スーパーSF大戦 インターミッション

スーパーヒロイン大作戦。




 宵闇に包まれた街。
 一人の異形の男が荒い息を突きつき走っていた。
 まるで何かに追われるように。
 額から生えた一本角を上下させ、うしろを振り返りつつ追跡者がいないことに安堵したのか、地面に腰を下ろして荒い息を吐いた。

「はぁ、はぁ、一体ここはどうなっているって言うんだ? 俺はあの時・・・ツェツェと一緒に、ロイヤルハイネスが復活したパワーアニマルに乗ったガオレンジャー達に敗れて、アジトにいた俺達は崩れ落ちた岩の下敷きになった筈。なのにいつの間にか俺一人でここにいた。我らハイネスの気配はどこにも無いし。もしかして俺一人生き残っちまったってぇのかよぉ。ツェツェ〜。俺は一体どうしたら良いんだぁ」

 彼、オルグ一族のヤバイバはそう言ってうなだれた。

「第一、俺の敵ならあいつら、憎くっきガオレンジャーが出てくるはずなのに。訳の分からん奴等がイキナリ・・・。はぁあ、取りあえず休める所を探すか」

 ため息をつきながら彼は重い腰を何とか上げて、すっかり暗い道を歩き始めた。
 ここは東京都練馬区のとある街、新世紀2年の初夏である。
 彼は人目の多い街道筋を避け裏道の、人通りの少ない路地裏を歩いていた。
 先程彼は忽然とこの世界に現れた。
 いきなり現れた彼の姿を見て塾帰りの女子高生が大騒ぎしたので、ヤバイバはガオレンジャーに自分が生きている事を知られるのを恐れすぐにその場を立ち去ったのだが・・・先程から妙なちょっかいを受けていた。
 体のラインがハッキリと分かるライダースーツに身を包んだ女性ライダーがしつこく付きまとったり、雑誌の記者のような格好の女が写真を取った挙句にインタビュー迄しようとして来たり、サイケデリックな服装のダンサーのような女性が絡んできたり、等などである。
 あからさまに怪しかった。
 そういうヤバイバ、見ての通り彼は人間ではない。
 その姿は甲殻質で覆われており鋭い目、裂けた口蓋、そして一本角の異形、普通の人間に見つかれば騒がれる事必定である。
 そしてかれは地上世界を人間にとって代わろうと画策していた人間の、いや地上世界の敵、オルグなのであった。
 だが、今この世界に彼の身内はいない。この広い世界に彼はたった一人のオルグなのだ。
 彼が呟いたように、彼は先ほど忽然とこの世界に現れていた。
 時空融合の揺り返し、地域一体が入れ替わるような大規模な物なら鷲羽が嬉々として張り巡らさせたセンサーに必ず引っかかるのだが、偶然の要素で単体で出現する様な場合にはセンサーに引っかからない事も有りうるのだ。
 だが、彼のような見掛けが悪である場合、特定の者達の獲物として狩られる事が多い。
 もしもその試練を抜け出せる様な猛者であれば・・・この世界に順応し悪の組織に加入し世界征服の夢を再燃させる事も有りうるのだが。
 現に今までも異次元人ベーダー一族のヘドリアン女王とその忠臣ヘドラー将軍、女スパイのミラーとキラー、有尾人帝国帝王メギドと女王キメラ、メカ人間ファラとファラキャット、大博士リー・ケフレンとレー・ネフェル等が襲撃者を返り討ちにして世界へ流出し潜伏、中にはと或る犯罪組織の仲間入りを果たしている者もいた。
 彼の様な者たちを襲うその襲撃者達とは。

「お待ちなさいっ!」

 突如、凛とした声がビル街に響き渡った。
 このビジネス街は融合景気で深夜まで人が残っている事が多かったが、今日の様な休日には流石に人影もほとんど無かった。
 突然頭上から声を掛けられたヤバイバはうろたえながらも剣を抜き、油断無く周囲を警戒した。

「誰だっ!」

 ヤバイバが推何すると、突然街灯の上にスックと立つ人影が出現した。

「ふっふっふ、問われて名乗るもおこまがしいがぁ」
「ちょっとちょっと、うさぎちゃん、おがこましい、よ」

 シルエットになって良く見えない長いツインテールの女に同じく長髪の女の人影が突っ込みを入れた。

「え、あれ? そうだっけ?」
「もう、セーラームーンたら諺に弱いんだからぁ」
「てへへ」

 他の人影の額には短径15センチを超える巨大な汗が浮かび無言で呆れ返っている。
 こんな時に間違いを指摘出来る物はひとりしか居なかった。

「・・・ふたりとも、烏滸がましいよ」
「「・・・・・・あぁ〜、そうそう。おーこーがましいよね、それが言いたかったのよー、アハハハハ」 ふう」

 ヘラヘラとした笑いを零しながら彼女たちは弁明した。

「それはともかく。では、えへんっ 問われて名乗るもオコガマシイが・・・愛と正義のセーラー服美少女戦士セェーラァームゥーン! 」
「同じくセーラーマーキュリー!」
「セーラービーナス!」
「セーラーマーズ!」
「セーラージュピター!」
「セーラーチビムーン!」
「セェラァサターン」
「セーラープルートゥ・・・」
「我らセーラー戦士が! 月に代わってぇ、おぉっ仕置きよ! 」

 彼女らが名乗ると同時に月明かりが差し込み、それまでシルエットしか見えていなかった少女達の姿が露わになった。

「何だお前ら、そんな格好して恥ずかしくないのか!?」
「アンタに言われたくないわよ!」
「俺の姿は生まれつきだぜ。この姿はオルグの戦士の姿だ、お前達は自分達の価値観から外れた者を見つけて弱い者イジメか? 」
「ち、違うわよ! 私達は正義の味方なんですからね」

