X06:Y05 フォーセリア世界、クリスタニア大陸
X03:Y07 ウィザードリィー世界
ダナーンの北端にある港町、シーバス。 この町に、”遠征軍”が本拠を構えて二ヶ月。 しかし、シーバスは占領地とは思えぬほどの活気に包まれていた。
主な理由は、”遠征軍”の兵士が持つ陽気さだろう。 まるで見えない何かから開放されたように、彼らの表情は一様に明るかった。 そして占領地に関わらず、シーバスの治安は非常よく、最初は避難していた住人も、徐々に普段の生活に戻り始めていた。
極端な話し、普通に生活を営む彼等にとっては、生活の邪魔にならない限り、その地を治めるものが誰であるかなど、どうでも良い事なのだ。
しかし、治める側の者にとってはそうはいかない。 占領された者は、何とか以前の地位を取り戻そうとし、占領した方はそれをさせまいとする。 それは幾度も幾度も繰り返されたことだった。
シーバスの一角にある、商人の館にダナーン王国の騎士が、数人集まっていた。
先の襲撃から何とか生き残った彼等は、王城と取引があった商人から詳しい状況を聞くために、この館に集まったのだった。
「レイルズ王はなにをしているんだ! もう二月にもなろうとしているのに、いまだに奪還のための行動を起こしていない!」
騎士の中で、一番年若い男が叫ぶ。 その男に呼応して、他の騎士も次々と不満を並べ始める。
「まったくだ、このような状態を放置しておくなど、国王としてあるまじきこと!」
「だから”血煙の騎士”の息子など、王国に迎え入れるべきではなかったのだ!」
不満は次々と出てくるが、建設的な意見は一向に出てこない。 延々と不満を並べ続けた彼らが疲れ、会話も途切れがちになったその時、一人の男が入ってきた。
「遅れてしまい、申し訳ありません」
「おお、主殿。 なにやら重大な話があるという事だが、早速話してくれまいか」
騎士の一人が遅れて入ってきた、この屋敷の主人である商人に声をかける。
「皆さんをお呼びしたのは、他でもありません。 レイルズ王が、ついに兵を率いて出陣されたようです」
その言葉を聞いた騎士の間に、どよめきが走る。
「まさか、王自ら出陣されるとは・・・」
「思い切ったことをするものだ・・・」
シーバス付近に領地を持つ騎士は、あまり王城とのかかわりを持たなかったため、マリードの政変とも、レイルズの改革とも無縁でいられた。 そのため、レイルズのことも、大して知ることは無く、彼が示した大胆さに驚いていた。
「さて、そこで皆様には、この軍と合流していただくために、数日中にこのシーバスを発ってもらおうと思います。
隊商を用意いたしましたので、それにまぎれて・・・」
「その必要は無い」
シーバスを出る算段を説明していた商人の言葉を、低い声が断ち切った。
その部屋にいた、誰ものとも違った声の出所を探して室内を見回すと、ちょうど明かりの陰になるような位置に、濃緑の装束を纏った影が壁にもたれかかっていた。
「その必要は無い、汝らはここで死ぬのだから」
影はそういうと、腰の後ろから一本の短刀を抜き放ち、静かに構える。
「密偵だ! こいつを逃すな!」
いきなり現れた影に、驚いた騎士達だが、即座に剣を抜き放ち、影へと切りかかってゆく。
騎士として日ごろから鍛錬をつんでいる彼らの剣は、申し分なく鋭かったが、影はその上をいった。
繰り出される剣をかいくぐり、懐に飛び込むと、その短刀で間接や血管を正確に切り裂く。
影の繰り出す短刀の前に、次々と騎士達は動けなくなっていく。
そして、最後に残った騎士が振り下ろす剣を苦も無く避けると、鋭く短刀を振って、騎士の首を跳ね飛ばす。
影は自分以外に生き残った、商人を冷たく見据えると、何も言わずにその屋敷を後にした。
ほぼ同時刻、シーバスにある”遠征軍”の本拠では、”侍大将”の破山が一人書物を読みふけっていた。
開け放っていた窓から、かすかに風が吹き込み蝋燭がゆれる。 何を感じたのか、破山はふっと顔をあげ、そのまま後ろを振り向いた。
「気配は、消していたつもりだったが・・・」
振り向くまでは誰もいなかったはずの室内に、濃紺の装束を纏った男が一人立っていた。
破山はそこに男がいることが当たり前のように、話し掛けた。
「朱連(しゅれん)、気配を消してはいってくるのはやめてくれ、驚くではないか」
