その日、日本連合の中でも特に有力な財閥の令嬢である面堂了子は数通の書簡を書き記し、真っ赤な蝋にて封をした。
 彼女は机に向かったまま背後に声を掛けた。
「ちょっと良いかしらお前達」
「はは、何なりと」
 すっと音も立てず黒尽くめの男が立っていた。
「このお手紙を届けてくれないかしら?」
「はい了子様。して、どのように」
「きちんと手渡しして頂戴ね」
「分かりましてございます」
「では、行きなさい」
「仰せのままに」
 黒子は数通の書簡を受け取ると消えるように薄暗い部屋の片隅へと消えた。
 黒子、黒子(ホクロ)ではない、黒子(くろこ)・・・歌舞伎などで顔を黒い垂れ布で覆い黒ずくめの衣装を纏った炭団のお化けの様な格好をし、表舞台で活躍する裏方のことだ。
 了子は自分の用事を言いつけるために面堂家の黒服シークレットサービスとは別に自分の子飼いで黒子を組織していたのである。
 実のところ彼女の兄、面堂終太郎が統括する面堂黒服シークレットサービスよりもその実力は高く評価されていた。多分に了子の趣味性が強く現れていたが。
 彼女は薄く唇に笑いを浮かべた。
「ふふふふ、楽しみ」


インターミッション”了子のお茶会”
Tekunveno de Rjoko.





 東京都内、水之小路家邸宅。
 面堂家と同じく、狭い東京都の何処にこんな広大な敷地があるのかと疑ってしまいたくなるような広大な敷地の一角に黒子二人が潜入していた。
 ここ、水之小路家にも私設警備隊が存在していた。
 その特色として、この水之小路家は女系一族と云う事もありその構成人員の全てが女性であった。
 だが、過去に黒子達が了子の命令によって終太郎の見合い相手を探るという命令により潜入した際もそれを許さなかった事からその実力の高さは折り紙付きだった。
 しかし、黒子達にとって了子の命令は絶対である。
 すでに警戒網の奥深くまで潜入し、この屋敷の持ち主である水之小路一家の住まう邸宅まで後一歩と言うところに迫っていた。
 そして、ターゲットである水之小路 飛麻呂と飛鳥の兄妹との接触は意外な所で容易になった。
 庭の片隅から様子を伺っていた黒子達の前に当の本人達が姿を現したのだ。
 どうやら昼食後の散歩のようである。
 時代遅れの書生の様な格好をした少年(17)飛麻呂の後ろに付いているのは妹の飛鳥(15)である。
 実は、兄である飛麻呂はハッキリ言って大間抜けである為、接触するのに何の問題もないのだが・・・妹の飛鳥は男に負けないように幼少の頃から鍛えに鍛え抜かれたスーパーガールであった。
 何しろ全身を覆う数百キロの鎧に身を包みながら100メートルを10秒フラットで駆け抜け、そのまま棒高跳びで15メートルをクリアーし、息も切らさないのである。
 しかし、黒子達にとって一番の難関は彼女が男性恐怖症と言うことであろう。
 彼女が兄として慕っている飛麻呂と終太郎以外の男を見た瞬間、彼女が初めて接触した男性(不幸な事に)諸星あたるに襲われたという恐怖の体験が甦り反射的に相手を叩きのめしてしまうのだ。
 恐怖の日の翌日、兄は男とは違うと刷り込まれた彼女は極度のブラコンとなってしまったらしく、実の兄にべたべたとひっついて回っている。
 変な兄妹だ。
 黒子達はこの困難なミッションをどうこなすつもりなのか。
「さて、準備準備〜」
 黒子達は用意していた筺からある仕掛けを取り出すと準備を始めた。


「お兄さま?」
「何だ飛鳥」
「おかあさまったらどうしてあんなに朝から怒っていたのでしょうか? わたくし何かしたのでしょうか」
 飛鳥はキョトンとした顔で首を傾げた。
 それを見て飛麻呂は(当人にとっては)深刻そうに溜め息をついた。
「あのなぁ飛鳥、お前ほんッとうに分からないのか?」
「ハイ、ぜんぜん分かりませんわ」
 飛麻呂の苦悩を余所に飛鳥はキッパリと言い放った。
