作者:EINGRAD


Nippon in the Flat&Fantasy World.

 
 世界的に見ても日本が災害に遭いやすい地理条件にある事が判明してから既に一世紀を過ぎ、それら大規模災害の予兆を監視すべく日本各地に観測所を設立してデーターをとり続けてきた。
 また、常日頃から災害による復旧に役立たせるべく各地に備蓄資材も用意してある。
 正に災害のただ中に住む国家として正しい施策であると言えるだろう。
 さて、西暦も二十一世紀を数える様になった頃から、それらの予兆が見られる様になってきた。
 地磁気、地殻の歪み、その他の様々な観測結果が静かに大規模なエネルギーの蓄積を行っていると云う予測を成り立たせていた。
 それは技術立国日本の技術力、開発力の低下に危機感を持った政府が設立した研究所、日本が持つあらゆる技術を収集、整理した上で教育を行う為の機関「日本超技術」研究所[Nippon Over Tecnorogy]通称NOTの情報収集と分析に於いても明らかであった。
 その分析結果、「近日中に大規模な天災が日本国土全体を襲う」は小松左京の小説『日本沈没』を彷彿とさせる物であったが流石に列島の沈没等という対処不能な物とは考えづらく、事前に対応の準備を整えておく事で対処出来るレベルと判断された。
 この国家存亡の危機に対し減反政策の停止と大規模農業企業の許認可による食糧自給率の向上、それまで塩漬けにされていたアメリカ国債を切り崩してまでも断行された石油備蓄基地の増加と施設の対災害能力の強化、代替エネルギーの開発、その他レアメタル等あらゆる資材を買い漁ってまで行われた備蓄対策は現在の生活レベルを維持しながら数年間は大丈夫であると考えられ、これは田中角栄の行った列島改造以来の日本の体質改善と評された。
 当然の事ながら、金に物を言わせて資源を買い漁った影響で世界経済が大変な事になってしまったのだが時代の空気に許された初めての国際経験豊かな総合商社出身の右派でありタカ派であり、強硬な政策と発言で知られた日本国総理大臣はそれを断行したのである。
 しばらくは海外からの強力なジャパンバッシングに曝され、経済力の低下や国際会議で槍玉に挙げられる等を経験した日本であったが、とうとうその日が近付いて来た。
 日本領海を境に、その外との地磁気が隔絶した数値を示しだしたのである。
 異常はそれだけに留まらず、全国規模の群発地震、異常気象、空に輝くオーロラや蜃気楼の発生が一週間にも渡って観測され続けた。
 特に異常を際だたせていたのが在日米軍の一時海外ベースへの待避指令であろう。
 世界随一の危機対処能力を持つ米軍が、期限付きとはいえ一部を除いてグァムやハワイ、一部はここぞとばかりに不穏な動きを見せた北朝鮮に対応する為に韓国へ移動したのだ。
 ここで危機感に優れ、経済的に裕福な者達は我先に国外への脱出を始めたのだが、大多数の国民は備蓄基地と共に強化された災害シェルターにて身を竦めていたのである。
 そうして迎えた四月十八日午前八時、巨大な閃光と共に日本列島は地球上から消滅した。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 ユーラシア大陸の東端に存在した弧状の列島が瞬時に消滅したその位置には、バターがナイフで切り取られた様な平滑な地面が出現した。
 海抜マイナス一万メートルの巨大な窪みに向かい、大気の流入と衝突による巨大な衝撃波が発生し地球中でその悲鳴の様な音響は観測された。
 それと同時に太平洋と日本海に存在した大量の海水が数日間に渡って流れ込み、世界の陸地を広げたのだが、列島消失の影響はその程度では終わらなかった。
 世界有数の火山地帯である列島地下のマグマを押さえていた地殻が消失した為、抑圧された大量の溶岩が噴出、流れ込んだ海水を爆発的に蒸発させ火山灰と共に成層圏にまで食い込むキノコ雲を群出させた。
 所謂一つのホットスポットの発生である。
 鬼押し出しで有名な江戸時代の浅間山の大噴火で発生した温室効果により北半球が寒冷化し、テムズ川が氷結した記録を鑑みればその数十倍の規模のホットスポットが地球上の生物圏に対するその影響は推測出来よう。
