ATHENA.H


スーパーSF大戦



 西暦2055年、アメリカ・テキサス州
 ここにティナ・ヘンダーソンの家は有った。
 彼女の思い人、桂木桂が軌道エレベーター制圧作戦に出撃してから既に5年の時が過ぎていた。
 もちろん当時は桂の従事した作戦の事など知らなかったのだが、去年発生した時空融合現象によってアメリカと言う存在はこの異常な世界に取り込まれてしまったのだ。
 そして南米に発生した無人戦闘ロボットの集団が北上を開始し中南米の諸国家を滅ぼして来たそれらムーの戦闘ロボットによって、アメリカ国が外敵の侵略を受けると言うテロを除けばWWUの対日本戦争以来の異常事態が発生していた。
 その為、この片田舎の町に隠居していたティナの父マイケル・ヘンダーソン予備役中将が狩り出される事態にまで発展していたのだ。
 軍の秘密作戦での戦死は例え家族と言えど知らされる事は無い。
 それは海兵隊としての性質を色濃く受け継いだ航宙降下兵団についても同様であった。
 その為に彼女が出撃直前にどうこうして得た、桂木桂の子供を身籠もって女児を出産した後も桂に付いての情報は一切入っていなかったのだが、ヘンダーソン中将が現役復帰した後こっそりと調べて教えてくれた所、今回の時空融合現象の引きがねになったと思われるD兵器の暴走に関わり行方不明になった事が分かった。
 政府はひた隠しにしていたのだが、D兵器が暴走してから4年間、その周辺地域は時間と空間が歪んだ異常地帯になっていたらしい。
 紛争が政治的に終結してからアメリカ軍は消耗し尽くした軌道駐留軍及び降下兵団の再建に努めていたのだが、もともと費用が掛かる航宙関係だけにその再装備は遅々として進まず、ようやく軍事的に利用出来るようになったのは時空融合後のテイルズ・オブ・アメリカとなってしまったのは第1部本篇第22話で述べられている通りである。
 それから数年間は軍事作戦に付き物の情報管制によって極秘扱いされて来ていたその特異地域であったが、昨年、突発的に異常範囲が膨張しまたたく間に全世界を包み込んだのだ。
 そして辛うじて生き残る事が出来たのがこの異常事態を引き起こした当のアメリカを含む北米大陸(中米を含む)の国家だった、と言う事だ。
 新聞やネットでも流されたのだが、それ以外の地域にいた人間は消滅したらしい。
 かつてはモンロー主義によって半鎖国状態を維持していた国だけ有って、時空融合による壊滅的な混乱は発生しなかった。
 何故ならば、政府は事が起こる直前に各地域に強力な武装を施した州兵を配置しており、暴徒と化した市民を鎮圧して行ったからだ。
 結果として素早く混乱を収めた大統領の決断は高く評価されていた、強い発言力を持つ高所得層には暴徒となる低所得層の事などただの厄介と飯の種でしか無いのだから。
 とは云え、この事実から政府がこの時空融合に何らかの形で関わっていたと誠しやかに囁かれていた。
 父親不在ながらも彼女の娘、アテナ・ヘンダーソンはすくすくと成長を続け、祖父たるヘンダーソン中将の庇護の元育っていたのだが、何分田舎な物で、極端な個人主義が多いアメリカにしては珍しく家族主義の強いこの地域ではシングルマザーの数は少なく、父親のいないアテナはいつもからかいの対象になっているようだった。
 現に今日もティナに連れられて近場の公園へ遊びに行ったアテナは、泣きながらベンチに座って本を読んでいたティナの元に戻って来た。

「あら、どうしたのアテナ。涙を浮かべて」
「あのね、あのね? みんな、みんながね? アテナにはお父さんがいないって、いないっていうの」
「・・・いるわよ。アナタのお父様は立派な方です。今は遠くに行ってらっしゃるけど、いつもあなたの事を見守っているの。そんな泣き顔なんてしていたらお父様に笑われますよ。・・・・・・ところで誰がそんな事を言ったの? アテナ」
「うんっとね・・・ジアントとサンイーオーがね、言ったの・・・」
「そう。ほら、もう泣かないで・・・今日はねお爺様が帰って来るって。ご馳走作らなくっちゃ、アテナも手伝ってね」