 超箱入り娘として育てられた飛鳥は天真爛漫、疑うことを知らぬ素直な性格なのだが如何せん常識という物をこれっぽっちも持っていなかった。
 非常識の塊の飛麻呂から見ても手の着けようがない物なのだからその程度が知れる。
「あのなぁ、良いか飛鳥」
「はい、お兄さま」
「例え兄妹とは言えだ、年頃の男女が一緒の布団で眠っちゃ駄目なんだよ! 分かるだろう? そう言うことは結婚した男とするもんなんだよ」
「いいえ? だってこんなにお兄さまをお慕いしてるんですもの・・・男なんて怖くって。わたくしお兄さまの方がいいですわ」
「違うんだよ! 違うんだよ! そうじゃないんだよ」
 説得しようと努力した飛麻呂であったが、暖簾に腕押しと言うか糠に釘と言うか、全く彼女に理解して貰えないことに処理能力がオーバーフローした彼は首をブンブン振って飛鳥の言葉を否定しようとした、しかしパニック状態の彼の口からはそれ以上の言葉が出てこなかった。
 違うんだよ違うんだよと繰り返すばかりの飛麻呂に困惑した飛鳥は兄と同じく首をブンブン振り回す。
「お兄さまが何を言っているかぜんぜんわかりませんわ」
 とまぁ、いつもの光景を繰り広げている兄妹であったがそのふたりを影から警備していた警備の者達に緊張が走った。
 突然庭園の岩陰から黒子ふたりが操る人形浄瑠璃に使われるお姫様を象った人形がスルスルと姿を現したのだ。
『おこんにちわ』
 カシャカシャと関節を鳴らせて人形がお辞儀をした。
 黒子のふたりは体中に浴びる殺気と赤外線探知機とレーザーポインターの照準、そして撃鉄が起こされる音に内心冷や汗を流しながら仕事を続けた。
「あらあら、どちらさまですの?」
 だが飛鳥はそんな周りの様子に気付いた風もなく大変呑気に返事を返した。
『了子お嬢様よりお手紙どすえ〜』
 そう言うとその人形は手に持っていた封書を飛鳥に差し出した。
「まぁ、了子さんからお手紙ですの? ありがとうございます」
 飛鳥は深々とお辞儀するとそれを受け取った。
 しかし、普通ならこんなに妖しい過ぎる奴が目の前にいたら警戒しまくりの筈なのだが・・・金持ちの感性は良くわからんわい。
『確かにお渡し致しましたよって、失礼します』
「あっ、はい。ご苦労様でした」
 飛鳥が慌ててお辞儀すると黒子達は出てきた時と同じ様にするすると姿を消した。
「・・・随分と堅そうなお体をしたお方でしたわ。体調でも優れなかったのでしょうか」
「・・・飛鳥・・・」
 見当違いな心配をする妹を見て飛麻呂はコメカミを指で揉んだ。
「お手紙って何なのかしら」
 ピッと封を切ろうとする飛鳥の後ろに警備部所属のA級エージェントが慌てて飛び出してきた。
「お待ち下さい飛鳥様」
「ぎっちょん?」
「まずは私達に安全の確認をさせて頂きたく存じます」
 相手が黒子であった事から危険度は低いと思われたが、まだ本物かどうか分からない状態であった事、そして最近急速にデタントが進んでいたとは言え数世紀来の仇敵である面堂家の使いである、どの様な仕掛けがしてあるか分からなかった。
 彼女(年齢20代後半、揃いのサングラスに短パンの制服を着たキュートな女性隊員である)は飛鳥から封書を恭しく受け取るとリモコンのスイッチを入れた。
 すると地面がパカッと開き、中から各種分析装置が組み込まれた机が現れた。
 彼女はその台の上に封書を載せると硝酸反応、金属反応、X線透視装置、その他を使い危険物の確認をした上で念のため液体ヘリウムで封書を凍らせた上で危険がない事をチェックし飛鳥と飛麻呂に返した。
「お坊っちゃま、飛鳥様、一応の危険はないようでございます」
「はい、ご苦労様です」
「本当に大丈夫なんだろうなぁ」
 飛鳥は素直に受け取ったが飛麻呂は過去の苦々しい記憶、幼少時から了子の悪戯で痛い目に会い続けてきた経験から不安そうに指で摘んでブラブラと振ってみた。
 パーン!