 そう言い放つと彼女たちは街灯から飛び降り、地面に着地した。

「とーにーかーくーっ、あんたは私達が倒すから」
「くっ、お前らガオレンジャーの仲間か?!」

 少女とは云え、戦闘服に身を包んだ8名の人間に囲まれたヤバイバは油断はしていない。

「知らないわよ、そんな物」
「人間に仇為す悪者は絶対に許さない。悪即斬! 臨兵闘者皆陣裂在前! 悪霊退散! ファイアー! ソォウル!!」

 お札を手に挟み込み、気合を入れたセーラーマーズの目前から炎の柱が噴出した。

「うわっ! なんだ。アチチチ」
「ファイアーソウルが効かないの?!」
「じゃあアタシが! シュープリーム、サンダー!!」

 セーラージュピターが掛け声を出すと額のハチマキ(ヘアーバンドって言って・汗)からツノが延び、放電がほとばしった。
 白い稲光がヤバイバの背中に突き刺さる。

「くそぉ、だが、ガオレンジャーの連中に比べればこの位、何ともぉ、無いんだよぉぉおお!!!」

 この攻撃で切れたのか、ヤバイバは剣を逆手に持ち代え近くにいたセーラームーン目掛けて斬りかかった。

「タキシード仮面様ぁ!!」

 恐怖に囚われ脚がすくんだセーラームーンの眼前に白刃が迫る。

「ワイルドォ、シェイキング!!」

 突然地面を掘り返しながら突き進んで来たエネルギー塊に直撃されたヤバイバは悲鳴も上げられずに弾き飛ばされ地面に転がった。

「ありがとうっ! セーラーウラヌス」
「気を付けなよ、小猫ちゃん」

 助けられたセーラームーンが礼を述べると、ビルの上から音も無く現れたハンサムな彼女は投げキッスをセーラームーンに投げ掛けた。
 その後からスッと音も無く現れた優雅な雰囲気のハイティーンの美少女が咎める様にウラヌスに声を掛けた。

「あ〜ら、ウラヌスったらお優しい事で」
「あれ? 灼いてるの?」
「いいえ? ぜぇんぜん」
「嫌だな、ボクには君しか見えないって言うのに」
「あら、そうだったかしら? 」
「おいおい、どうしたら信じてくれるんだい?」
「あのぉ〜もしもし? おふたりさん?」

 突然始まったいつもの掛けあいにセーラームーン達は「又ですか」と言った表情になった。
 気を抜いていた彼女達だったが、瀕死になっていたと思い込んでいたヤバイバがスックと立ち上がると、流石に歴戦の戦士だけ有って素早く体勢を整えた。

「イキナリなんだ!? お前らは」

 ヤバイバのその台詞を聞いた新たなセーラー戦士ふたりは顔を見合わせた。

「おっと、名乗りを上げていなかったっけ。これは失礼。新たな時代に誘われて! セーラーウラヌス、華麗に見参!!」
「同じくセーラーネプチューン、優雅に活躍」

 そう言いながらふたりはポーズを決めた。 
 ヤバイバはそれを見て首を傾かせながらも返事を返した。

「いちいちカッコつけてんなよな。とりあえず多勢に無勢、逃げさせてもらうぜ! ヒャッホウ」

 脱兎の如く、すばしこい動きで逃げ出すヤバイバを見たセーラー戦士達は思わず叫んでいた。

「あっコラ、待ちなさぁ〜い」
「待てといわれて待つわけねぇだろ」

 あっかんべー、とばかりに目に指を当てると非常に素早い走り方でヤバイバは走り去ろうとしていた。

「そこまでですっ!」

 すると前方の逆光の中にスックと立つ数人の影が浮かんでいた。

「又かよ。一体今度は何なんだ!」
「「「 有言実行シスターズ、シュシュトリアン 」」」
「不思議少女、ナイルな、トトメス!」
「・・・例え日本連合の加治首相が許そうとも、この美少女仮面ポワトリンが許しません! 覚悟」
「ポワトリンプティットも許しません」
「しつこいんだよ、お前らは!」

 ヤバイバは前後左右を見回した、するとビルとビルの間に細い路地が有るではないか、ためらいもせずに彼はそこへ駆け込んだ。
 暫くの間、後からかしましい声が聞こえていたが、分かれ道を幾つも曲がっている内に聞こえなくなっていた。

「はぁ、さてどうするかなぁ。あいつらしつこいし。そうだ! 良い事を思いついたぜ! マンホールから地下を抜ければあいつらも追ってこねえだろ。そうとなれば、どっこらしょっと」

 彼は狭いマンホールにもぐり込むと下水道の汚水に足を浸かりながら重々しい足取りで前進を続けた。滅びから逃れ、そしていつしか自分が栄光の道を歩むために。

「しかし、あいつらは一体何者なんだ? 昨日まで、ガオレンジャーの奴らが出てきた時はあんな奴らの姿なんか見たことも無かったのに。いきなり沸いて出やがって、迷惑な奴らだぜ。・・・いや、もしかしてガオレンジャーの連中に何か有ったって事か。ふっふっふっ、これはチャンスだぜ」

 そう、彼は今いる世界が元の世界とは異なっている事に未だ気付いていない。彼がそれを知ったとき、彼は目的を持ち続ける事が出来るだろうか?
 彼はひとしきり愚痴を垂れると頭上に有ったマンホールを押しのけ、顔だけ出して周囲を覗くとそこはどこかのビルの地下の様であった。

