作者:EINGRAD.S.F

インターミッション

シンジ達の日常


− ベストセラー −



 様々な世界が無差別に融合してしまった時空融合後、暦の方もかなり混乱してしまった事は想像に難くないだろう。
 だがそれでもゴールデンウィークはやって来た。
 去年の今ごろと比べると天と地ほども差があるのは社会が急速に安定して来ている事の現れだった。
 だが、いかにGWと言えどもサービス業としては稼ぎ時であったし、融合景気にあったこの頃は工期や納入期日に間に合わせる為、公務員以外の社会人はそれほど休めた訳でも無かったようだが。
 だが、それは別にして基本的にそんなしがらみとは関係無い学生達は心待ちにしていたのだ、この時を。そしてゴールデンウィークを迎えた彼らの前には・・・日数割にしては結構な量の宿題も又、共にあった。
 スーパーロボットを駆り、日本連合の平和を守る彼らであったが、江東学園に籍を置く学生の身である以上彼らにも普通の生徒と同様の宿題が出されていた。
 もっとも、GWは一週間程度の短期間の短期集中休日でもあり、中学3年生の彼らに出されていた宿題はそれほど大した物ではない。
 せいぜいが読書感想文程度のものである。
 推薦図書の一覧が配られ、ゴールデンウィークが終わって最初の課業までに何とかやって置かなければ成らない訳だが、いつどういう予定が入るか分からない彼らは課題が出されたその日の内から読書感想文に取り掛かっていた。
 勿論、予定としてはその後の日は遊び倒す予定である。
 ただし緊急出動要請があれば彼らは直ちに出撃準備に取り掛からなければならないので、残ってしまうと面倒臭い物を早めに済ませておくのは職業病とも言える習慣となってしまうのだが。

 さて、江東学園の図書室が数多くの蔵書を誇っている事は容易に想像できるだろう。
 何しろ下は幼稚園から上は大学院まで備えた巨大な学園なのだから。
 幅広い学年層が要求する様々な図書を完備する必要がある訳である。
 極論すれば、18歳未満閲覧禁止の有害指定図書ですら社会学の資料として使用する可能性があるとして、資格を持った学生の請求があれば図書庫から取りだせる様な仕組みにすら成っていたのだ。
 この融合世界にある図書館としては、規模として国会図書館に次ぐ物である。

 GW直前の最終授業日の放課後、彼らは前以って選んでいた本を借りるべく図書館へと足を運んだ。
 そこで彼ら三人が読書感想文の題材に選んだ本はそれぞれちょっと意外なものになった。
 ちなみにこの日、星野ルリ「ちゃん」はハーリーとラピスに連れられてとっとと帰っていた。
 実は時空融合時にフランスから来ていた事から元フランス国籍と言う事で、ジャンとナディアがパリ自治区のパスポートを優先的に手に入れていたらしく、タカヤノリコが発案しハーリーとラピスもそのパスポートの予備人員枠に潜りこんで一緒に行かないかと誘われていたので、ルリを巻きこんで今日は買い物だそうである。
<「だったらふたりで買い物に行ったら良いんです。何で私まで買い物に付きあわなければならないんですか。私は行かないのに」(怒)>
 もうひとり霧島マナは何やら用事があるらしく、この日はそそくさと姿を消していた。
 彼らが学ぶ学舎とは別棟になっている広い図書館内に入ると、シンジは推薦図書にも選ばれていた流行りの異世界ノンフィクションの「沈黙の艦隊、海江田艦長とクルー達」「沈黙の艦隊・海江田志郎の理想」の本が新書の棚にある事を発見した。

「あ、こんな所にあった。アスカ、レイ、ちょっと待っててくれないかな?」
「なんで?」
「あ、うん。僕の探していた本がここにあったから先に取っとこうと思って」
「じゃあ、さっさと取ってきなさいよ。私達先に行っているから」
「え…うん、分かったよ」
「じゃ、レイの方、先に行ってましょ。レイの探している本は……」

