エルフを狩るモノたち 第2話 その3.
 X06Y05・フォーセリア世界アレクラスト大陸東岸。

 時間的に少し前に戻る。
 沈みかけた帆船で戦闘が行われる少し前、ガレー船の内部では。

<アリシアン・サイド>
 周り中から汗くさい匂いが漂ってくる。仕方があるまい、ここはガレー船の動力源たる奴隷部屋なんだから。
 全身を筋肉に覆われた男達が百人ばかり奴隷頭の合図に従ってオールを漕ぐ、ただそれだけが目的の部屋。
 そこにアタシとユズが捕らえられていた。
 今回の冒険は、まぁ冒険者らしく波瀾に満ちた物であった。実はこんな事、良くある事なのだが本来の予定と違い少し大きなトラブルが発生していた。
 昔の冒険で知り合った「シャドー・ニードル」レアンとその相棒「無用者」ジャール、彼らはとある事件で私達を襲い逆に倒された為にドレックノールの盗賊ギルドから追われる事となった。
 ふたりはアサッシンを足抜けして何処かへ逃亡したはずだったンだけど・・・。
 今回話を聞いたら、シャドー・ニードルの父親はなんとあの盗賊ギルドの長「地下王」ドルコンであったそうだ、それ故に失敗とは言え裏切りは許されなかったのだろう。
 一昨日の夜、アレクラスト大陸南東部にある街でバッタリ会ってしまった私達が、酒を飲み交わしながら近況を語り合い別れた翌日、私達の事を待ちかまえていた「海賊王」アルジャフィンの手下に捕まってしまった。
 この前の冒険でちょっと悶着があったせいなのだけど・・・驚いたのはシャドー・ニードルも一緒に捕まっていた事だ。
 どうやらドレックノールを裏から支配する地下王とその海上貿易を襲った海賊王の利害が衝突し、旧友同士の争いが始まったらしい。
 それで、私達との会話が盗賊ギルドの耳に入り、彼女はそれに巻き込まれてしまった、そう言う訳。
 それで昨日の夜、海賊のアジトにあった牢屋に捕まっていた私とユズとケッチャの女性陣が牢番を籠絡し・・・と言っても見せる真似しただけよ! ・・・見事脱出したんだけど、私は彼女を見捨てられずにユズとふたりで救出に向かった・・・のは良いんだけどね、流石にそこまで甘くなかった様で捕まってしまったって事。
 残りのメンバー、ザボ、ケッチャ、ディーボ、ケインの4人は無事脱出出来たらしいンだけど直ぐに追っ手が掛かった、そうこの船よ、逃げ出した事に対する見せしめと言う事もあるんだろうけど…ここに詰め込まれた私達は慣れない肉体労働にヒイコラ云っていたって訳ね。
 まぁ、隣のユズは見かけが美人の割りに怪力の持ち主だからいいんだけどさ、見た目も中も華奢なハーフエルフのこの私「アリシアン」にはかなりきついって感じなのよね。
 頭がクラクラする様な強烈な汗の匂いと息を吐く暇もない肉体労働で朦朧とした所にドカーンと凄い衝撃が来たのがちょっと前、その次に方向転換して少ししたら物凄い音がして上の階の方でメキメキ音がするわ、突然オールが取られる位激しく揺れるわでもうシッチャカメッチャカ。
 逃げられそうも無いし、これからどうなるんだろう〜…とか思っていたんだけど、事態は思いも掛けないことになって行ったの。

<エルフを狩るモノたち・サイド>
 沈没しかかった帆船から救い出した冒険者達。
 コモンエルフの長であり、世界最高の魔術士でもあるセルシアが掛けた通訳の魔法によって意思の疎通が図られる事になった。
 彼らの使っている言語は共通語、西方語、東方語、古代魔法王国語、諸亜人語と分かれている事が判明したために旅人達が良く使用している言葉である共通語をベースにする事にした。
 また服装の方だが、基本的にエルフ陣は元の世界でもファンタジィな格好をしていた為に違和感が無かったが、日本陣が着ていた服装が違和感を醸し出していた。
 中でも愛理の様なスラッとしたスーツ姿の女性と言うのはこの世界では珍しいのか、サボなどは熱心に彼女の事に魅入ってしまった為、ケッチャから蹴りを食らっていた。
 そんな愛理が代表して質問をしようとした時、淳平が口を開いた。