「しめしめ、ここにはあいつらは居ないようだな」

 ヤバイバはリノリウムの廊下を出口と思われる方へ歩いて行った。そんな彼の足には汚水が滴っておりハッキリとした足跡と薄い異臭が残っていた。
 階段を上がりドアーのガラスから外の様子を伺ってみた。

「あいつらは高い所や光の近く、とにかく目立つところから現れるみたいだからな…、上には…居ない。周りにも…居ない。よし、すっかり撒いたみたいだな」
「ホラホラ、ちょっとお兄さんそこ邪魔だよ、どいてどいて」

 ホッとひと安心していたヤバイバの後からモップを持ったふたりの掃除人の格好をしたオバサン? がヤバイバを怖がりもせず近付いてきて、肩でヤバイバを廊下の端っこへ押しやった。

「おっと、なんだ掃除のオバサンかよ。ビックリさせんなよな」
「な〜んて言い草だい。全く最近の若いモンはなっちゃいないね」
「ほんとだよ〜、しかもこんな変な格好してさぁ。コスプレとか言うんだろこれ、恥ずかしくないのかねぇ?」
「ホラホラ、もうこのビルの門限は過ぎてて私らの掃除の時間なんだからね、さっさと表に出た出た」

 オバちゃん達はオバサン特有の物怖じしない強引さで問答無用とばかりにビルの外へヤバイバを放り出した。
 押しだされた彼は少し勢い余ってバランスを崩したが、直に立ち直るとさっさと歩き始めた。

「取りあえず、・・・アジトに戻ってみるか。岩壁が崩れていても取り合えず中に入れるだろうし・・・ツェツェの事も気になるしな・・・と言うかここはどこだ?」

 落ちついた彼が我に帰った彼が見てみると、そこは公園であった。

「ここは・・・」

 何気なく呟く彼の周囲に剣呑な気配が出現している事に気が付いた。

「しまった!」
「「「「「「「「「「「 そこまでよ、悪党 」」」」」」」」」」」

 いつの間にか・・・否、先程から彼を着けまわしていた美少女戦士達は彼をここへと誘導していたのである。何故なら

「ここなら一般の人達には迷惑が掛からないからな!」
「もっとも、夕方から草陰やベンチでイチャイチャしていた恋人さん達には悪い事をしてしまいましたけど」

 だそうだ。

「畜生、俺が一体何をしたって言うんだ!」
「まだ何もしていないかもしれないけど、元の世界では色々やってたんでしょ! 顔に書いてあるわ」
「・・・元の、・・・世界? おい、そりゃあ一体どう言う事なんだ」

 ヤバイバの言葉に、これから倒すとは言え何も知らないままと言うのは気が咎めたのだろう。
 セーラームーンは少し口篭ると説明し様としたが・・・彼女には難しい事を理解し消化して説明出来るだけの素養の持ち合わせが無かったのである。
 「あう」とか、「そのぅ」とかハッキリしないセーラームーンに水色ショートカットの少女が助け舟を出した。

「私が説明します」
「セーラーマーキュリー」
「任せて、セーラームーン。今から1年前、この世界は混乱に巻き込まれたわ。原因は分からないけど幾つもの世界がひとつになってしまった。それによって正義の味方も出て来たけど、数多くの悪者も出現していたわ。最初期に出て来た悪党は組織立ってこの世界に現れていたし、それ以降に時空の揺り返しで現れた悪者は少数で。しかしそれらは大概幹部クラスの者場合が多かったの、だから出現したら直に退治しなければ悪の犯罪組織と手を組んで悪のパワーが増大してしまうから、私達はあなたを倒さなくちゃいけないのよ!」

 セーラーマーキュリーの説明を聞いたヤバイバはその事実に愕然ともしたが、正義を称する少女達の勝手な主張に反発した。

「勝手な事を抜かすな! しかし、良い事を教えてくれたぜ。つまりここを抜け出せれば俺の味方が居るって事なんだな?!」
「しまった! つい口が滑ってしまったわ」
「「「「「 セーラーマーキュリー! 」」」」」
「取り合えず俺は尻尾巻いて逃げさせて貰うぜ。借りを返すのはその後だ。アバよ」

 彼は獣のようなスピードで公園から逃げ出そうと走り出した、美少女戦士達は黙ってそれを見守っている。
 ヤバイバは不審に思ったが、取り敢えずは逃げる事が先決だとそのまま走り続けた。
 すると公園口の門の前に、先程の掃除のオバちゃん達が帚を片手に立ち塞がるように掃除をしていた。

「どけどけぇ、どきやがれぇ!」

 ヤバイバは余計な体力を使いたくなかったのでふたりに避けるよう怒鳴りつけたのだが、全然聞く耳を持たないようにそこに立ち続け、ヤバイバの進路を塞ぎ続けていた。

「ちぃ、仕方ないか! 」

 彼は剛力が秘められたその腕をふたりに振るった、だが次の瞬間、吹き飛ばされていたのはヤバイバの方だった。

「ぐわぁっ! 畜生、お前ら何者だ!」

 ふふふふふふと含み笑いしていたオバちゃん達はバサッとばかりにその掃除服を脱ぎ捨てた。

「或る時は地味な掃除のオバちゃん」
「またある時は美人の天才ライダー」
「そのまたある時は事件記者」
「そして或る時は悪者の出現を確認した第一発見者のピッチピチ♪の女学生」
「「 しかしてその実体は!! 」」