 少し躊躇しているレイの背中を押すようにしてアスカ達が行ってしまうのをシンジはちょっと寂しい顔をして見守ってしまった。
 待っててって言ったのに…とか何とかぶつぶつ言いながらシンジが新書の棚から本を確保し後ろを振り返ると、既にアスカとレイの姿は別館の連絡通路がある本棚の向こうへと消えてゆく所だった。
 急いで追いつこうと脚の運びが早まったが現在の場所は司書の人たちが詰めている図書館案内ステーションがある玄関近くである。
 シンジは焦ってはいたが走るわけにも行かず出来るだけ早歩きで二人の後を追ったが…しっかり見失った。

「あ〜ぁ、ほら思った通りになっちゃったよ。だから言ったのに、アスカって本当に…」

 とそこまで口にして、以前に「口は災いの元」と言う事を実践した出来事を思いだしたのか慌てて周りを見まわしたが、やはり居ない者は居なかった。
 ホッとしたような、残念なような気持ちでシンジは彼女達が向かったと思われる図書区画へと足を向けた。

 彼は詩集等が集められて居る区画へと歩き出した。
 何故そちらに向かったかと言うその根拠は「先にレイの本を探すって行ってたから、多分こっちかな? いつも専門書か詩集を読んでいるみたいだけど、専門書の感想文は流石に、」と言う事だそうだ。
 だが、残念ながらシンジが急ぎ足で数百メートルも移動したと言うのにレイとアスカの姿はそこに無かった。

「あれ? おかしいな、いないや。もうアスカの方へ行っちゃったのかな? 」

 しばらくの間、膨大な数の詩集などが集められた一角(と言っても様々な世界に存在していた偉大な詩人でも世界によって読まれた詩は微妙に異なる事が有り各世界毎の本を始めとして各世界の著名な詩人の世界毎の比較研究書まで結構な数の書籍が揃えられているのである、それを収めた多量の本棚が縦横無尽にある為に見通しが非常に悪い)を探したのだがようやく諦めたのか別の場所へと移動を始めた。

「さぁ〜て、じゃあアスカは何の本を…アスカだったらマンガ本? 」

 それを聞いたら間違い無く雷を落とすであろう言葉をボロボロとこぼしながら彼は当ての無い旅路に就いた。

 取りあえず「マンガのコーナーってどっちだっけ?」

 凡そ40分も経過した頃だろうか、シンジはようやくふたりの姿を発見した。
 この広大な場所の中、何の根拠も無く勘だけで探し物を続ける愚に気付いた彼は新たな行動にでた。
 今となっては遥かな昔だったような気がするが…時空融合以前の過去に、とある妙齢の女性と行動を共にした時、似たような状況に陥った事に思い当たった。
 その人物はその時にこう言う格言を残していた。曰く「システムはこう言うときに利用すべきものよね〜♪」
 懐かしい顔と共にそんな事を思い出し、メランコリックな気分で館内放送でアスカとレイの呼び出しをして貰おうと玄関の図書館案内ステーションへ顔を出したシンジが見たものは…イライラを隠そうともせずにつま先で床を一秒間に何回ノック出来るかに没頭している赤い髪の少女と少し大判な本を抱えた蒼い髪の少女であった。
 声を掛けようとしたシンジの口はアスカの放つ鬼気に圧され直ぐに閉じられてしまった。
 その時、在らぬ方向を向いていたアスカの視線が突然シンジに向けられた。
 途端に集中する緊迫感にますますシンジの動きは少なくなってしまう。
 だが、予想に反しアスカの口から怒声が発せられはしなかったのだ。
 その代わり、ニィ〜ヤァリィ〜とばかりに口の端を歪め、ズンズンと毛並みの深い絨毯に脚を踏み締めながらシンジの前に立ちはだかった。
 当然の様に初対面の時と同様に腰に両手を当て胸を張ったポーズ(これをAkimboと言うそうです。気の強い女の子専用)で彼を睨みつけていた。
 そこはかとなく漂ってくる焦臭い雰囲気に焦ったシンジは狼狽し、余計な言葉を口にしてしまった。

「や・・・あ、アスカ。マンガのコーナーに居なかったから何処にいたのかと・・・」
「まんがぁ?!」
「え!? あ、じゃなくて! その、あの、何を借りてきたの? アスカは」
「フン、「イチゴ畑のニンジン大統領」、明日書店、七味とうがらし! メルヘンよ」
「ア、ハ、そうなんだ。うん、に、似合ってるよ」

