エルフを狩るモノたちプラス 第2話 その1
世界と世界の間を繋ぐ大海洋。
普通の帆船で一ヶ月掛かる広がりは魔法の帆船でも長く退屈な旅となった。
「エル狩り」世界の港を出帆してから既に三週間、船の中央にミケ、つまり74式MBTを積んだエルフを狩るモノ達一行は島影ひとつ無い海原を一直線にフォーセリア世界へと突き進んでいた。これもひとえにアネットの持って来たエルブンセンサーのお影である。
これが無ければどこへ向かえば良い物やらテンで検討も付かなかった事だろう。
さて、現在彼らが向かっているフォーセリア世界には三つの大陸とひとつの大きな島が確認されている。
アレクラスト大陸、混沌の大地、クリスタニア大陸、そしてロードス島。
それらは基本的に同じ世界の物であったが、やって来た時代がそれぞれ異なるようであった。
・・・そうでなければ時空融合から一ヶ月余りしか経っていない今、クリスタニア大陸で混沌が開放された直後だと言うのにロードス島に自由騎士パーンが健在である説明が出来ない。
そう、彼らエルフを狩るモノたち一行が向かっているロードス島は暗黒の島マーモが開放され、アシュラムが新天地を目指して当ての無い船旅に就いてから僅かな期間しか過ぎていないのだ。
ロードス中の戦士達が力を合わせた闘いの余韻が漂う今この時、災悪の元と言えるエルフを狩るモノたちが向かう事にどのような意味が有るのか。
或いは無いのか。
格闘技を極めた男、淳平は退屈していた。
只でさえ身体を動かすのが習慣付いている格闘家と言う人種である、三週間もの間同じ船の上で、食う→寝る→食う→鍛錬する→食う→寝る→食う→寝る→食う→鍛錬する→食う→寝る→(繰り返し)を続けたのだ、もう居ても立っても居られないとばかりに20メートルはあるマストに駆け登り水平線の彼方を睨みつけたかと思えば、次の瞬間には甲板の上でダークエルフのガーベラと組み手をする等と世話しなく動き続けていた。
そしてある日の昼時の事。
「あれ? 淳平は? セルシアさん見てない?」
上甲板に繋がる戸口からポニーテイルの女学生が顔を出し、そこでのんびりしていたエルフの女魔法使いに声を掛けた。
「あら律っちゃん、淳平だったらホラ」
彼女が上を向くと、その視線の先にはマストのてっぺんに立っている居丈夫の姿があった。
「まぁた、飽きもしないであんな所に登って。仕方ないわね」
「まぁ、何とかと煙は高い所が好きだって言うしね」
そう言いながらセルシアは肩をすくめ、釣られて律子も苦笑をこぼす。
だが、次の瞬間頭上から大きな声が浴びせられセルシアは「あちゃー」とばかりに顔をしかめた。
「セルシアーッ!!」
やれやれとばかりにセルシアは上を向いて返事を返した。
「何よー、今の聞こえた訳ぇ!?」
「なにワケの分からない事言ってんだセルシア! フネだ船! 遠くに船が見えんだよ!」
その言葉に律子とセルシアは思わず顔を見合わせた。
なにしろこの航海中、島影どころか鳥1羽すら見掛けなかったのだ。突然、しかも人間の作り出した文明の産物が居る、等といわれても実感が沸かなかったのだ…が、その意味が頭に染み通ると律子は歓声を上げた。
「ヤッホーッ!! 本当!? 本当に船なの!」
「あ、ああ…帆を張った船と…エラく背の低いオールが沢山付いた船が見えるぞ」
淳平がそう答えると律子は嬉しさの余り声を上げながら船室へと駆けて行った。
それをマストの上から眺めていた淳平は微笑しげな顔をして見送った、彼とて歓声を上げたくなる所だったからだ。彼女の気持ちは良く分かった。
だが、律子とは反対に、妙に深刻そうな顔をして考え込んで居るセルシアの様子を見た淳平はスルスルとマストを下って彼女の側に降り立った。
「どうしたんだセルシア、柄にも無い事しても似合わないぞ」
つい習慣でセルシアにからかいの声を掛ける淳平だったが、彼女の真剣な眼差しに圧された。
「ねえ淳平、オールが沢山付いた船って言ったわよね」
「お、おう。えーとだなぁ、へさきが妙に尖っていたぜ。あんなのに衝突されたら大変な事に…」
「だって、その為に付いているんだもの、衝角って。まずいわね、多分海賊船よ、それ」
「なにっ!?」
思いも寄らぬセルシアのセリフに淳平は正直驚き、そして慌てふためいた。
「おいっ!? 海賊船だって!?」