「お前達にひとつ聞いて置きたい事がある!」

 淳平は格闘家として恵まれたたくましい体格であり、筋骨隆々としている。
 その為、初対面の相手に与える威圧感は強い。
 しかもその実力は計り知れないと来れば彼らが何の目的でここに来たのか、下手をすると世界の根幹に関わるような重大な事をしにきたのでは…と邪推すら出来た。
 そんな淳平が深刻そうな顔をして如何にも重大な案件だとばかりに口を開いたのだ、彼らの方もどんな質問が来るのか身構えてしまったのも仕方が無いところである。

「お前達の世界には…」

 淳平が重々しく口を開き、質問を放とうとしている。
 ごくり、と唾を飲み込んだのは誰だったろうか。
 激しい緊張感がみなぎっていた……のはここまでだった。

「カレーライスはあるのか?」
「「「「……………………は?」」」」

 彼らは口々に間の抜けた声を発してしまった。

「だから、カレーライスがあるのかって聞いてるんだ!」
「kareiraisu?」

 思わずオウム返しに聞いてしまったケインに淳平は得意そうな顔で続けた。

「そうだ! 至高の味、究極の味! 様々なスパイスが醸しだす最高の料理、それがカレーだあああっ!」

 ドゲシッッ!!
 鈍い音がして淳平の側頭部に鋭い蹴りが叩き込まれた。

「グハァ、見事な蹴りだ律子」
「バカッ、違うでしょ! 何くだらない事喋ってんのよ」
「くだらないだと? 俺が最後にカレーを食ってからどれぐらい経ってると思うんだ。セルシアの世界じゃ「ガリーライス」だの「ウコンライス」だの偽物ばかり。思い立って自作してみれば黄色いコカトリスになっちまう。俺はもうカレーが食いたくて食いたくてたまら〜ん!」

 ガスッ!
 突然錯乱したようになった淳平の後頭部に再度律子の怒りの蹴りが飛んだ。
 蹴りを食らった頭から煙を立ち昇らせた淳平はピクリとも動かない。

「まったく…仕方ないわね。私だって早く帰ってWORLD GUNSの最新刊が読みたいのを我慢しているって言うのに」
「あのぉ……」

 荒く息をつく律子に戦士ザボが恐る恐ると言った感じで声を掛けた。
 ザボとて歴戦の勇士であるが、流石に脅威の格闘家を一撃でのしてしまう女傑に声を掛けるのは勇気がいる事であった。
 彼の周りにいる女性陣も…律子に劣るとは思えないが、それだけに彼の行動は慎重だった。

「あ、すみません、変な所見せちゃって。えーと、質問があるんですけど」
「ハイ、何なりとどうぞ!」
「(何緊張してるんだろう)この世界にはエルフがいるんですよね?」
「ええ」

 ザボは未だに気絶しているケインの方を見た。

「冒険者の中にもエルフは多いですよ」
「よかった、それであなたのパーティーにエルフの女の方はいますか?」
「え? ええ、半分は」
「? 居るなら良いんです。はは、エルフの人が居るなら救出も張りきらなくちゃ」
「あ、手伝ってくれるんですか?」
「勿論です、無事助け出さなくちゃ意味がありませんから」
「はぁ、助かります」

 ザボは律子に手を差し伸べた。

「ボクの名前はザボ・ン。戦士です」
「ザボンさん」

 何かを堪えるように律子は口の端を噛み締めた。

「はい、で、こちらのドワーフ神官がディーボ・レンワン」
「よろしく頼む」

 ディーボがそのごつい手を差し出した。律子は口が歪んで来るのを必死で堪えながら握手を返す。

「こちらこそ、ボ…じゃなくてディーボ・ワンレンさん」
「レンワンじゃ」
「あっ、御免なさい・・・くっ」

 別に良いがな、と気にした風も無く彼は下がる。

「で、あそこで気絶して居るのが精霊使いのケインで、こっちのお嬢様が魔法使いのケッチャ」
「ケッチャで〜す。よろしく!」
「よろしく、ケチャ」
「ケッチャ!」
「あれぇ、翻訳がずれてるのかな? 御免なさい。ククッ・・・ あ、愛理さん・・・お願いします・・・もう・・・限界・・・くくっ・・・ちょっと失礼」

 そう言うと律子は愛理にその場を任せると船の中へと姿を消した。…直後に何か吹き出すような声が聞こえたが。
 さて、日本人限定で襲いかかった言葉のツボにも終始冷静であった愛理が聞かなければならない事を質問した。

