X06:Y05フォーセリア世界、クリスタニア大陸。


 クリスタニア、”失われた大地”、ダナーン。
 この地から一隻の帆船が、東に向かって旅立った。多くの神獣の民、およびベルディアの騎士、ダナーンの住人など、さまざまな人物が乗り込んでいた。
 その帆船を黙って見送るダナーン国王レイルズ一世。その背中に声がかかる。
「これでやっと、一区切りだね」
 レイルズが振り向くと、久しぶりに会う友人、ビ−ンの姿があった。
「久しぶりだな。今日はどうした?」
「あの船に乗る人たちを送ってきたんだよ。ついでに、レイルズの顔も見ておきたかったしね」
「俺は、ついでか?」
 ビーンは笑ってうなずく。昔と違い、ビーンとはこういう風に対等に話すようになった。
 ビーンは今もハークの村に住んでいる。レイルズが王位に着くまではいろいろと傍で手助けしてくれていたのだが、”精霊使い”の彼にとって王都は人が多すぎるらしい。レイルズが即位すると、ハークの村へと帰ってしまった。
「それにしても、まさかハークに”獣の牙”ができるとは思わなかったよ」
「あの村は、クリスタニアとの位置がちょうど良いんだよ。それに、村長の承諾は貰ったぞ」
「村長が、国王の頼みを断れるわけがないじゃないか。彼は君の事を気に入ってるんだから」
「そうか?に、しては頼みに行ったときに色々と言われたが・・・」
 そう言って、頭を掻くレイルズ。この前は、彼らが子供のときにしたさまざまな悪戯を笑い話として話されたのだ。
「ハークに来る”獣の牙”はあれで全員?」
「いいや、今来ているのは幹部のみ。これから増えるんだよ」
「ふーん。”獣の牙”にはずいぶん行ってないけど、だいぶ変わったみたいだね」
 レイルズはビーンが思い出してるであろう顔がわかって、苦笑する。やたらと声が大きい”鬣の民”の団長とその連れの四人。いろんな意味で個性的な者達だった。
「まあ、これからはクリスタニアとの交流も増えるだろうし、いろいろと”獣の牙”の出番もあるだろうから、できれば彼らを手助けしてやってくれないか?」
「うん、まかしといてよ」
 そう言って、ビーンは昔から変わらない笑顔で微笑んだ。

「帰ったぞ」
 ”獣の牙”ダンーン砦の団長、リュースはそう言って砦の中へ入る。本人にしてみれば、何気なく言ったつもりなのだろうが、その声はやたらとよく響いた。
「お帰り、団長」
「お帰りなさいませ」
 中に居たひょろりと背の高い青年とちょっと気弱そうな少年が、挨拶を返してくる。
「アロート、他の皆は?」
「今村長の家に行ってるよ。いろいろと、決めなきゃならない事があるしね」
 普通の会話でもリュ−スの声は大きい。青年−アロート−は慣れているようだったが、傍らの少年は目を丸くしている。
 アロートはそんな少年に声をかける。
「コトン、早く慣れた方が良いよ、彼はいつでもこんな具合だからね」
「は、はい。解かりました」
 真剣な顔でうなずく少年を見て、リュースは憮然とつぶやく。
「悪かったな、声が大きくて」
 しっかり聞こえてしまったコトンが、なにやら弁解をはじめようとするのを制して聞く。
「それで、人は集まりそうなのか?」
「うーん。正直言って難しいな。ほとんど部族はとりあえず、自分たちの部族でやっていくみたいで、他の”獣の牙”も縮小されるんじゃないかな?
 このダナーン砦に回せる傭兵は、ほとんどいないという事だね」
「”混沌”のほとんどがダナーンに来ているのというのに?」
「今の所はそうだけど、これからもそうだという保障はないしね。
 ところで、レイルズ王には会えたんだろ?ダナーンの方からは、傭兵は集まらないのかい?」
「ああ、各地にふれを出してもらってるんだが、あまり人数は集まってないようだ」
 そう言ってため息をつくリュースに向けて、コトンが言う。
「すみません、ほんとは騎士団の方から人を出さないといけないんですけど・・・」
「ああ、別に気にしてないからいい」
 さかんに恐縮しているコトンを見て、リュースは思う。_こんな気弱なやつがほんとに役に立つのか?