 大好きなお爺様が帰ってくる事を聞いたアテナはグズった顔を瞬時に綻ばせて大きな声で返事した。

「うん、アテナお母様のお手伝いするーっ」
「良い子ね、アテナは」
「だってお母様の子供だもん」

 その言葉に思わず落涙しそうになったティナは涙をこらえてアテナの手を引いた。

「さ、帰りましょうね」

 辛い状況に有りながら、彼女達はこの時代を懸命に生きていった。


 だが、運命は過酷であった。
 この後、アメリカでの暦では西暦2057年、日本では新世紀3年のある日。
 アメリカ合衆国はその存在を失った。アメリカ大統領ホイットモア暗殺に始まる軍により主導された軍事クーデターにより行われた現憲法の停止と軍人優越を旨とした新国家チラムの建立である。
 この世界の元となったのは自らの世界である事を優先権と考えたペンタゴンの最高指揮者であるホワイト将軍で、彼は自らを総帥とする軍人国家を作り上げたのだった。
 彼ら革命指導層の計画は以前から秘密裏に進められていた様で、実は新世紀2年にアメリカが行ったカナダ、メキシコ両国の強制併呑などはこのホワイト将軍直々に大統領に進言した物であった。
 この様な事態を防ぐ事が任務であるCIAすらも抱き込んで居た為、憲法の停止と治安維持は迅速に行われた。
 その中でも特筆されるのがアメリカ版刀狩りの銃器狩りであろう。彼らアメリカ人がネイティブの方々を虐殺しその反撃に備えるという歴史的生活習慣によって培われた「自分の身は自分で守る権利」という事実に対する答えとして、その精神的拠り所である銃器が気軽にコンビニで購入出来るというちょっと信じられない銃器文化を形成するに至っていた訳だが、こう云う心理状態の国民に対して警察国家制度を施行するのは難しいという結論になったのだろう。
 何しろ彼らアメリカ人の精神状態は国内に弁護士と同じ位多い無数の精神科医達によって分析され尽くしていたのだから、宜べ為る哉。
 そして実際には守られていたかどうか怪しいが全ての国民が平等の権利を表明していた憲法の精神を破棄して、一種の身分制度が導入されたのである。
 つまり、一般市民であるシビリアンと士官以上の軍人と予備役からなるシチズンに明確に区分された国民の権利は軍事政権特有の苛烈さを以って国民を支配した。
 もっとも士官に成れればハーレム育ちのズンドコのシビリアン出身でもシチズン階級になれるのだから、古代中国の科挙と同様に成り上がりのチャンスは残されていたのだが。
 だが、シチズンではないシビリアンだからと言って軍務から逃れられる訳ではない、良心的徴兵拒否運動などしよう物なら即座に逮捕、実刑、そして前線送りの特攻隊編入である。その分、競争率は高くなり士官学校への道は険しく、兵卒からの叩き上げに期待するほか無いのだが。
 幸いにしてティナとアテナは前線にて優れた戦績を更新し続けたヘンダーソン中将の家族として恵まれた生活を送る事が出来たが、その義務としてヘンダーソン家として一人の人間を軍役に就かせる必要が有ったのだ。
 以っともヘンダーソン中将はホワイト将軍=総帥について余り良い印象を持っていなかったらしいが、前線で指揮を執っていた彼が気が付いた時には既にクーデターは成っており取り返しが付かない状況であった。
 その為、家族の徴兵を逃れる為に老骨に鞭を打って頑張ったのだが、遂に引退の時を迎えた。
 その引き換えにティナが婦人軍属として登録し様としたのだが、検査でハネられてしまい、数年後に幼年学校入学資格を得る事の出来る年齢に達するアテナが半ば強制的に軍の幼年学校へ入学させられる事に成ったのだ。
 悲しみにくれるティナであったが、尊敬していた祖父も今は亡き父も軍人であったと聞かされていたアテナは嬉々としてそれに従った。
 元々素材が良かったのだろう、凛とした容姿を持つ彼女はそれに見合った能力を発揮した。
 戦術、戦略を問わず才能を発揮し、見る見る内にすこぶる優秀な成績を上げ、特例として飛び級すら行われたのである。
 特に優れていると評価されたのが機動兵器の操縦技術で、古典的なレシプロ機による訓練から再新鋭の重力制御装甲戦闘機イシュキックまで自分の体の様に扱い、教官達ですら舌を巻くほどであったのだ。
 そんな彼女も年を経て寄宿舎に引越し数年経ち、その日も訓練に励んでいた。
 14歳になっていた彼女はエマーン製の部品を多用した戦闘機シミュレーターに乗り込み同級生で年上の男をキリキリ舞いさせていた。
 シミュレーターの周りを取り囲み、外部モニターでその様子を眺めている同級生達も真剣な顔でその戦闘シミュレーションの経過を見ていた。
 アテナの操縦は教本に掛かれている基本に沿っていながら、それ以上のセンスによって縦横無尽に飛び交っていた。
 重力制御が行われているとは言え、慣性の法則はそのまま働いていたし(この点に関してエマーンに慣性制御ユニットの譲渡を迫っていたが、未だに受け渡しは行われていない)空力学的要素も噛む為インメルマーンターンなどの過去の戦闘機パイロット達が編み出した様々な技法は未だに有効であるので基本は重要視されている。
 アテナは相手の死角を巧みに突き、的確な部位に撃ち込まれる攻撃はたちまちの内に敵の体力を奪っていった。

「頂き」

 決定的なポジションを取ったアテナはためらう事無く引き金を引いた。
 画面の中のイシュキックは瞬時にバラバラに成り消滅。

[You WIN!]

