インターミッション
/Return of the Black Prince.




 4月上旬のある日、ナデシコではルリ(大)がアキトを連れ出す事に成功し、ユリカとイツキは歯を食いしばって悔しがっていた。
 そしてその頃ブラック・アキトは病室に於いて長期に渡るナノマシン除去療法をイネスの手によって続けられていた。
 その為、現在の彼はほとんど寝たきりになり、意識はハッキリしている物の以前の様な格闘は出来なくなっていた。
 アキトはイネス博士の献身的な看病とラピスの持ってきてくれるナデシコの皆の記録テープを見、そしていつかこの体が快復した暁には必ず自分が守ってみせると硬く心に誓いながらその日を待つだけの日々を送っていたのだ。


 さてその頃、秩父山中にてナデシコとルリの事を知り、静岡まで足を伸ばしていた北辰一党はSCEBAI敷地の近くの山に篭もり監視を続けていた。
 彼らの肝心の戦力たる機動兵器はメデューサ達の支配する奥秩父に放置してきたままである。
 メデューサ達妖怪軍団の目的は不明であったが、今の彼らに太刀打ち出来る相手では無かったのだ。
 その内、この世界の現状を把握、確認した彼らは他の犯罪組織との接触を果たした。
 悪の天才と呼ばれた、海槌麗巳が最近広げ始めた犯罪コネクションのひとりとの接触を果たしたのである。
 かつての世界に於いて2代目のクローンとして復活した彼女がクローン人間の技術を用いた犯罪を既に行い、ディビジョンMと麻宮サキによって2代目の命共々その企てを潰された事があった。<和田慎二、新谷かおるの両ご本人が書かれた八十八夜刊 同人誌 黒い子守歌 参照の事>
 今この世界に来ているクローン3代目の海槌麗巳は北辰達の話す「マシンチャイルド」に興味を示した。
 実際の所、彼女自身がそのクローン人間だと云う事は知らされていなかったし、もし知っていれば冷酷な彼女ならば却って手酷くクローンの事を扱っただろうが。
 とにかく、電子戦に於ける最強の能力を持つマシンチャイルドは海槌麗巳の目に適ってしまった。
 それらのサンプル提出を条件に北辰達は海槌麗巳の組織した犯罪コネクションへの関わりを持ったのだ。
 そしてSCEBAIの周りにて網を張っていた北辰六人衆であるが、その内のひとりが町を歩くラピス・ラズリとマキビ・ハリを発見したのである。
 学校帰りの彼らは何やら熱心に相談しながら道を歩いていた。
 ラピスはルリ達の様子の撮影、ハーリーはルリの関心を引く為の算段、とふたりで情報交換などしながら相談しているようである。
 そんな2人をしばらくの間つけ回していた北辰六人衆のひとりであったが、ラピスとハーリーはそれに気付かなかった。
 そしてふたりが人気のない公園に入った所、かれらの周囲に忽然と北辰一党が姿を現したのだ。

「ふっ・・・人により遺伝子に細工された人形共、我らと共に来て貰おう。我らのラボにて汝らの秘密を解き明かそうぞ」

 北辰は残された右腕を伸ばしてラピスに掴み掛かった。

「ラピス! 逃げるんだ」
「邪魔だ小童、お前は後だ」

 酷く怯えたラピスをかばってハーリーが立ちはだかるがあっさりと殴り倒された。
 ラピスは彼に縋り付き声を掛けるが、顔を腫らして口から血を流すハーリーは意識を失っていた。

「ハーリー、ハーリー、ハーリー、ハーリィイ!? 」
「ふっ、実力もわきまえずに突っかかるからよ。無駄な事を・・・」

 北辰はそんなハーリーを見て冷酷に笑った。
 ラピスはキッとそれを睨み返した。

「オマエなんかキライだ」

 それは大した事のない当たり前の言葉だったが、何故か北辰にはダメージを与えたらしい。

「ラピス・・・くっくっくっ」

 不気味に笑い出した北辰はラピスの顎に手を添えた。

「イ・・・イヤ。助けてアキト、アキト、アキト」




 ラピスの怯えた心が精神伝達用のナノマシンを通じ、寝たきりになっているアキトの心の中に奔流として溢れかえった。

「! ラピス・・・ラピス!」
「どうしたのアキトくん」
「ラピスが・・・危ない・・・呼んでいる」
「ダメよ! 今のアナタは」

 必死の思いでイネスは思いとどまる様に実力を以て説得したが、激情に突き動かされるアキトは格闘戦用のプロテクターと拳銃を身に纏いラピスの居場所を心に念じた。

「イネスさん・・・いや、アイちゃん。ナデシコのプロスさんにこの事を知らせて置いてくれないか、俺ひとりでどうにかなるとは思えない。オレが時間を稼ぐから、頼むね」
「お兄ちゃん・・・」
「サヨナラ、跳躍(ジャンプ)」

