X:6 Y:5 フォーセリア世界、クリスタニア大陸
 クリスタニア、獣の体に神々の魂を宿した”神獣”のしろしめす大地。神獣達の手によりはるかな高みにあり、永き年月を他の世界と隔絶してきたこの地にも変化が訪れていた。
 まずは”復讐の神獣王”バルバスによるベルディアの降臨、次に”魂の導き手”大白鳥フィーズィーによるダナーンの降臨。この二つの地には経緯は違うものの、”開放された島”から来た人々が暮らしを営むようになった。
 そして、神獣達が人の暮らしへの干渉を止めると共に、クリスタニア全体が降臨、海に接するようになった。
 さらには”礎の神獣王”ウルスが封じ続けていた竜王の開放。神獣達が人に直接関わるのはこれが最後かと思われたが、思わぬ事態により神獣達は再び人の暮らしに関わるようになる。
 これが今だけのものか、これからも続くものかはまだ分らない。ともあれ物語りは、かつて”失われた大地”と呼ばれていたダナーンより始る。

 ダナーン国王レイルズは次々ともたらされる報告に頭を痛めていた。
 ここ一月というもの、ダナーン各地がこうむった被害が尋常ではないのだ。見たこともない魔獣や、各種の自然災害、果ては疫病まで、多種多様な要因が確実にダナーンを蝕んでいた。
 原因は分かっている、竜王と共に開放された”混沌”だ。クリスタニアの始まりと共に封じられ続けてきた”混沌”が想像を絶する量なのはわかるが、何もここまで一気に重ならなくてもいいではないかとレイルズは憤慨していた。
「バッソー。ダナーンはどうなると思う?」
 と、古くからの友であり諜報の元締めである人物に意見を求める。
「さあな、なるようになるんじゃないか?」
「このままの勢いで混沌が現れ続ければ、確実にダナーンは崩壊するんだ。何か考えはないか?」
 まじめに答えようとしない相手にさらに問い掛ける。
 実を言えばレイルズもバッソーを大して当てにしているわけではない。共に王国のために苦労してきた仲だ、相手に解決策がないぐらいは分かっている。が、それでも何らかの助けにならないかと質問をしているのだ。
「ダナーンだけじゃあどうしようもないのは、分かってんじゃないのか?ここは神獣の民の力も借りるべきだ。」
 クリスタニアの各地にすむ者は、彼らが奉じる神獣の姿をとって呼ばれることが多い。狼の神獣フェネスを奉じるのならば、”銀狼の民”という風に。ちなみに”神獣の民”という場合は彼ら全体の事をさす。
「しかし向こうも大変だろう、こちら手を貸す余裕はないはずだ」
 そっけない答えを聞いて、バッソーはため息をつく。
(まーだ気にしてやがんな。こいつらしいといえばそうなんだが)
 レイルズが王女と結婚したのが、ちょうど一年ほど前。それ以来レイルズは銀狼の民とは疎遠になっている。以前は年に何回かは彼らのもとを訪れていたが、結婚以来ぱったりとやめていた。
 理由は、今銀狼の民を治めている長に会いたくない、いや、あわせる顔がないと思っているからだろう。
 (こればっかりはどうしようもねーしなー)
 バッソーが思い出すのは、まだ閉ざされていたクリスタニアで出会った銀色の髪の少女のことだった。
「失礼します」
 扉を開けて、近衛騎士が入ってくる。レイルズに軽く一礼してから用件を述べる。
「至急お目にかかりたいと申す者が来ております。本日の謁見が終了したことは存じておりますが、大変特殊な人物ですので、一存により報告に挙がりました」
「で、誰がきているのだ?」
 レイルズはその答えを聞いて思わず立ち上がっていた。
「ベルディアの近衛騎士だと?」
「しかも、銀狼の部族の長と一緒に、か・・・」

 レイルズは謁見の間に向かいながら、彼らの来訪の理由を考えていた。
 本来、ベルディアとほとんどの神獣の民は交戦状態にある。特に銀狼の部族とは、何度も激しい戦いを繰り返した。その両者が連れ立って訪れたのだ。よほどの理由があるに違いない。
「考えても分らないと思うぞ、クリスタニアも俺たちが居たころとはだいぶ変わってるみたいだしな」
 そばを歩くバッソーが話し掛ける。確かに、彼らが居たころとは状況が変わっている。彼らが知っている神獣の部族は、決して”混沌”の解放など考えもしなかっただろう。
 良くも悪くもクリスタニアは変わっていっている。そしてダナーンも、自分も。

