作者:EINGRAD
1
亀の甲羅のような形をした中央大陸には無数の国家が存在する。
その大部分がファンタジィ世界でメジャーな王制、小さな所では公爵領、大きな物では複数の王国を統べる帝制を採っている。
中には有力な商工人による合議制を採る都市国家や宗教団体の総本山国家、何処の国家にも所属しない村落まで存在するのだが。
そう言った物の中で最近特に有名な物が三つ知られている。
一つ目は北方の高原地域に始祖を求められる「白銀の帝国」。
かの帝国は中央集権化に成功した先進的な国家組織を有しており、元々が資源に乏しい国柄から国民皆兵制度と優れた練兵技術により極めて侵略性の強い軍隊を持っている。
魔導兵は小粒ながら、大量に取り揃えており、数の理論によって敵を圧倒する戦法を好む。
そんな中でドラゴンライダー(龍騎兵)軍団は諸国から恐れられており、現在の軍団長であるカドミス将軍は歴代将軍の中でも有数の実力者として常に暗殺者からつけ狙われているほどである。
二つ目は海抜一万メートルを誇る神々の峰に存在するワカン神殿を中心とする神聖教団で大陸の中心である中央山脈に直轄領を持ち、大陸全土に強い影響力を保持している。
何しろ元々統一帝国自体のルーツが神聖教団の外征僧兵であり、分離独立して大陸を統一した後も一定の権力を持ち続けた実力を持つ。
直接神々との交流を持つ教団の力は、統一帝国の培った優れた技術すら必要としなかったのだ。
逆に言えば、この国の中に統一帝国の遺跡や遺物、残存技術は存在しない為に冒険者達にとっては旨味の無い場所となっている。
三つ目は南部に存在する独立した商業市場に発生した盗賊ギルドが血の規律によって統べる犯罪組織「混沌の汚濁」である。
基本的に人間の用いる魔術は神々によってもたらされる事が多いのだが、その逆に地の底からの来訪者、魔族によってもたらされた魔術を行使する魔術師も存在する。
その組織力は社会の暗黒界に強い影響力を持ち、俗称「暗黒魔術」を駆使するダーク、又はソーサラーと呼ばれる者達の暗躍により、表の国家が気付かない内に国家としての土台が破壊され、無政府主義の集合体と化してしまう事が多い。
現在、中央に位置する神聖教団を挟んで北方の白銀の帝国と南方の混沌の汚濁が新たなる統一帝国にならんと覇権を競っている。
全土に散らばる国家の国情は不安定になり、戦国時代へと進もうとしていた。
そんな中、事件が起こった。
これはその事件に巻き込まれた、或る少女の物語である。
2・
中央大陸東部、この地域は低い海抜の湿潤な平野を持つ穀倉地帯であり、古来から豊かな国々を養ってきた。
この中央大陸に於いての主要な穀物は麦類であったが、収穫率が低いのが欠点である。一つの種を蒔いて得られる収穫が少ないのだ。それも来年用の種籾として保管しなければならない為、税が持って行かれると食用に使える量は雀の涙ほどの物しか残らない。
それに対してこの辺りの主要穀類は米であり収穫率が高い、一つの種を蒔いて得られる収穫は麦の数倍にもなる。
海抜が低く温暖で水資源が豊富という自然環境は、豊かな水量を利用する事になる稲作を可能にし、水耕栽培という連作を可能にする栽培方法が盛んに行われてきた。
これは水耕と乾耕を繰り返す事によって土中のバクテリア発生を嫌気菌と好気菌の住み良い環境に切り替える事で単純化させない為なのだが、このF&F世界の住民はそんな理屈も知らずに経験的にそれを使用している訳だ。
この栄養価の高い米を主食にしている為に最低限の開拓地しか必要なく、よって自然破壊も少なく済んでいた。
麦食圏では収穫率が低い為に出来る限り耕作が可能な土地を開拓し農地にして行った、その為広い土地があっても余裕が少なく、麦畑以外には耕作が難しく雑草しか生えない痩せた土地ばかり残っていく事になった。
