X06:Y05 フォーセリア世界、クリスタニア大陸
 X03:Y07 ウィザードリィー世界


 ダナーン王国の一都市、セプト。 ダナーン北部の町と、王都を結ぶ中間点として、それなりに栄えている都市である。
 このセプトを中心に、二つの軍が集結していた。 一つはダナーン国王レイルズの率いるダナーン騎士団一万。 もう一つの軍は、ダナーン北部を占領した”遠征軍”五千。
 共に、この付近に集結すると、にらみ合うかのように動きを見せないまま、数日が過ぎた。
 両軍共に斥侯を放ち、有利な展開にしようとしている。 このまま行けば、数日のうちに、激突が始まるのは間違いの無いところだった。
 両群の指揮者も、一戦を交えずには帰れぬとの確信を抱き、じっと戦の始まる契機を待っていた。

 同日、シーバス。 この町を数人の人物が歩いていた。 屈強な大男、どこか夢見ているような瞳の女性、幼さを残した顔立ちの少年、栗色の髪をした少女。
 まるでちぐはぐな取り合わせだが、彼らが一様に武装しているのを見ると、ほとんどのものは納得したように興味を失っていく。
 シーバスに拠点を構えた”遠征軍”は、急速に傭兵を招集していた。 今の所は警備などが主体だが、今回のダナーン騎士団との一戦にも傭兵を参加させている。
 これから、傭兵が”遠征軍”の中でしめる割合は増加していくだろうし、それにしたがって、多くの役割をこなし、より高い地位(こちらはあくまで、働き次第ではあるが)を占めるようになるのは確実と思われた。
 その召集に応じる傭兵が、シーバスの大通りを歩くのはすでに日常の風景となっていた。

「やっと着いたわね」
 一行の中の少女、ネージュがいう。
「着いたのはいいが、どうして何処も人であふれているのやら・・・」
 ぶつぶつとこぼすのは、”封印の民”のオルバス。
「まあ、ダナーンの町は、みんなこれぐらいの人出はありますよ。 市が立てば、もっとにぎわいますしね」
 コトンが、なだめるように言う。
「それはともかく、早く一休みしたいものね・・・」
 フィーダと言う”胡蝶の民”の女魔術師が、呟くように言う。
「そうね、今日は早く宿を取って休みましょう。 でも、この仕事はどれくらいかかるかわからないから、出来るだけ節約しないとね」
 フィーダの言葉を聞いて、ネージュがこれからの方針を決める。 今回は、彼女が一行をまとめる役割だった。

「どこかの農家に頼んで、泊めてもらえば良いんじゃないのか?」
「オルバスさん、これぐらい大きい街になると、そういうわけにはいかないんですよ。 旅人なんかは皆”宿屋”にとまることになってるんですよ」
「だが、そこに泊まるにはまた”金”がいるんだろう? そこら辺で寝ても、今の季節なら大丈夫じゃないのか?」
「はい、ですがいつまでも野宿と言うわけにはいかないでしょう。 宿屋を使わないと、悪い意味で目立ってしまいますから」
 ダナーンに不慣れなオルバスの疑問に、コトンが一つずつ答えていく。 彼が属する”封印の部族”は”混沌”の封印を使命としている。
 彼らを守護する”礎の神獣王”ウルスが、”獣人”に与えた能力をもって”封印の部族”は多くの”混沌”を封印、浄化していった。
 だが、この能力にはひとつの欠点があった。 封印した混沌は、彼らの力で徐々に浄化され、その存在すら消されてしまうのだが、浄化が終わるまでの間、封印した獣人は混沌を封じた水晶を抱えて、眠りに着かなければならないのだ。
 その間、彼等は年をとる事はないが、彼らが目覚めると数年、または数十年もの月日が経っていることがある。
 オルバスもまた、十数年ぶりに浄化の眠りよりさめたばかりで、ダナーンに来る事になり、彼が見知っていたクリスタニアとは異なるこの地を戸惑いと共に見つめていた。

 コトンが宿屋を探して、町を歩いていると、聞き覚えのある歌が流れてきた。 ダナーンでよく歌われている歌で、祭りのときなどは吟遊詩人が必ず歌う曲だった。
 歌が聞こえる方を向くと、小柄な吟遊詩人がちょっとした広場で腰掛けて歌っていた。
 それなりに聴衆はいるのだが、吟遊詩人は気にした様子も無く、ただ一心に歌い続けている。
「こんな所まで、来ているなんて」
「コトン、どうしたの? 早く宿を探さないと」
「ほら、吟遊詩人ですよ。 戦争がはじまってるのに、こんな所まで流れてきてるんですね」
 コトンはそう言って、広場の吟遊詩人を指す。
「ダナーンの吟遊詩人なの?」
「ええ、歌っている歌がダナーンのものですから」
 立ち止まったコトンを急かそうと、声をかけたネージュもその珍しさに、ついまじまじと眺めてしまう。
「吟遊詩人? 何だそれは?」
「ダナーンには、各地を廻って歌を歌う事で生活してる人もいるんです。
 そんな人たちを、吟遊詩人といいます」
 オルバスの疑問に、コトンが答える。 オルバスはなるほどと頷くと、じっと聞き耳を立てる。
「ほう、流石にうまい。」
「ええ、かなりうまい歌い手ですね」
「・・・いつになったら宿屋に着くのかしら?」
 歌に聞きほれている彼らの後ろから、ささやくようにフィーダが言う。
「そ、そうよ、コトン早く宿屋を探さないと、日が暮れてしまうわ」
「そ、そうだ、ずっと聞いているわけにもいかんぞ」
 自分と同じように、聞き入っていた二人の物言いに、思わず”裏切り者・・・”などと思ってしまうコトンだった。