「気付いてると思うけど、私達は外の世界から来たの」

 ザボは大人の女、と云う雰囲気を漂わせている愛理に緊張しながらも言葉を返す。

「あ、ええ。ここの所、そう言う噂が流れてましたから。知っています。外から来た人に会うのは初めてですけど」
「話が早くて助かるわ。それで私達ロードス島っていう島に行きたいんだけど、知ってる?」
「呪われし島ロードス! あんな所に用事があるんですか!?」
「ええ、私達が会いたいと思っているエルフが居るのよ。良かったらどちらの方向にあるかおしえてもらいたかったんだけど。船乗りじゃないと分からないか」
「そうですね、残念ながら。でも、あちらの船に乗っている海賊達なら知っているんじゃないかなと思いますけど」
「・・・それもそうね。では、人質奪還には私達も手を貸します。皆も良いわね」

 愛理が確認すると背後で見守っていたモノたちも当然の事とばかりに肯いた。
 先程、律子も助けるとは言っていたが、愛理とは役者が違う、それまで不安げにしていた冒険者達も安堵の溜め息をついた。

「はい、助かります。え〜と、」
「愛理、小宮山愛理よ」
「よろしくアイリさん」

 ザボは顔を赤らめながら愛理が差し出した手を握り返した。
 当然その背後にいるケッチャの頬がプクッと膨らんでゆくのだが。

 さて、海賊船を逆に襲うという話に総意が決まった所で魔法の帆船「華麗なるコモンエルフの長にして、史上最強の攻撃魔法力を示した最高の魔術師たる聖なる淑女セルシア・マリクレール号」は海賊船に向けて増速を開始した。
 因みにこの船の名前だが長ったらしいと不評であり、更に口の悪い淳平とレベッカに云わせると「自信過剰」「自己陶酔の権化」「美化120パーセント」「嘘吐き」と思い切り不評であった。
 と言う訳で淳平の主張により最初の3文字以外を省略し、通称「カレー号」で通される事になっている。
 当然一悶着あったが、省略しても構わないだろう。
 気絶していたケイン、そして淳平を叩き起こすと全員緊張の面持ちで近付いてくるガレー船を眺めていた。 ただひとりセルシアだけ涼しい顔をしていたが。
 律子はそれが何故なのか不思議に思っていたが海賊船が近付いて、その様子が詳細に見えるようになった所でその理由が分かった。
 甲板上では解放された奴隷達が開放感と共に雄叫びを挙げていた。その中に紛れ込んでいたユズとアリシアもこちらの船に自分達の仲間の姿を確認したのか激しく手を振り回して喜びを顕わにしていた。

「セルシアさん、どうして分かったの?」

 律子が聞くとセルシアは自慢気な顔で答えを教えた。

「んふふ〜♪ 実はね〜、ホラさっきすれ違った時に私が魔法を使っていたの気付いてた?」
「ん〜、あっそう言えば」
「実はね、あの時奴隷船の中にラストモンスターを数匹召喚しておいたのよ」
「ラストモンスター? 最後の怪物?」
「じゃなくて錆の怪物よ。鉄を腐食させてその錆を食べちゃうって言う特殊なモンスターなんだけど。奴隷部屋の中にそれを放したらどうなると思う?」
「どうって・・・鉄を食べるでしょうね」
「そう、でも、海の上を行く船だからそんなに鉄はない・・・けど、奴隷を拘束する為の足輪は何で出来ているでしょう?」
「あっ!? 鉄?」
「ピンポーン! 大正解。つまり、捕まって奴隷にされていた人達が開放されたら、当然反撃するでしょう? で、一緒に青銅の剣も用意しておいたって訳。ラストモンスターは鉄しか食べないからね。どう? 私の頭脳プレイは?」
「セルシアさん凄っごーい。尊敬しちゃう」
「ほーっほっほ、当然よ」

 得意満面。
 いつもドジばかりが目立っているから、もうその勢いは止まらない。
 だから少し注意散漫になってしまったのも宜為るかな、と言った所なのだが・・・やはりドジに繋がるのだ、この行為が。
 既に脅威が無くなった為、カレー号はガレー船に接舷した。
 ザボがガレー船に乗り込んで反乱の首謀者と思しき人物に事情を説明すると歓声が上がった。
 彼らは海賊達の隙を突き、海賊共を襲撃し降参した者以外は倒していた。
 何しろ食糧、衛生事情は最低とは言え、毎日肉体労働であった為に筋肉隆々の体格の持ち主ばかりである。 その圧倒的なマッスルパワーにて海賊は一掃されていた。
 ザボがその人物と話をしているとアリシアンは牢屋・・・一応人質の扱いをされていた・・・から連れ出してきたシャドー・ニードルとジャールと話をしていた。
 彼女とユズはしきりに肯いていた、それで話を聞き終わると首謀者と話をしていたザボに話し掛けた。
 ザボはアリシアンの話を聞くと少し驚いたが成る程とばかりに大きく肯いた。
 そして海賊を連れてこさせ何かを質問をしている。それが済むと彼は4人を引き連れカレー号に戻ってきた。