 緊張気味にシンジがそう言うと一瞬頬を赤らめたアスカであったが、次の瞬間それを振り解くかの様に顔を振ったかと思うと目にも止まらぬスピードでシンジの耳を引っ張り無言で玄関に向かった。

「あ、てって、痛いよ、って、ちょ、アス、ちょっとまっ、待ってってててて! まだ図書カード、この本貸し出しにして貰ってないんだっ」
「え〜っ?! こんなに人を待たせておいてまだグズグズしてた訳ぇ? …レイ、お願い」
「ええ、分かったわ」
「ホラ、シンジはこっち!」
「ちょっとアスカ・・・…」

 玄関の自動ドアが閉まると彼らの声は完全にシャットアウトされ、途端に図書館内に静寂が訪れた。
 ガラス扉の外で繰り広げられている光景も大変に気になったが、取りあえずシンジが持っていた本をカウンターへ持ち寄るとシンジの図書館カードを提示した。

「はい、貸し出しですねぇ…あら、碇シンジさんというのですか?」

 訝しげな表情で司書が聞いてくるが、レイは特に悩まず返答した。

「ええ」
「あなたが?」
「いいえ、違うわ」
「なら貸し出しはできません。図書館カードは本人のみ利用が出来る事になっています。規則ですから」
「そう…なら」

 そう言いながらレイは先ほど使った自分の図書館カードを取りだすとそれを提示した。

「私が借りるわ」
「それならまぁ…ちなみに又貸しも禁止されていますよ、規則ですから。本人じゃないと困ります」
「……でも本人は……」

 そうレイが言うとふたりの視線は窓の外で繰り広げられている光景に向けられた。
 エライ事になっていた。
 へろへろになったシンジが本を借りられたのはそれから40分後の事、閉館時間間際だった。

 さて、そんなこんなでGW到来。
 巴里自治区に出掛けるジャン、ノリコ、ハーリー、ナディアにラピス、そして学校側の指示で一緒に行動する事になった高等部の生徒である猿飛肉丸と霧賀魔子の七名を見送ったシンジ達5名は五月五日に行くピクニックの準備と宿題を済ませてその日を待ったのだが…
 一連の騒動は彼らの貴重な休日の予定を粉々に撃ち砕いてしまったのである。
 ベイフロントでの事件によって一時はエヴァンゲリオンの久々の出動もやむを得ないと考えられたため、彼らエヴァパイロット達はSCEBAIのエヴァ専用ハンガーで待機する事態となった。
 幸いにして待機だけで警戒体制は解かれた為にエヴァの出動は無かったものの、その拘束時間は結構な時間に渡っていた。
 待機状態に伴う規定の検査の為、病院での検査その他が終了する頃になると、既にゴールデンウィークもほとんど終わっていて、ルリやマナと連れ立って計画を立てていたハイキングも当然中止となっていた。
 疲労した彼らは待機指令が解除されると直ぐ様寮へと戻った。
 実際の出撃が無かったとは云え、命のやり取りを行わなければならない実戦に何時投入されるか分からない待機状態というのはかなりの精神的な不安が掛かり、ストレスとなる物である。
 ましてや彼らは中学三年生と云う未成年である。余りある若さによって衰弱こそしなかったものの、体力回復の引き換えに激しい睡眠を欲したのも無理は無いだろう。
 その為、彼らは部屋に戻りひと風呂浴びるとそのままベッドに倒れこんでしまった。
 その眠りは果てしなく深い物であった。

 翌日目を覚ましたのは激しい空腹感によるものだった。
 シンジが音を立てて抗議するお腹の音に気付き目を開けると、目の前に赤く光る複眼をグルグルと回して「腹減った!」と訴えかける三匹の火蜥蜴の顔があった。。
 普通だったらギョッとする光景であったが、シンジは慣れたもので笑い顔を浮かべながら体を起こした。

