X06:Y05 フォーセリア世界、クリスタニア大陸
分伝第一話「木漏れ日の中で」
あちこちで木を打ちつける音や、人の掛け声が響き渡る。
ここ”獣の牙”ダナーン砦は、にわかに活気づいていた。 ダナーンを含むクリスタニア各地から、傭兵が集まり、またダナーン王国への援助として送られた食料も、一度この砦へと集められるので、いまや、人と物であふれ返るようなありさまだった。
当然、最初にあった館では人も物も入りきらないために、急いで宿舎や倉庫の増築が行われていた。
この作業には傭兵達も駆り出されたが、不思議と文句は出なかった。 あまつゆをしのぐ場所にすら事欠くので、真剣に作業をしていた。
そんな中、砦へと近づいてくる一行があった。 皆、毛皮を纏ったり、杖を持っていたりとばらばらな格好をしているが、なにか統率の様なものが感じられた。
先頭を歩いているのは、まだ若い少女。 頭には布を巻きつけたターバン、ぬけるような白い肌と赤い唇。 ”大蛇の部族”のネージュが一行を引き連れていた。
「ネージュ、ご苦労様。 で、どうだった」
執務室に残っていたアロートが、帰ってきたネージュにそう声をかける。
ネージュも笑って答える。
「苦労したけど、どうにかなったわ。 ところで他の皆はどうしたの」
「リヴリァとサーバルは、君がいない間に入った依頼を片付けるために出かけているし、リュースは、新人の訓練をしているはずだよ」
「人が集まるのはいいことだけれど、素人ばかりというのは困るわね」
「まあ、誰でも最初は素人なんだし、うまく育てていかないとね」
ふうんと、ネージュは気のない返事をして部屋の中を見回した。 机の上にたまっている羊皮紙は、このダナーン砦に届いた食料の目録だが、出発する前と比べると倍に増えている。
アロート達数人が手分けして、ダナーン各地に送る食料を決めているいるわけだが、送られてくる食料のほうが多くて、なかなか追いつかないらしい。
「大変そうね、なにか手伝おうか」
アロートは首を振って答える。
「いや、今日は帰ってきたばかりだからゆっくりとしていていいよ。 もし、暇があったら、コトンに後で顔を出すように伝えてくれるかい」
「いいわよ。 コトンは武具の手入れをしているのかしら」
「今日はリュースのところで、訓練しているんじゃないかな。 最近やけに熱心だし」
「じゃあ、伝えておくわ」
そう言って、部屋を出かけたネージュだったが、ふと足を止めて問い掛ける。
「アロート、あなたは知っているの」
「知ってるて、何をだい」
逆に問い返されたネージュは、なんでもないと言って出て行った。
森の中の開けた一角が、傭兵達の訓練場に当てられていた。 ちょうど一段落着いた所らしく、傭兵達が思い思いの格好で休んでいた。
ネージュは、皆から離れたところで、一人腰をおろしているコトンを見つけた。 いまだに少年の面影を残す顔立ちと、その細身の体つきは他の傭兵と見比べると、いっそう細く感じられる。
「ずいぶんと熱心ね」
コトンが、不器用に手に巻いた包帯を交換しているのを見ながら声をかける。 以前までは、怪我をするほど打ち込んでいなかったが、今は暇さえあれば剣を振るうようになっている。
「ええ、少しでも皆の役に立てるようになりたいですから」
「アロートが、後で顔を出してくれって。 食料の輸送先のことで、なにかあるみたいよ」
「そうですか。 わざわざすみません」
ネージュは言伝を伝えたあとも、この場をはなれずに、コトンを見ていたが、いくばくかの躊躇いと共に、再び口を開いた。
「コトン、あなたは”大白鳥の部族”の出身なの?」
「いいえ、僕は”大白鳥の部族”とは何の関係もありません」
「ならなぜ、あなたは”能力”を使えるの?」
ネージュの問い詰める声は厳しく、うそやごまかしは通用しそうになかった。
対するコトンは、普段とは違い、慌てずにはっきりと答える。
「夢を見たんです」
「夢?」
「ええ、大きな湖のほとりに僕達はたたずんでいて、とても美しい白鳥を見ていました。
やがてその白鳥が僕の方を見たかと思うと、声が聞こえたんです。
『苦難のときが訪れようとしています。 その時を乗り切るために、あなた達に安らぎを導く力を与えます』
そう、聞こえました」
ネージュは”能力”が使えるわけを知り、安心する反面、どこか残念な物を感じていた。
「コトン、あなた一度、クリスタニアの”獣の牙”にいってみる気はない? ”大白鳥の部族”は死に絶えたと思われているから、きっと皆歓迎してくれるわよ」
「それは、僕が、”能力”を使えるから、なんですね」
「それが、どうかしたの?」
「では、”能力”を使えなかったら、クリスタニアでは歓迎されないんですね」
「そんなことは、・・・」
思ってもいないことを言われて、戸惑うネージュ。
「そうでしょう。 僕はダナーンで生まれ、育ちました。 あなた達”大蛇の部族”が排除するべきだと言う、”新しき民”です」
「でも、あなたはフーズィーの加護を・・・」
「違う、そんなことは何の関係もない! 僕は、このダナーンに生きる人と、何一つ変わらない!」
コトンは、自分を抑えるように息をつき、一転して静かな口調で、話し掛ける。
「ごめんなさい、怒鳴るつもりはありませんでした。
でも、僕は”能力”ではなくて、僕のことを認めて欲しいんです。 僕は、家族や友人達が好きです。 皆を守ることが出来ればいいと思って、騎士団に入りました。
あなたのことも仲間だと思っています。 でも、あなたから見れば、僕達”新しき民”は排除すべき混沌なんですか? ”新しき民”はクリスタニアに受け入れられないんでしょうか?」
淡々と言葉をつむぐコトンに気圧されて、ネージュは何一つ答えることが出来なかった。
やがてコトンは、宿舎の方に帰っていったが、ネージュはずっとその姿を見つめていた。
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こんにちは、筆者のkiraです。
やっとかけました。予定より、一月以上遅れてるし、いきなりの外伝です。
この話は、三話Bの直後になります。基本的にこの分伝というのは、直接には本編とは関わらないような話にしようと思っています。
登場人物の立場や、心理描写などをメインに、少しでも彼らのことをわかってくれれば幸いです。
では、読んで頂いてありがとうございました。