 服が脱ぎ捨てられるとその下から現れたのはピチピチしたボディースーツに身を包んだ、プクッとボインでお尻の小さな当世流行の女の子である。

「愛の戦士! キューティーハニーさ!」
「同じくキューティーハニーFよ! さぁ、そろそろ覚悟を決めなさい」
「・・・で、どちらが強いんだ?」

 思わず聞いてしまったヤバイバの台詞にふたりは激しく反応した。

「そりゃあ、巷で噂のイナズマンよりイナズマンFの方が強いんだし」
「ちょっと! それとこれとは関係無いでしょ。第一、私とあなたは名前以外関係無いって事で話は付いたじゃないのよ! 今更蒸し返さないで」

 両者とも空中元素固定装置を装備したアンドロイドと、存在自体が似通っているため、相手に対して強いライバル意識を持っていたのだった。
 取りあえず正義のスーパーヒロインとしてお互いの足を引っ張らないように、最低限の協定は結んでいるようだが。

「アハハ、ごめんなさぁい」

 F(フラッシュ)の方は軽い乗りであったが。
 ヤバイバは今、自分が完璧に包囲されている事を思い知らされ、歯軋りをして悔しがった。

「ちくしょおぉおおおっ」
「情けないわね、それでもあなたは誇りある悪党の幹部なの? ・・・もしかして本当に只の下っ端だったとか?」

 キューティーハニーFの言葉が勘に触ったのか、怒鳴りつけるように名乗りを上げた。

「俺はオルグの戦士、ヤバイバだ! 大体お前達、たったひとりをこんなに大勢で囲んで恥ずかしくないのかよ!」
「だって私達女の子だもん。ねー?」
「「「「「「「「「「 ネーッ!? 」」」」」」」」」」

 随分と利己的な答えに流石のヤバイバも脱力してしまった。

「勝手に言ってろ。俺は生き延びる、生き延びてやるっ!」

 懲りずに逃げ出すヤバイバの背後に立っていた美少女戦士の一人、不思議少女ナイルなトトメスがバトンを構えると叫んだ。

「縛れパピルス!」

 物凄い勢いで葦の繊維を束ねたパピルスが伸びて行き、ヤバイバの体をがんじがらめにして自由を奪い取った。

「チッ、チクショオ! 動けねぇ!!」 
「今よ、セーラームーン」
「うんっ!」

 合図を貰ったセーラームーンは輝石が付けられた流麗で巨大な棍棒の如きバトンを頭上にかざしてポーズを取った。

「ムーン…」
「お待ちなさいっ!」

 だが、それを遮るように制止の声が掛けられた。
 その場に居た全員が声の主を探す。

「あなた達、いいかげんにしないと痛い目に会うわよ!」
「ちぇ〜、また出たよ」
「そこっ! 未登録能力保持者のセーラームーン! 言いたい事があるならはっきり言いなさい!」
「なんでもありましぇ〜ん」

 その不真面目な態度に彼女のこめかみに一本の筋が立った。

「この場に居る全員に告げます。あなた達が正義の味方を続けたいなら再三警告している様に能力保持者として政府に登録しなければいけないと、テレビや雑誌広告の政府の広報でも知らせているでしょう? どうしていつまでも勝手な事をしているの」
「だってぇ。正義の美少女戦士の正体は秘密なのが当然だっしょ」
「だから、その筋には登録してもらうけど一般にあなた達の情報は秘匿されるって言っているじゃない」
「だってだってぇ」
「第一、あなた達は何の権限があって知性を持つ存在を滅ぼしているの。場合によっては殺人罪が適用されてもおかしくないのよ」
「だって、悪党だよ〜、人間じゃないんだよ〜」
「人間でなくとも、社会ルールに従うならば人権を与えると言うのが今の日本の方針です。従わないと言うのであれば罰せられます。第一、能力を持ちながら政府に登録せずにいられる猶予期間はもうすぐ切れるのよ。そうなったら、あなた達はテロリストとして処理されるんだから」

 彼女が厳然たる事実を突き付けても、セーラームーンはまともに取り合わなかった。

「うっそだぁ。第イチィ私達未成年だもん」
「そんな事は関係ないわね」

 彼女がピシャリと言い放つとセーラームーンはうるうると涙ぐみ駄々っ子の様な口調で喚き始めた。

「だからどうしてどうしていつもいつもそんな意地悪な事言ってくる訳ぇ」
「それは私もあなた達と同じ、正義の戦士だからよ。見てなさいっ! とうっ!」

 彼女は高らかに変身の掛け声を叫び上げた。

「ネリマパワー!! マキシマム!! 」

 彼女の手首のリストバンドが開き、中からネリマ大根を象ったマークが現れて高速で回転を始めた。

「変換(リターン)!! 」

 光がほとばしり彼女の体が発光。それまで着ていた事務服が足元から破れ去り、彼女は生まれたままの姿になってゆく。

「ネリマクイーン!! チェーンジアーップ」

 一瞬にして彼女は活動的なボディースーツに身を包まれ、女性らしさを前面に押しだした健康的なポーズを決めた。

「東京仮面ネリマクイーン!! 絶対あなたを許さないっ!!」

 ビシッ!

「は〜い、質問」
「何?」
「東京仮面なのに、どうして仮面をしていないんですか?」

 ギクッ

「うう、そ、それは・・・」
「それは?」
「仕様です」
「うそつきはドロボーのはじまりだよー」
「いいのよ。とにかく、彼を引き渡しなさい。私達で身柄を預かって判断します、そしてあなた達は身元を明らかにして民間ボランティアで良いから登録するの。良いわねっ!」
「いやですぅ。ベーだ!!」
「くっ、このぉ・・・」

 ネリマクイーンは焦っていた、もしもこのまま期日がくれば彼女達は本当に処罰されるだろう。
 力を持つという事は、それに伴う責任と社会に対する保証が必要だと言う事が分かっていないのだ、この小娘たちは!

