X06:Y05 フォーセリア世界、クリスタニア大陸
X?:Y? ???
ダナーン沖に一隻の船があった。優美な姿を持つ、三本の帆を供えた帆船。その船はまるで様子をうかがうようにひっそりと浮かんでいた。
その看板の上に一人の男が佇んでいた。わずかに黄みがかった肌と鷹のように鋭い瞳を持つ一人の男。ダナーンの物とも、ベルディアの物とも違う鎧に身を包み、傍らにあるのは柄を赤く塗り、穂先の両側に鎌の様な刃が出ている槍。ダナーンを、その先のクリスタニアを見つめる視線は鋭い。
「やはり此処にいたのか、破山(はざん)殿」
破山と呼ばれた男は、後ろからかかった声に驚いた様子もなく振り向いた。
声を掛けたのは、ゆったりとした服を纏い、頭にはターバンを巻いた男。腰には大ぶりのカトラスが下げられている。
「カリフ殿か、”船団長(ハイ・コルセア)”の手を煩わせるとは申し訳ない」
「それはかまわぬが、やはり甥のことが心配か?」
カリフはあえて突っ込んだ質問をした。今回の遠征の総指揮を取る”侍大将”破山と、輸送と補給が主な任務である”船団長”カリフとは友好的というわけではない。
カリフたち”海軍(かいぐん)”はもともと雇われて参加しているだけであり、カリフを頂点とした一族の権威以外を重要視していない。そのことが判るのだろう、破山も必要なこと意外は命じようとはしなかったし、それも丁重に頼みという形をとっていた。
カリフは決して礼を忘れない破山の態度に好感をもったから、日ごろは口にしない事を聞いていた。
「甥の旋(せん)が消息を絶って、もう半月以上がたつ。 おそらくはもう、生きてはいまい」
「”朱塗りの槍”を与えられるほどの者が、そう簡単に死ぬとは思えんが」
「カリフどの気遣いはありがたく頂くが、旋は己の腕を過信するきらいがあった。
ましてやかの地は敵地も同然、増長した者が生き延びるのは難しかろう」
「そのような場所に行かなければならないとは、な」
あきれたようなカリフの言葉に破山は野太い笑みを浮かべて答えた。
「それが”御方”の命とあらば、わしに否はない」
ダナーン王国の港町、シーバス。 そのシーバスを見下ろす険しい山の頂上付近に、一つの古城があった。 かつてダナーン王国の政権争いがあった際に、一人の領主が築いた物だという。
今は使う者のいない筈のこの古城に、人目を忍ぶように出入りする者があるという報告が、ダナーン騎士団の元にもたらされた。
そこでダナーン騎士団は、探査のために人員を派遣。 彼らが持ち帰った情報より、ダナーン国内に出没する盗賊団のアジトであることが判明。 この古城を制圧することになった。
夜の山中を進みながら、”大蛇の部族”のネージュがぼやく。
「なんだってこんな夜中に山を登らなきゃいけないのよ」
まだ十代半ばの少女なのだが、リュースと共に此処ダナーン王国に派遣された幹部の一人である。
いつものように、動きやすい軽装で、長い栗色の髪をターバンで包んでいる。
「まあ、そういわずに。夜襲をかけたほうが効果的だというのはわかるだろう?」
アロートがなだめ役に回る。
「それは判るが、だが、俺達が参加する必要があるのか?」
今度は彼を挟んで、ネージュとは反対側にいるサーバルが疑問を口に出す。
ズングリとした体型をしているが、身のこなしは軽く、眼光は鷹の様に鋭い。そしてその背には一対の翼があり、彼が神獣フォルティノに仕える”鳥人(バードマン)”であることを表している。
サーバルの指摘どおり、この戦いで”獣の牙”が出来ることはほとんどない。
ダナーンの騎士団は約二百、この先の古城に立てこもっているのもほぼ同数と見られている。それに対して、”獣の牙”はベルディアからの傭兵が加わったとはいえ、十数人。今回は制圧の協力ではなく、今までダンーンには居なかった彼らのことを調べるために同行している。
「ネージュ、サーバル。 文句をいってる場合じゃないだろ? 何処からかやって来て、勝手に略奪をしてる奴等なんて、ほおっておくわけには行かないじゃないか」
この場の統率者であるリュ−スがそう声をかける。
だが、サーバルは、納得してない表情で言い返す。
「それが、クリスタニアで略奪をしてるというなら、ためらわないんだが」
「そうね、わざわざダナーンのことにまで、手を出す必要があるのかしら?」
ネージュもはっきりと不満を口にする。この二人はダナーンをクリスタニアの一部とは見ておらず、頻繁に不満を口にしていた。
「ネージュ!サーバル!」
リュースが怒鳴るが、付き合いが長いだけに、二人ともあっさりと受け流す。
さらに何か言おうとしたリュースをアロートが制する。
「リュ−ス、落ち着いて。ネージュも、サーバルも此処まで来ているんだからいまさら協力しないなんていわないだろ?