しかしそれでは食料が足りない事実は変わらない、では人間が消化出来ない雑草をどうにかして食料にする方法を探す事になる。
そしてその解決方法が草食動物の家畜を飼うと言う結論になる。
雑草が人間に消化出来ないのなら、消化出来る動物に食べさせ、人間はその肉を食べれば良いと言う事だ。
彼ら西部の人間は裕福だから肉を食うのではない、他に食う物がないから肉を食らうのだ。
よって彼らにとって家畜とは草の延長上にある食物であり、他の生物とは意識的に異なる存在として認識している。
そう言った食糧事情もあり、中央大陸の大部分を覆っていた人の手の及ばない大樹海も東部以外、特に西部に於いてはその面積を減らしつつある。
説明が長くなったが、大陸東部の村々には未だに人が手を付けずに済んでいる森林が点在しており、森林を生活の場とするエルフ族も他の地域に比べてその数が多く見られる。
鉱山にて採掘や金属加工を生業とするドワーフ族は標高の高い中央周辺域に数多く、優れた狩猟民族であるホムカート(ウェアキャット)族は高原域の乾燥した草原地帯に姿が多い。
そう言う訳で、結構な数の異民族ならぬ異種族がこのF&F世界には存在しているのだが、彼らとて人類種(後のNOTによる調査では、ネアンデルタールよりもホモ・サピエンスに近縁な亜種らしいと判明)であるが故に好奇心が旺盛で、自由気ままに世界中を旅する冒険者の中に加わっている事も珍しくないのだ。
比較的北方に近い都市国家「ジガルド」にある冒険者ギルドが経営する宿「紅の子豚亭」に逗留する冒険者一行。
このグループの筆頭人物として、元は由緒あるサムライ・ウォリアーズの頭領の娘で、御家再興を夢見るヨシナガ・ナガトビマル・サツキ。職種はサムライと行きたいのだが今はモノノフ・ローニンである。
次点はベルゼン・レィメ。ホムカート族、つまりは天然のネコ耳娘である。職種はアーチャーと精霊魔術師。
三人目が変わっていて、中央域の神聖教団の中枢であるワカン神殿から武者修行に出てきたと云うティターンズの神官、つまり神々の子供のひとりのアモルファス・ディモント。身長二五〇センチの華奢な体つきのお嬢さんだ。当然職種は神官戦士と行きたいのだが、身体能力に不自由な人・・・つまり運動音痴なので、只の神官である。一応用心の為に非殺傷武具である刺股を携帯している。
以上が冒険者グループの仲間である、そして今回はその他に二人が同行する。
四人目が依頼主であるロッテ・マイアン。元女中頭を務めていた経験を持つ女性で、気難しく厳格な性格をしているが、職業病であろうか。職種は家庭教師である。賢者並みとは云わないが、博物学に精通しておりクールビューティーを引っ詰め髪に押し込めた女性である。戦闘行為には加わらない。
そして五人目がロッテの主人であり、とある貴族のお嬢様、と説明された少女グロリア・レリーズ・ストリングヤード嬢である。
女性ばかり五人のメンバーで非戦闘員が二人と半分という構成はどういう物だろうか。
前衛の戦士がひとり、後衛のアーチャー兼精霊魔術師がひとり、神聖魔法の使い手が一人。
パワーバランスは意外と取れているのだが戦力自体が少ないので戦闘には苦労しそうであるが、その目的が男子禁制の護衛目的だけに彼女たちのパーティーしか該当しなかったのだ。
現在、紅の子豚亭の一室にグロリア・レリーズ・ストリングヤード嬢が眠っていた。
そのベッドの隣にはロッテ・マイアン女史が水に浸した布を絞り、グロリアの額に宛てている。
ロッテ女史が紅の子豚亭にてヨシナガに護衛を依頼した昼過ぎの時から護衛対象であるこの少女はベッドに寝込んでいた。