「第一あなた達、今まで敵を倒して来た訳でしょうけど。今までその戦闘で一般市民に害を与えた事が無いと言うの?」
「えっと・・・まぁ、ちょっとだけ」
「で? ちゃんと保証はして来たんでしょうね。当然」
「だけど、壊したのは敵だよ?! 私達がやった訳じゃないんだし」
「つまりそのまま放置して来たと、あなた達の戦いに巻きこまれた一般市民は涙を呑んで来たと、そう言う事なのね!?」
「だからぁ、やったのは敵なんだし、私達が闘わなきゃ敵が暴れてもっとひどい事になっていたのよ? なのに何で私達が文句を言われる訳? 感謝されて当然じゃないのよ!」
「・・・もしも、一般市民の方が何が起こって、その為に仕方なく戦いが起こった、そして不運にも、って言う風にちゃんと事情を知っていれば理解してくれるかもね。でも、あなた達は秘密の戦士、事情を説明して回った事なんて無いんじゃない? それに事情を知ったって自分が被害を受ければ誰だって腹が立つのよ。あなただって変身していない普段の生活で、例えばお隣の夫婦の夫婦喧嘩に巻きこまれたら迷惑だって思うでしょ? ちゃんとスーパーヒロインとして民間ボランティア他の資格で登録していればアフターケア専門の役割を持った人達がちゃんとしてくれるの。あなた達、第三者の方に損害賠償を求められても大丈夫?」
「だ、ダメかも」

 ネリマクイーンがピシャリと言い放つと、セーラームーンはたちまち萎れた。

「第一、何の資格があって武器を所持し、どう云う法律に基づいて相手の行動を判断し、どう云う刑法に基づいて相手を処断している訳? あなた達のやっている事はテロリストと何の変わりもないと言う事なのよ! 自分達だけの独善に基づいてではなくて社会規約が定めている通りの資格を持って始めて社会を構成している人達から認められるの! だから、今すぐにとは云わないから、明日にでもこの場所へ来なさい。秘密厳守で登録できるから」

 そう云うとネリマクイーンは1枚の紙片をセーラームーンへ手渡した。

「スナック<ケニヤ>?」
「そう、そこへ行って中原ケイコと云う方を訪ねなさい。そうすれば」
「だってだって正義のヒロインなんだモン。特にケーサツには秘密なの。セーフのイヌになんかならないんだから! 私達が正義なんだもん」

 流石、この台詞からは本来の世界で過去に滅んだ王国の倫理を根拠に絶対正義の名の下に世界征服を成し遂げ、全人類の永遠の女王として民主主義を廃し絶対封建制を確立した人物の片鱗が伺えると言う物だ。
 しかし、後に控えている美少女戦士達も何も意見を云わないと云う事は、このセーラームーンのオバカな迄に明け透けな意見に基本的に同意していると言う事なのだろう。
 確かに彼女は歴戦の勇士であり何度も地球を救ってきている為、不思議な貫禄と魅力のカリスマを持っているのだが。
 少し考えるとセーラー戦士以外の美少女戦士達は何か異なる意見を持っていそうな物だが・・・最大派閥のセーラー戦士には歯向かえないのだろうか。
 その言葉を聞いたネリマクイーンは非常に焦りだし、セーラームーンに怒鳴りつけた。

「このバカ! よりにもよってそんな事を言ったら・・・! 」

 だが、そんな彼女の背後から戦闘服に身を包んだ威丈夫が姿を現した。端正ながらも引き締まった力強さを感じさせる彼は静かな口調で美少女戦士たちに語り始めた。

「自分中心に独善的な論理で力を振るう、それが正義か? 否、それはテロリズムと言う物だ。石神井景子くん、取りあえず説得は上手く行かないようだな。彼女達が反政府的な言動をしたことは記録されている。もはや交渉は打ち切っても、良いと思うのだがな」
「ちょっと待って下さい。彼女達はまだ子供で、自分が何を言ったのか分かっていないんです。それに・・・」

 先程の彼女達の会話を分析し、このままでは交渉が決裂すると考えられた為自ら出て来た彼に対し、ネリマクイーンは行き過ぎた対応を思い止めるよう話し掛けた。少し気になった事もあったし。

「うん?」
「私の事はコードネームで呼んで下さいって言ったじゃ無いですか!」
「・・・済まんな、ネリマクイーン」

 彼女の指摘に彼は口篭った。
 彼も作戦時はコードネームかコールサインで味方を識別していたのだが、今回のこれは作戦と言うほどの危険性を認識していなかったので思わず先程知ったばかりの彼女の本名を呼んでしまったらしい。
 彼の様な油断の無い男にしては珍しい。

「ねえねえネリマクイーン、そのお兄さん誰? ねえねえ誰なのう? カッコイー」

 だが、そんな重苦しい背景がある特殊部隊側の事など知る由も無く、セーラームーンは新しく現れた、カッコイーお兄さんの事に関心が行きまくっていた。

「はぁ、このノーテンキのオバカ娘が。彼は・・・対テロ部隊の隊長さんよ。名前は教えられないわね。敵かも知れない人間にはね」
「だからぁ、同じ敵には一緒に闘えば良いじゃない、そんな堅苦しい事言わないでさぁ」

 ヘラヘラと笑いながらセーラームーンは陽気に手などを振りながらそう言った。
 しかし、そんなセーラームーンに構う事無く彼は言い切った。

「愚問だな。どこの誰とも知れない相手と共闘等出来ない。私からも最後の確認をして置こう。自らの正体を明かし我々と共に闘うか、それとも我々と闘うか、だ。言っておくが、政府が示した期限はもう時期切れる、それまでに確認が取れなければ・・・」