 ボゾン粒子の煌めきが去った後、そこには誰も立っていなかった。




 忽然とボゾンアウトしたアキトに北辰達は意外な顔を曝したが、辛そうに立っているアキトを見ると邪悪な笑みを口元に浮かべた。

「北辰・・・」
「ふっ、遅かりし復讐人よ。この娘と童は我らが研究材料として頂いて行く。オマエは・・・・・・死ね」
「クッ! 北辰ッッ!!」

 アキトは必至で懐から拳銃を取り出すと北辰に向けて撃ちはなった。
 しかし、その銃弾は北辰の目の前に張られたディストーションフィールドによって弾かれたのだ。

「ラピスとハリを放せ北辰。どこから湧いて出たのかは知らないが、ここには南雲はいない! 貴様らはラピスを必要としていないはずだ」
「ふっ、立っているのがやっとか。貴様なぞ我らが手に掛ける必要もないのだが・・・行きがけの駄賃だ。この左腕の怨み、貴様を殺す事で多少成りとも晴せるかも知れぬからな・・・・・・」

 そう言うと北辰は左足でアキトを蹴り倒した。
 暴走ナノマシンの除去療法の為に体力の限界までも消耗しきっていたアキトにはそれを避ける事は出来ず、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。

「くくくくくっ、哀れなものよな。妻を奪われ、自らも実験台と成り果てて、そしてラピスまでもがお前の元から奪われるのだ。貴様には何も残らぬ! 惨めに、哀れに、虫ケラの様に死んで行くのだぁ!! はぁはぁはぁはぁはぁ!!!」

 そう言いつつ北辰は抜き身の刀を大上段に掲げた。

「さらばだ」

 ラピスはその刀身に吸い寄せられる様にその光景を眺めていた。
 彼女の腕の中のハーリーを抱えつつ、今まさに彼女の半身であったアキト、後悔と悔恨と苦渋に満ちた生き方をして来たアキトの生命がその光り輝く刀身によって断たれようとしているのに、何故か目を瞑る事が出来ない。
 彼女の耳は静寂と、ハーリーの呼吸と、自らの鼓動、そして北辰の奇怪な笑い声のみが響き渡っていた。
 残光を残して刀は振り下ろされて行く。
 光を反射し光り輝く刀身とは対象的に、全ての光を吸収する黒衣を身に纏ったアキトと、両者はどんどんその距離を縮めていった。

   


 パキーン! と乾いた音を立ててあっさりと刀身は宙へ舞った。

「何だと!」

 突然影から現れる様に出現した、目にも止まらぬ勢いの小柄な人影が繰り出した鋭い蹴りによって北辰の構えていた日本刀が弾き飛ばされたのだ。
 獲物を目の前にしていたとは言え、北辰とて暗殺者として糊口を拭ってきた者。
 これ程までに接近されているのに気付かなかったと云う事実に思わず驚きの声を出してしまった。
 しかし、驚いている暇など無かったのだ。

咲桜拳!!



 更にその後ろから接近していた人影が通常の人物の持つ間合いよりも遙かに遠くから踏み込んだ事に気付いたのだが、その下から繰り上げられるカミソリの様なアッパーカットが北辰に迫った。
 北辰はそれを左腕で受けようとしてしまった。
 しかし、彼の左腕はこの世界に出現した時にメデューサによって喰らわれており、今、それは無かった。
 スパッ! と斬れ味の良い「気」の乗ったアッパーカットは北辰の顎にヒットした。
 ぐはっ!! と赤い血の帯を引きながら北辰の体は5メートルも空中に舞った。
 まるでスローモーションの様に落下する北辰に、空中コンボを決めようとキャノンスパイクを決めた少女が下で待ち受けていた。