「えーと、あの吟遊詩人に、この町の宿屋の場所を聞いてみようと思うんですけど・・・」
 どうでしょう?と無言で問い掛けるコトンに、ネージュが聞き返す。
「知ってるのかしら?」
「旅なれた吟遊詩人なら、まず、安い宿屋を確保してるそうです。 ですからきっと大丈夫ですよ」
 コトンはうろ覚えの知識を引き出して説明する。 それを聞いたネージュと、オルバスは納得したように頷いているが、フィーダはうまくいくのかしらなどと呟いていた。

 一通り歌い終えたキーネは、いつのまにか集まってきていた聴衆に向かって、一礼すると、木箱に稼ぎを集めて、帰り支度をはじめる。
 今日の稼ぎはまあ、いいほうだった。 この後、空に紹介してもらった酒場での演奏がある。
 そこで歌い続ければ、宿代はただになるので、彼女にとってかなりよい条件だった。
 いつか何かの形で、恩返しをしたいと思っているが、今のところできる事は何もなさそうだった。
「ちょっといいかな?」
 考え事をしていた彼女に、声をかけるものがいた。 キーネが顔を上げると、武装した少年が困ったような顔で、宿屋の場所を知らないかな?と尋ねてきた。

「コトンは、王都から来たんだ」
「ええ、家族でそこにすんでましたから。 もう、しばらく帰っていませんけどね」
 ネージュ達の一行は、キーネの案内で、彼女が泊まっていると言う宿屋へと向かっていた。
 歩きながら、キーネはいろんなことを話し掛けてくる。 これにはダナーンの事に詳しいコトンが、きちんと答えている。
「それで、シーバスには何の用で?」
「傭兵を集めてるって聞いて来たんだ。
このまま親の後を継ぐのはいやだったから、ちょうど同じ事を考えていたみなも一緒にね」
 キーネの問いに、前もって打ち合わせしていた答えを返すコトン。
 その答えを聞いたキーネは、満面の笑顔で告げる。
「なら、いい人を知ってるよ。 その人は、この町の傭兵をまとめてる人とも知り合いなんだ。
 きっと雇ってもらえるよ」
 コトン達が思わぬ幸運に、思わずお互いの顔を見合わせた。 そこに、はっきりと低い声がかかる。
「キーネ」
「空」
 呼ばれたキーネは、声を掛けた人物を見て、嬉しそうな声を上げて駆け寄る。
「あのね、この人達と今日知り合ったんだけど、空なら何か仕事を紹介して上げられないかなぁ?」
「仕事?」
「うん、傭兵がやるような事」
 勝手に話が進んでいくのを、しばらく呆然と見ていたコトン達だったが、我に帰るとその空と言う男性に今までの事情を説明した。

「傭兵の仕事、か」
 そう言って考え込んだ空。 キーネが心配そうに見上げると、かすかに笑って彼女の頭をなでる。
「ほら、酒場に行かないと。 もうすぐ時間だぞ」
「あ、そうだった。 それじゃあ、この人達の事をお願いね」
 キーネはそう言うと、走っていった。
 それを見ていたフィーダがポツリと呟く。
「・・・宿屋は何処にあるの?」
「あ、まだ場所を聞いていなかった」
「コトンッ! 追いかけないと、見失うわよ」
 置いていかれた一行は、まだ宿屋の場所を聞いていない事を思い出し、取り乱す。
 急いで追いかけようとするネージュを抑えて、空が笑いながら告げる。
「心配ない、宿屋なら俺が案内しよう」
 それよりも、と彼らを見据えて空が問い掛ける。
「一つ、頼みたい仕事があるが・・・。 危険な仕事だが、やってみるか?」
「それは仕事の・・・」
「ええ、やるわ」
 話を聞いてからと続けようとしたコトンを遮って、ネージュが受ける。
 空は彼女を見て一つ頷き、別のことを告げる。
「俺は、お前達が何者で、何のために来たかはどうでもいい。
 ただ、依頼を受けた以上は、きちんと努めをはたせ」
 そう言った空の瞳はひどく冷たいものだった。

 ちょうどそのころ、セプト近郊に位置していた両軍がついに動き始めた。
 そして、シーバス近郊のある洞窟では、一枚の鏡がその光景を映し出していた。
 丁寧に作られた祭壇の上で、ほのかに輝き続けるその鏡に向かい、幾人もの僧服を纏った人物が、途切れることなく延々と詠唱を続けていた。
 その詠唱を受け、鏡はその輝きを強く、弱く、まるで鼓動のように変えてゆく。
 鏡が、両軍の衝突をする光景を映し出す。 その光景が示された瞬間、洞窟の中を歓喜のどよめきが走る。
 そこにいる者達は、血が流れ、命が失われる光景を歓喜しつつ迎えていた。

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 こんにちは、筆者のkiraです。 第六話をお送りします。
 前の話から一月も間があいてしまいました。 出来れば年越しまでにもう一話あげたいと思っていますがどうなる事か。
 さて、前の後書きで書いたとおり、今回は戦記の方がかけませんでした。
 しばらくは、この調子で進んでいくと思います。
 遠征軍との戦争は、間違いなくダナーンの大きなうねりなので、出来るだけ書きたいのですが。
 それでは、年内にもう一話上げるようがんばります。       kira