東京タワーの近く、浜松町付近の繁華街のファーストフード店に東京タワー見物に来ていたひなた荘の面々。
先に2階に上り座っていたメンツに遅れて成瀬川が2階に上がってきたが、彼女はガリ勉のし過ぎで極度の近眼になっており、景太郎達の居場所が見つけられなかった。
景太郎達は手を振ったりして合図を送るが成瀬川はそれに気付かずキョロキョロしながら店内を歩いているばかりだった。
カオラは相変わらずキョロキョロして近付いてこない成瀬川に焦れたのか大声を出して呼びかけた。
「おーいっ!! ナルやん、こっちやで」
直ぐにそれに気付かなかったのか、更にキョロキョロとしている成瀬川にキツネも店内に響く大声で声を出した。
「なるっ! こっちやこっち! 早よ来ぃや」
「ナルさん、こっちですよー」
「なるセンパイこっちです」
「ナルやん、早くしないとなくなってまうでー」
その騒ましさのお陰で流石に気付いたようだが、結構人の多い店内で大声で呼ばれた成瀬川は顔を赤らめてズカズカと足早に近付き、何故か通路側に座っていた浦島の頬に拳を叩き付けた。
「成瀬川・・・一体何で俺が」
「こんな所でなるナルって大声で呼ばないでくれる? 恥ずかしいじゃない」
「俺は何も・・・」
「そやそや景太郎がなるの事呼び捨てに出来るかいな、第一なるなんて名前他におらんから別に構わんやん、キシシシ」
軽薄に笑うキツネにさすがの成瀬川も頭に来たのか、拳をプルプルと震わせながら力を溜めていた。
とは言え実際、彼女が生まれてこの方、「なる」と言う極めて個性的な自分と同じ名前の人間を見たことがないからその事については反論の余地もなかったのだが・・・そんな彼女の後ろからおずおずと中学生くらいの女の子が声を掛けてきた。
「あの〜ぉ、何か私に御用事ですか?」
突然見知らぬ者達に呼ばれて当惑していた彼女に声を掛けられ、ひなた荘の人間達も当惑してしまった。
彼女のことを誰か呼んだ? 浦島はテーブルに付いていたメンツに目で確認するが全員が首を横に振った。
「えーと、誰も呼んで無いみたいだけど・・・」
苦笑しつつ浦島はその少女に言ったが、彼女は口を尖らせて言い返した。
「さっきから大声で呼んでいたじゃないですか。恥ずかしいから用がないなら呼ばないで下さい」
「いえ、だから・・・誰も呼んでないんですけど」
「言いました、そっちの方達がさっきから私の名前を言ってたじゃないですか。からかわないで下さい」
最初は何事かと戸惑っていた彼女だったが、まるで要領を得ない相手の態度に業を煮やしたのか、悔しさからか少し涙ぐんで来たようである。
「何処で知ったのか知りませんけど、私の名前を皆さんで呼んでいたでしょう? それを知らないだなんて言ってしらばっくれて。私をからかってそんなに楽しいんですか? 酷いです。幾らあたしの名前が珍しいからって、こんなの酷いです」
昔から気にしていたのか、自らの名前に対するコンプレックスからか、急に涙声になってきた彼女の様子にひなた荘の面々はどうしたらよい物か戸惑いを隠せなかった。
そんな彼女の友達だろうか、長髪をお団子状に纏めた女の子が気遣わしげに近寄ってきて涙ぐんでいる彼女の袖を引っ張った。
「ちょ、ちょっと。どうしたの? この人達に何かされたの? 」
「うう、うさぎちゃん・・・あたし悔しいよ。幾ら珍しい名前だからって見ず知らずの人にまでからかわれて・・・」
「ええーっ!! ひっどーいっ!! そんな事でなるちゃんをイジめたわけぇ?! 」
「「「「「「「「 なる !?!」」」」」」」」
うさぎと呼ばれた女の子が彼女の名前を言った途端、ひなた荘の面々は大声で聞き返してしまった。
その余りの大きな声にうさぎとなると言う女の子は一歩引き下がってしまった。
「そうです、なるです。さっきもそう言ってあたしの名前を呼んでいたでしょ」
「あ、あのー・・・」
意気込むなると云う女の子の側で立ちっぱなしだった成瀬川は汗を掻き、苦笑を浮かべながらこう言った。
「あたし、成瀬川なるって言うの」
「へっ・・・・・・」
成瀬川なるもその生涯に於いて自分と同じ名前の人間を見たことがなかったように、もう一人のなるも自分以外に「なる」と言う名前の人物が存在するなどとは微塵にも思ったことがないだけに思わず絶句してしまった。
それを聞いて驚いたのは彼女だけではなかった、いや、リアクションだけだったらその場にいた誰よりも大きかっただろう。
彼女の友達のお団子頭の女の子が大声で叫んだ。
「ええーっウッソー! なるちゃんいがいにそんなヘンな名前もっている人いたんだー!」
ピシッと何かに亀裂が入った様な音がしたのは気のせいなのだろうか。
特に、成瀬川なるともうひとりのなるのコメカミには怒りマークが明々と燃えていた。
「うさぎちゃん、・・・うさぎちゃんだって人のこと言えないでしょう? 何よ、うさぎちゃんなんか月野うさぎじゃないの。何それ? オヤジギャグ? どっちの方が変だって言うのよー」
「うわぁーん、なるちゃんがイジメるぅ」
びえーん、と辺りをはばからずに泣き始めたうさぎが泣きやんだのはそれから十数分を要した。