 謁見の間に三人の人物が入ってくる、レイルズはそのうちの二人に見覚えがあった。
 一人は銀の髪を腰まで伸ばした女性、今現在銀狼の部族を収めているマリス。そして、不思議と老成した雰囲気を漂わせている、自分よりも数歳年上の男。”世界見の者”ナーセル。
 最後の一人は、まだ十代と見える少年で、ベルディアの紋章が入った鎧を堂々と身につけている。
「待たせてしまい申し訳ない。さて、客人方はいかなる用件が合って、ここダナーンを訪れたのか」
 わざわざ訪ねてきてくれた旧友と気軽に話もできない今の状況を、レイルズは時々ひどく疎ましく思う。必要なことだと分っていても、だ。
 三人はお互いに視線を交わすと、まず少年が話し始めた。
「ベルディア帝国、近衛騎士サザンと申します。 本日はダナーン国王陛下に、わが帝国よりの申し入れをお持ちいたしました」
 敵地も同然のこの場所で、堂々と発言する姿を見てレイルズは好感を持つ。ただ、ほんの一瞬だけ見せた、鋭い瞳がやけに気にかかったが。
「申し入れとな、でいかなるものか?」
「後日、正式な使者が参りますが、わが帝国は帰国に不可侵条約を申し入れます」
 レイルズもバッソーも思わず、目の前の少年をまじまじと見つめる。
「信じがたいのは当然ですが、これはわが帝国の統一された意思です」
「では、猛虎の民もこの申し入れに賛成しているというのか? それに、この申し出は何を目的としているのだ?」
 信じがたいといわんばかりに、返すレイルズ。虎の体から人の体に宿りなおしたかつての神獣バルバスは、それを期に”神王”を名乗り、自分の民にクリスタニアの征服を命じたはずだった。
「われわれの目的は、銀狼の部族にも関わる事ですので、まずは長の話を聞かれた方がよろしいかと」
 サザンは隣のマリスをに軽く頭を下げて、場所を譲る。

「ダナーン国王に申し上げます。貴国が待つ船を貸していただきたいのです」
「船を?しかし、何に使うのだ?」
 マリスの申し出を聞いて、レイルズがいぶかしげに問い掛ける。今まで船(と、いうよりは外洋)に関心を示したことのなかった銀狼の部族が、なぜいきなり船を貸せといってきたのだろうか。
「クリスタニアの外に出るためです」
「なぜ、いま銀狼の部族がクリスタニアの外に出るのだ? まさか、フェネスの意思なのか?」
 この場に居合わせたダナーンの貴族の間にざわめきが走る。が、マリスははっきりと否定する。
「いえ、これはフェネスだけの意思ではありません。
 これは、神獣全ての意思であり、クリスタニアの外に向かうのは全ての部族の代表になるでしょう」
 今度はざわめきすらなかった。

