敢えて自分の言った言葉を繰り返す美智恵に令子は違和感を感じた。だが、それを敢えて否定する気は起こらなかった。

「勿論よ、ママ」
「…そう、じゃあひとりでもやって行けるわね? 当然」

 寝耳に水の爆弾発言であった。




日本連合 連合議会


 岡田さんのホームページにある掲示板「日本連合 連合議会」への直リンクです。
 感想、ネタ等を書きこんでください。
 提供/岡田”雪達磨”さん。ありがとうございます。


スーパーSF大戦のページへ







 ・  お名前  ・ 

 ・メールアドレス・ 




★この話はどうでしたか?

好き 嫌い 普通


★評価は?

特上 良い 普通 悪い