 更に太平洋プレートに掛かっていた応力が一気に無くなった事によりアジアプレートと太平洋プレートは一気に活動を強め生き延びた人々はウェゲナーの大陸移動説に端を発するプレート・テクトニクス理論が正しい事を目視で確認する羽目になるのだが・・・、地球から消え去った日本列島の住民達にそれを知る方法はなかったのである。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 元居た世界の事は兎も角として、列島の上で生活していた者達はその瞬間、自分の身体が一メートルも落下した様な浮遊感を味わった。
 だが、予想していた様な直下型地震の突き上げる様な衝撃もなく、また異常もそれきりであった為に政府から避難勧告が解除されるのを国民は待ち続けた。
 だが、その時政府や企業等は理解不能の現象に追われ、とてもではないが勧告を解除する余裕はなかったのである。
 首相官邸に設立された部署。日本全国津々浦々から送られてくる全ての情報を受け取り、分析していた情報センターがフル稼働していた訳だが、突然高まった電磁気や各地の地殻の歪み、群発地震の数値が一挙に高まりいよいよ大規模災害が発生かと身構えた瞬間、いきなりそれらは正常値に戻ってしまった。
 その情報の真空状態に次の異変が届いたのはきっかり一分後の事である。
 日本列島を覆った異常現象は当然の事ながら海外の研究者達にとっても重要なデーターと考えられ、様々な観測された膨大な情報は日本国内のみ成らず、海外へも送信され続けていたし、この情報社会に於いて二十四時間態勢で世界中から情報が出入りしているのは当然なのだが、それらが一切途絶した。
 航空機に関しては飛行自粛が言い渡されていた為に確認されなかったのだが、衛星を含む無線や有線の通信、日本に向かっていた船舶などの確認が取れなくなっていた。
 もはや障壁の様な境界線の地磁気の乱れもなく、極めてクリアーな電波状況であったのにも関わらずである。
 その次に入ってきた異常が、日本各地に設置されているレーダーサイトからの情報であった。
 通常レーダーというのは電波の往復の時間によって距離を計る事が出来るのだが、直進する性質を持つ電波は、地上に設置されたアンテナから発せられた場合には地球の丸み、つまり水平線の向こう側に有る物を感知出来ない。
 しかし、あの瞬間からこっち、太平洋側に設置されたレーダーサイトは島影の様な反応を得ていた。そう、伊豆諸島はおろか小笠原諸島までもその反応が出ていたのだ。
 克てて加えて日本海側では中国大陸のある方向に三千メートル級のコニーデ型の火山と陸地を感知していた。
 そうこうしている内にシェルターに閉じこめられていた国民は長時間に及ぶシェルターでの待機に疲れたのか、自主的に外に出始める者が出てきた。
 そうした者達の中でも特に驚いたのが能登半島の北海岸から日本海を眺めた者達であっただろうか。
 彼らの眼前には写真でよく見る日本の風景には必ず入って居るであろう光景、霊峰富士のシルエットが霞んで見えていたのである。
 各地から入る常識では考えられない情報に情報センターは混乱に包まれた、だが「百聞は一見にしかず」と云う諺が示す様に、実際に調べる事が解決への早道とばかりに総理は自衛隊へ命令を下した。
 航空自衛隊 基地では偵察用のRF−4EJファントム II 偵察機が離陸の準備を進めていた。
 目的地は日本海側に出現したとされる謎の陸地の確認である。
 もしも、偵察機が何の異常もなく大陸へと侵入した場合、領空侵犯によって迎撃を受ける可能性がある。
 又、中国側からは「日帝の侵略行為」等と激しい社会的非難を浴びせられる可能性が高かった為、親中派を自称する閣僚や議員には尻込みをして居るも多かったのだが、それを尻目に総理は偵察を強行した。
 偵察任務のベテランパイロットと偵察要員が機体に乗り込むと滑走路へと地上走行、すぐさまジェットエンジンの出力を離陸出力へと上げて行った。
 それらシーケンスは何の異常もなく進められ、無事に偵察機は上空へと急上昇していった。
 だが、有る程度の高度を稼いで水平飛行に移ったパイロットはそこで違和感を感じた。普段見慣れている光景が歪んで見えるのだ。
 計器に異常がない事を確認すると彼は高空から見える地球の丸みを増した風景を観察しようとして愕然とし、慌てて管制塔へと報告を入れる。