 コトンはダナーンの上級貴族の出で、この”獣の牙ダナーン砦”には騎士団を代表して来ている。最も事実は厄介払いであろうことはすぐに判ったが。
「リュース、実は何人か傭兵志願者が来ているんだ。だけど、彼らを迎え入れるかどうかは、君に任せたい。僕達の意見は真っ二つに割れてしまってるから」
「何か訳ありの連中なのか?」
 ”獣の牙”が傭兵を迎え入れないというのは珍しい。特に、この砦のように人手が不足しているところは。
「”悟りの民”と”沈黙の民”、そして・・・”猛虎の民”にダークエルフだよ」
「何だとー? なぜ、ベルディアの連中が?」
 思わずリュースがあげた大声に耳をふさぎながら(何せ、普段から声が大きい)、コトンが答える。
「あの、この前は、ダークエルフのゼドさんと一緒に行動したじゃないですか。
 だから、問題ないかと思って、通したんですけど・・・」
「まあ、彼らが何を考えているにしても人手は必要だしね、僕とリヴリァは彼らを迎えることに賛成だよ。でも、ネージュとサーバルはね」
 コトンの話を聞いて、思わず顔を覆ったリュースにアロートが声をかける。
「リヴリァは面白がってるだけじゃないのか?」
「ありうるけど、彼女だって理由があって賛成したんだと思うよ」
「そうかー? 面白そうだから、もっともな理由をつけただけじゃないのか?」
「あら、私はそこまで不真面目じゃあないわよ」
 リュースが思わず漏らした一言に、はっきりとした女性の声が答えを返す。
 面白いほどに硬直したリュ−スがゆっくりと背後を見ると、そこには一人の女性が立っていた。
 鴉の羽のように黒々とした髪と、わずかに日に焼けた肌。そして”影の民”らしく多くの装飾品を着けた美しい女性。クリスタニアから”ダナーン砦”に派遣された傭兵の一人、”呪術使い(ウォーロック)”のリヴリァである。
「やあ、早かったねリヴリァ。 村長さんはなんて言ってたんだい?」
「村長の話は、たいしたことじゃなかったわ。 この砦に出せる食料の量とか手伝いに出せる人手とか、そういったことよ。 でも、別口で大きな話があってね」
 硬直がとけないリュースに代わって、アロートが話を進めようとする。が、リヴリァはそれを手で制して、
「ねぇ、リュ−ス。私ってそんなに不真面目に見えるのかしら?」
「そんなことはありません!リヴリァさんは真面目で、とても綺麗な方です!」
「ありがとう、で、あなたはどう思ってるのかしら、リュ−ス?」
 ずれた返答を返すコトンに微笑んで、リヴリァはリュ−スを追い込んでゆく。
 普段は要らないことも大声で言うくせに、ろくに声が出ない様子のリュースと、心底楽しそうなリヴリァを見て、アロートは思う。
(リヴリァもそういう態度が、いわれる原因なんだが、判ってやってるんだろうしなぁ。リュ−スもこういうことをうまく返せないから、リヴリァが面白がってちょっかいを出すんだが・・・判ってないな、これは)
「と、とにかく。ベルディアの連中を加えるというのはどういうつもりだ? 何か理由があるなら、それを先に聞かせてくれ!」
 何とか話をそらそうと、リュースがひときわ大きな声をあげる。このダナーンに来た直後、ダークエルフと共に魔獣を退治したことはあったが、”獣の牙”とベルディアは百年以上も争っている敵同士といっていい。そのベルディアの者を迎え入れるという理由は、ぜひとも聞いておきたいところだ。
「まあ、リュースを追い込むのは後にするとして、彼らを迎え入れる理由というのは、監視するなら近くに居た方がいいと思うからよ」
「監視?」
「ええ、ここ最近のクリスタニアの様子を考えてみて御覧なさい?