「おはよう、エース、、、あっそう云えば昨日のご飯つくって上げられなかったんだっけ。ゴメンゴメン」

 シンジが謝ると青銅火蜥蜴のエースが大迎な態度で肯いた。
 立ちあがったシンジの肩にエースはしがみ付くと、ブルーとタマは翼を翻してテーブルへと急ぎ「早く早く」とばかりに首を上下させている。
 シンジは冷蔵庫にしまわれている生肉(SPFポークか牛肉が多いが、臭いがきついマトンや最近始まった捕鯨で出まわり始めた鯨肉も喜んで食べる様だ)と一大漁港の沼津が近い為に比較的安い生魚(鰯やシーラカンスの一種等の雑魚)を取りだし浅いバットの上に盛り付けた。
 因みに鱗も内蔵も取っていない。その方が栄養的に優れており、又、彼らも喜んで食べるからだ。
 野生動物と言うものは自分に必要な栄養素が何であるか、自然と嗅ぎ分ける才能を持っている、(持っていないのは人間くらいだが)その為大概の場合シンジはサービスが進み内蔵を取り除いた状態で三枚に卸した状態で売っているスーパーよりも旧来の魚屋さんで購入する事が多い。
 それはさておき、食事を出された火蜥蜴達は飛びかかるように(平らな)バットに殺到すると、中に盛られていた食事にありついた。
 未だに身体の小さい火蜥蜴達のスタミナは小さい為、一晩の飯抜きでも結構堪えるのだ、育ち盛りだし。
 彼らは食事にあり付いた嬉しさからか、虹色の複眼をグルグルと回転させながら肉片を噛みちぎり、咀嚼して飲み込んでいった。
 見慣れぬ人達が見たら、特にドラゴンに対して敵概心の強い宗教を持つヨーロッパ系の人間からすると彼らの食事風景は薄気味悪い以外の何物でも無かっただろうが。
 火蜥蜴達に朝食を与えたシンジは自分用のパンをトーストして朝食を済ませた。
 そして手間な事に三人分の弁当をこさえ、最初の課業へ向かうべく制服に身を包んだ。
 勿論の事、GWの課題、読書感想文も忘れずに鞄に詰めこんでいる。
 こうして、よもやの事態を想定して早めに宿題を済ませていたお陰で宿題忘れの刑に処される心配が無かったのはシンジ達にとって幸せであった。
 その点、担任教師の春麗先生は厳しいのだ。
 寮の前で落ち合った三人は揃って教室の席に着いた。
 三人は宿題を終わらせていた為、余裕勺々であったが中には提出時間ギリギリまで粘っている生徒もチラホラと見うけられる。
 そこへ勢い良く扉を開けてトレパンに身を包んだ担任教師の春麗が颯爽と入ってきた。

「はーい、おはよう皆さん。では早速宿題を回収します、名前順に呼びだすからひとりずつ持ってくるように。残りの人達、騒がないでね」

 ジロリと教室を見据え念を押すが、既に彼女の性格は皆掴んでいた為、その指示から逸れた行動をしようと云う者はほとんどいなかった。

「では出席番号一番、綾波前へ」
「はい」

 レイはレポート用紙に書きこんだ感想文を春麗に手渡した。
 だが、受け取った宿題の題を見て春麗は少し意外そうな顔で、レイに訊いた。

「ふぅん、意外ねぇ。本が好きそうなのに・・・、全国児童書協会幼稚園児制作童話傑作選、ふたば幼稚園新世紀元年度発行[ ぶりぶりざえもんの冒険・立志編 ]? 何故、幼稚園児の描いた絵本を選んだの?」
「私が人の心を描いた物語を探し、この作品に行き当たったから」

 春麗は真面目なレイがふざけたような本を選んだ事に当惑した。
 彼女の身上書からはその様な面は見えて来なかったからだ。

「この[ぶりぶりざえもんの冒険]が? 」

 そのふざけたと言うか幼稚なセンスで付けられた名前に春麗は不快感を覚え、原典に当たっていないにも関わらずそれに対する評価をする事にためらいを覚えた。

「はい。それに加えて、この話の端々にぞっとする程深い意味の言葉が織り込まれて…、私の事を指摘されているのかと思ってしまうほどだったもの…」
「ふーん、…綾波さん、ではこの話を暗誦する事は出来ますか?」
「…出来ると思うわ」
「ハッキリ言って、わたしは幼稚園児の書いた絵本に対する感想文では評価する事にためらいを覚えるの。それほど素晴らしい話なのであれば私もためらわないでしょうから。取りあえず暗誦してみて、もしもそれが出来るほどのめり込んでいるのであればその点を評価して及第点を付けましょう。では皆さん、今日のホームルームは、綾波さんの童話の暗誦にします」

