X6Y5:フォーセリア世界、クリスタニア大陸
ダナーン王城。
ダナーン国王レイルズは定例会議に出席していた。以前と比べてみな顔が明るい。”神獣の民”から助力が得られることは朗報だった。
マリスもナーセルも謁見の翌日には、”獣の牙”の砦へと帰還していた。ナーセルの<転移>を使えば、一瞬で向こうに着いたことだろう。
残る一人、ベルディアの近衛騎士サザンはいまだにダナーンにとどまっている。使者が着くまで滞在する気のようだが、変わったことにその間騎士隊の見回りに参加したいと申し出てきた。
特に断る理由もなかったので、参加させたのだが、その参加した騎士隊の帰還が遅れている。まださほど気にするほどではないが、長引くようならさらに調査隊を派遣しなければならない。
そのようなことを考えていると、ちょうどその騎士隊からの伝令が帰還したとの報告が入った。
サザンは胸騒ぎのような者を感じて、夜中に目を覚ました。以前からこういう勘が外れたことはなかった。おそらく何らかの危険が迫っているのだろう。
ベルディアの騎士である彼が、ダナーン国王レイルズに謁見してから十日ほどが過ぎていた。ダナーンに残っていた彼はダナーン王国の騎士隊の見回りに加えてもらい、ダナーン各地を回っていた。
さすがに砦などには立ち寄らなかったが、それでもサザンはダナーンのことを知ることが出来た。その巡回の最中、ある村に立ち寄り、宿をとっているときにサザンは胸騒ぎを感じたのだ。
寝床から起き上がり、略装の板金鎧を身につけていく。騎士の叙勲と共に受け取った甲冑はベルディアを出るときに置いてきた。旅の邪魔になる事のほうが多いと思ったからだが、今の鎧では今ひとつ頼りない気がする。
鎧を着け終わったところで、外から怒号や悲鳴などが急に沸き起こった。そのまま外に飛び出すと、三十人ほどの一団が村人に襲い掛かっていた。ダナーン騎士も飛び出して来ているが、就寝中だったために鎧を付けている者は少ない。
一段はカトラスと呼ばれる、軽く反った小剣を持ち、鎧は身に着けていなかった。ダナーン騎士達が村人を守るべく挑みかかるが、彼らも多人数に一時に襲いかかられて次第に傷を増やしている。
サザンにも数人回ってきたが、カトラスでは彼の鎧を貫くことが出来ず、逆に彼の銀のファルシオンで倒されていった。
(普段ならともかく、ダナーン騎士が鎧をつけてない今では全員を倒すのは無理、か。
に、してもこいつら盗賊団じゃないのか?妙に統率が取れているし、きちんと訓練された者の剣の扱い方に見える。何より全員がほぼ同じ戦い方だ)
サザンは戦いながら戦況を見て取ると、相手の指揮官を探した。これだけの人数ならば、誰か指揮をとる者が居るはずだからだ。
よく見ると、後方に風変わりな鎧を着た人影が見える。なにやら声を張り上げて、指示を出していることから見ても間違いあるまい。
ファルシオンを両手で握り締め、人影を目指して走る!サザンは小柄な分、瞬発力に磨きをかけていた。体格差を自分の敏捷さで補っているのだ。何人かが立ち塞がろうとしたが、サザンは足も止めずにファルシオンを振って牽制。たちまちのうちに人影の前に出る。
その人影が、手にしていた赤い槍をゆっくりと構える。おそらく名のある逸品なのだろう、並みの小剣よりよほど大きい穂先から、冷気のようなものを感じる。近づいて見るとその人影は見上げるような体格の鎧武者だと判る。ダナーンやベルディアのものとはまったく異なった作りの鎧を纏った男は、小柄なサザンが足を止めたのを見て、はっきりと笑った。
サザンの頭にカット血が昇る。ゆっくりと両手で握っていたファルシオンを片手で握りなおし、一息に間合いを詰める。腹を狙って繰り出される槍を左にはじき、そのまま返す太刀で首を狙う。
鎧武者は槍を立てて防ぐと、そのまま間合いを稼ごうとする。が、サザンはそれを許しはしない。相手が下がる速度そのままに近づき、右から足を狙う太刀を繰り出す。鎧武者は右足を上げ、太刀をかわし、足を踏み下ろす動作に続けて、サザンの頭を狙って槍の石突を振り下ろす。サザンは受けずに体を回してかわす。
(こいつ、場馴れしてる)
数回攻防を交わしたサザンは思う。普通、騎士団のような所で訓練をした相手は自分のような変則的な攻撃を繰り出してくる相手には意外ともろい。だが、この相手はことごとく自分の攻撃を受け、きっちりと反撃してくる。実践を重ねていないと出来ないことだ。
(あまり長引かせるわけには行かないか)
背後ではいまだに戦いの音がしているが、自分がこの相手に手間取りダナーン騎士が倒されてしまえば、結局は負けだ。サザンは覚悟を決めると低い姿勢から鎧武者へと切りかかってゆく。
