エルフを狩るモノたちプラス第2話 その 2

「これで良しと」

 満足そうに肯いたセルシアを見て淳平は疑問を隠そうともしなかった。

「おいセルシア、今何をしたんだ? 見た所、全然効果無かったみたいだけどよ」
「ちょっと淳平、私が見た通りそのままのゴージャスなエルフだといっても」
「言ってないって」
「…エルフだと言っても! 魔法ってのはね、何でも力任せに事を運ぶわけじゃないのよ。見てなさい、その内に変化があるから」
「ほぉ〜」
「くっ…、それよりも、今は目の前で沈没し掛かっている帆船の方が大事でしょうが」
「まあな、取りあえず作戦としては…俺が帆船に乗り込んで海賊どもをぶちのめす!」

 思いっきり力任せな作戦であったが、「いつもの事」なので好意的に受け取られた。
 その発言に釣られるように名乗り出た者が居た。

「だったらアタシも付き合せて貰うぜ」
「あ、私も連れて行って下さい。その家事の方では…負けてますし…役に立ちたいんです」

 ひとりは褐色の肌に毛皮を巻きつけたバーバリアン風のダークエルフ、ガーベラ。
 今ひとりは呪われた魔法の全身鎧と両手に呪われた魔法のブロードソードを持ったエルフ、ミリア。

「なら私も行かなくちゃね、魔法で援護してあげるから安心して良いわよ」
「いいえ、魔法の事ならセルシアじゃなくて、この私が」

 魔法力ではこのチームのナンバー2であるレベッカがそう言うと、思わずセルシアが自分が行くからと主張しようとした。
 だが、レベッカのこの正論に折れた。

「セルシア、アンタはこの船の責任者でしょ」
「グッ」
「まあ、淳平の事は私に任せてよ。私なら呪文のカケラが有ってもちゃんと対処できるしね」

 元々彼女は第一期呪文捜索の旅の際に呪文のカケラを身に受けたセルシアに似た波長を持つエルフである。
 呪文のカケラとは、淳平達を元の世界へと送還する為の呪文が施術が失敗した際に世界へ散らばった物である。
 それらはセルシアと近い波長を持つ世界中のエルフへと飛ばされてしまったのだ。
 それは魔法によってセルシアに転送が可能、逆にセルシアから良く似た波長のエルフに転送も可能。
 つまり彼女ならセルシアと同期している呪文のカケラを身にまとう事が可能なのだ。

「なら、私と律っちゃんはこの船から援護ね」
「ええ!?」

 律子は愛理の思わぬ言葉に驚愕した。

「何でなんですか愛理さん?! アタシだって」
「狭い船上で銃は不利でしょ? この場は格闘戦に慣れているメンバーの方がいいわ」
「…それはそうですけど」
「ね? 淳平くん?」
「ハイッ! 勿論です愛理さん! この男淳平にドーンと任せてください」
「期待してるわ」
「ムホーッ! イヨッしゃあ! やってやるゼ」