「俺が部屋に入ると同時に気づいたくせに、何を言う」
苦笑気味に言い返す男は、朱連。 この”遠征軍”で情報収集や、探索、暗殺まで幅広く活動している”忍者”だった。
「それで、こんな時間に何用だ? まさか、わしを脅かすために来たとも思えんが」
「それこそ、まさかだな。 まだこの町に、ダナーンの残党がいたので、片付けさせている。
明日の朝には、死体になっているが、一応報告しておこうと思ってな」
朱連は破山と向き合う位置の椅子に腰掛けているが、出された茶には目もくれていない。
破山はそれを気にした様子も無く、話を続ける。
「またか? 最近多くなってきているな」
「やはり、王自ら出陣していると言うのが、な。 諦めていた者達すら、何か行動しようとしている」
朱連はそう言って、両手を広げて見せる。 まるで打つ手が無いと言っているように。
だが、破山はその仕草が本気のものではないと言うことを知っていた。
「軍がここを離れると、どれぐらい持たせられる?」
「まあ、三月と言うところだろうな。 それ以上は、手におえん」
破山はあごに拳を当てて、考え込む。 朱連は、その様子をじっと観察していた。 人に対するものではなく、物に対するように、まるで自分の武具の様子を確かめるように、感情の抜け落ちた瞳でじっと観察していた。
やがて、顔をあげた破山が見た朱連は普段とまるで変わらないように見えた。
「朱連、わしがいない間、この町を頼む」
「ほう、お前が直接指揮をとるのか?」
「さよう、王が出てきている以上、わしが出ねば士気が落ちるのは必然。 戦いを長引かせることが出来ぬいじょう、少しでも勝つ要素は増やしておくべきであろう」
「流石に御方様の信頼厚き破山殿。 大胆な手を打てるものよ」
「部下に戦えと命じるならば、自分が先頭にたってった買うのは当然であろう?」
そう言ってかすかに笑う破山をじっと見据え、朱連は問い掛ける。
「その当然のことがなかなか出来ぬ。 この町のことは心配するな、俺が何とかしよう」
「よろしく頼む」
軽く頭を下げる破山を見て、朱連は先刻の考えを反芻する。
(レイルズ王が攻め込んでくる以上、こやつを消すわけには行かないか。 侍隊の兵力は必要だからな。 だが、あそこから離れることができたこの機会は、逃さん。 この地を統べるのは、我らだ)
朱連の考えを知らずにか、破山は、その後もしばらく朱連と細々とした事を話し込んでいた。
シーバス、その裏道を人目を縫うように緑の影が進んでいた。 先ほど商人の屋敷で騎士をことごとく殺してきたその濃緑の影は、ふと星を見上げるように顔をあげた。
(星・・・。 以前に見上げたのはいつだったか・・・)
そんなことを考えた自分がおかしく、軽く頭を振って歩き出そうとしたその影に、楽器の音と声が掛けられる。
「よい星空ですね。 まるで、星が降ってくるようにも見えませんか?」
今、この路地に入り込んだのだろう、吟遊詩人が一人佇んでいた。
黙って見返すその影に、かるく頭を下げて、吟遊詩人は歌うように喋る。
「急に声をかけて失礼しました、私は吟遊詩人のキーネと申します。
よろしければ、一曲いかかがですか?」
影は、おどけた物言いをする吟遊詩人をしばらく見つめていたが、懐から何かを取り出すと、黙ってほおった。
吟遊詩人がかざした手に飛び込んできたのは、このダナーンで流通している金貨だった。
「足りるのなら、一曲頼む」
「何を歌いましょうか?」
「楽曲のことは、ほとんど知らん。 ふさわしいと思う曲を弾いてくれ」
そう言って星空を見上げた無愛想な客のために、吟遊詩人は心を込めて歌い始めた。
翌日、一人の男がシーバスの広場で何をするでもなく、ぼおっと辺りを眺めていた。
広場の一角で騒ぎが起こるが、男は気にすることは無かった。
いきなり騒ぎの中から、一人が転がり出てきた。 その人影は勢いを減じることなく、男の前まで走り、そこで足をもつれさせて転んでしまった。
「いたたた・・・」
その人影は、こけた時に打ったらしい額を抑えて、そんなことを言った。 近くに腰掛けている男からは、その人影が薄い紅茶色の髪をしていることや、その耳がかすかにとがっていることが、簡単に見て取れた。
「あー、こぶができてるよぅ」