少女の苦悶の顔を見詰めるロッテ女史は焦っては居なかったが、心配していた。
−−−この器が溢れれば、奴は復活する。そうなればこの計画は水泡に帰す、それだけは避けなければならない。−−−
内心でそう考えながら彼女は少女の目の前に音叉の様な魔具を差し出すと、音を聞いた。
「周期的に不協和音が発生している。やはり・・・そう云えば、神聖教団の神官が居たっけ。使える術を持っていれば良いんだけど」
彼女は何かを決意すると扉を開けて護衛の冒険者達が泊まっている部屋に向かった。
暫くすると彼女は気弱そうな顔をして雇い入れた冒険者達を部屋に招き入れた。
「この方が依頼主であるグロリア・レリーズ・ストリングヤードお嬢様です」
ロッテ女史が指し示すとヨシナガが興味深そうに、かつ心配しながら苦しげな様子の少女を観察する。
「では、このお嬢様が先ほど云われた方でござるか。なるほど、線の細そうなおなご故、御家騒動に巻き込まれたのでは床に伏すのも無理はない」
袴姿のサムライ少女が先ほどの説明を思い出したのか、しきりに頷く。
「ハイ、お嬢様はご両親から寵愛を受け、何事もなく平穏に健やかにご成長遊ばされましたので。目の前でご家族の方が惨殺された光景を見られて・・・くく。お願い致します、神官様、どうかお嬢様を・・・ヨヨヨ」
些かオーバーアクションではあったが、冒険者達は純朴なメンバーしか揃っていない事もあり、彼女らは特に不信感を抱かずロッテ女史に同情の視線を寄せていた。
特に神官の、武者修行兼布教活動中である未熟な自分が頼られている自負も有ってか、身長二五〇センチもある少女は握り拳を作って力説した。
「分かりましたっ! 不肖このアモルファス・ディモント、我が父エモルファスの御名に於いて全力を尽くしましょう」
「ああ、流石誉れ高きは『神々の息子』、その崇高な行為、その気高きお言葉、私めには全てが神々しく感ぜられます。何とぞ、何とぞ」
「ご安心下さいませ、ロッテ女史。我が父エモルファスは私に戦いの御業ではなく人々を癒す御業の御徴を遺して下されました。この私が放つ最大限の祝福を喰らえば、例え魔王に呪われたる長患いで有ろうとも、一撃必殺で!」
調子に乗ったアモルファスの右腕がギラギラとした光を放つ。
その大柄な体格が見せる迫力と相まって、まるで最強の破壊神が放つと云われている『破壊の鎚』かと見まごうばかりだ。
それを見たロッテは内心、神は神でも暗黒神なのではと疑ったが、『どのみち実在の神々なぞ放蕩にして淫乱、自由にして我が侭な存在なのだからどの神でも同じ事』と思い直す。
それよりも、もしもその能力が本物であり、病症の原因となっている物を根本から治されては困るので慌ててそれを制止する。
「・・・アモルファス様、そこまで為されずともお嬢様は薄弱なお心を痛められているだけですので、是非ともお嬢様の心の鎮静をお祈り下さいませ」
「えー」
「是非」
「分かりました、残念ですが。・・・根治治療すれば我が父の御心を受けた強靱な精神が備わりますよ?」
「お心遣いは有り難いのですが、お嬢様の為を思えばこそ、自らの足で立って貰いたいのです」
そのもっともな道理に頷くのは猫耳娘のベルゼン・レィメ。
乾燥した草原に生まれ育ち、早くから親離れを行う個人主義のホムカート族(la Homkatulo)の娘だけ有って、『自らの足で立つ』と云う考えに感じ入ったらしい。
未練タラタラで寝込む少女を見つめる彼女の前に、割り込む様に手を差し入れて視線を遮る。
「ハイハイそこまで、自分の力を存分に奮って誇示したいって云う気持ちも分かるけどさ。
そこまで他人に頼っていたら彼女の為にならないっしょ。分かるかな?」
