X06:Y05 フォーセリア世界、クリスタニア大陸
 X03:Y07 ウィザードリィー世界

 北クリスタニア北部から、北に突き出ている太目のトゲ、ダナーン王国。 かつて、この地に流れ着いた人々が起こした国である。
 この国の歴史は穏やかな物であった。 しかし、十数年前。 宰相のマリードが王女を幽閉、これが引き金であったかのように、様々な事件が起こり続けている。

 まず、ダナーンとクリスタニア本土を隔てていた”ルーミスの結界”が消失。 ”神獣の民”との交流が始まった。
 次に、現国王レイルズ一世が王女を救出。 宰相一派はこの政変により、追放される。 なおこの中には、近衛騎士団の団長を勤めていた、レイルズの父親であるラッセルも含まれていた。
 間をおかずに”混沌の開放”が起こる。 本来は、クリスタニア全土に開放されるはずだった”混沌”はなぜか、ダナーンに集中。 レイルズはその対応に忙殺されることになった。
 そして、二ヶ月前。 謎の船団が、ダナーン王国北端の港町を襲撃。 ダナーンの約三分の一が、彼らの支配下におかれることになった。

 ダナーンは、”混沌”と、謎の集団と言う二つの敵を、同時に抱え込んでしまった。
 これに対して、レイルズ一世は”混沌”の対応を、新しくダナーンに築かれた”獣の牙”に任せ、各地に散っていた騎士団を召集。 一万の騎士団を持って、敵集団を殲滅しようとしていた。

 ダナーン王城。 すでにほとんどの騎士は出立し、今城に残っているのは、近衛騎士と国王レイルズ一世ほか、少数が残っていた。
「では、後を任せる。」
 そう言って、レイルズは室内にいるものを見回した。 ここにいるのは敵軍討伐の間、留守を任せるもの達だった。
 共に戦うものはすでに出発し、敵軍に程近いセプトという都市に集結中である。
「どうしても、いかれるのですか?」
 留守を預かる文官の一人フィルスが、あきらめ切れないといった調子で訊ねる。
「フィルス、俺が行かなければどうしようもあるまい。
 こういっては何だが、俺に代わって軍勢を指揮できる者はいないだろう?」

 先の宰相、マリードを追放したさいに、彼の側についた多くの文官や騎士もその職を解かれていたため、今残っている文官や騎士は、比較的若い者が多かった。
 レイルズは何人かに、小隊の指揮を任せ、徐々に指揮する人数を増やしていくつもりだったのだが、現時点では騎士団の半数にも及ぶ、一万人もの大部隊を指揮できる者は、彼を除いていなかった。
「しかし、陛下に万が一のことがありましたら・・・」
「その時は、お前達が何とかするんだ。 俺がいなくても、お前達ならダナーンを正しい方向に導けるはずだ。」
 なおも言い募ろうとする、フィルスの言葉を途中でさえぎり、レイルズは臣下を見回す。
 今の言葉に打たれたのか、臣下は皆、一様に決意を込めた瞳で見返してくる。
 レイルズは彼らを満足げに見回し、黙って会議を聞いていた二人に声をかける。

「聞いていた通りだ。 俺は騎士団を率いて明日にも出発するが、”獣の牙”への援助は今までと変わらないようにしてある。
 大変だと思うが、よろしく頼む。」
「俺達も、参戦した方がいいんじゃないか?」
「馬鹿ね。 今の私達にそれだけの余裕は無いでしょう?
 国王はそれを知っているから、”今までどおり”に頼むっていてるんじゃあないの。」
 ダナーン砦の団長リュースが訊ねるが、同行していたりヴリアに、あっさりと一蹴される。

 彼らがダナーンに来て、およそ三ヶ月。 傭兵の数は五百名を越え、食料もクリスタニア各地から届くようになったが、肝心の砦はいまだ建設中である。
 五百名の傭兵も、ダナーン各地に出現する”混沌”との連日の戦いで、少しづつだが、確実に疲労を増していっていた。
 今の状況では、とても戦いに加わることは出来ない。 それでもリュースの性格上、言わずに入られなかったのだろう。