「管制塔! 管制塔!!」
『こちら管制塔、感度クリアー。機体のトラブルか?』
「大変だっ! 地球が丸くないっ!! 繰り返す、地球が丸くない!!!」
『・・・こちら管制塔、落ち着け、慌てずに報告せよ』
「・・・・・・了解、ヒャクメより管制塔へ、高度6000にて周囲を確認した所、地球の丸みによる水平線が確認出来ない。また、対岸の陸地だが・・・アレは、まさか・・・富士山・・・富士山と相似な山稜を確認。手前には伊豆半島、駿河湾と相似な地形が確認出来るぞ。管制塔、自機の現在位置は間違いなく日本海上空に有ると思うのだが」
『間違いなく日本海側だ。異常な点は気にするな、現地上空を偵察し、速やかに帰投せよ』
「・・・了解した。通信終わり」

 釈然としない指示であったが、命令は遵守されるべき物である。国防を司る者として、素直にその指示に従うべく機体を西へまっすぐに飛ばした。
 まもなく、日本海・・・と思われる海峡を飛び越え、対岸の上空へと差し掛かった。
 眼下に見える光景はどう見ても日本の地形、それも静岡県清水市の物であった。ただ、人家の様子は彼らの知る現代的な物ではなかった。
 となると当然この国土を守っている組織、もしも自分たちがSF漫画の如くタイムスリップしたのであればレシプロ迎撃機でも上がってきて可笑しくないシチュエーションだ、等と愚にも付かない事を考えながら列島を横断するルートを取った。
 後部座席では偵察員が特製の航空偵察写真機を用いて地上の光景を撮影している。
 彼らの時代、高度に進歩したデジタル映像機器が民間で開発されていた為、基地へとダイレクトに画像情報を飛ばすカメラも積んでいるのだが、銀塩アナログ写真によるフィルムも解析作業には欠かせないのだ。
 近代化改装の際にレドームを二基追加し、それぞれに上空と地上を撮影出来るデジカメを積んだ事で、基地に帰らずとも飛ばした信号によって基地と機体の同時視聴が可能になっているのだが、信頼性の点で未だにアナログの人気は根強い。
 増槽をたっぷりと積んだ事によって、距離に余裕のあるRF−4EJファントムは眼下の列島を飛び越えて向こう側の日本海の上空に到達した。

「なぁ、粟田」
「ん、何だ」
「今飛び越えた列島の対岸にも日本列島っぽい陰が見えるんだけど?」
「・・・気のせい・・・だったらなぁ・・・」

 当然の事ながらパイロットが見ている光景は後部座席からも確認出来た。
 行っても行っても日本列島、金太郎飴みたいな構造に彼らはウンザリとなったが、流石にそこまで行く訳にはいかなかったのでこの場でターンして基地のある日本列島へと帰投する事になった。
 行きは偵察行の為、比較的中高度を飛行していた偵察機であったが燃料の節約もあり帰りは高度一万メートルの成層圏を巡航するプランを立てた。
 成層圏にまで上がると気圧が低くなり、機体に掛かる空気抵抗が少なくなるのでスピードが出しやすい。
 酸素が薄い分燃費は悪くなるがそれを差し引いても高度イコール・スピードであり、エンジントラブルなどで推力を失った時に滑空出来る飛距離に変換出来る位置エネルギーである。
 そう言う意味では航空機が高い所を飛ぶのは有る意味本能に近い物があるのだ。
 それに従い徐々に高度を上げていったRF−4EJファントム偵察機が一万メートルを超えた所で突然の衝撃に襲われ、コクピット内の警報装置が一気に真っ赤に染まった。

「っ痛うっ!! 何だ今のは」
「神木、右エンジン緊急停止、左エンジンは何とかギリギリ動いてるが・・・この回転数は低高度モードになっているぞ」
「メーデーメーデー。管制塔、こちらヒャクメ。目標の甲府盆地上空高度一万メートルにて機体トラブル、片肺飛行中だ」
『こちら管制塔、状況を報告せよ』
「帰投時高度一万まで上昇した所機体に負荷が掛かりいきなり右が落ちた。左も調子が悪い。ただ今の高度計指示は・・・あぁ!? 高度百メートル、一気圧!? ・・・高度計もイカレちまってる」
『了解、万難を排して帰投せよ。直ぐに緊急救助ヘリを手配する。何? 待て、ただ今貴機の後方五〇〇〇よりUnknown接近中。警戒せよ』
「チッ、マジかよ。泣きっ面に蜂だな」
「弱り目に祟り目、と言うのもあるぞ」
「戦闘警戒、油断するな」
「了解」

 彼らは軽口を言い合ってリラックスし、気合いを入れ直した。
 今現在、彼ら、そして日本に襲いかかった怪異はまだその正体を見せては居ない。
 だが、彼らの前に立ち塞がった現実は、その想像を遙かに超えた代物だったのだ。

 機体の気圧計は現在、地上と同じく一気圧を指し続けている。
 始めは計器の故障かと思ったのだが、操縦桿を握るパイロットは奇妙な違和感を感じていた。
 機体の反応が低空での機動時に掛かる抵抗に非常によく似ているのだ。
 加えてエンジンの調整だが、マニュアルにて高々度用の回転数、燃料に調整すると燃焼が怪しく息継ぎをする。
 敢えて低高度でのドッグファイトに有効なエンジン設定に変更すると彼らの愛馬の心臓は、老体にも関わらず猛々しく燃え上がるのだ。
 ここに来て彼らは彼らの常識に従った判断ではなく、目の前の現実に合わせた対応を取る事にした。
 見ればちょうど成層圏で平らになった積乱雲の頂上が大地の様に広がり、そこを地面と見なす事も出来た。何しろ、石造りのメルヘンチックなお城がそこに・・・ある。