 その途端、封書が破裂音と共に弾け飛び白煙が飛麻呂を包み込んだ。
 危険チェックに絶対の自信があったA級エージェントの彼女も突然出来事にアクションが取れず呆然としてしまった。
 白煙が薄れると飛麻呂の顔は小麦粉か何かで真っ白に染まり、封書の残骸を摘んだままの状態で固まっていた。
 その彼の顔面にヒラヒラと上空から舞い降りてきた紙が張り付いた。
 キョトンとした飛鳥が表に書かれている絵と文字を見てみると。
『お〜ほほほほほ、引っかかりましたわね飛麻呂様、おほほほほほほ』 by.Ryouko.M
「まぁ、了子さんのお手紙ですわ、良かったですわねお兄さま」
「・・・・・・どこがじゃ・・・」
 ケホッと白煙を吐き出すと飛麻呂はそのまま後ろにひっくり返った。
「まぁ、お兄さまお昼寝ですの? でしたら是非添い寝を・・・」
 そう言うと飛鳥は顔を赤らめつつイソイソと飛麻呂の横の芝生に腰を下ろした。
「え〜い、この、スカポンタン! 変態兄妹!!」
 何処からともなく出現した絣の着物を着た年輩の女性、飛鳥と飛麻呂に良く似た身体的特徴(特に瞳のハイライトの形)の人影がナックルを填めた鉄拳を飛麻呂の顔面に叩き込んだ。
 どことなく変形しつつ明後日の彼方に飛麻呂は消えた。 キラーン!
「まぁお母様。どうかなされたのですか」
「どうなされたのかではありません。今いったいあなたは何をしようとしていたのですか」
「まぁそんな、そんな恥ずかしい事言えませんわ」
「顔を赤らめつつ堂々とそんな事言うもんじゃありません! この変態兄妹」
 そう言うと母はピコピコハンマーを軽〜く飛鳥の頭に当てた。
「あらお母様何を笑っていますの? 」
「笑ってなどいません、泣いているのです」
 そう、水之小路の母も飛鳥と同じく超箱入り娘として育てられた経歴を持つ。
 だが、入り婿を貰うために努力に努力を重ね男性恐怖症を克服した結果・・・落書きみたいな顔をした旦那が最高のハンサムと言う感性と、常に微笑み以外を浮かべられなくなると云う癖が身に付いてしまっていたのである。
 だから今のように心の底から憤慨し涙を流しているにも関わらず、そのご尊顔に浮かんでいるのは微笑み以外の何者でもないのである。
「まぁ、それはいけませんわ。どうして泣いておられるのですか私に出来ることは有りませんの?」
 こんのクソガキャァ! 誰の所為だと思っとんじゃボケェ。等と思ってしまったのは本人の心の内だけに留めて置かれた。
 表向きは財閥のマダムだし。
「いいですか飛鳥、貴女の兄であるトンちゃんとは結婚できないのですよ」
「勿論ですわ」
「そう言うことはこれと決めた殿方をゲットする時に使う物なのです」
「ゲット・・・お兄さまではいけませんの? わたくし男なんて怖くて怖くて」
「それは変っ態のする事です。・・・・・・ですが、面堂家の嫡男の方なら問題はなくてよ」
「面堂のお兄さまですか。はい、お兄さまなら男と違って怖くなど有りませんわ」
 ポリポリ、まぁ良いでしょう。
 終太郎は飛鳥ではなくて了子の兄なのだが、彼女にとっては(誰かの)兄で在れば問題はないらしい。
「あ、そうでした。了子さんからお手紙を貰っていましたの」
 彼女はスッと指先で封書を切り取ると中から便箋を取りだした。
 しかし、先の飛麻呂の封書が爆発したのを見て何とも思わなかったのだろうか?