「そういう事だ。 ダナーンを守るのに、手を貸してもらっているのだから、これ以上、手を掛けさせるわけには行かないさ。」
「しかし、勝てるのか?」
 リュースの率直な問いに、その場の空気がきしむ。 リュースは自分の心配を率直に口にしただけなのだが、この場にいる家臣達は、侮辱とも取れるその言葉を聞き流すことは出来なかったようだ。
 レイルズを引き止めようとしていたフィルスが、立ち上がっり、リュースに食って掛かる。
「リュース殿は、我らでは勝てぬと、お思いか!?」
「そんな事は言ってないだろうが・・・。 ただ、俺は心配だっただけだ。」
「何が心配か!? 陛下が賊を排除するために騎士団を召集され、自ら指揮をとられるのだ、負けることなどあるわけが無い!」
 顔を紅潮させて言い募るフィルスと、ここまで噛み付かれる理由がわからずに困惑するリュース。
 そんな二人の反応を、リヴリァは面白げに見つめていた。
(まったく、リュースも私達とダナーンって国が違うことをいつまでたっても理解しないんだから。それにしても、あのフィルスって子、やたらとレイルズ王に心酔してるみたいだけど、これがこの国では普通なのかしら?)
 ふと、疑問に思ったリヴリァが、周囲を見回してみると、ほとんどの者が苦笑と取れる表情を浮かべていた。
(ふーん、皆が皆あの子みたいって訳じゃないのね。 皆もちょっとあきれてるみたいだけど、驚いてはいない。 もしかして、いつもこうなのかしら?)

「だいたい・・・」
「もう止せ、フィルス。 彼らには、何も説明しいていないんだ。
 不安を感じるのも当然だろう?」
 見かねたレイルズが、制止する。 フィルスも流石に、彼の言葉には逆らえず、不承不承と言った感じで引き下がる。
「リュース、連中に負けないように倍近い数の騎士をそろえたし、考えられる事態には対処できるようにしてある。
 少しは安心できたかな?」
「ああ、最初っからそう言ってくれれば、それほど心配することは無かったんだ」
「まあ、賊の規模の把握などに手間取ってしまったからな、なかなか伝えることが出来なかったんだ」
 レイルズはそう言って笑うが、彼の手が関節が白くこわばるほどに握り締められているのを、リュースもリヴリァも見逃しはしなかった。

 一方、そのころ”獣の牙”ダナーン砦ではアロートとコトンが一つの倉庫の前で話し込んでいた。
「食料に不自由しないのはいいことですが、これはまた・・・」
 彼らの目の前にあるのは、ダナーンに送られてきた食料である。 クリスタニア本土から送られてきた食料は、一度ダナーン砦に集められ、各地へと送られるわけなのだが・・・
「どうみても、人手が足りませんね、これは・・・」
 アロートが思わず漏らした言葉に、コトンが続く。 二人とも目録などには目を通してどれほどの物かは知っているはずだが、実際に見るとまた違うものらしい。
「他にこれと同じ大きさの倉庫が、三ついっぱいになってるはずですね」
「イスカリア地方は豊かだからね、これほどの食料を送っても、実際には蓄えの一部を出しただけらしいよ」
 このまま食料を眺めていてもしょうがないと思った、二人は外に出てこれからの方針を話しはじめる。
「砦にいる皆に手伝ってもらえば、食料を運ぶことはできると思います」
「だが、それは傭兵の手も借りてと言う事だろう? それでは、”混沌”を退治することができなくなってしまう。 僕達は、ダナーンに”混沌”と戦うために来たんであって、荷運びのために来たんじゃ、ないからね」
「銀狼の部族の人たちが、砦までじゃなくって、大きな町まで運んでくれればよかったんですけど・・・」
「彼らにも自分達の暮らしがあるからね、けど、まさかダナーン砦に送られてくるとは思わなかったなあ」
 そこまで言って、二人ともため息をつく。 今ある人手ではどうやっても手におえないのが、見ただけで解かってしまった。
「こうしててもしょうがない、できることからやっていこう」
「そうですね、ハークの村の人に手伝ってもらって、保存が利くようにしましょう」
「この倉庫や宿舎を作るのにも、ずいぶんとハークの人には手伝ってもらってるけど、まだ余裕があるのかな?」
「最近、あちこちから人がこのハークの村に流れてきてるみたいです。
 各地に”混沌”が出現しているせいでしょうけど、さらに流行り病や、日照り、地震なんかが追い討ちをかけています。
 北のほうは、比較的”混沌”の被害は少ないようなんですが、代わりにあの軍勢が陣取っていますから・・・、もうダナーンで安全なのはこのあたりぐらいじゃないんでしょうか?」