 周期の終わり、ラブラドルの”深紅の民”の帝国とフォレースル地方との戦争、そして”混沌の開放”そう言った、多くの重大な事件に、ここダナーンの”新しき民”が関わっているわ。
 そして、ベルディアには”新しき民”と同じく、クリスタニアの外から来た”暗黒の民”が居るわ。今までは、彼らはこのクリスタニアに大きく関わってはこなかった。それは”ルーミスの結界”があったから。
 でも、これからもそうだといえるの?もう”ルーミスの結界”はないのよ」
「クリスタニアに”暗黒の民”が関わってくるというのか?」
「ええ、間違いなくね」
「だが、やつらは”暗黒の民”ではない」
「でも、私達よりは彼らのことを知っているわ。 私達は何年もベルディアと戦ってきながら、彼らのことを何も知らない。 これはそれを補うための機会なのよ」
 リュースはリヴリァの話を聞き終わると、アロートに向かって尋ねる。
「それで、反対しているのはネージュとサーバルなんだろ? あいつらはなんと言ってるんだ?」
「彼らは、ベルディアから送られた間諜に違いないといっている。まあ、否定は出来ないんだけどね」
 熱を冷ますように、軽い調子で告げられたアロートの言葉はリュースをさらにうならせる結果となった。
「あのー。団長がしたいようにすれば良いんじゃないんですか? ここの責任者なんですし」
「ああ、コトンは僕達”神獣の民”のことを良く知らないから。
 クリスタニアの神獣は、それぞれ己の役目が決まっていてね。たとえば、リュース達”鬣の民”が従うのは”承認者”ディレーオン。自分では何も意見を述べずに、さまざまな意見の中から何を認めるのかを決めるのが役目。
 リヴリァ達”影の民”の神獣は”運命の告知者”アルケナ。未来を見通すと言われていて、”影の民”はその手助けのために、未来を動かす可能性がある人や場所の近くに居るようだね。
 僕や、サーバル、ネージュが従う神獣の話はまた機会があったらね」
「団長は、どっちの意見を承認するんでしょうか?」
「さあ、判らないね。出来れば両方と言いたいんだろうけど、それは無理だからなぁ」
「それで、ベルディアの人達の話は聞かないんですか?」
 ふと、思いついたようにコトンが漏らした言葉に、考え込んでいたリュースがはじかれた様に顔をあげた。
「今なんといった?」
「え、ですから、ベルディアの人達の意見は聞かないんですかって」
「そうだった!話も聞かずに決めることは出来ん! アロート、そいつらはどこにいるんだ?」
「とりあえず、隣の大きな倉庫を使ってもらってるよ」
「そうか!ちょっと行ってくる」
 リュースはそれだけを言ってすぐに外へと駆け出していく。それを見て、アロートはリヴリァに話し掛ける。
「これで、彼らは”ダナーン砦”に加わることが出来るだろうね。君の望み通りなのかな、リヴリァ?」
「ええ、これで人手の問題も少しは解決するでしょう?」
「ところで、良ければ彼らを迎え入れる理由を話してもらえないかな?」
 コトンが、何を聴いたのか判らないと言う表情で聞き返す。
「え?先ほど団長にりヴりぁさんが説明したじゃないですか」
「コトン、”影の民”はベルディアにそれなりの人数を送り込んでいるはずだよ。ここでリヴリァが数人から聞きだせる程度のことは知っているはずなのさ」
 リヴリァはくすりと笑って、問い返す。
「アロート、なぜリュ−スではなくこの子に聞かせるの?私はそれが不思議なのだけれど?」
「君が話してくれたら答えるよ」
 リヴリァは、頷いて話を続ける。
「ここ最近ダナーン各地に出る盗賊団、彼らは一体何者だと思う?
 身につけているものは、クリスタニのどの部族の者とも違う。あえて言うなら、ダナーンやベルディアのものに近い。でも、ダナーンでは彼らのような者はいなかったというし、それは間違いないでしょう」
「ベルディアと、何か関係があると?」
「多分ないと思うわ。でも、彼らが見れば、何か判るかも知れない」
「彼らを盗賊団にぶつける気かい?そううまくいくかな?」
「ダナーンの騎士団から、その盗賊団の本拠らしき所を見つけたから、討伐に手を貸して欲しいという話があるわ。
 今は村長のところにいるから、じきに此処にも来る筈よ」
 アロートは別口の大きな話とはそのことかと、納得する。今度はあなたの番といっているリヴリァの目を見て話す。
「コトンに、これらの話をするのはね、クリスタニアのことを知ってもらうためだよ。
 どんな部族がいて、どんな考え方を持っているのかを出来るだけ知ってもらって、出来れば、レイルズ王の政策を引き継いで欲しい。
 レイルズ王も、若いころクリスタニアに着て”獣の牙”に参加したというし、同じようにクリスタニアのことを知って欲しくて、ね」
 コトンはアロートとリヴリァ。二人の視線が自分に注がれていることに気づく。アロートの視線はやさしく、リヴリァの視線は楽しげに感じられ、自分の思いをそのまま言葉にしてつむぐ。
「はい、がんばります!」


------------------------------------------------------------------------------------
 どうも、筆者のkiraです。それにしても話が進まない。予定ではとっくに他の大陸の人物が出ているはずだったのに・・・
 がんばってBパートで登場させます。そして彼らがどこから何のために来たのか?
 そこまでかけるといいなぁ。
 あ、この話ですが、クリスタニアの部族や今の状況なんかは省いてますが、説明を加えた方が良いんでしょうか?
 それでは続きでお会いしましょう。