 彼女の鋼の肉体ならダイナマイトが仕込まれていても怪我ひとつしないとしてもだ。
 飛鳥は高級紙に羽根ペンで書かれた流暢な書体の文を読み解いていった。
「あらまぁ」
「どうしたのですか飛鳥」
「はい、お母様、了子さんがお茶会を開くので是非参加して欲しいとの事ですわ」
「行ってらっしゃい飛鳥。・・・ただしひとりで行くのですよ」
「ええ!? ぎっちょん! でもでも、お外には男達が無造作に管理もされず放し飼いになっているのでしょう? 私怖いですわ」
「飛鳥、これからも貴女はそうやって男を怖がって生きて行くつもりなのですか? 良いですか飛鳥、この世の中には女を10とすれば男は11居るのです。そんな事では世の中やっていけませんよ」
「ええ!? そんなにも男はいるのですか? 私てっきり男はもっと少ない物とばかり・・・」
「行きなさい! 飛鳥。水之小路家の女性なら必ず通らなければならないイバラの道なのです。如何なる障害であろうと打破するのが我が家の家訓です!」
「はい、お母様!」
 そう言うが早いか、飛鳥はひょ〜いと姿を消した。
「・・・飛鳥、母はいつでも貴女を見守っていますよ」
 そう呟くと面堂邸のある方角へ遠い目を向けた。
「お館様」
 そんな飛鳥の母の後ろに水之小路家の警備主任が立ち、頭を下げた。
 飛鳥の母は表情を変えずに先を促した。
「どうしました?」
「ハッ、先程のネズミですが・・・残念ながら取り逃がしました」
「そうですか・・・まぁ良いでしょう。捨て置きなさい」
「ハ」


 一方、さっきの黒子達は命からがら水之小路邸の敷地から脱出していた。
 その装束はあちこちが焼け焦げ、硝煙の匂いが立ち上り、頭巾の一部には銃弾が貫通した跡が残っていた。
「はぁ、死ぬかと思った」
「いや全く全く。了子様の命とは云えここに来るのは堪らんよ」
「ま、そうぼやくな。で、次は?」
「おう、帝都は銀座の帝国歌劇団に勤める神崎財閥令嬢、神崎すみれ様だ」
「ふぅん。令嬢が歌劇団に勤めているのか?」
「ああ、変わってるな」
 そんな会話を交わした後、彼らは書簡を抱えて都心へと足を進めた。
 勿論失礼のない様に痛んだ衣装は新品と取り替え済みである。
 基本的に彼らの移動手段は支障のない限り徒歩による。
 これらは彼らの主である了子が優雅な無駄を重んじる性格の所為である。
 必要と在れば最新鋭の航空機の運用も躊躇うことはないが。
 えっほ、えっほと昔の飛脚のように掛け声を上げながら彼らは都心、と言うか帝都で最も栄えている銀座へと足を運んだ。
 途中まではアスファルト舗装された幹線道路が縦横に(ただし無計画に)伸びていたのだが、途中から太正時代のさくら大戦の世界の地域に入った。
 そこでは道路は基本的に舗装されておらず、良くて砂利道、悪くてぬかるんだ泥の様な畦道となっていた。
 だが流石に都心である銀座界隈は舗装された道が目立っていた。
 もっともこの文明の主燃料は石炭、石油から取れるアスファルトによる舗装は出来ないのであった。
 その為、石畳による舗装がメインであり、市民(ここでは臣民と呼称されている)の主な足は高効率の蒸気機関による路面汽車である。
 さて、ここ銀座は国民に対し、如何に科学文明が素晴らしい物なのかを薫陶する為のモデルケースとして殊更に飾り立てられている傾向が強かった。
 その為、ここいら辺一帯の街路にはガス灯が掲げられ夜尚明るい不夜城と呼ばれていた。でも現代では珍しくもないけどね。
 石造りの立派な建物が建ち並ぶ銀座界隈、現在時刻は二〇時過ぎ。
 ここ、大帝國劇場はすっかり静まった街の喧噪の中に建っていた。
「さて、どうやって内部に侵入しようか?」
 黒子の壱は頭を捻った。
「ここ帝国歌劇団は帝国陸軍直轄の対降魔秘密部隊帝国華撃団となっているとの事だし、下手に近寄ったら直ぐに捕まっちまうしな」
「まぁとにかく裏に回ろう。ここでは人目に付いちまう」
「ああ」
 彼らは周囲を警戒しながら裏口の方へ回った。