矢継ぎ早に繰り出される穂先を体を左右に振ってかわし、確実に間合いを詰めるサザンに対して、鎧武者は薙ぎ払うような一撃を繰り出す。サザンは体を前転させながらかわし、地に付くと同時に足を狙い、ファルシオンを振るう。
鎧武者はこの予想外の動きに対処できずに、左足の腿を切り裂かれ、体制を崩す。サザンは間を空けずに次々と切りかかる。鎧武者も片足を負傷しては受けきれず、何かを唱えながら、後退してゆく。
サザンは自分の攻撃を受け、大きく体制を崩した鎧武者に止めを刺すべく、ファルシオンを振りかぶる。鎧武者は片膝をつきながら、命乞いをするかのように左手をサザンに向かって突き出し、何かを叫ぶ。
「〜〜〜〜大炎(マハリト)!」
その次の瞬間、鎧武者の左手より炎が生み出され、サザンの全身を包み込む。
「あああああっっ!」
サザンは叫びながら地面を転がり炎を消し止めるが、先ほどとは逆に、地に伏せた自分を狙う槍を見て立ち上がろうとした動作を止める。鎧武者は躊躇なく槍を突き下ろすが、その穂先は空を切り地面に突き刺さる。
かわすのではなく、体ごと消えたサザンを求め鎧武者は周囲を見回す。が、その脳天を銀のファルシオンが兜ごと断ち割り、鎧武者は何が起こったのか知る間もなく絶命した。
そして、サザンはファルシオンを引き抜き、虎のような咆哮をあげる。すでに浮き足立っていた一団は、蜘蛛の子を散らすように村から周囲の暗闇へと逃げ去っていった。
こうして、ダナーン騎士隊は負傷者を出しながらも、かろうじて村の防衛に成功したのだった。
ベルディア、王城ダークスフィア。
騎士団長ディラントが主だった報告を聞いている。騎士団長の名が示すとおり、暗黒騎士団を束ねる者である。その彼が一つの報告を耳に止めた。
「サザンが、帰ってこないのか?」
目の前に立つ男は恐縮した面持ちで、報告を続ける。それを聞き終わったディラントははっきりと苦笑を浮かべる。
「ダナーン見物、か。まったく・・・アヤツらしい」
その声にはしょうがない、といった響きがこめられていた。
「騎士団長。まさか、それで済ますわけではありますまいな」
そう言葉を発したのはリィードル。ベルディア宮廷魔術師の第二席を勤める人物である。
「リィードル、別に問題はあるまい?私はサザンに先触れを命じたが、勤めを果たした後、即座に帰還せよとは言わなかったし、やつが使者が着くまでの間をどのように使おうとそれは自由であろう?」
「確かに、命には反しておりませぬが、勝手な行いをしてもいいということはありますまい」
「では、どうすべきか?」
「騎士籍を剥奪し、この王都から追放すべきかと」
その場に居合わせたものに、ざわめきが走る。リィードルが言っていることは、どう聞いても言いがかりでしかない。ディラントは片手を挙げてざわめきを静め、リィードルを見て訊ねる。
「そんなにサザンは危険か?」
「はい、アヤツはわれら”暗黒の民”のためにはなりませぬ。出来れば即座に抹殺すべきです」
ディラントはその場に居る者を見回す。ほとんどの者はまさか、という表情を浮かべ、騎士の中にははっきりと反発している者も居る。しかし、彼にはリィードルが何を危険視しているかが判っていた。
(確かに、サザンは危険かもしれん。アヤツはこれまでのベルディアのあり方を変えるかもしれんからな)
「ダナーンから外の世界へ、調査団が出るそうだな?」
ディラントは、一見関係のないことを訊ねる。
「は、サザンはそう報告しました。また、その調査団には多くの”神獣の民”が加わるであろうことも」
サザンと同じく、先触れの任に着いていた騎士が答えた。彼はこの報告と共に、サザンがダナーンに残るという事を伝えたのである。また、サザンはこの調査団にベルディアも加わるべきだとも進言していた。
「では、サザンに我が”暗黒騎士団”を代表して調査団に加わることを命じる。また、他の参加者は後日命ずる。ダナーンのレイルズ王には、我から親書を渡そう」
リィードルはディラントの決断を聞いて満足げにうなずく。騎士たちにも不服はないようだ。
(リィードル、サザンはこの程度ではどうしようもないかも知れんぞ?そして、サザンよ願わくば汝が我らと敵対せぬことを願うぞ)
騎士団長の心中は複雑であった。
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読んでくださってありがとうございます。作者のkiraです。
これでどうにか出発前の前振りは終わりです。次回からは、異文化との交流に入っていけそうです。
とりあえず、遭遇するのは決めてるんですがね。
それでは、よければ次回も読んでくださいね。