 アロートは淡々と言葉をつむぐコトンを見て、だいぶ無理をしているなと思う。
 もともと、コトンは優しい性格をしている。 彼が剣を取ったのも、”皆を守りたい”という想いからだと聞いている。 その彼にとって今の状況は辛いものだろう。
 ダナーンのあちこちから悲報が届くのに対して、この砦の中に限ってしまえばとりあえずは安全である。 安全な場所で自分だけ身を守ってるように思えるのだろう。
 実際、彼はこの一月ほど傭兵として派遣されていない。 熱心に剣の訓練をしてはいるが、彼より強い傭兵はこの砦の中には数多い。
 といって、役立たずなわけでもない。 食料の送り先の選定や、順番の決定などと言った仕事は、傭兵の中にはまずできるものはいないし、ハークの村人でも無理だろう。
 その点、コトンは貴族として受けた教育のせいか、手際よくこなしていく。 ようは彼は、実際に剣を振るよりも、砦の中で仕事をしている方が役に立つのだ。

「アロートさん、どうしたんですか?」
 コトンに声をかけられて、アロートはつかの間の物思いから目覚めた。
「いや、なんでもない。 ハークに人が増えているとすると、彼らの食べる分は大丈夫なんだろうか?」
「ええ、ですから今日から、仕事を手伝ってもらう代わりに食料を渡すようにしています。
 今までみたいに、一度貨幣に換える手間が惜しいですから」
 アロートはコトンのほうを向くと、軽くたしなめる。
「いい案だけど、勝手に変えたのはよくないな。 リュースは間違いなく承認するだろうけれど、それでも一言断っておくべきだったね」
「すみません。 勝手なことをして・・・」
 とたんにしょげたコトンに、アロートは慰めるように声をかける。
「いや、次から気をつければいいんだ。 でも、”獣の牙”は好き勝手やってるように見えても、傭兵の寄り合い所帯だから、きちんとしなければならない事があるんだ。
 たとえば、砦全体の方針を決めるのは団長の役目。 依頼に対して、誰を派遣するのかを決めるは、僕達百人長の役目。 そして、この砦の食料の運営などを決めるのは、コトン、君の役目だ。
 食料が無ければ戦えないし、生き残るには武具の手入れを怠るわけには行かない。 もちろん、武具が壊れることも考えて、その補充も必要だ。
 派手な仕事ではないけれど、仲間を助け、守る。 必要で、重要な仕事だよ」
 コトンはアロートのほうを向くと、黙って頭を下げた。
「すみません、気を使わせてしまって、でも、今の仕事が僕が皆のためにできることですから、大丈夫です」
「そうかい? おや、ネージュだ。 何かあったのかな?」
 アロートは、こちらに向かって来ている一人の女性を見ていった。

「アロート、会議室に来てもらえないかしら。 新しい依頼が入ったんだけど、話が大きくて、あなたにも聞いて欲しいの」
 ネージュが、アロートにそう声をかける。
「それはかまわないけど、いったい何が起こったんだい?」
「ここじゃあ、ちょっと」
 そう言って、コトンの方を視線だけで伺うネージュ。 あらかさまに、コトンを避けるしぐさをするネージュに、アロートは軽くため息をつくと、コトンに言う。
「コトン、それじゃあ、ハークの人と協力して、食料を保存しておいてくれないかな?
できるだけ、無駄にする食料は少なくしたいからね」
「はい、わかりました。 保存方法なんかも考えてみます」
 少し硬い表情で答えたコトンに、頼むよ、と声をかけてアロートはネージュと共に砦の中心にある、会議室へと歩いていった。