 こちらには人気はなかったが、トラックから資材を運び入れるための裏口には厚く堅い鉄の扉が降りていてとてもじゃないが侵入は出来なかった。
 さて、どうすんべぇと悩んでいる彼らの耳に低性能の発動機の音が響いてきた。
 その場で待っていると建物の角を曲がって一台のトラックが姿を現した。
 トラックは安っぽいブレーキ音を響かせると彼らの目の前で止まった。
 すると助手席に座っていた男が扉を開けてトラックから降りて彼らに声を掛けた。
「よぉ!」
 暗闇でその表情が分からないと思っていたのだが、よくよく見るとその男も彼らと同じく黒子の格好をしていた。
 顔に掛かった黒幕のため影になって暗いな、と思ってしまった訳だ。
「うっす」
「ちわっす」
「随分早いじゃないか」
「いや、オレ達も命令で今来たところでさ」
「ふ〜ん、ま、いいや。荷物運び手伝ってくれや」
「合点承知」
 助手席の黒子が鉄の扉の横の箱に鍵を差し込むと、鉄製の分厚い扉が重々しい音を立てて開いていった。
 トラックと共に彼らが中にはいると中には大勢の黒子達が働いていた。
 来月公開の劇「紅蜥蜴」の舞台セットの作成が現在佳境に入っていて、裏方である彼ら帝国華撃団諜報部隊「月組」は大忙しでてんてこ舞いであった。
「じゃあ、それとそれ大道具部屋へ運んどいてくれ」
「「へーい」」
 彼ら黒子達は偶然とは云えどさまぎで帝国劇場内部への侵入を果たしてしまった。
 偶々月組の制服が黒子だったのが幸運だったか。
 さて、劇場の基本構造は何処も大抵は似た構造をしている。
 そのお陰で彼らは大きな木箱を抱えて迷わずに大道具部屋へと来られた。
 こうして大道具部屋を改めて見てみると、結構書き割りや背景というのは雑に出来て居るんだなって思えた。
 彼らはしばらくの間月組と共に大工仕事や運搬業を行っていたのだが、館内清掃を申しつけられた彼らはようやく本来の仕事に戻った。
 2階に上がり、廊下の掃き掃除と壁の乾拭きを手早く済ませた彼らは扉を開けて華撃団隊員達のプライベートエリア区画へと侵入を果たした。
 ここから先は観客達が立ち入ることのない、内部の者達だけのエリアである。
 扉の向こうはサロンだった。
 彼らが中にはいるとサロンの机に紅茶を持ち、物憂げに過ごしているひとりの女性が座っているのが見えた。
 彼女は胸元が大きく開いた独特の着物を着ており、その容姿も彼らの資料と一致した。
 彼らがそれを確認し肯くと、彼女、神崎財閥の令嬢神崎すみれは黒子が入ってきたのに気付いた。
「あら、もうそんな時間ですの? ご免なさいね、悪いけどこのティーセットも片付けといて下さらない事?」
 掃除道具を持つふたりの黒子の姿にすみれは席を立った。
 しかし、何か違和感を感じたすみれは改めてふたりの黒子の姿を見直した。
「あなた達、帝劇の人間ではありませんわね?!」
 彼女は鋭い声でそう指摘した。
 帝劇に侵入する者、それ則ち・・・敵!
 素早く机に立て掛けてある薙刀をむんずと掴み取り、切っ先をふたりに向けた。
 だが、黒子は膝立ててその場に低頭した姿勢で畏まった。
「なんですの?」
「鋭い見識、お見それいたしました」
「我らは、我らが主、面堂財閥令嬢、面堂了子様の命により神崎財閥令嬢神崎すみれ様に書状を届けに参った者にございます」
「面堂財閥・・・、あぁ、あの雑木林しかない中野区の一帯を所有する財閥の・・・。確か、嫡男の方は面堂終太郎様・・・でしたわね」
「はは。その通りでございます」
「宜しければ、この書状を受け取っていただきたく存じます」
 そう言いながら黒子の弐が頭上に了子がしたためた書状を掲げた。
「なんですの?」
 すみれはそう言うと書を受け取った。
「我らは内容を存じません故・・・」
「当然ね。どれどれ」
 彼女はペーパーナイフを使い封筒の一辺を綺麗に切り取り、中から便箋を取り出し内容を読み出した。
「・・・・・・付きましては、返事を」  云々・・・etc...