 レイルズはバッソーと共にマリスとナーセルの二人を私室に招いて、久しぶりに会う友人を歓待していた。すでに夜はふけ、もう一人の謁見者サザンは与えられた部屋に戻っている。
「久しぶりだな、二人とも。 さっきは形式的なことしか言えなかった」
「気にしてはいないよ、君にも立場というものがあるからね」
 謁見の間中口を開かなかったナーセルが、面白そうに答える。
「責任ある立場では、どうしようもないでしょう」
「そういってくれるのは助かる。正直いろいろと窮屈なことが多くってな」
 マリスも笑って言葉を添える。レイルズからは彼女と会う前の気まずい思いはすでに消えている。
「しっかし、いずれ神獣の民から使者が来るとは思っていたが、あんたまで一緒だとは思っていなかったよ」
「そう、レードンたちはどうしてるんです」
 ナーセルは、ここダナーンからはじめてクリスタニアに昇った”始まりの冒険者”の一人で、最近は”世界見の者”を自称している。また、彼の友レードンは皇帝として神獣クロイセの”真紅の民”を治め、一月前の”混沌開放”にも深く関わっている一人である。
「彼らはフィンガル地方の”獣の牙”に身を寄せているよ。あのベルディアの騎士とこのお嬢さんが偶然ダナーンに行く途中で立ち寄ったので、私が送ってきたというわけだよ。
 私なら<転移>が使えるし、こういう話は早い方がいいだろうしね」
「それで、クリスタニアの外に行くために船を使うそうだが、いったいどこへ行くんだ?
 まさか”開放された島”や、北の大陸にいまさら神獣が興味を示すとは思えないんだがな」
 ナーセルの言葉を聞いて、レードンが訊ねる。理由は人払いをしてからということでいまだに聞いてないのだ。
「一月前の”混沌開放”その終わりに、天が輝いたのを覚えていますか?」
「ああ、その後から月を見ることがなくなったが・・・」
 月が姿を消したことでみな不安になったが、レイルズは何とかみなを抑えることが出来た。一月もしたいまでは、みな慣れてしまっている。
「あの後、神獣達はクリスタニの外に目を向けました。そこで新たなる世界を見つけたといいます」
「新たな世界?」
「はい、それがどの様な物かを知るために、神獣は自分の部族に命を下しました。
 ”混沌開放”の騒ぎが収まるまで、他の部族との抗争の禁止。そして外の世界に何があるのかを調べよと言うものでした。
 ですが、このクリスタニアから外に出る術を持つのは、ダナーンだけですので私が神獣の民を代表して来たのです。」
 レイルズはしばらくの沈黙の後、答えた。
「それなら、協力しないわけには行かないな。だが、今のダナーンは”混沌”のせいで痛めつけられている。
 弱みに漬け込むようだが、食料や、獣の牙の援助を頼むわけには行かないだろうか?」
「そんなにひどいのかい?」
 ナーセルの問いに、苦い表情でうなずく。本来ならば言いたくなかったこと、それでも国王としては言わねばならなかった。ダナーンだけではもう限界なのだから。
 現在のダナーンの状態を聞いたナーセルとマリスは、そろって不思議そうな表情を浮かべる。
「クリスタニアでは、ここまでの事態は起きていないよ」
「フィンガル地方では混沌の被害が出ていますが、他のところではほとんどないのが現状です。
 おそらく、開放されるのも時期があるので、これから徐々に出てくると思っていたのですが・・・」
「そういうことなら、獣の牙を説得するのも大丈夫だろう」
 うなずくナーセルを見て、もう一人の人物が声を掛ける。
「さて、神獣の民はそれでいいとして、だ。もう一つ問題があるはずだろ」
「ベルディアのことだね」
 バッソーの問いかけに、即座にナーセルが答える。
 ベルディアはレイルズたちと同じく”開放された島”より海を越えてきた”暗黒の民”と神王バルバスに従う”猛虎の民”という強力な二つの勢力があり、クリスタニア本土の征服を目指した戦争を百年前より繰り返している。
 だが、この二つの勢力は現在極めて険悪であり、そのため本土への出兵すら見合わせていたのだが、いずれ侵攻は再開される物とレイルズ達は考えていた。そのベルディアが不可侵条約を申し込んでくるとは・・・

「私も驚きました。ダナーンに行く途中に立ち寄った”獣の牙”に使者として彼が訪れたのです。
 しかも他の主だった部族や、”獣の牙”の砦にも他の使者が訪れているようです」
「では、ベルディアは本当に一つにまとまったのか」
 マリスの言葉を聞いて考え込むようにレイルズが言う。
「あの国がそう簡単にまとまるとは思えねんだが、な」
「簡単ではあるまい、だがそれを成し得るモノを私達は知ってるのではないかね」
 それは、みな努めて考えまいとしていることだった。虎の肉体から”暗黒の民”の”漂流王”に宿りなおした一柱の神、神王を名乗るバルバス。それが復活したのだろうか?

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 どうもkiraです。「周期を求めて」第一話をお届けします。
 いやー書いてみると難しいこと、それに現クリスタニアには帆船以外、外に出る手段はないし、ダナーンしか帆船は持ってない。
 思わず飛行船とか欲しくなりましたね。
 さて、神獣の命令で何とか他の世界に行くきっかけはつかめたけれど、これからどうなることか。
 がんばっていきますので、出来れば読んでくださいな。