「粟田、あれは・・・何処かの大規模アミューズメントパークの宣伝用熱気球か何かが・・・」
「神木、俺には空間失調による幻には思えないぞ。アレは確かにあそこにあるらしい。CRTを見ろ、搭載デジカメにも記録されているからな」
「そんなバカな事が」

 思わず怒鳴りつけようとした神木は、RF−4EJファントム偵察機の横を併走するUnknownを確認した。

「有る訳有るのか・・・」

 Unknownを目視で確認した神木は思わず絶句した。
 そこには光り輝く重厚な鎧・プレートメイルを纏った騎士が白馬に乗り、時速七〇〇キロメートルオーバーで飛ぶ機体に併走していたのだ。ギャロップの足音も高々と。
 その非常識な騎士はコクピットに座る彼らを見つめると剣を抜き、彼らに向かって指し示した。

『聞けいっ! 我は近衛騎士エプリエス神なり。汝らに告げる。ここは天界の領域である。下界の下賤な者が土足で踏み入れる事はまかり成らぬ。直ちに退去せよ。さもなくば天罰覿面、貴様らを下界へと叩き落としてくれようぞ』

 彼が大音響で叫ぶと、その言葉はグラスコクピットを介して直接彼らの耳朶に届いた。
 空には魔物が住むと古来よりパイロットに語り継がれてきた、だが、これはその中でも飛び抜けている。
 だがこれはグレムリンでもフーファイターでもない、目の前の現実であり、襲いかかる驚異である。
 しかし、確かにここは日本列島上空ではなく、彼らの領域にあるのは確かである。
 よって理不尽な存在であるが、領空侵犯機に対するエスコート機と見なす事も可能であり、その判断に従った。
 彼の指示に従うとの意思表示に翼を振ったのである。
 だが、文化や文明が異なるとコミュニケーションもまた異なる事がある。例を挙げれば北極圏のイヌイット族では笑い顔が怒りを表す事が有ったそうだ。
 それは兎も角、異文化コミュニケーションは失敗した。

『ほほぅ。我に対して尻を振るとは、侮辱にも程がある。死して償えぃっ! 神剣プリミスッッ』

 彼が携えていた剣を頭上に構えると上空から雷が落ちた。
 激しく火花が散り、閃光が走る。人間なら即死の状況だが、わずかに見えるヘルメットの下の唇が愉悦に歪むのが見えた。
 ヤバイ、とばかりに神木は雲の切れ目に飛び込むべく操縦桿を押し倒した。
 激しすぎるGに歪む顔面、だが優れたファントムライダーたる神木はその機動を緩める事無く押し通した。
 次の瞬間、左の主翼の八分の一がすっぱりと切り取られた。
 高機動中での急激な揚力の喪失は空力バランスの失調を招き、あっという間に錐揉み状態に突入してしまった。
 レッドアラートが鳴り響く中、何とか機体の制御を取り戻そうと苦心する神木であったが金属機の錐揉み回復は至難の業であり、しかも損傷している。
 あっという間に高度を失ったRF−4EJファントム偵察機は雲の下へ出た。
 現在日本海上空高度八〇〇〇メートル。
 得体の知れない隣の日本列島との間に着水するのは不安があるのだが、躊躇っている暇はなかった。
 下手に日本の国土に近付きすぎれば、墜落した機体が市民を襲う可能性すらあるのだ。
 市街地にファントム戦闘機が墜落する悪夢を繰り返してはならない。
 自衛隊のファントムライダーならば肝に銘じている事だ。

「管制塔、こちらヒャクメ。機体損傷激しく帰還不能。直ちに脱出する。粟田、行くぞ」
「了解だ」

 見る見る内に高度が下がる機体から二人は高度二千で脱出した。
 脱出シートが個体ロケットによって打ち出され、機体から離れた二人の落下傘が開いた。
 急激な角度で海面に突入した機体はその衝撃で木っ端みじんに爆発した為にアナログ写真の貴重なデーターは喪失してしまった。
 だが、幸いな事にデーターリンクで飛ばしていたデジカメ映像は受信されていた為、神族という衝撃的な存在と水平線が存在しない事、そして隣に存在する日本列島の地形データーの解析は進められる事になった。
 これから長く続く事になるF&F世界でのこれが始まりの日であった。











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