 すみれはじっくりと内容を読みとると黒子に返事をした。
「そうね・・・ちょうどその日はオフですし。ご招待慎んでお受けいたします。と、ご主人様に伝えなさい」
「はは、必ず了子様にお伝えいたします。それでは、これにてゴメン」
 どろん
 とは行かなかったが黒子達はたちまちの内に姿を消していた。
「お見事」
 ふたりの素早い行動に感心したすみれはふたりを誉める言葉を呟き、恐らく彼らを飼っている主人の手腕をも評価した。
 椅子に座り直したすみれは乾いた唇を湿らせるため、紅茶のカップに口を付けて思わず顔をしかめた。
「・・・・・・あらヤダ・・・紅茶がすっかり冷めてしまいましたわ」


 翌朝、一度社員寮に戻った彼らは3番目の目的地に向かっていた。
 今日は自動車にて近場まで移動した。
 そして今、彼らの前には長い長い壁に包まれた大邸宅がそびえ立っていた。
 勿論、彼らの勤務地である面堂邸に比べれば大したことはないのかも知れないが、アレは比較するだけ非常識と言う物だろう。
 ここ、来栖川財閥の邸宅は大邸宅と呼ぶのに相応しい敷地と、そして内容に応じた否、それ以上の規模を誇るセキュリティーシステムによって鎧われていた。
 特に最近はこの屋敷の上のご令嬢の魔術と下のご令嬢&執事の格闘技指南、更に来栖川電工製のメイドロボット達によってそのセキュリティー評価は格段に吊り上げられていた。(魔術云々は眉唾っぽい所だが)
 さてさて、今日は日曜日。
 目標である来栖川芹香と綾香の両名が外出していない事は了子直属の情報サービスによって確認されていた。
 黒子の壱はその高い壁を睨み、敷地の様子から内部のセキュリティーを読み解こうと考えていたが、黒子の弐がふと漏らした。
「しかし、ふと思ったんだが」
「何だ」
「正面から堂々とメッセンジャーですって言えば済むことなんじゃないか?」
 そう言う黒子の弐を黒子の壱は不思議な物でも見るかのように見た。
 そして憐れみを込めてか、肩をすくめた。
「あのな、あの了子様がそんなケレン味の無いやり方でご満足されると思うのか? 」
「・・・・・・・・・駄目だな・・・」
「そう言うことだ。では行くぞ」
「応」
 彼らは黒子の壱が壁際に立ち、弐が壱に向かってダッシュで駆け寄った。
 目の前で大ジャンプした弐の踵を掴み壱は組んだ両腕を大きく上へ振り上げた。
 弐の体は高さ3メートルの壁を軽々と越え、向こう側へ姿を消した。
 どさっと草を倒す音がして数秒間。
「大丈夫だ。ここには警戒システムは張られていない」
 壁の向こうから弐の声が聞こえてきた。
 壱は肯くと後ろに下がり助走を付け垂直の壁に足を踏みつけるように蹴り上げると3メートルの壁を駆け上がり壁の向こう側へ姿を消した。
 見る人が見れば中国武術の流れを汲む軽身功の動作のひとつだと分かっただろう。
 壁の向こう側には草はらが広がっていた。
 五〇〇メートルむこうに目標である屋敷が見える。
 途中までは見晴らしの良い芝生になっていて身を隠す余裕の無いことは一目瞭然であった。
 こんな所を無造作に行けばたちまちの内に発見されるのは必至である。
 しかし、こんな事も在ろうかと彼らには秘密兵器が何点か用意されていた。
1.煙玉
2.犬の嫌いな匂い&興味を引かずには居られない匂いを封じた匂い玉。
3.周囲の色に同調するカメレオンの様な光学迷彩。
 弐はドーベルマンを初めとする警備体制の注意を引き寄せるための囮として煙玉と匂い玉を手に握りしめた。
 壱は手首に付けられた光学迷彩のスイッチを入れた。
 すると黒子の弐から見た壱の姿は次第にぼやけ始め、背後の色に溶け込むようにハッキリしなくなった。が、完全にみえなくなる訳では無いようである。
 二人は縦に並ぶように一直線に屋敷に向かって走り始めた。
 途端に何処かで警報が鳴り響き、庭の片隅から凶暴で知られるドーベルマンが5頭も放たれていた。
 弐は犬の嫌いな匂いのする匂い玉をそちらの方へ投げつけると針路を犬とは反対側へと変えた。しかし、壱はそのまま直進を続けている。
 嫌いな匂いに一瞬怯んだドーベルマンであったが、訓練の成果か直ぐに侵入者の追跡に戻った。
 だが、肉眼よりも嗅覚に重きを置くドーベルマンは光学迷彩を施し消臭処理をした黒子の壱に気付かず囮である黒子の弐に突き進んでいった。
 訓練された犬に人間は勝てない、が、戦わずに逃げる手段なら幾らかあった。