「お待たせしました、海賊に聞いた所ロードス島に行くには・・・っと」

 そう言いながら彼は腰の袋から先程貰ったばかりの海図を取り出し、舵輪の近くの張り出しに広げて見せた。

「現在この船がいる場所がここ、アレクラスト大陸の東海岸のここら辺だそうです。ですから針路を南に取ってからこの海域を回避しつつ西に向かうと安全だそうです」

 航法担当のレベッカと船長を自認しているセルシアは頻りに肯いていた。
 そしてすっかり情報を教えられたセルシアはザボに礼を言った。

「ありがとうザボ、これで安全にロードスへ渡れるわ。どうもありがとう」
「いえ、構いませんよ、・・・でひとつお願いがあるんですが・・・」
「? なにかしら」
「ええ、実は彼女」と言いつつ近くに立っていたシャドー・ニードルを指し示した。「元暗殺者で、今は組織を抜けたんですけど、今度の事で組織に知られた可能性が高いんです。今組織の手が届かない場所と言ったらそれほど無いですからロードスへ行こうかと言う話になりまして」
「あらそう」
「便乗しても良いですか?」
「そう言う事なら、構わないわよ。ふたり位なら充分に余裕有るし」
「あ! 出来ればボク達も便乗したいんですけど」
「へっ!? 組織に狙われてるの?」
「まぁ、あの海賊船は近くにある港に帰ると言う話なんですけど、この前のミッションで港を支配している盗賊ギルドと一悶着ありまして。ちょっと・・・そうすると彼女がロードスに逃げたのもばれてしまう可能性があるものですから。向こうに行ったら大陸行きの定期船に乗って帰ってきますから」
「それじゃ仕方ないわね、ヨロシクね」
「こちらこそ」

 ふたりはガッチリと握手した。
 ここで終わればハッピーエンドだったのだが・・・。

「キャーッッ!!」

 突然女性の悲鳴が響いてきた。




 少し時間を戻す。
 ユズとアリシアンは仲間の元へ戻れた事に感謝していた。
 ほぼ腐れ縁だが、大切な仲間達だ。いつかはパーティーも解散するだろうが、今はまだその時期ではないと皆も考えていた。
 待っていたケッチャとアリシアン、ユズは手を繋ぎ合って喜びに飛び跳ねていた。
 そこに淳平がズイッとばかりに顔を出した。
 彼を見たアリシアンとユズは思わずたじろいでしまう。

「この人は?」

 ユズがケッチャに訊くとケッチャは答えた。

「この船の持ち主の中までジュンペーだったかな? 素手で戦う戦士よ」
「へー? 珍しいわね、強いの?」
「物凄く!」

 ケッチャはオーバーアクションで大きく手を振り回しながら戦いの状況を説明して見せた。
 それ、「本当かな?」と半信半疑ながらアリシアンは肯いていた。
 なにしろケッチャの説明が本当ならば、この大男はシーフであるアリシアンよりも敏捷と言う事になってしまうではないか。
 シーフたる自分の敏捷度を誇っていたアリシアンは流石にそれはないわよね、と高を括った。

「お前、エルフだな?」
「へ? ええまあ、半分は」
「うむ、オレ達は異世界から来たと言ったんだが、本当はそこもオレ達3人にとっては異世界だったんだ」
「はぁ、そうなの」
「うむ、そこでオレ達は元の世界に戻るべく呪文のカケラを探していたんだが・・・この騒動でその呪文のカケラが他の世界にまで飛び散っちまったんだな」
「ふぅ〜ん、大変ね」
「ああ、だからオレ達は呪文のカケラを求めてこうして旅を続けている訳だ」
「なるほど」
「と、言うワケでだ・・・」
「 ? 」

 それまで饒舌だった淳平が突然静かになった。
 じっと力を溜めているみたいだったが、次の瞬間、アリシアンでさえも反応する間もないほど素早く淳平は動いた。

「エルフは脱がーすっ!!」

 スポーン! 地肌の上に直接ソフトレザーアーマーを着ていたアリシアンは一瞬にしてスッポンポンのポンである。
 白い肌が眩しい光景であった。