 それを聞いた宿題遅れ組は内心でガッツポーズを上げたが、次の言葉に絶望した。

「なお、宿題はホームルーム終了後回収します。それから、皆も綾波さんの話に集中する様に。内職していたら「千裂脚」をお見舞いしますので。ヨロシク」

 こう宣言した以上、もしもレイの話を聞かずに内職なぞしよう物なら、間違い無くあらゆるヒロイン達の中でも歴代ナンバーワン間違い無しの彼女の太い太股から繰り広げられる百裂脚や旋風脚を食らうのは確実だった。
 全ての望みを失った一部の生徒は苦痛のうめき声を上げた。
 だが、それらに関わらずレイは「ぶりぶりざえもんの冒険」を誦み始めた。

「むかしむかし…」

 始まった言葉はオーソドックスの典型とも言えるほど形式に則った言葉である。
 そして語るのは江東学園でも屈指の美少女であった事から生徒たちは皆、その美声に聞き入った。

「世界中におじいさんとおばあさんがあちこちにいましたが…」

 突然のギャグ、とも取れる言葉にクラスメイト達はズッコケた。無論、春麗も同様である。
−−ダメだこりゃ、と思ったかどうかは分からないが。

「ブリブリざえもんと言うブタは一匹しかいませんでした…」

 周りの反応にも気付かず続けたレイの言葉に、思わず息を呑む生徒が数名いた。
 それぞれ、何かしら感じ入るような体験をしていたのだろう。
 ある集団の中で自分の周りに人々が大勢居るのに、自分だけはそれらから外れたたったひとりだけの孤独な存在であるという事を認識するというのはかなり辛い出来事なのだから…。
 更に読者は知っている事だが綾波レイの正体は……。
 その後もレイの暗誦は続いた。
 主人公のぶりぶりざえもんは渋谷のセンター街で女子高生からお宝を貰えるという噂を聞き、霊峰「お宝ちょうだい山」へと足を向けた。
 彼が山で出合う登場人物がレースクイーンやOLと「やや」片寄りが見られたが、最初は唯我独尊、他人に無関心であったぶりぶりざえもんが困っている人を助け、絆を結んでゆく行程は正しく「情けは人の為ならず」を良く表わしていた。
 だが、ただそれだけのお話では終わらないところがこの話を作った幼稚園児の凄いところだろう。
 他人を助ける事によって利益を得る事を覚えたぶりぶりざえもんは腹痛で泣いている女の子に対し「直してあげたら何くれる?」とまず利益を要求するようになってしまっていた。
 だが、女の子が私は何も持っておらずお返しは出来ないと告げると、彼はプリプリと腹を立てて女の子を見捨て先を急いだ。
 そしてその先にポツンと唐突に建っていた薬局を見て彼は…

「ハイどうぞ」

 彼はそれまでに貰った謝礼を叩(はた)いてお腹の薬を購入し、女の子に差し出したのである。

「ありがとう」

 女の子の笑顔と感謝の言葉を受け取った彼は…
 気が付くと、ぶりぶりざえもんは山のてっぺんに立っていました。

「はあ…。宝ものなんて無かったし。F−1のチケットもドリンク券も無くなっちゃった…」

 そうしてしばらくの間、ただ広がる夕焼けを眺めていた彼はおたから山での出来事を振り返った。
 F−1のチケットをくれたレースクイーン…ハイヒールを直してあげたら喜んでいたな。「どうも、ありがとう」って。
 居酒屋のサービス券をくれた美人OL…コピー機の故障、紙詰りを直したら喜んでいたな。「どうもありがとう」と。
 そしてさっきの女の子…お腹が痛いのが直って喜んでいたな。「ありがとう」か…。
 彼の脳裏には助けてあげた三人の笑顔が「ありがとう」の言葉とともに浮かんでいた。
 そして知らずの内に彼の顔にも心の底から浮かんでくる感情があった。
 彼は気付いたのだ。