 憧れの愛理に励まされた淳平はまさにハッスル状態、周りにいる女性達は思わず…嫉妬、ヤキモチ、口惜しい…気分に満ちた。

「たぁ〜んじゅん」

 思わず呟く律子の言葉はハッスルしている淳平の耳には上手く入らなかったらしい。

「おっ? 律子何か言ったか?」
「べぇっつにぃ? 頑張ってね」
「おう! 任せとけ律子!」
「あっ、うん、頑張ってね」

 律子は思わず赤面する、何のかの言いながらこの船の女性陣は淳平に対して好意以上の物を抱いているのだが…お約束と言うべきか、完璧にその事に気付いていない淳平である。

 さて、随分とのんびり会議をしているようだが、実際このファンタジィレベルの文明背景ではのんびりとした時間が流れている。特に帆船の戦いなんて風に左右される要素が大きい上に許容範囲が意外と狭い。
 第一に針路は風向きに支配されているし、風が弱ければ動かない上に風が強ければ帆を畳まなければならない。
 まあ、この魔法の帆船の場合はかなりの融通が効くのだが如何せん発想の根底が帆船に限定されている以上、我らの世界の動力船のような動きは期待出来ないのが現状である。
 ソロソロと近付いてくる沈没寸前の帆船、その甲板では未だに海賊との攻防が続いていた。
 エルフを狩るモノたちは難なく接舷する事が出来た。
 まず既に操艦出来る状況では無かった、沈没寸前なのだから。
 海賊達からしても帰るべきガレー船が攻撃を受けて立ち往生している以上、この船を奪えれば望外の利益が得られ御の字である。
 ただし、相手が弱ければの話だ。
 わざわざ近付いてくる以上、その望みは薄い。
 船が接舷すると同時に淳平は帆船に飛び乗った。文字通りの意味である。
 何の鎧も身に付けていない格闘家特有の身軽さで彼はマストのロープから「怪傑ハリマオ」の様に敵のまん前に飛び降りた。
 甲板の上はふたつの陣営に分かれていた、ひとつは前述の通り海賊達10人。そしてもう片方はプレートメイルにブロードソードを構えた戦士、筋肉で丸々とした身体に頑健な鎧を覆った比較的小柄な人影のドワーフ戦士、ピエロの様な服装をしたエルフの男…彼のスキルは今イチ判別出来ないが「遊び人」だろうか、そして華奢な体つきでネコを抱えたお嬢様、以上の冒険者四人である。
 彼らは突然現れた男が今までの行動から「恐らく」味方であろうと判断していたが、信頼するまでには至らないようで警戒の姿勢を崩していない。
 淳平としてもそれは理解できたため、行動で示す事にした。
 彼は拳の骨をボキボキ鳴らして近付いてゆく。
 海賊が乗り込んで来てからの甲板での戦いは、激しく動揺する甲板での相手側の不利を突く形で海賊側が有利に行っていた。
 陸上で戦う事に慣れていた戦士たちは立っている事すらままならず、防戦が精一杯だったのだ。
 だが、ここで登場した格闘家はよりにもよって一ヶ月もの間船上で鍛錬を続けて来ていた。
 よってその動きには微塵も隙が無かった。
 淳平はあっさりとした足捌きで海賊Aを間合いにいれると目にも止まらぬ速さで右足を振り上げカカト落としを食らわせた。
 全く反応すら出来なかった海賊A身体は甲板にバウンドして意識を失った。

「ふっ、これからお前達には空手の奥義を見せてやるぜ」

 淳平がニヤッと笑うと海賊達は一瞬及び腰になったが、元々命を掛けて殺し合いをするのが生業の海賊である。
 直ぐに体勢を立て直すと人質を取るべく同時にお嬢様目掛けて飛びかかった。

「おお! チィッ! 」

 彼は流れるような動きで一瞬の内に三人の海賊を回し蹴りで昏倒させた、だが、距離が離れていた6人は慌てふためくエルフの男と戦士たちに護られたお嬢様に飛びかかった。
 揺れる足元の不利に関わらず、戦士たちはそれぞれひとりの相手をしつつ、もうひとりを牽制した。
 エルフの男は精神的に消耗した顔であったが「精霊への呼び掛け」を叫ぶ、しかしファンブル! 呪文は効果を現さずそのまま気絶した。
 お嬢様が激しい口調で声を掛けている、が、どうも内容的には上等とは言えないようだった。
 ふたりの海賊が筋肉質の腕を伸ばしてくるのにお嬢様風の彼女は口元に手を当てて怖がっている。

「ケッチャッ!! ※*※ **※? *※!!」

 長髪をリボンで結んだ男戦士がお嬢様風の彼女に声を掛けるが、彼も目の前の敵を相手にするだけで手一杯でありお嬢様風の彼女の命運は風前の灯であった、しかし、黒い旋風がその前に立ちはだかった。

「お前の相手はアタイだよ!」

 ダークエルフのガーベラが曲刀を構えて立ちはだかった。

「「DarkELF!!」」

 彼女の姿を見た現地世界の住民達は思わず固まった。
 このフォーセリア世界のダークエルフとは、暗黒神の忠実な僕であり行動の基底から邪悪な者と信じられているからだ。
 そしてその能力は邪神の加護を受けているだけに信仰心の無いノーマルのエルフに勝るとされている。
 強敵を目の当たりにして出来たその隙を突いてもうひとりの援軍が駆けつけた。

「彼女は私が護ります!」

 全身をミスリル銀の鎧で覆った女神のようなエルフの戦士が両手にそれぞれ長剣を構えて攻撃を仕掛ける。
 まるで重さを感じさせない剣はスパスパスパッ! と小気味良い音を立てて海賊の持つ曲刀をみじん切りにした。
 呪われているとは言え、脅威的な切れ味である。
 突然現れた尋常ではない相手に流石の海賊も戦意を失った。
 彼らは仲間内で目配せすると曲刀を放り出し、手を上げた。

「ふ、良い判断だ。よ、あんたら大丈夫だったかい?」

 淳平が気を抜かずに構えを解き、襲われていた者達に声を掛けるが冒険者達はひとつ所に固まり警戒を解いてはいなかった。
 それが言葉が通じていなかったせいなのか、ダークエルフを連れているからなのか分からなかったが。