「ネージュ、さっきの態度はあんまりじゃないのかい?」
 会議室へ向かう途中で、アロートがネージュへ問い掛ける。 が、ネージュは心ここにあらずと言った調子で、話し掛けられたことにも気づいていないようだ。
「ネージュ!?」
「あ、アロート? 何?」
 アロートが、強く名前を呼ぶと、ようやく気づいたネージュが彼の方を向いた。
 深く自分の思いに沈んでいたことに気づいて、少々狼狽気味だった。
「ネージュ、最近変だよ。 さっきもコトンにあんな態度を取るし、物思いに沈んでいることが多い。
 何かあったのかい?」
「別に・・・何も無いわよ」
「うそだね、何もないんなら、そんなに苦しそうな顔はしない」
 きっぱりと断言されて、うつむくネージュ。 そのまま立ち止まり、再び自分の思いに沈むように見えた。 その様子を見て、じれたアロートが口を開く前に、ネージュが話し始めた。
「アロート・・・。 私達”神獣の民”にとって、使命は何だと思う?」
「は?」
「答えて、お願い」
 アロートはいきなり聞かれたことに戸惑って、目を見開く。 ネージュが聞いたことは、神獣から”能力”を授けられた”獣人”の彼女ならば、当然心得ているはずのことだった。
 しかし、ネージュの表情は真剣だった。 本当にわからないような彼女の様子を不思議に思いながらも、彼は答えた。
「神獣から使わされた使命は、僕達にとって神聖な物。 それを、果たすために僕達”獣人”は活動してるんだろう?」
「そうね、シルヴァリの”獣人”であるあなたの使命は、争いを収めること・・・。
 そしてルーミスの”獣人”である私の使命は、侵入者をこのクリスタニアから排除すること・・・。
 侵入者には、”新しき民”も”暗黒の民”も含まれるのに、私は彼らと共に戦っている」
 すでに幾度も考えたことなのだろう。 呟くように話すネージュの言葉からは、抑揚がまったく感じられない。
 アロートはとっさに答えることができなかった。 ネージュの悩みがここまで深いとは思っていなかった。 そして、彼女が本当に気にしていることにも、なんとなく察しが付いてしまった。

「ネージュ、コトンのことを気にしているんだろう?」
 アロートの言葉を聞いて、彼女は弾かれたように顔を上げた。
「な、何を言うのよ、私はそんな一人のことじゃなくて・・・。 このダナーン砦に加わっている傭兵全体のことを言っているの!」
「でも、そう考えるようになったのは、誰のせいなんだい?」
 顔を紅潮させて、否定するネージュ。 しかし、アロートは追及の手を緩めない。
 ネージュは必死に否定の言葉を返そうとしているが、結局何もいえなかった。
「ネージュ、僕達”神獣の民”は、今まで周期の中で生きてきたよね・・・。 でも、今のクリスタニアにはもう周期は存在しない」
「だから、私達は戦ってるんでしょう? 周期を取り戻すために」

 クリスタニアに存在した周期とは、繰り返す歴史。 クリスタニアという閉ざされた世界は、完成されたものとして、幾度も同じ時を繰り返したと言う。
 そのクリスタニアで、ルーミスがなした役割は”結界”。 クリスタニアと外の世界を切り離したのが、この神獣だった。
 彼を崇める”大蛇の民”は、希に結果内に進入してくる”混沌”を見つけ、狩り出す事が使命だった。
 この周期の消えた、クリスタニアを何とかもとの姿に戻そうとしているのが、彼ら”大蛇の民”である。

「リュースは、違う。 彼が戦っているのは、自分が”混沌”を開放することを承認したせいでもあるし、このダナーンを守ろうとする人々の想いを認めているからだよ」
「勝手ね。 彼が承認しなければ、私達はこんな苦労をしなかったかもしれないのに」
 憤るネージュを見て、アロートは軽く笑う。
「そうだね、何も無い場所で一から砦作りをしなければならないし、こなすべき仕事は山積みだしね」
「そうでしょう? やっぱりリュースが悪いのよ」
「でも、君はダナーンに来たことを後悔していないだろう?」
 笑いながらアロートが投げ入れた爆弾は、見事に炸裂した。
「それは、そうだけど・・・」
「リュースは憎めないし、ダナーンの人達もいい人だしね。
 ネージュ、もっと僕やコトンと話してみよう? クリスタニアは変わっていってるけど、僕達はその中で生きているんだし、ひょっとしたら、変わるのはそんなに悪いことじゃないかもしれないよ?」

 言い残して、会議室へと入っていったアロートの背中を追いながら、ネージュはかすかに呟いていた。
「変わる事は、悪いことじゃない、のかしら・・・」

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 こんにちは、筆者のkiraです。すっかり間があいてしまいました。
 今回から、背景世界のことを書き込むようにしてみたのですが、どうでしょうか? 読みにくくなって無ければよいのですが。
 もともと、クリスタニアと言うのはとても閉鎖的な世界だったのですが、それがあるきっかけにより変わっていくと言うのが第一部の”漂流伝説”のテーマであったと思います。
 ですから、そこに外からのほかの文明が加われば、もっと劇的に変わるだろう? と、思って書き始めたのですが・・・うまくいってませんね。
 できればこれから先の話で果たしたい課題ですね。
 それでは、次は第五話でお会いしましょう。        kira