それに、今はダナーンにしか居ないけど、この先彼らがクリスタニアにこないという保障はないわけだし、そのためにも彼らのことを知っておかなきゃならないだろう?」
アロートの言葉に、しぶしぶといった感じで、ネージュもサーバルも同意する。
「皆さん、そろそろ着きます」
皆を先導しているコトンが、そう声をかける。 今日は鎖帷子を身に纏い、長剣と方形の盾を持っている。 騎士の叙勲を受けるまではこれが正式な装備なのだ。
そういうコトンを見て、あらかさまに顔をしかめるネージュ。 彼女はどうもコトンとは合わないようで、はっきりと避けるような行動をしていた。
そして、顔を伏せたコトンをみてリュースがため息をつく。
「前途多難だこと」
「ああ、コトンも、もう少ししっかりすれば、ネージュとはうまくいくんだろうが・・・」
こっそりと声をかけてきた、リヴリァに同意してつぶやくリュ−ス。 珍しくその声が周囲に響き渡ることはなかった。
切り立った崖を背にしてそびえる古城に、ダナーン騎士団が攻撃を仕掛ける。 そのさまを少し離れた所で、リュ−スたち”獣の牙”は見守っていた。 見たところ、騎士団の優位は揺るがないようだった。 盗賊団は、革鎧や厚手の服に、カトラスといういでたちだったが、板金鎧を着込んだ騎士団が相手ではその武装は貧弱すぎた。 騎士の振るう長剣は確実に肉を裂き、カトラスでは鎧を貫くことは出来ない。
「どうやらこのままいけそうだな」
「ええ、このままならね」
リュースの言葉を、リヴリァが混ぜ返す。 リュースがリヴリァに言い返そうとしたその時、古城の前面を炎の嵐が彩り、集まっていた騎士を吹き飛ばす。 慌ててリュースが視線を戻すと、そこから十人ほどの人影が、騎士たち包囲を突破しつつあるところが見えた。
「いかん! やつらを止めるぞ!」
そう一声叫んで、リュースは飛び出し、”獣の牙”の面々も後に続く。
「ぐうっ!」
苦悶の声を上げて、わき腹を切り裂かれた”悟りの部族”の戦士が後退する。 代わりに、”猛虎の部族”の戦士が切りかかるが、敵の優位は変わらない。
「気をつけろ! こいつら手ごわいぞ!」
リュースが言うように、騎士団の包囲を突破した一団は皆強かった。 金属の小片をつなぎ合わせた鎧と、軽く湾曲した刀。 装備も腕も、他の盗賊たちとは段違いだった。
彼らは、リュース達とぶつかる前に散開して、何人かは森へと逃げ込んでいった。 森へ逃げた者はコトンやネージュたちが追っていったが、残った者は、倍近い人数のリュースたちと互角に戦って見せた。
リュースが気合と共に、長槍を繰り出す。 目前の戦士は、わずかに刀で穂先をずらすと、槍の間合いの内側へと滑り込み、連続して突きかかる。 かろうじてリュースは柄で受け、致命傷を避けるが、避け切れない攻撃がいくつも体に突き刺さる。
刀の間合いから、脱出できないリュースは思い切って踏み込み、”獣人化(パーシャル・ビースト)”の”能力(タレント)”を使う。 リュースの頭が獅子に変化して、戦士の肩口へと食らいつく。
”獣人(ビーストマスター)”と呼ばれる、神獣の加護を持つ者の特殊能力である。 体の一部を獣のものに変化させるなど、崇める神獣により、さまざまな力を振るうことが出来る。