 彼、カウンターテロ部隊の第一人者として名高いERETの新命 龍明はうしろ手で周囲にストーキングしていた部下に合図を送った。
 いつの間にか周囲に潜んでいた彼らは身を伏せつつ飛び出すとアサルトライフルに付けられたレーザーポインターをその場に居た美少女戦士達の額にマークした。
 このレーザーポインター、実の所一番役に立つのはこう云った恫喝の時である。
 既にお前の命は我々が握っている、と云う事を視覚的に突きつける事が出来るからだ。

「・・・? ナニこれ?」

 ・・・・・・分からない人間もいるようだ。
 最もセーラームーン以外の美少女戦士達は冷や汗を掻いて身じろぎひとつしていない。
 本物の兵隊の迫力は凄まじい物がある。彼らは人を殺せるのだから。
 新命はズカズカと身動きひとつしない美少女戦士達に捕らえられているヤバイバの元へと無造作に歩き、ヤバイバを拘束していたパピルスを断ち切ると彼を連れて元の場所に戻った。

「よし、状況中止」

 新命が下命するとERET隊員達は一斉に銃を戻し、安全装置を掛けた。

「今回は君達がテロ予備軍になりかけていると判断したが故に恫喝させて貰った。今回の処置に不満がある場合は訴えてもらっても良い。訴える場合はネリマクイーンが先程述べた場所へ連絡してくれ。但し本名でな。我々は国民を守る事が使命であり、決して弾圧するためにいるのではない。今回の対応はこちらとしても不本意な物であった。しかし、君達の態度が誉められた物ではない事も確かだ。もしも期限である今月末までに君達の登録が為されていない場合に君達が特殊能力を使用した場合にはテロリストとして処断する事になる、あけすけに云えば殺すと云う事だ。来月からは控える事だな。だが、俺としては出来る事なら君達を味方としたい。この世界、まともな相手ばかりではないんだ。少しでも味方は欲しい所だからな。じゃあな」

 そう云うと彼らはヤバイバを厳重に保護しつつ、銃を引っ下げて近くに隠してあったライトバンへと分乗して行った。

「良い事? 今月末までよ。忘れずにスナック・ケニヤに行く事。良いわね?!  全くもう!」

 呆然としている美少女戦士達に一人残ったネリマクイーンは「忘れるなよ!」とばかりに言い残して去った。
 ネリマクイーンが最後に後を振り返ると、厳しい現実にショックを受けたらしい美少女戦士達は立ちすくんでいた。

「でも、これで良いのよ。じゃないと本当に・・・死んじゃうんだから」

 そう云って独りごちると公園から出た。
 この練馬区は彼女のフィールドであり、守るべき街である。
 つまり彼女は地元在住の人である。
 帰宅すべく公園脇の道を歩いていると真っ赤なくるまに乗ったカップルが声を掛けて来た。

「よっ、なかなかカッコ良い事してるじゃないか」

 グラマーな曲線を隠そうともしない女がネリマクイーンに言った。

「コンパイラ、見てたの?」
「まあ、ね。フフフ、面白い事は見逃さないのさ、アタシはね」
「野次馬根性は大した物だからなぁ」
「あんただって人のことは言えないだろ! 那智」
「へいへい」

 相変わらずなふたりを見てネリマクイーンは苦笑を漏らした。

「・・・本当だったらアナタにも同じ事を言わなくちゃならなかったんだけどね・・・」
「ふふ、残念ながら今のアタシは電脳次元から来たルーチンじゃない。ただの人間だからねぇ。本当だったら2年もすれば元のルーチンに戻れるんだろうけど、この世界じゃどうなるか分からないしねぇ」
「分かってるって。まさかアナタがそこの那智君をかばって命を落とすだなんてね。このまま戻れなかったら責任とって貰ったら?」

 その言葉にカッと赤くなるふたり。
 予想外のその反応に「おや?」とも思ったのだが、肩をすくめて「ごちそうさま」と言うとその場を立ち去った。

 ふたりの乗った車が走り去り、暫く歩いてから気が付いたのだが・・・。

「あっ、乗せてって貰えばよかった。ここから家まで結構あるよねぇ〜。ま、いっか」

 とは云え、ネリマクイーンがこの後起こった事を知ったら、乗って無くて良かったと心底思うだろうが。
 一方、クルマ組のふたりはドライブがてら湾岸線を飛ばしていた。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・? どうしたんだ那智。やけに無口じゃないか」
「・・・うん、ちょっとな・・・。・・・そう言えば」
「なによ」
「ここら辺じゃなかったか? 巫由伽さんが変な連中に襲われてたの」
「ああ、そういえば。・・・なに? 彼女が結婚引退したの、まぁ〜だ気になるんだ?」
「いや別に、ただ、本当にお前、人間になっちまったんだなーってな」
「フン(照れ)、ま、お前がいないとこの世界も退屈でしょうがないからな。本当に、次に何するか予想も付かないよ、お前はさ」

 それを聞いた那智はクルマを待避スペースに止めるとコンパイラを見つめた。

「じゃあ、今から俺が何をするか分かるか?」
「(ドキ!)さあ? さっきも言った通りお前は予想も付かない楽しい奴だからね。どうやって楽しませてくれるの?」
「こうやってさ、コンパイラ」

 那智はコンパイラを抱き寄せるとそのまま、こんな所に止めたオープンカーでそんな事をするんじゃない。他のクルマが事故ったらどうする。あ、別にそれほど激しい事をしている訳では無いんですけどね。