 全身をバネの様に使ったその蹴りは下から上へと言う重力に逆らう物であるにも関わらず、彼女の全身の体重が乗った果てしなく重い威力が備わっていた。(命が惜しいので明言して置くが、彼女は小柄で可愛い部類に入る少女である。しかし、鍛え抜かれた筋肉によって構成されたその肉体の質量が同体積の少女達に比べて重いのは仕方のない事である)
 殺し屋である北辰はその体に耐弾用のプロテクターを着けていたにも関わらず、彼女たちの蹴り、拳はそれをすり抜ける様に北辰にダメージを与えていた。
 それは彼らが体得していた武術「木連式柔」そして「木連式抜刀術」の最終奥義として伝説として語り継がれるだけの存在となっていた「気功」その物であった。
 日出ずる國に秘して伝わる暗殺拳有り。
 それは「波動」と云う気の力を用い相対する者全てを滅してきた最強の暗殺拳。
 されど、相対する者尽く滅ぼされる故にその名を伝える者無し。
 そう畏れられてきた最強の拳の末裔のひとりが彼女、春日野さくらその人であった。
 そしてもうひとり、最強の格闘能力を追及し、犯罪組織シャドルーの手によって遺伝子からの改造を施された闇の力を受け継ぐ最強の兵士、それが彼女キャミィである。
 スパイラル・アローを喰らいほとんど戦闘力を失った北辰に止めの一撃が与えられた。




 サクラの放った奥義「波動拳」を空中にて成す術もなく痛恨の一撃として喰らった北辰はそのまま大地に転がった。




 ニッと笑ったふたりはお互いに手の平を打ち合わせ歓声を上げた。
 それを成す術もなく見守ってしまった北辰六人衆は直ぐに目標を地面に伏すアキトとラピス、ハーリーへと切り替えた。

「こうなったら小奴だけでも血祭りに上げ、人形共を奪わねば」

 六人は地面に倒れた北辰を尻目にアキトに向かって駆け出した。
 だが、いつの間にかそこには優男と言っても良い、だが精悍な学生が立っていた。
 彼は持っていたバラの花を投げ捨てニヒルに笑うと両腕をズボンのポケットに突っ込んだ。

「例え幼いとは言え、女性は女性。あなた達のやり方にはヘドが出ます。消えなさい」
「「「「「「問答無用 キェエエエエエエッ!!」」」」」」
「ふっ、雑魚以下ですね」

 彼は近付いてくる北辰六人衆に余裕の笑みを浮かべながら彼らが間合いに入るのを待った。
 白刃を煌めかせながら六人もの殺人者達が駆けて来るというのに、彼の様子は余りにも無防備に過ぎた。
 しかし、次の瞬間、気合いと共に彼は吼えた。




 バンッ!!
 破裂音に近い音が響いたと思った次の瞬間には、四方八方から攻めてきた北辰六人衆は全員が全身に無数の打撃を受けて弾け飛んでいた。
 宇宙金属を叩いて作った超硬性の刃ですらヒビが入り、最早使い物に成らない体たらくである。

「くっ、今のは一体!?」
「この技すら見破れぬあなた達に勝機はありません。ここは尻尾を巻いて逃げるのが懸命では?」
「そうはいかぬ。我らが協力者への手土産に必要だからな、行くぞ! 傀儡舞い」
「おう」

 北辰六人衆、編み笠を被った時代がかった格好の男達は立ち位置を入れ替え、相手を幻惑しながら接近を始めた。
 しかし、そんな小細工など彼には通用していない様だった。

「ハッハッハ、無駄ムダむだ無駄ムダ! 真田流居合拳!!!」

 彼はポケットに手を突っ込んだまま無数の拳を放った。
 それは極微時間の技であった。
 彼の繰り出す拳の数は1/1000秒間に数十発。
 その拳圧によって生じる超音波の音圧により強固な壁が作り出され、あらゆる攻撃を弾き返し、そして相手本体に激しいダメージを与えるのである。
 6人から成る波状攻撃も全て完全に防御されていた。
 勝負あった、かに思えた。