 第1の関門を越えた黒子の壱は軽身功の速歩を使って、まるで軽自動車並のスピードで走っていた。
 しかも光学迷彩のお陰で正に目にも止まらぬ状態であった。
 だが、屋敷に近くに来ると人影が立ちはだかった。
 そこにいたのは旧式のHMシリーズ、商品名メイドロボである。
 彼女らは家電製品として開発された自律起動型のロボットである。
 通常ロボットは人間に対する攻撃は行われない物としてプログラムを組まれているが、HMシリーズはロボット3原則を目標として開発された人工知能を持つ。
 現在発売されているHM−12及びHM−13型では人間並みの情緒回路を持つ物もあるそうだが、ここにいる旧式の彼女らにはそこまでの状況判断が出来るだけの処理能力を持っていなかった。
 だが、どの様に行動するかの計算には充分な電子頭脳を持っている。
 ここにいる彼女たちは警備用に特化された仕様を施された警備用HMである。
 なかには市場に出回らなかった試作機や先行量産機の姿もあった。
 彼女たちは思考することなく、あくまでプログラムされた反射的行動によって支配されていた為、マルチタイプやセリオタイプと違い人間相手に躊躇いを憶える事はないのだ。
 彼女たちは巡回中に庭から接近してくる物体をアイボールセンサーにて検知。
 更に詳しく解析するため側頭部に存在する特徴的なセンサーポートにある赤外線検知機、音波探知機の情報を用いて解析を行った。
 結果、保護対象に対する害を及ぼす可能性・大。
 周囲の警戒に3機を残し、残り4機にて阻止活動を開始。
 彼女たちの外観は出来るだけヒトに近い物を、との開発方針から人型に近い形状が採られていたが金属製の外骨格持つ初期型からラバータイプの内骨格タイプまで様々である。
 彼女たちはそれぞれの特性に合わせた得物を持ち、黒子の壱の進路上に展開した。
 こう云う場合、警備用HM達は対人間用のプログラムにて迎撃パターンを組むのだが、この黒子の壱の動きは通常の人間の動作範囲を逸脱していたため対ロボット用の攻撃パターンにて迎撃を始めた。
「ふっふっふ、うぬらにこの動きが見切れるかな? 秘術!」
 そう言うと彼は反復横飛びの様に左右に激しく体を動かしながら突進を続けた。
 するとどうであろう、光学迷彩が点滅する効果もあってその体が分身して見えるではないか。
「分身の術!」
 突然分裂した目標に対して警備用HM達は混乱した。
 それぞれが一番近く見える目標に向かって攻撃を仕掛けた。
 しかし、ここで言って置かねばならないだろう。この分身の術には欠点が存在する。
 それは、その分身した一個一個とその間の空間全てが本体であると言うことだ。
 つまりどれを攻撃しても良いという訳なのである。
 だが、その攻撃が当たる寸前に彼は分身の術に使っていた機動力を回避に使ったのだ。
 黒子の壱は武器の軌跡を避けると大地をシッカリと踏みしめラバータイプのHMの腹部に掌底を当てた。
 人間とほとんど変わらない体重のHMは体を軽々と空中に浮かせると大地に倒れた。
 残り3体の警備用HMと警戒に付いていた3機の内1機がバックアップに入った。
 しかし、黒子の壱はそれを無視して屋敷に向かった。
 その後を追う4機の警備用HMの目の前に黒子の壱は煙玉を放った。
 地面に転がった煙玉は激しい閃光を放つと同時に電波攪乱及び赤外線透過防止用の煙を吐き出し始めた。
 激しい閃光は警備用HM達のセンサーを一時的にとは言え麻痺させてしまっていた。
 それらに頼らずに走査しようとしたHM達には煙による攪乱によりあらゆる情報が入らず、攻撃を手控えた。
 その隙を逃すような黒子ではない。
 壁を伝って2階のテラスから屋敷内へまんまと侵入に成功した。
 屋敷の中はシン・・・と静まり返っていた。
 表で騒ぎが起きていたのが嘘のような雰囲気である。
 彼が屋敷内を探りながら歩を進めると、廊下の突き当たりに一段と大きな扉があった。
 その中から、外、つまり彼に向かって刺すような殺気が注がれているのが感じられた。
 今更であるが、彼は一応ノックして扉を開けた。
 部屋の中にはほとんど同じ容姿を持つふたりの少女と1人のHMがいた。
 ひとりは物静かに椅子に座り、どことなくぼんやりした様子で彼を見ていた。
 もうひとりは仁王立ちになり、拳に付けたナックルパートを掌で受けていた。