「ふぅ、強引ね」
「ん、まあな。あの時・・・」
「なに?」
「いや・・・、何でも無い。早く家に帰ろうぜ」

 しようと思っていた質問を呑み込み、そう言うと那智はクルマを走らせた。
 だが彼らが練馬区の家への帰路を急ぎ那智とコンパイラの乗ったクルマは家に着いた。

 翌朝、同じ家から一台クルマが出ていった。

「でも良かったのかな、巫由伽さんに会うって兄さんに教えなくて。兄さん巫由伽さんの大ファンだから後で知ったら大変だよ」
「だからそれがまずいって言ってるでしょ〜、那智なんか連れていったらも〜う、巫由伽さんに迷惑が掛かっちゃうよ」
「うん、それもそうだね。そう言えば・・・」
「? なに?」
「最近、恵ちゃんどうしてるの?」
「それなんだけど、今度DRINKを再結成して、打倒ピンクキャンディーズを目指さないかって誘われているけど・・・実家の方大変なんでしょ?」
「ああ、それなら今度グロイザー2号機の開発に参加するから大丈夫だって言ってたよ」
「フーン、ああ、そう言えばあそこって自家用飛行機のサン○ーバードを・・・・・・って、なんで淑が知ってる訳?」

 ギクッ!

「トーシィィイイ! 私に隠れてメグさんと会ってたんだ!」
「ち、違うよアセンブラ! 偶々、偶々なんだってば!!」
「じゃあ何でわざわざ会っていた事を隠すのよ!」
「えっと、だからその」
「淑のバカ!」

 クルマの中で言い争いながら巫由伽に会う為に彼女が入院しているSt.ロカ病院へとアセンブラと淑はやって来ていた。
 或る特殊な状態にある者のみが入院する事を許された特殊な病棟へ彼らはやって来ていた。
 個室の扉をノックすると中から返事が入ってきた。
 アセンブラは努めて笑顔を浮かべると中にいる巫由伽に声を掛けた。

「おはょ・・・、こんにちは葉月さん!」
「こんにちはアセンブラちゃん、でもその名前は」
「あ・・・と、へへ、えー、リキュールさんになったんでしたっけ」
「ええ、巫由伽リキュールが今の名前だもの、間違って貰っちゃ困るわ」
「おめでとうございます、巫由伽さん。あ、そうそう、こちらが」
「五十嵐淑です。始めまして」
「アラ、ふふっ、始めまして、五十嵐さん。どこかで聞いたような・・・あ、そうそう、前に助けて貰ったコンパイラさんて人の恋人さんが確か五十嵐さんて言ったっけ。ふふ、五十嵐は五十嵐でも人違い」
「あれ? 巫由伽さんコンパイラを知ってるんですか?」
「ええ、時空融合前に助けて貰っ・・・てって、知り合い? 」
「ええ多分」

 意外な縁にアセンブラもビックリ、だが、次のセリフを聞いて更にビックリする事になった。

「不思議な力を持っていて私達を助けてくれたんだけど・・・」
「ギク〜。あはははは。今は、普通の人ですよ。今は」
「ふ〜ん。まぁいつまでも立ってないで座って頂戴」
「は〜い」

 ペタンと座ったアセンブラと淑だったが、巫由伽のベッドの傍らに置いてある揺り籠にどうしても目が移ってしまう。

「ふふふふ、気になる?」
「はい、可愛いですねぇ。お名前はなんて言うんですか?」
「香津美、香津美リキュールよ。私とギゲルグの子供、そして・・・・・・」

 何故か悲しげな眼差しになる巫由伽。

「? どうしたんですか、巫由伽さん」
「うんん、ただ母親としては、強すぎる力を持つ子供でも・・・。この子には人並みな幸せを掴んで欲しいだけ。それだけで充分」
「大丈夫ですよ!」

 アセンブラは努めて明るい顔で言った。巫由伽の顔の裏に何かを感じているのである。
 何か思い詰めた様な、危うい愛情の様な物を。

「好きな人と一緒にいるだけで、そこがどこだろうと笑って乗り越えて行けます。この子も素敵な彼氏が出来ればバッチリオッケーですよ」
「・・・ぷっ、ふふふ。そうね、この世の真理だわね。で、あなたにとってのその人が、彼な訳なのね」
「ハイ、でも淑ったら優柔不断でメグさんも彼を狙ってるから、はぁあ」
「あらあら本当? 人気ユニットのDRINKのふたりとも狙ってるなんて、それは大変ね、頑張ってね」
「勿論です。メグさんには負けません」

 ふたりは淑をネタにして散々男はどうのこうのと楽しく歓談した。
 こう云う時、男としては反論所か口出しさえ出来ないのがつらい。
 そうこうしている内に時間も過ぎ、アセンブラと淑は部屋を辞した。
 巫由伽は名残惜しそうにふたりが出ていったドアの方を見つめていたが、ふと揺りかごの中の大事な娘に語りかける様に呟いた。