「そうか、これが……」

 彼の顔には、彼がこの世に生まれ落ちてより初めて、心の底からの笑みが浮かんでいた。

「…ぶりぶりざえもんの心のなかには、いつの間にかたくさんの宝物がたまっていたのです。こうしてぶりぶりざえもんは救いのヒーローとなって多くの人のために働きました。でめたしでめたし…」

 レイが暗誦を終えると教室内は静まり返っていた。

「以上です、春麗先生」

 それまでうつむいていた春麗はガバッと顔を上げるとレイに謝罪した。

「ごめんなさい、綾波さん。これは、傑作だわ。とても人生の経験が足りない幼稚園児が書いたなんて信じられないもの。一体なんて言う子供が書いたものなの?」
「アクション幼稚園、野原しんのすけと言う子供です」

 それを聞いて春麗はハタと気付いた。

「ああ! あの!」

 あちら側の世界では非常に有名な一家の名前を思い浮かべて春麗は得心した。

「先生…この子の事を知ってるの?」

 訳知りの様子で声を上げた春麗にレイは疑問の声を上げた。
 もしも彼女がこの幼稚園児の知りあいで有るならばこの童話が入選した事を知っているだろうし、この童話の事を知っているなら野原しんのすけと言う名前も知っているだろう。
 しかし春麗の反応はそのどちらでもなかった。

「え?! あ、え〜とね。そう! 教育機関の情報誌に幾分変わった童話が入選したって書いてあったから、どこか頭の片隅にあったのね、それで思い出しちゃったのよ。うん」
「そうですか」

−ホッ、なんとかごまかせたみたいね。
 裏の事情をそう軽々と話せる訳が無い。ICPOからの出向と言う事実を公表しているとは言え、それとこれとは話が別だからだ。

 世界が融合して様々な犯罪組織が出現していた訳だが、警察機構も世界の数だけその事件の記録を持っていた。
 警視庁では犯罪抑制の為にそれらのデーターから様々な統計を取っていたのだが、とある世界で記録的な犯罪防止数を誇る一般家庭が有る事が分かったのである。
 その家庭の名は「野原一家」、埼玉県春日部市に在住する四人家族プラス1である。
 彼らは元の世界での一年余りの間に今までに確認されているだけでも「ホワイトスネーク団」「タマヒメ一族」「ブタのヒヅメ」「YUZAME」「イエスタディ ワンスモア」の陰謀を潰しており、それらに対応してきた関連組織、「ブリブリ王国王室情報部」「埼玉県警資料室」「SML」「温泉Gメン」「内閣調査室」からの報告を受け取っていた。
 何らかの超常能力の持ち主ではないかと疑われた野原一家であったが、霊能力も超能力も持っていない事が判明していた。
 つまり野原一家は、ただ強運と信念だけでそれらを乗り越えてきた只の一般人である事が調べ上げられていたのである。
 それと類似する情報や噂が警察機構だけではなく犯罪組織にも流れており、警察側の情報網には今では「野原一家はその筋では有名な一家であり、世界征服を目指す組織は手を出してはならない」と言う不文律が流れているという噂すら流れているらしいと言われていた。
 その証拠と言えるかは分からないが、現在までの所、埼玉県、特に春日部市の周囲では武装テロは発生していない。
 この情報を知っていなくてもネットの発達した現在、それらの情報を瞬時に集めるのは難しい事ではなかった。
 手持ちのPDAで政府のホームページを調べると首都圏で発生した武装テロの発生ポイントが表示されるのだが、春日部市内では軽犯罪こそ起こっているがそのほとんどがヤクザ関係か個人犯罪であり、組織的な犯罪はほとんど発生していない。これによって春日部周辺の土地の値段が上昇している傾向さえ見られている。
 特に武装テロリストと目される組織の計画的な行動はまったくといって良いほど絶無である。
 その周辺地域との差はあからさまな物であった。