「こぶの心配をする前に、周りを見たらどうだ?」
大げさに嘆くその人物に思わず、と言った感じで男が声をかける。
ほへ?と見上げたその目に、追いかけてくる数人の男の姿が映った。
「あわわわ・・・」
その人物は立ち上がると、逃げ道を探してきょろきょろと周囲を見回す。 だが、どうにも逃げられないようだと見ると、その男にすがり付いて叫ぶ。
「助けてください! 悪いやつらに追われているんです!」
いかにも必死と言うふうにすがりつく、その人物を見下ろした男に、追っ手の方からも声が届く。
「おーい、そこの人、その盗人を捕まえてくれ!」
「盗人?」
いぶかしげに呟く男を見て、すがりついたその人物はあせった様子で叫ぶ。
「し、信じちゃだめですよぅ」
その人物の懐に、数個のリンゴが隠されているのを見て取った男は、足にしがみついているその人物を軽々と引き剥がすと、追っ手の方へ歩いていった。
「で、理由ぐらいは話してもらえるんだろうな?」
目の前の人物を追いかけていた男達(ちなみに警備隊だった)に謝り倒して、盗んだリンゴの代金を払った男は、ゆっくりと事情を聞くことにした。
流石に悪いと思ったのか、相手も座り込んで神妙にしている。
「じつは・・・・・・・・・・・・」
「実は?」
「物凄くおなかがすいてて・・・・」
「それで?」
「気付いたら、リンゴを手にして走ってましたぁ! あは!」
関わるんじゃあなかった。 男は心底後悔した。
「昨日の金貨はどうした、すぐなくなる額じゃないだろう」
「え、昨日って?」
「昨日、夜歌って稼いだやつだよ・・・」
心底あきれた様子の男をその人物はしばらく眺めていたが、不意にて打ち合わせて言った。
「ああ! 昨日の無愛想なお客さん!」
「無愛想で悪かったな」
男の事を思い出して、喜んでいる吟遊詩人のキーネ。 対して、男の方は無愛想と断言されて、憮然としている。
「で、昨日の稼ぎはどうしたんだ?」
「たまっていた、宿代に消えてしまいました」
「そんなにためていたのか?」
「今この町で、開いている宿屋って皆高いんですよぅ。 それにまだ人が帰りきってないから、歌っても稼ぎが悪いし・・・」
不思議そうに聞く男に、悄然と答えるキーネ。 それを聞いた男はしばらく考えてから、キーネに一つの提案をする。
「少しがらは悪いが、稼げそうな場所を知ってる。 よかったら紹介してやろうか?」
「ほんとですかぁ!」
「あ、ああ、ほんとうだ」
座ったままにじり寄ってくるキ−ネに、ちょっと引きながら男は答える。 が、キーネはそんな様子が目に入らないかのように、はしゃいでいる。
「だ、大丈夫かな?」
「何がです?」
「いや、さっきも言ったが、がらのよくない場所だからな、女のお前を紹介してもいいものかと・・・」
「えええ!」
「やっぱりやめとくか?」
大声をあげたキーネに尋ねるが、彼女は首を振って、否定する。
「そうじゃなくって! 僕が女ってわかるんですかぁ?」
「ま、まあ、歩き方なんかで・・・。 ひょっとして隠してたのか?」
キーネが驚いた理由がわからずに尋ねた言葉を、彼女は再び首を振って否定する。
「まったく隠してないです。 でも、自分でいう前に僕の性別を当てた人って初めてですぅ」
まじまじと自分を見つめる視線に、何か言いがたい悪寒のようなものを覚えたが、それがはっきりする前に、キーネが勢い込んで質問してきた。
「お兄さん、お名前はなんて言うんですかっ!?」
「空(くう)だが、それが・・・」
どうかしたのか、と続ける前に、キーネが高らかに宣言する。
「一生ついて行きますぅ!」
「なぜ、そうなるっ!?」
広場中に空の叫びが響く。 この後、空はキーネと共にクリスタニア中を廻る事になるのだが、それはまた次の機会に。
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こんにちは、筆者のkiraです。
第五話をお届けします。 クリスタニア側だけではなく、ウィズ側の事情も書こうと思って、この話を作ったのですが、終わり間際に乱入してきた娘によって、話が転ぶ事に・・・
この先、二人はある事件に関わる事になるのですが、それを書くと、戦記のほうが書けなくなるし、まあ、気長にやっていきますか。
では読んでくださりありがとうございます。 kira