「ええ」
「冗談じゃない! 今すぐ助けなくちゃ」
「待って淳平!」
その鋭い声に、走り出し掛けていた淳平は思わず脚を止めた。
「もしも海賊船じゃなかったら…、ううん、海賊船だったとしても迂闊に手を出すのは…」
「…どう言う事だ…」
明らかに何か考えて居るセルシアに淳平は疑問を投げ掛けた。
「あの形式の船はガレー船て言ってね、船内に大量の奴隷を詰め込んで動力源にして居るの。帆船と違って風に左右されないし、海賊行為を働くにはもってこいの船なんだけど…それだけに政治勢力と結びついている私掠船の可能性が高いわ。下手するとモノホンの軍隊かも…もしも地元勢力と敵対してしまったら、近くにある大陸に上り…」
「おい、セルシア!」
自動自爆装置みたいな性格のセルシアであったが、流石にコモンエルフの長、今後の行動の事を考えた上での言葉だったがそれを淳平はあっさりと遮った。
「俺達は何だ!」
「…悪名高き<エルフを狩るモノたち>、ね」
「そうだ! もしもあの襲われそうな船に呪文のカケラを持つエルフが乗っていたらどうする?! むざむざ目の前で死なれてたまるかよ。そうならない様にした上で、俺達がエルフを脱がーすっ!」
堂々と宣言した淳平に色々と思考を巡らせていたセルシアも吹っ切れたのか、ニヤリと笑うと彼の意見に賛同した。
「それもそうね。いっちょバーンと行きましょうかぁ!」
「おう、空手の奥義を海賊どもに教育してやるぜ!」
淳平は決め台詞と一緒に左右の拳を打ち合わせた。
「アタシだって負けちゃいないわよ、コモンエルフ最高の召喚術士の真髄を目に物見せてくれるわ」
ゴゴゴゴゴと音を立てるような勢いで、気迫と魔力を込めたセルシアも魔法の構えを取った。
仲間に船の存在を知らせて彼女達と甲板に舞い戻った律子が姿を現すと、妙に気合の入ったふたりが同時に大声で問いかけて来た。
「律子(律っちゃん)、ミケは使える(?)か?」」
妙に息の合ったふたりに対してピキッ、と何かがヒビ割れる音がした様だが、律子は怪訝な顔で問い返した。
「ミケって、一体どうしたの? 船が居たんでしょ? 早く接触しましょうよ」
「残念ながら、穏やかには行きそうもないんでな。海賊だ」
「…あの帆船が?」
既に裸眼で目視出来る距離まで近付いていた純白の帆を張った立派な外洋船を指差す律子、その後ろから愛理、そしてガーベラ、ミリア、フィーナ、レベッカが現れて律子が指差した船を見た、どの顔も久し振りに見た文明の産物に興味津々であったが何かトラブルの元のようだと知って揃って顔をしかめた。その理由によって彩られた感情は平静、悲しみ、迷惑、喜びとバラバラであったが。
律子の問いに対して淳平は首を振ってそれを否定した。
「いいや、その隣に居るゲジゲジみたいな船の方だ」
「ゲジゲジ? あっ、本当。ラムの付いたガレー船がいる…ん〜」
律子は目を細めると遠くに見えるガレー船を凝視し始めた。
「はい律っちゃん望遠鏡。目、悪くしちゃうわよ」
「あ、ありがとうセルシアさん」
彼女は受け取った望遠鏡に拡大された映像を食い入るように観察した。
「ん〜…確か…に、海賊船ね。ご丁寧に船尾にジョリー・ロジャーの旗を立ててるし」
律子の指摘に淳平達が船尾を見ると黒地に白く染め上げたドクロのマークが描かれた、いわゆる海賊旗が掲げられていた。
「ミケで砲撃しちゃって良いの? 一撃で沈んじゃうわよ、木造船なんて」
律子が再度確認するとセルシアは困ったように肯く。
「ん〜、そう言えばそうね。そうなったらガレー船の乗組員はともかく、オール掻きの人達は全滅しちゃうわね」
「おい、どう言う事だ?」
「さっきも言った通り、ガレー船の櫂を漕いでいるのは奴隷として連れて来られた人の場合が多いんだけど、逃げられないように鎖で縛られている場合が多いのよ。つまり船が沈めば」
「一緒に沈んじまうって事か。……なあセルシア、その鎖を外す事って出来ないのか?」
「淳平、アタシを甘く見るんじゃないわよ…こう云う場合は…あれを呼び出せば…大丈夫よ、私にどーんと任せなさい! ホホホホホ」
「(…ちょっと不安かも…)じゃまあとにかく射程内に入ったら至近弾を浴びせて驚かせてやるわ」
「うむ、そしてこの淳平様が敵に乗り込んで一網打尽と云う訳だな。行くぞ!」
「OK!」