飄々とした雰囲気でそんな事を言って説得する。
むぅ〜、とアモルファスは呻り声で不満を示した物のベルゼンの言う事も道理なので納得する。
「では心を平穏にする魔術を使うという事で。・・・行きます」
ムン、と気合いを入れて右手に掲げた聖印をエモルファスの花押の形に振る。
「天に在すエモルファスの御名に依りて紡ぎ出す。中央大陸の根元の沸き出でたる魔力の渦の螺旋術式『鎮静』の変換方程式『3EYH@OzFBYOYDQ>Q@:S@6SBKBUKQ@¥<U#YA’zW』っ! えいっ」
彼女の両手の間に球形に光る発光体から霧の様な雫が少女の身体に降り注ぎ、ポツポツと弾けながら吸い込まれて行く。
身体の損傷を快復する魔術ではない為に見た目では判断出来ないが、心なしか顔色が良くなった様な気がする。
術が終わった事を確認したロッテ女史は例の音叉状の魔具をグロリア嬢の前に差し出した。すると期待通りに先程までのハウリングは鳴りを潜め、ピーンとした平坦な音が鳴り続けた。
するとその馴染みの無い魔具に興味を抱いたのか、ヨシナガがロッテ女史に質問した。
「ロッテ殿、その道具は一体如何なる力をもっているのでござろうか。拙者恥ずかしながらその様な物を使った事がないので」
「あら、興味があるの?」
「でござる」
「これは心の乱れを知る為の魔具で、上流階級の子女の保護者なら誰でも持っている一般的な物なのよ」
ヨシナガの質問にロッテがそれを仕舞いながら答えるが、ヨシナガは首を傾げた。そもそもの理由、前提条件からして彼女には分からない様である。
「・・・何故にその様な物が一般的なのでござろうか?」
「えっとね。ホラ、芝居や何かで見た事有ると思うけど、お嬢様って直ぐに気絶したりしちゃうものじゃない?」
「そう言えばそうでござるな。拙者にはいまいちその理由が分かり申せぬが」
「女性が戦場に出る事もあるモノノフには理解し難いかと思うけど、上流階級って所では少し刺激が強い事があると直ぐに気絶してしまう女性こそが、より女性らしい行為である、って考えられていた事があってね。それが習慣化してからはこれが必需品になったって訳なのよ」
「へーっそれは初耳でござる。しかし、妙な習慣でござるな」
ロッテの言葉に素直に感心したヨシナガは率直に意見を述べた。すると思わぬ鋭い指摘がロッテから投げ掛けられる事になった。
「他人から見たら自分以外の行動なんて奇妙に見える物なの。特に異なる階層や異民族の習慣はね。いつも自分本位で物を考えていると足下を掬われてしまいますよ、ヨシナガさん」
「ははっ委細承知。しかし、流石は上流子弟の家庭教師、蘊蓄のある言葉でござる」
「ふふ、どういたしまして。さて、お嬢様の容態もこれで落ち着くでしょうし、明日の朝には出発しようと思いますが、宜しくて?」
ロッテの提案に異論があるはずも無く、冒険者達は明日に備えて睡眠を取る為に部屋に戻った。
ニコニコとしてそれを見送ったロッテは彼女らの姿が見えなくなると扉を厳重に閉め切り、鎖骨辺りまである首飾りをグロリアの首に掛けると金属板に刻み込まれた符を錠にて固定した。
「これで良し、奴らの追跡もここより先は及ばぬ、この勝負我らの勝ちじゃ」
くくくく、と先程まで見せていた良い人の仮面の下を垣間見せると小瓶をあおり、中の液体を喉に流し込む。
「くーっこの一口の為に生きてるって感じ。じゃ、おやすみーっ」
そう言うとロッテ女史はバタンキューと電源が切れた様にベッドに倒れ込んだ。
北部と南部の抗争は西域が主になると噂されていたが、蓋を開けてみると東域に発生する事となった。その原因が何であったかは公表されていないが、真相を知るものが有れば、この冒険者の動向は大変に興味深い物となったであろう。