戦士は、この”能力”を見て、驚愕の叫びをあげたが、肩口にリュースを食らい付かせたまま、低い声で詠唱をはじめる。 そして、呪文の完成と共に、いかづちが放たれ、リュースの体を跳ね飛ばす。 今度はリュ−スが驚愕の声を上げる。 ただの戦士と思っていた者が、魔法を使って見せたのだ。 リュースが立ち直る隙を与えず、戦士が刀を振りかぶり、今度はその戦士の胸に、いかずちが突き刺さる。
”呪術使い(ウォーロック)”のリヴリァが”雷光(ライトニング)”の呪文で援護したのだ。
「ヲオオオオオオ!」
リュースは獅子そのものの咆哮をあげ、渾身の力を込めて長槍を戦士の胸板に突き立てる。
長槍は鎧を貫き、心臓まで達する。リュースを苦しめた戦士もこらえきれずに、絶命する。
崩れ落ちた戦士を視界の片隅で眺め、リュースは戦場を見回してみた。 ”獣の牙”の傭兵は傷ついている者は多いが、一人の戦士に連携して当たり、全体としては優勢になっている。
「このまま押し切れそうね」
「ああ、何とかなりそうだが・・・」
リヴリァが声をかけてくるが、リュースの返事は苦い。 先ほどの”電光”で救われたのだが、一人で勝てなかったのが引っかかるのだろう。
「自分の力で勝てなかったことが悔しい?
でも、実力が足りない以上、しょうがないじゃない」
「わかっている・・・」
「いいえ、わかってないわ。 あなたがこれから何をするべきなのか、そのことをもう一度考えなさい」
「リヴリァ?」
リュースの呼びかけには答えず、リヴリァはてこずっている傭兵を援護するために去っていった。
ちょうどそのころ、古城近くの森では、コトンとネージュが追い詰められていた。
コトンとネージュは、森の中に逃げ込んだ戦士を追って自分達も森の中に分け入ったのだが、相手は予想以上に強かった。 その強さは、先ほどまでリュースが相手をしていた戦士にも引けを取らないほどで、鋭い剣撃をコトンは盾と長剣を使って、受けることしか出来なかった。
剣の腕が格段に落ちるコトンが、何とか粘れたのは、ネージュによる的確な援護と、彼の盾によるところが大きい。 連続した攻撃の流れを、ネージュが放つ矢がせき止め、致命傷になるような攻撃を、コトンの盾がかすかな光を発して受け止める。
だが、攻め手にかける彼らは、森の外れまで追い詰められてしまった。 森は背後の空間で途切れ、その先は垂直な崖となって落ち込んでいた。 かすかにシーバスの明かりが見える。
「もう、後がないわね」
「何か、崖を降りられるような”能力”とかはないんですか?」
ちらりと背後を見て呟くネージュに、コトンが尋ねる。 目前の戦士を見据えたままのコトンには見えないだろうなと思いながら、ネージュは首を振って答える。
「あたしには、崖を降りられるような”能力”は使えないわ。 リヴリァがいれば彼女の翼で下ろしてもらえたのに・・・」
「翼をはやす”能力”で飛べるのは、一人だけじゃないんですか?」
「つかまって、一緒に降りるぐらいなら可能よ」
そう答えながら、ネージュはふと引っかかるものを覚えた。
「コトン、あなた”能力”の事をどうして知ってるの?」
アロートが、コトンに”神獣の民”の事をいろいろと教えていることは知っていたが、まだ詳しい”能力”のことまでは教えていないはずだった。 名のに、今の質問はまるで、飛べるのが一人だということを知っているかのようで・・・
「今から、逃げます。 ネージュさん、心の準備をしていてください」
「あなた、一体何を?」