 こうしてシンジ達のGW後の最初のLHMは、この様にして始められたのであった。

 ここで話は少し逸れるが、クレしん世界で騒ぎを起こした組織について各特殊工作室によって行われている追跡調査の結果を報告しよう。
 国外での事件。
 ブリブリ王国の財宝事件。
 この事件は当時のニュース番組アナウンサーのサインを貰いに来た魔神が、そのアナウンサーからサインを貰う引き換えにインタービューされた為、元の世界では特に有名であった。
 現在インドシナに出現しているブリブリ王国は、そのホワイトスネーク団が事件の際に潰された後に時空融合した事が確認されており、ホワイトスネーク団は現在消滅している事が確認されている。
 国内では。
 暗黒タマタマ大作戦事件では。
 埼玉県警資料室からの情報によると銀座にクラブを構えていたタマヒメ一族は時空融合後確認されておらず歌舞伎町のタマユラ一族が経営するゲイバーは存在している事、彼らも事件終了後の時点の人間である事が確認出来た。
 一番意外だったのがオトナ王国の逆襲事件を計画実行した「イエスタディ ワンスモア」で、彼らは現在「20世紀博」を経営し後進時代地区(後に近代地区と改称)の歴史的文化ギャップを埋める役割を果たしたとして政府から感謝状を貰った上に、昭和中期(昭和30年代から40年代)の文化保存と観光資源化(何の取り得もないとされていた昭和中期の町が観光資源と化したのだから、地元住民も諸手を上げて彼らを歓迎した)を目的とした二十世紀自治区をつい最近、夕日町三丁目(昭和30年代区)と4丁目(昭和40年代区)に設立したばかりで有る。
 因みに彼らの指す20世紀とは、頭領である「ケン」の生きた時代、大阪万博から90年代までがメインの時代であるようだ。
 上記のような諸組織だが、それらの中で最も危険であると思われる組織「YUZAME」「ブタのヒヅメ」については・・・調査が思うように進んでいなかった。
 何故なら、現特工課「対YUZAME」工作室の旧温泉Gメン所属のエージェント、コードネーム「草津」「後生掛」「指宿」は「YUZAME」の追跡調査の為に埼玉県奥秩父の基地跡へ潜入していたのだが、そこは既に廃墟と化していたのだ。
 その現場から得られた情報からYUZAMEは現在も地下で活動を続けている公算が高いと判断されていた。
 更に、元国連直属の秘密組織「SML」の諜報員「筋肉」と「お色気」は特殊工作課「対ブタのヒヅメ」工作室に編入され、外務省の指示に従い天竺経由で西蔵(チベット)への潜入調査準備中である。
 ある意味、日本連合がもっとも神経を尖らせていたのがこの「ブタのヒヅメ」であったかも知れない。
 旧SML(正義の味方ラブ)のCodeName:筋肉とCodeName:お色気の報告から、ブタのヒヅメの持つ能力がSSS級機密の神秘学に抵触する技術であるかもしれないと判ったためだ。
 心霊現象は抑えられないが、それを科学し工業化する技術を開発し悪用されては日本連合としては多大なる迷惑なのである。早急に対処する必要があったのだが…。
 数年後に「ブタのヒヅメ」が開発を終了した実体化可能なハッキングソフト(神秘学の一端を実用化したとしか思えない技術であり、AI止ま世界のひろしが後に実用化する事になるAI実体化プログラムとの相関性がある?)「ぶりぶりざえもん」を使用して全地球のハッキングを敢行しようとした事件が発覚した時、ナデシコの星野ルリ艦長、星野ルリちゃん、真備ハリ、ラピス・ラズリ、化けネコのマヤ、後に神秘学を学び実体化プログラムを実用化する事になるハッカーのひろし達、政府と民間の(善意の)ハッカー達が活躍する事になるのであった。
 だがそれは、更に後の話である。

PS.後にベストセラーにまでなった「ぶりぶりざえもんの冒険・立志編」は帝國歌劇團の夏休み子供公演で登場人物に手を入れ戯曲化した上で公演される事になる。




日本連合 連合議会


 岡田さんのホームページにある掲示板「日本連合 連合議会」への直リンクです。
 感想、ネタ等を書きこんでください。
 提供/岡田”雪達磨”さん。ありがとうございます。


スーパーSF大戦のページへ







 ・  お名前  ・ 

 ・メールアドレス・ 




★この話はどうでしたか?

好き 嫌い 普通


★評価は?

特上 良い 普通 悪い