 コンピューターの文字が冷徹に勝利を告げる。
 すでに校内で対人間のシミュレーションで彼女に勝てる者はほとんどいなかった。
 彼女が決して勝てないのは過去の名パイロットシリーズの戦闘思考ルーチンを使用したシリーズの中のkeyとolsonと言うパターンだけである。
 しかも彼らの乗機は、既に3線級の戦闘機であるブロンコUであり、先読みを駆使した戦法は一対一でも手が出ないと言うのに彼らがコンビを組むともはやまるで手が出ない状態だった。
 お陰で上には上がいる事を知り、天狗に成らずに済んだと言うのであるが・・・モデルが誰か知らないのは不幸か幸いか・・・。
 シミュレーターが停止し、コクピットがイジェクトされ深呼吸した彼女はヘルメットを脱いだ。
 息をつく間もなく、彼女は隣室の会議室へ足を運んだ。
 これから早速今の戦闘に付いての検討会が行われる事に成っていたからだ。
 教官の評価はやたらと厳しく、完璧な勝利でも必ずアラを見つけて指摘した。それは残念な事であったが、宿的key&olsonを倒すため、と常に謙虚にその評価を受け止めていた。
 しかし、その日は様子が違った。
 普段は顔を見せない最上級生が伝令の腕章を巻いて彼女の前に立った。

「アテナ・ヘンダーソン2等士官候補生!」

 彼は大声で名を呼ぶと敬礼した。
 慌てて彼女も敬礼を返した、何しろ通常なら低い階級の方から敬礼をするのだから慌てるのも無理は無い。

「至急手荷物をまとめて実家へ帰るように!」

 その言葉を聞いたアテナは衝撃を受けた。
 普通その言葉を聞くものは成績不充分とみなされ、放校処分となった者に与えられる者だからだ。若しくは・・・。

「そんな、アタシのどこが!」

 直に反論し出したアテナの言葉を遮る様に彼は大声で答えた。

「君の祖父、ヘンダーソン元中将殿及び母君が市街地に進入したムーの戦闘ロボットによる攻撃を受けて重体との連絡が入った。至急・・・・・・」

 その後の事は彼女の記憶には無い。
 余りにも衝撃が強く、行動した事が頭に残っていないのだ。
 漸く我に帰った彼女が見つめていた物は・・・無残な姿に成った尊敬する祖父と愛する母の変わり果てた姿である。
 涙も出なかった。
 悲しみと言うよりも心が乾いて仕方が無かった。
 しばらく呆然としていた彼女であったが、そんな彼女に声を掛ける男がいた。

「アテナ・・・こんな事になってしまい、何と言ってよいのか・・・」

 アテナはその男を見た。
 サングラスを掛け、額に付けた階級章は特務少将の地位を現していたが、あまりにもその地位に似あわない若さである。

「だ…れ…ですか?」
「誰って、さっき、・・・そうか・・・私の名前はオルソン、オルソン・D・ヴェルヌ特務少将。君の父親である桂木桂の親友だ。聞いていないかな?」
「いえ、知りません」

 突然、今まで考えた事も無い人物の訪問を受け、アテナは当惑した。
 第一、父の親友と言うのなら今まで何をしていたと言うのか。
 父の友人と言う事すら怪しい物だとアテナは思った。

「まあ、仕方が無いな。ようやく君たちと会える事に成ったのでね、昨日連絡して君の母のティナに久し振りに会う事になっていたんだが・・・何しろ君という子供がいたことすらついさっき知ったばかりでね」
「つまり、アナタと会う約束をしていなければお母様とお爺様は無事だったと!?」
「言い訳はしない。既に起こってしまった事だ」
「・・・・・・返して・・・返してよっ! 優しかったお母様とお爺様を! 返してぇぇっっ!!」
「・・・済まん」

 オルソンは頭を下げてアテナに詫びた。
 いい年をした大人が心の底から謝っている事を感じた彼女は爆発する感情のやり場を失い、冷静な彼女にしては珍しく大声を上げて泣き叫んだ。

「うわぁああああ、お母様、お爺様っ!」

 そんな彼女をオルソンは優しく抱き抱えた。
 どうしようもない心にアテナはただ泣くばかりであった。


 アテナの日記より
 混乱時空11年3月10日 私は、最前線への配属を志願する。
 それはお母さまとお祖父様を殺したムーに復讐する為ではない。
 私のような子をこれ以上出さないためにも、やらなければならない。


 混乱時空11年4月1日付[命令書]
 アテナ・ヘンダーソン2等士官候補生は戦時特例を以て少尉に任官し、戦術○○軍B中隊(オルソン・D・ヴェルヌ准将)配属を命ず。伏せ字は極秘文書の為、検閲。

 [報告書]オルソン・D・ヴェルヌ准将
 アテナ少尉の技術は第一級と認められるも、尚、技術向上のため訓練を続行す。


 後の第一級エースパイロット、女戦士アテナの誕生である。




日本連合 連合議会


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