コトンは彼女の問いには答えず、手にした長剣を戦士に向かって投げつける。 これには驚いたのか、戦士が慌ててよける。 コトンはそのまま、戦士には目もくれず、ネージュの手を引いて、背後へ、崖へと走り出す。
「ちょ、ちょっと!」
戦士が追いすがり、ネージュが悲鳴をあげるが、コトンはそのまま足を緩めず崖から飛び出した。
不意を突かれ引きずられるまま、崖から飛び出したネージュは硬く目を閉じる。 その体に、共に飛び出したコトンの両腕が回され、その腕に引っ張られるように、急激に落ちる速度が弱まっていく。 不思議に思ったネージュが目を開くと、そこには夜目にも鮮やかな純白の翼がコトンの背中から生えていた。
「”大白鳥の翼(フーズィーの翼)”・・・」
それは周期から外れ、失われたはずの”大白鳥の部族”が使う”能力”だった。
コトンとネージュは、シーバスから少し離れた小高い丘の上に降り立った。
「コトン、あなた、”大白鳥の部族”だったの? フーズィーはまだダナーンにいるのね?」
ネージュが、コトンのほうを振り向いて詰問するが、コトンは何も答えずにその場にうずくまる。
「一体どうしたって・・・。 この傷は?」
うずくまったコトンの背中に伸ばした手が、ぬるりと血で染まる。 目を凝らしてよく見ると、コトンの鎖帷子がはじけ飛び、その下の背中にもひどい傷を負っていた。
「あ、”能力”を使ったせいで・・・・」
一部の”獣化(ビースト・フォーム)”などの”能力”はそれを妨げるような鎧などを身に着けていると、自分の体を傷つけることがあることをネージュは思い出した。 コトンの傷もそれが原因なのだろう。 そう当たりをつけると、ネージュはシーバスの町の方を向いた。 そこならば手当ても受けられると踏んだのだが・・・
「町が、シーバスが燃えている?」
崖から降りてくる時には気づかなかったが、シーバスのあちこちで火の手が上がり、海岸には幾つもの船が乗り上げていた。 それは火事などではなく、明らかに何者かの襲撃だった。
シーバスの港に乗り上げた船の一つに、カリフと破山がいた。
今、シーバスを襲っているのは、破山の指揮する軍勢。 彼らはダナーンを、クリスタニアを攻め取るために来たのだった。
「破山殿、船に積んでいた軍勢は全て町に下りた。 じきに落ちよう」
「今まで世話になったな、カリフ殿。 陸の戦ならば、我らは負けぬ。
この地を”御方”に献上できる日も近いだろう」
「そうか、では”御方”、ワードナー殿にはそう伝えておこう」
燃え上がる町を見つめる破山の胸には、一つの思いが渦巻いていた。 必ず、この地を”御方”へと・・・。 それが我らが生き残る道なのだから。
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こんにちは、筆者のkiraです。ようやく、クリスタニア以外のメンバーが出てきました。もしかしたら第二話で気づいたかもしれませんが、ダンーンにの謎の一団は、ウィザードリィー世界から来ています。
というわけで、初めの?はX03:Y07ウィザードリィー世界になります。
どうやって離れた座標まで来れたかは、これから書いていきます。
あ、それとクリスタニアの説明ですが、ただいま製作中ですので、もう少しお待ちくださいませ。
それでは、次回でまた。(目標は一月以内)