「やれやれ、言葉が通じないからって言って礼もなしか? ガーベラ、ロープでそいつら縛っといてくれないか」
「ああ、良いよ」

 彼女がロープを取り出すと冒険者達が緊張する。ガーベラは元の世界でも差別を受けて来たがここまで激しく反応されるのは初めてだったので思わず舌打ちをした。
 ロープで海賊を拘束して行くガーベラを見て鎧のエルフ、ミリアが声を掛けた。

「あのガーベラさん私手伝います」
「良いよ、アンタは隙を突いて反撃してこないように牽制していてくれれば」
「そうですか」

 ガーベラはそう言ったが、内心は違った。
 何しろ彼女はその装備に呪われてしまっており両手の剣を離す事が出来ない。
 そんな状態で手伝って貰ったら、無傷の海賊がズタズタになってしまうのが目に見えていたのだ。

「あらら、私の出番はなかったのね」

 ひとり遅れてきたレベッカが残念そうに言った。
 そして冒険者達を値踏みするように見てから呟いた。

「残念、エルフはいなかったみたいね」
「ああっ!?」

 今更気付いたように淳平が声を上げ落胆していた。
 いくら気絶しているエルフが優男とは言え、男と言う事ぐらいは分かった。
 とは言え、戦いの最中にそれで手加減したり手を引く様な事をするような淳平ではなかったが。
 それを見て笑いを浮かべたレベッカは改めて冒険者達を見た。向こうも格闘家の男ひとりにダークエルフの女戦士、エルフの女戦士と女魔法戦士と言う取り合わせにどう判断してよい物か困惑しているようである。

「さて、確か魔法語は通じるんだったわね…※*? **※*? レベッカ、*※*※ ※***」

 彼女が魔法語で問い掛けると冒険者達のひとり、先ほど戦士にケッチャと呼ばれていたお嬢様風の女性が反応した。

『どう? 私の言ってる事が分かるかな? 私の名前はレベッカ、魔法使いよ』
『あ、言葉が通じた』
『ふむ、どうやらこの言葉が分かるのはアナタだけみたいね』

 レベッカが声を掛けてもきちんと反応したのはケッチャと言う少女だけであった。

『取りあえず私達の船に移らない? この船沈んじゃいそうだし』
『えーと』

 どうし様かと逡巡した彼女はリボンの戦士に相談した。
 彼は邪悪なダークエルフである(筈の)ガーベラが非常に気にはなっていたが、この洋上で彼が生き残れる確率は非常に低い。
 仕方ないとばかりに肯いた。
 この点、助けた冒険者が彼らであったのは大変な僥倖であった。
 彼らは以前の冒険で関わったある砦での出来事で、凶悪なモンスターもその凶暴で邪悪な性質は育ちによる物であると確信していた、ならばと言う訳である。

『うん、じゃあお願いするね。私の名はケッチャ、で、この人がザボ、このドワーフがディーボで、気絶しているのがケインね。本当はあとふたりいるんだけど、向こうの海賊船に掴まっているのよね』
『あら、大変じゃない。で、この船の船員達は? まさか…』
『ううん、昨日敵のアジトから逃げ出す時に使ったんだけど、ほとんど漂流しているだけだったのよね。だから他には誰もいないよ』
『そうなんだ、そろそろこの船も沈むわね。そこの海賊達も連れてくけど、いいよね』

 いいよね、と言われてイヤと言える人も少ないが、ケッチャは肯きスタスタと歩き始めた。
 釣られてザボとディーボも歩いてゆくが、ケッチャが一言言うと海賊の身柄を拘束するのを手伝い始めた。

 数分後、完全に乗り移ると穴の空いた帆船は盛大に空気を噴出させながら水底深く沈んで行った。
 その様子を眺めている冒険者達の後ろでエルフを狩るモノたちは相談をしていた。

「彼らの仲間があの海賊船に掴まっているんだってさ」
「えー? こっちの船と違って向こうには船員が一杯いそうだし。難しいんじゃない? どうかなセルシアさん」
「そうね…ぜひ手助けして上げたいわ。この世界の事も知りたいしね、で、言葉は魔法語だけ?」
「そうよ。違う世界だもの、魔法語が通じるだけでも御の字だと思うけど? 」
「ふっふーん? しょせんレベッカよね〜、当分この私には及ばないわね」
「なによ、それじゃセルシアなら何とか出来るって訳?」
「日本から来た淳平達と何で会話が出来ると思っているわけ?」
「ハッ…チッ、そっち系統の魔法はアンタの得意な分野だったからでしょ、私だって戦闘呪文だったら負けてないわよ」
「ほーっほっほっほ、負け犬の遠吠ね。それに第一、戦いの仕方ならレベッカにだって負けていないわよ。現に海賊船の方だってそろそろよ」
「そろそろ?」

 彼らは少し離れた海域にいるガレー船を凝視した。