 残りひとりは椅子に座る女性を庇う形で毅然と立っている。
「さぁ! あんたが何処の組織の奴かは知らないけど。やってくれたじゃない! 私だって武闘家の端くれとして黙って見てはいられないわね!! このエクストリームのチャンピオン来栖川綾香が相手になってやるわ! 」
 彼女はビシッ! と指を突き付けると黒子に突進してきた。
 凄まじいダッシュで綾香は間合いを詰めると右正拳を突きだしてきた。
 だが、彼は大きくジャンプすると柱の上の梁に掴まったまま降りてこなかった。
「コラッ! 卑怯者! 早く降りてらっしゃい! 勝負よ勝負!!」
 そう息巻く綾香の声を聞いてかどうか、黒子は綾香から少し離れたところに降り立った。
「良し良し、直ぐに叩きのめしてやるんだから覚悟なさい」
 拳を鳴らして歩いてくる綾香の前で黒子の壱は左足を引き腰を落とした。
 それが自分の見たことのない何か拳法の構えかと警戒した綾香はその場に留まった。
「おひけぇなすって」
「お、おひけえなすってぇ?」
「手前、名乗りを上げるほどの者ではござんせんので敢えて控えさせて頂きやすが、面堂家に仕えるしがねぇ黒子のひとりでござんす」
「は、はぁ・・・そうなの」
「本日は手前の主人、了子様より書状をお二方に届けられるよう申しつけられやした」
「・・・・・・つまり何? わざわざ手紙を届けるだけのためにこんな事したってゆう訳?!」
「有り大抵に言えば」
「うがぁぁぁぁあ!! 」
 怒り心頭に発した綾香は思わずその長髪を掻きむしった。
「何考えてんのよアンタたち!! ひとの迷惑を考えなさいよね!!!」
「ごもっとも。では、この書状をお受け取り下さい」
 綾香は彼の手から2通の書状を引ったくるように受け取ると宛名を見た。
 ひとつは来栖川芹香、綾香の姉である。
 もうひとつは来栖川綾香、彼女自身である。
 彼女は一通を芹香に付いているHMX−13セリオに手渡し、自分の分の封筒をビリビリと怒りに任せて引き千切ると中から便箋を出した。
「何々・・・お茶会のお誘い?」
 その瞬間、彼女は固まった。それはそうだ、たかだかお茶会のお誘いにこんな騒ぎを起こすなんてとんでもない人種に間違いない。
 触らぬ神に祟り無し、この瞬間、欠席を決意した。だが、次の一文を読んで気が変わった。
「なにぃ! 『PS.今回の騒ぎであなた方の警備体制の問題点抽出の役に立てたなら光栄ですわ』ですってぇぇ!!! 舐めるんじゃないわよ! セバス! はまだ囮に引っかかってるわね。お姉さま」
 綾香が芹香の意見を聞こうと振り返ると彼女はこくこくと肯いた。
 綾香はそれに肯き返すと黒子に向き直った。
「いいわ、アンタの主人の誘いを受けて上げる。覚悟して待ってなさいよ」
「はは、それでは失礼します」
 そう言うと黒子の壱は足早に立ち去った。
 それはもうあっと言う間である。


 面堂邸・了子の館・別館にある了子の私室にて彼女は用事を申しつけていた黒子達から報告を受けていた。
「うふふ、そう。来栖川の綾香さんは怒ってたの。」  クスクス
 了子は黒子の報告を聞き笑いを漏らした。
「で、出欠はどうなの?」
「ハッ、全員ご出席なさるとのことです、了子お嬢様」
「結構。では支度なさい。財閥の子弟達が集まる機会なんてそうそう有りませんからね。たっぷりと趣向を凝らさなくっちゃ興ざめだわ」
「はい、了子様」
 黒子達は深々と頭を下げた。




<後書き>
 連休を利用して丸々1日と半か。この長さにしては上出来かな。
 こんにちは、アイングラッドです。
 本来ならば・・・本編第16話「終わりに使わされし者」をお届けしなければならないのですが!! 
 現在煮詰まってしまっております。
 ストーリー展開や何かはもう出来上がっているって言うのに・・・何故書けないのでしょうか。
 このままではスーパーSF大戦そのものが書けなくなってしまいそうだったので、気分転換をかねてインターミッションを書いてみました。
 はぁ、折角第17話が書き終わっているというのに、未来の展開まで見えてきているって言うのに、早く続きが書きたいのに書けない。
 何故なのでしょうか。
 と言うワケで、出来るだけ頑張りますので皆さん待ってて下さいね。
 ではでは。

 H12.04/16


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