「さくら、キャミィ後ろ!!」

 鋭い声に後ろを見たふたりの後ろに、顔を赤く腫らしながらもゆら〜りと立ち尽くしている北辰の姿があった。
 完全に倒したと思い、その存在を忘れていた事、そして北辰も力が抜けて気配が感じ取りにくくなっていた事からこんなに近くに来る迄その存在を見つけられなかったのだ。
 北辰のナイフがサクラの胸にサクッと突き立てられた、様に見えた瞬間、激しい電気がほとばしった。
 電気による筋肉の収縮によりその勢いが鈍った瞬間、本命が北辰を襲った。




 真っ白に輝く電気の固まりが北辰に叩き付けられ、そのボディースーツを焼き尽くした。
 その猛威が過ぎると、北辰は今度こそ地に伏した。
 その体は全身の筋肉が痙攣を起こし、半死半生の状態で意識だけは辛うじて残っていると云う状態だった。

「おいおい、さくら。まったくストリートファイターってのは。一度勝負が付いちまうと直ぐに油断するってのは悪い癖だぜ?」
「あはは、ごめんごめん。ジュウベイ、ありがとね。かなり痺れたけど」
「ハハ。まぁ良いって事よ。ところでコイツとその6人で全部なのか? 紺碧」
「んー、そうだな。ボクの作ったこのサイバーゴーグルにはもう検知してないけど。だ〜い丈夫じゃない?」
「ふ〜ん、なら良いや」

 突然と言えば突然現れた彼らは北辰とその取り巻きをひとつ所に集めると、倒れたり座り込んでいるアキトとハーリー、そしてラピスに改めて近付いていった。

「大丈夫ですか? お嬢さん」

 唯一意識のハッキリしているラピスに向かって真田流居合拳の使い手は頭を下げた。

「うん、だけど・・・」

 ラピスは泣きそうになりながら自らを庇って倒れているハーリーそしてアキトを見た。

「ちょっと失礼・・・ふむ。こちらの坊やは大丈夫です。見た目は痛そうですが大した怪我はしていません。しかし、こっちの方の容態は・・・これは怪我だけでは無いようですね。何か持病でも?」

 そう聞いてきた学生にラピスは首を縦に振った。

「なるほど、おっと申し遅れました。私は真田九郎。北海道、虎穴高等学校の生徒をしておりました者です。あなたの名前をお聞かせ願えませんか?」

 相手が小さい女の子であるというのに、必要以上に丁寧に対応する彼は事情を知らない者が見たら「彼はロリコン」間違いなしと言う所だろう。
 だが、そんな丁寧な取り扱いをラピスは素直受け取りペコリと頭を下げた。

「ラピス、ラピス・ラズリ・・・11才。アキトは大丈夫?」
「アキト? この黒尽くめの男の方ですね? 七奈さん彼らのヒーリングをお願い出来ませんか」
「んー、こっちの男の子は・・・大丈夫、男の子だし。それよりもこっちの方は・・・・・・柔和な顔立ちの中にも激しく険しい物を感じさせるこの顔立ち・・・はぁ、ジュウベイさん以外にこんなに私好みの殿方がいるなんて」

 と七奈がウットリとそう言うのを聞いて当の本人(ジュウベイ)は眉を寄せて不快を現した表情となった。

「おいおい七奈、オレは女なんだけど・・・」
「ホーッホッホッホッホ! なにをおっしゃいますやら、ジュウベイくんは男なのにーっ!」
「グっ、どうしてもオレの事、男だと言い張るつもりか」
「だって、男の人ですし。それよりもこの方には入念にヒーリングした方が良いのでは無いでしょうか?」
「・・・好きにすれば?」
「そうですよね。これは治療。他意など入り込む隙のない神聖な行為なんですもの。では・・・ごくっ、いただきま〜す」