泣きやまない彼女の口に景太郎が買ってきたソフトクリームを押しつけてようやく、だったのだが。
それからふたりのなるはお互いに初めて同じ名前の人間に会った、この感動の出来事に意気投合してしまった。
まるで友達のようにお互いのことについてふたりは話し合ったのだが、成瀬川が東大を目指している事を知るや「ソンケー」の目で成瀬川を見つめだした。
「お姉さん、すごーい。東大って大学の東大でしょぉ?」
「海の灯台は目指さないでしょ、流石に」 苦笑
「アハハ、そうですよねぇ」
「あ、で、その・・・なるちゃんの名前はなんて言うの」
「あ、ゴメンナサーイ。あたしは・・・その・・・大阪」
「呼んだ?」
「なるです・・・はい?」
「大阪なる」と言う自分でも凄いなぁと思っているフルネームを告げている途中に、何故か隣のテーブルに付いていた女子高生のグループの一人が「大阪」というキーワードに反応して振り返ったのだった。
「今私のこと呼ばへんかった? 大阪て」
「えっとぉ・・・言いましたけど・・・あたしの名前なんです」
「へー、奇遇やなぁ。私も大阪いうねん」
「えーっ、本当ですかぁ!?」
同じ日に続けて同じ名前(苗字だが)と云う人間にあって大阪なるはビックリした。
偶然という物は立て続けに、まるでドミノのように連鎖的に反応する物なんだとこの時確信したらしい。
「うん。ホンマホンマ」
「家の親戚の人以外に「大阪」なんて言う苗字の人が居るなんて思いもしませんでした!」
「あはは・・・・・・アダ名やねんけどな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
サラッと言ってのけた大阪に対して大阪なるは口ごもってしまった。
本名の話しをしていたのではなかったのか? 何を言ってるの、この人は。
もう、訳が分かんないわよ。
「私が関西人やからっちゅーて、同級生から大阪大阪言われるようになったんねん」
「・・・そうなんですかぁ・・・」
「折角標準語練習してたのに、関西人は関西語喋れっちゅーて」
「・・・はぁ・・・」
「んでもって「大阪」っちゅう綽名になったんや」
「・・・へぇ〜、それで大阪なんですか・・・」
「ホンマは神戸出身なんやけどな」
「・・・・・・はぁ・・・・・・」
どうも要領を得ない相手に大阪なるは混乱してしまった。
「さっき聞こえたんだけどさぁ!」
「キャッ」
そんな時、大阪の連れのひとりの女子高生がいきなり会話に参加してきたので大阪なるはビックリして少しばかり悲鳴を上げてしまった。
だがそれには構わず彼女は話を続けていた。
「そっちは東大かも知れないけど、こっちの人材にも凄い天才がいるんだぜ、へっへーんだ」
とても自慢げに言う彼女は同じテーブルに付いていた同じ制服を着た小さな子を向き直らせ、鼻高々と胸を反らせた。
「こっちなんか11歳で飛び級で高校生やってるちよちゃんだー、どーだすごいだろー」
「あのー、ともちゃん何か・・・」
「んー? こっちの三人が東大の受験をしてんだってさぁ。ここはヤッパリちよちゃんの出番でしょう」
「いえ、わたしは勉強が好きなだけですし。大したこと無いですよ」
ふるふると手を振るちよであったが、流石に11才で高校へ飛び級する位の天才少女と聞いて一同は驚きの声を上げた。
「大したこと無いなんて んな訳ないって。ほら、あっちの3人をやっつけちゃえー」
「そんな事・・・あの、どう云う勉強してるんですか?」
何故か張り切り、ローニンズにちよを対抗させようと嗾けるともであったがちよは一応謙遜して見せた。
しかし、元来の勉強好きであるちよは彼らの勉強内容に興味があるらしく、なんのかんの言いながら、ちよは東大を目指す3人とやらがしているという問題集の内容が気になり、好奇心で目が輝いていた。
ひなた荘のローニンズとしてもこの少女が本当に天才なのかが非常に気になるらしく、隠し持ってきていた参考書と問題集を出すと簡単に説明した。
「へー、じゃあこの b=aπ2r は X2 で微分出来るんですね?」
「うん。さっきの数式を代入すると・・・こうなるわけだね」
「分かりましたー。じゃあ残りの問題もやってみますねー」
と、説明されただけでちよはスラスラとその問題を解き始めてしまった。
「ちょっとちょっと、あの子本物の天才じゃないの」
「ライバル出現ですね。なるさん」
「うーん、再来年の東大合格枠がひとつ減っちゃうねー」
3人が深刻に話しているとそれを聞きつけたちよは笑いながらそれを否定した。
「えー、そんな事無いですよー。あ、皆さんは東大に行って何をするんですか? あんな所まで行くんですから何か凄い事をするのでしょう」
「え? ・・・・・・」
それを聞いて絶句してしまったのは成瀬川であった。
「わたしは・・・」
「ボクは考古学がいいかなって考えてるんだ、知り合いに東大で考古学をやってる人が居てね、バイトしたりしている内にこれがいいなぁ、ってね」
「私はぁ生物学部で植物の研究をしたいですねぇ。スイカの栽培をちょっと」
「わたしは・・・何がしたいんだろう」