「・・・時空融合で昔からの友達が少なくなってしまったから。何だか寂しいわ」
「だが、もっとも大切な人と離れる事はなかった。そうだろう?」
「ギゲルフ」

 巫由伽が声のしたドアの方を見ると、いつの間にか来たのか彼女の最愛の夫であるギゲルフ・リキュールがドアにもたれ掛かる様に立っていた。

「やあ。ご機嫌は如何?」
「私もこの子も最高よ」

 巫由伽は心の底からの笑顔を向けた。
 それを聞いたギゲルフは揺りかごに近寄ると、中ですやすやと眠っている愛娘の顔を見た。

「どこの世界であろうと新しい命が引き継がれて行く。その流れが途切れない限り私達は前に進まなければならない。希望だよ、この娘は」
「どうしたの? いきなり」

 いきなりのシリアスな雰囲気に巫由伽は不審気な顔で尋ねた。
 彼、ギゲルフ・リキュールは元の世界に於いては魔導師ギルドという裏の世界で勇名を馳せた人物であった。
 その彼が世界の混沌を排し、正常な世界に戻そうと画策したプロジェクトがあった。
 東京の地下に埋設された大規模サイクロトロンのエネルギーと魔法の力を用いて浄解へと向かう魔界ネメシスとの間にエネルギーの交換を行い両世界を崩壊の危機から救うと言う物であった。
 しかし、プロジェクトガイアはガノッサと言う物によって崩壊。サイクロトロンのエネルギーが臨界点に達し空間への影響力が最高潮に達した瞬間、魔界への扉を開くはずだったガノッサの計画はその目論見を外した。
 時空融合現象という第3者による介入が行われたのである。
 彼らはその存在していた時空間から弾き飛ばされた。余談だが、余剰エネルギーは本来の時間線の未来へも影響を及ぼしており未来社会の香津美達もこの世界に来ている。
 そう言った訳で、彼らもこの融合世界へと現れていたのであった。
 ギゲルフはこの世界に来てから、自らの世界の影響がどの程度及んでいるのかを調べて回っていた。
 つい最近、その調査は終わっていた。
 現在東京の地下は大変な状況に陥っていたのだが、今のところそれを知るのは殆どいない。
 帝都区の問題から地下に関する問題も色々調査されてきてはいるのだが、実はサイクロトロン以外にも・・・。
 その調査行の途中、彼は色々な事を掴んでいた。彼自身の能力に関する事も。

「いや、・・・ちょっと表に出てみないか? 」
「え? いいけど・・・。ちょっと待ってね」

 巫由伽はナースコールを呼んだ。

<はい、何でしょうか>
「ちょっと出掛けたいので、香津美を頼みたいのですけど。よろしいかしら」
<はい、では今から窺います。少々お待ち下さい>

 少し経つと看護HMが現れ、香津美の面倒を引き継いだ。
 ちなみに人型ロボット産業の最大手は来栖川電工がトップシェアを誇っているが、それ以外のメーカーが無い訳ではない。この時点ではまだまだ少数であり、開発が始まったばかりだが。
 独禁法に触れないように他メーカーへも基本技術についてのノウハウを技術提携や技術公開によって広め、独善的になりがちだったこの業界に新しい風を起こし、更なる発展に寄与する事にもなった。中にはミソッカス 8100 AVの様な隠れた名機と呼ばれる物も作られる事になるのだが。
 これも好景気による人手不足と時空融合による世界人口の激減によって絶対的な人間の数が減った為に足りなくなった労働者を補う必要があったと言う事と、最早来栖川一社では需要に供給が追いつかなくなったという事情もある。
 第一不具合が見つかり、リコール騒ぎでも起きた日には・・・数多くのメーカーが必要な理由はお分かり頂けただろうか。

 それはともかく、ギゲルフと巫由伽は屋上へと出た。

「良い天気ね」
「うむ。・・・」
「何か言いたい事があるんでしょ、ギゲルフ」

 ギゲルフは提げた鞄を開くと中から土色の丸い塊を取りだし、天空を見つめながら呟く様に独白した。

「この様々な世界が融合した若々しい世界には、私の様に元の世界での魔法に慣れ親しんだ魔導士には未分化な力が満ち過ぎている。
「私は太陽系の惑星霊と契約し、その偉大な力の一部を借りる事で魔法を使う事が出来た。しかし、空を覆う相克界はそれらの力を不明確な物にしてしまう。
「確かにそれらの力が相克界を通過しこの地表にも届いているのは感じられるのだが、私の契約していた惑星霊と比べ、どうしても違和感を感じてしまうのだ。
「私の様な異世界の力と契約した魔法使いの多くが私の様に違和感を感じているはずだ。
「しかし、その未分化な力の中に、それら懐かしい物に良く似た存在が居る事も感じられるのだ。
「古い世界のやり方を熟知した我々古い魔導士よりも、まだ力の使い方に慣れていない、若い魔導士達の方がこの新しい世界では適応出来るのだろう。
「私は魔導師としての役割から離れ、彼らを見守ろうと思う。奇遇な事に彼女たちの中には惑星を象徴する戦士達もいる事だしな。
「よって剣皇グロスポリナーよ、今しばし眠れ、正統な能力を持つ者がお前のマスターとして現れる日まで」
<イエス。マスター、ギゲルフ>

 彼が鞄から取り出した丸い塊がギゲルフの言葉に答えた。
 彼の名はグロスポリナー、剣皇グロスポリナーである。
 その言葉と共に彼の体からは精気の様な物が失われ、只の土塊の様な物にしか見えなくなった。
 ギゲルフはグロスポリナーを鞄へ再度仕舞い込むと西の空を見つめ、呟いた。

「願わくば、もうひとりの香津美も幸せになって貰いたい物だが」
「アセンブラちゃんも言ってたけど、大丈夫よ。好きな人と出会えたなら、そこがどんな環境であろうと生きて行ける」
「ああ、そうだな巫由伽」

 後書き。
 今回はリレー小説ですね、と言っても作者ではなくて場面毎の主人公という意味ですが。
 あとは・・・セーラームーンとネリマクイーンのCVは同一人物です。CDドラマにしたら・・・大変そうですねぇ。
 日高のり子ヴァージョンもあるのですが・・・これの出番はもう少し後になりそうです。
 ではでは。




日本連合 連合議会


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