 そう言うと七奈はアキトの顎を持ち上げ上を向かせると唇を押し当てた。
 彼女にはヒーリングという心霊能力者には多々発生する実用的な能力が備わっていた。
 通常、この様な場合「手かざし」にて行う事が多いのだが、口移しの方がより効率的に行える、と彼女は主張していた。
 さて、この彼女の念の入ったヒーリングはより以上の効果を現していたのだ。
 今行っているヒーリングは先程受けたアキトの傷の治療のみならず、彼の体に巣くう数々の障害、現代医学そしてマッドの領域に突入している科学力を以てしても除去できなかった原因を駆逐しつつあった。
 それはアキトとユリカ他のA級ジャンパー達を誘拐し実験材料に供していた火星の後継者達によって投与された致死レベルを超えたボゾンジャンプ制御用のナノマシンの暴走による障害、そして現在も過剰に反応を続けアキトに障害を引き起こし続けているその原因、過剰なナノマシンを確実に選択して消去していったのである。
 アキトの担当医であるイネスも、ただ単純にアキトの体の中から有害なナノマシンを除去するだけであれば可能だったと言っている。
 しかし、その場合は必要な人体の細胞をも傷つけてしまい、弊害が大きすぎるからといって実行しなかったのである。
 ある例え話の独逸人医師の様に「患者は死んだが手術は成功だ」と言うワケにはいかないのだ。
 これより数時間後アキトを診察したイネスはその診断結果に自分の科学に捧げた青春は一体何だったのか、と言う事を題材に1日中トリップしっぱなしだったという。
 それは兎も角、アキトの中で猛威を振るっていた悪玉ナノマシンはあっと言う間に完全に除去されてしまったのである。
 目を覚ましたアキトが感じたのは、見知らぬ女の子の顔でありそれと口の中に侵入してくる何かの気配であった。
 アキトは覚醒し、意識が戻った瞬間、何が起こったのか良く理解出来なかったが、とにかく何が起こっているのか判別が付いた為思いっきり動転した。

「! キッキッキッキスゥー?! ユリカっっ! 済まないっっっ!!」



 彼は顔を赤く染め背中を下向きにしたまま猛スピードで四つん這いで背後へ後退った。
 そして感情が高ぶっているにも関わらず、彼の顔にナノマシンの異常活動による光条が宿る事はなかったのである。
 そしてその事実にアキト自身も気が付いた様だ。
 異常に軽い体の感覚に不思議な物を感じながら、じっと手の平を眺めその手を握ったり閉じたりしていた。

「どう云う事だ・・・オレの体は、壊れていない?」
「あのー。まだどこか悪い所がありましたか?」

 呆然とひとりごちているアキトの横に跪き、南風(みなみかぜ)七奈は心配そうな顔でアキトの顔を覗き込んだ。

「うわっ! キミはさっきの」
「はい、南風七奈です。まだお体のお調子が悪い所が?」
「いや・・・気味が悪い程快調だ。しかし、これは一体どう云う・・・」
「じゃあヒーリングが効いたんですね。私、殿方に接吻するのは3度目、いえアレは単なる治療行為だから数には含めなくても・・・2度目だった物でかなり緊張してたんですけど・・・」

 七奈はそう言うと両方の頬を手で覆った。

「七奈、オレは女だぞ」
「初めてはジュウベイさん、そして2度目がア・ナ・タなんですの・・・・・・ポッ」
「ああ、そうなんだ・・・(滂沱の汗)」

 焦るアキトとにじり寄る七奈。
 そんな七奈の背後からジュウベイがツッコミを入れたが、七奈はそれを無視してアキトとの会話を続けた。

「おい七奈、オレは女だって」
「ジュウベイさんも凛々しくて大変男らしい殿方なんですけど、アナタ様も優しさと力強さを兼ね備えた魅力的な方ですのね」

 無視されたのが気に入らなかったのか、ジュウベイはツカツカと歩み寄ると七奈の耳の側で怒鳴り立てた。

「オレは女だぁ!!」
「クッッッ!! それで、出来ればあなたのお名前を聞かせて貰えませんか?」

 それでもジュウベイの言葉を無視し続ける七奈の態度に唖然とした物を感じていたアキトであったが、七奈の言葉に反応し思わず答えてしまっていた。

「え? ああ、俺の名前は天河アキトだ」
「アキトさんですか。良い名前です」
「それは良いんだが、キミは一体オレに何をしたんだ。オレの体の中には無数のナノマシンが投与されていて神経系に悪影響を及ぼしていたんだが・・・今はその痕跡すら感じられない」
「あ、はい。ヒーリングです」
「ヒーリング?」
「ええ、人間の体内に宿る八卦から発せられる「気」の力を活性化させて、体内の活力を上げる事が出来るんです。私。普通なら手かざしで良いんですけど・・・アキトさんの場合かなり症状が重い様にお見受けしましたので口うつしで・・・ぽっ・・・」
「そうか、そんな超能力が。ハッ! 北辰はどうした!? ラピスは無事なのか?」
「あの女の子ですか? 向こうで男の子の看病をしていますけど」
「ラピスは無事なんだな?! 」
「はい。それからあの不気味な男達なら、皆さんで片付けてそこら辺に置いて置きましたけど・・・」
「北辰を・・・倒した?!」
「ええ。余り大した手合いでもありませんでしたから。余り気にしませんでしたけど」