その時、一人冷静に未知なる船を観察していた愛理が告げた。
「そうは問屋が卸さないって所みたい。海賊船が帆船に突撃して行ったわ」
「ええ?!」
慌てて全員が舷側によってそちらを見ると、急にオールを漕ぐスピードが早くなりガレー船が帆船に突撃を開始していた。
「あっあっあ、ぶつかっちゃう!」
全員が見守る中ガレー船はスルスルと海面を滑るように走り出し、急速にその距離を縮めたかと思うと10キロ近く離れていると云うのに「ドーン」と云う響きが聞こえそうなほど勢い良く帆船の舷側に突入したのだ。
下から突き上げるような形で帆船の喫水線下にガレー船の衝角がメリ込んでいた。
それと同時にガレー船から鉤爪の付いた綱が帆船に投げ掛けられ、それを伝って数人の如何にも海賊と云う格好をした男達が帆船の甲板に曲刀を掲げて帆船に乗り込んだ。
途端に船上で戦闘の閃光、ライトニングの呪文が炸裂しているのが見えた。
「いけない! レベッカ急いで近付けて」
セルシアは舵輪を握っているレベッカに命令を下すが、レベッカは以前からの対抗心からか叫び返す。
「もうやってるわよ! わざわざ命令しないで、トロ臭いわね」
「なんですってぇ!」
「まぁまぁセルシアさん、落ちついて。ね?」
思わず喧嘩腰になるセルシアをなだめて律子はさりげなく提案する。
「でも、もう少し風があれば早くつけるのに、残念ね」
律子の言葉にセルシアの眼が光る。
「そう云う事ならこの私に任せて。レベッカなんかとは雲泥の差を持つこの私の魔法をごらんなさい。天地の狭間にたゆたう大気の精霊よ、迅く来たりて我と我の船を推し進め賜え! 疾風!」
膨大な魔力を誇るセルシアの呼び掛けに従い、風の精霊達が魔法の帆船の帆を満帆に膨れ上がらせた。
すると帆船としては破格の20ノットオーバーのスピードで魔法の帆船は突撃を開始した。
それに気付いたのか、ガレー船は衝角を帆船から引き抜くとヘ先をこちらへと向けた。
「ほほう、良い度胸だ。律子、ミケは使えるのか?」
「んー、ちょっと角度が悪いかな。距離がもう少し近付けば大丈夫だけど」
「なら、撃つ時には言ってくれよ」
「良いわよ。さぁ〜ミケ、あそこの船が見えるでしょ、あれの左側少し離れた所を狙ってね」
『ニャ〜!』
律子が74式戦車に語り掛けると、化け猫憑きの丸みを帯びた砲塔が鳴き声で答え旋回を始めた。
既に2キロメートルに近付いてきていたガレー船にピタリと照準合わせたかと思うと『ニャ〜!!』と声を上げて主砲を撃ち放った。
みるみる内に鈍い光りを放ちながらライフル砲弾はガレー船に近付いてゆき、左舷の海面に叩きつけられたかと思うと水中で爆発した。
突然の海中衝撃波によりそれまで規則正しく漕がれて来た櫂の動きが目茶苦茶に乱れ、途端に船脚が鈍った。
「今の内だ! 行けぇ」
レベッカは淳平の声に答えてガレー船から少し離れた所をすり抜けて行くが、船上に配置された大型の弓「バリスタ」や海賊達が構えたボウガンの矢が唸りを上げて殺到して来た。
魔法で処理し、多少頑丈になっているとは言えやはり木造である事に変わりは無く、小気味良いくらいの音を立てて船体に矢は突き刺さる。
ただし、船体の低いガレー船からの攻撃であったので甲板に伏せていた彼らに直接類を及ぼす物ではなかった。
だが、それが腹立たしい事は間違いない。責任者を自認しているセルシアの眼は怒りに燃えた。
「律っちゃん、援護して」
「分かったわ、セルシアさん」
そう言うと彼女はミケの車長ハッチに搭載されている機関銃に取りつくと、ガレー船の上部構造物に向かって連射した。
鉄の塊は音のスピードでガレー船のマスト等の突起物に突き刺さるとそれの表面が弾けて砕けた。
海賊は轟音を響かせて自分達に向かってくる未知の攻撃に「獲物」が知らない魔法を使って来たと思い、思わず甲板にひれ伏した。
その隙を突き、セルシアはとある魔法生物を数匹ガレー船の動力室、つまり奴隷部屋に召喚したのである。
そうこうしている内にすれ違った二隻は急速に距離を離していった。
その2に続く。
<アイングラッドの後書き>
ほぼ一年ぶりのお待たせとなってしまいました。しかも超えてるし。
とうとう彼らは大海洋の波頭を乗り越えフォーセリア世界にまでやって来てしまいました。
はてさてどうなる事やら。
次回お楽しみに。