 と言って彼女が指差す先には、

「あら?」

 誰もいなかった。

「真田さん!」
「はい。どうなされましたか? 南風さん」
「あの男達は?」
「ああ、はい。もう二度とこう云うことをしないように注意しましてから帰しましたけど」
「帰した!? 奴らは殺し屋だぞ! 」

 アキトは叫んだが、それを聞いた真田は考える様に顎に指を当てた。

「あれで? はは・・・本当ですか? ふむ、そうですか・・・どうも我々は自分の世界の常識が抜けないようですね。済みません、私達の世界は力が全て、と云う常識が罷り通ってまして、ああいった手合いの刃傷沙汰は日常茶飯事でしたからてっきりただのチンピラなのかと思ってました。まずい事をしてしまったでしょうか?」
「・・・・・・ずいぶんと荒んだ世界だな、それは」

 真田が平然としてそう言い返してきたので流石の復讐鬼・黒い王子・天河アキトも呆れてそう言うほか無かった。

「ハハ・・・学生革命の指導者たる獅子神総理の元に発展した武闘派連合。力ある者が権力を握る事によって更に社会としての力を高めて行く理想の社会の筈でしたが、革命より12年、既に理想のメッキも剥げ、ただの暴力主義に成り果てていましたからね。言い返す事も出来ません」

 彼自身もジュウベイに出会う前までは、そのシステムの中で武闘派連合の学生思想にどっぷりと嵌っていただけに、アキトの言葉が心に染みた。

「はぁ、まあ良いか。俺のこの手で奴らを倒す事が出来るのなら、・・・その方が良い。オレとユリカをさらい、そしてオレの目の前で実験台として虫ケラの様に死んでいった火星の同胞達の敵を討てるならな! 」

 アキトが死に物狂いで身に付けた格闘技術、かつての敵である月臣を師匠とし地獄の鍛錬によって身に付けた「木連式柔」にも「気」を使う技術はなかった。奥義中の奥義と云う、伝説の中には存在したらしいが、既に会得している者も無くなっていた。
 しかしこの場に居た、気の使い手が揃っている彼らから見える今のアキトの体からは、どす黒い障気の様な気が発せられているのが分かった。

「北辰、次にあった時が貴様の最後だ。ルリちゃんもラピスもそしてユリカ、お前もオレが守ってみせる。絶対にだ」



 少し離れたビルの屋上にて、漢字が効果的に書き込まれた白衣、通称特攻服と呼ばれるそれを着込んだ男がその場面を見つめていた。
 そして結末を見届けると何処へともなく喋り掛けた。

「よぉポンコツ、オレ達の出番は無かったみたいだぜ」
『我々の力が表に出ないのであればそれに越した事はない。それに元々我々は流刑体と「敵」のみを相手にすべきなのだ。この世界に紛れ込んだ流刑体を始末すれば私の任務は終了する』
「つまんねぇ事言うなよ。それによ、元々の流刑体の数よりも格段に少なくて済むんだろ? だったら困っている連中に手を貸すのが「人の道」ってモンだろうが」
『私は人ではない、目的を持ってプログラムされただけの存在に過ぎない。しかし、パートナーであるキミの意見は尊重されるべきである。キミの考えを承認しよう』
「かーっ! 素直に「分かった」って言えねぇもんかねぇ!? まぁ、いいかこれからもよろしくなポンコツ」
『了解だ、定光』




 後書き。
 ここの所17時間労働で暇が無かったのでストックから引っ張り出してみました。
 今回は中平正彦さんで攻めてみました。
 そうしたら都合の良い事に「オレはジュウベイ」にて脳内に注入された精神操作用のマイクロマシンを除去する力を持ったキャラクターが居るではないですか。
 さっそく使ってみました。
 次は本編Bパートに戻ります。ではでは。




日本連合 連合議会


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