作者: アイングラッド
第二十三話 7/2 十八時以降 魔法騎士達のパート
異世界セフィーロ。
かの異世界でエメロード姫の心の叫びにより呼び出された3人の少女達。
それぞれが別の学校に通う彼女たちは、偶然に修学旅行で東京タワーへと来ていた只の女子中学生だった。
その3人、獅堂光、鳳凰寺風、龍咲海の3人は唐突に見知らぬ世界にて魔法騎士として呼び出され、さんざんな苦労の末にこの世界へと帰還したのだ。
ただ、彼女たちの運命を変える間違い、たったひとつ違っていたのは、「還ってきた」のが、この世界だったと云う事だけだ。
「こんなのってないよぉーっ!!」
赤い髪の少女、獅堂光は慟哭した。
かの世界で使命を果たした魔法騎士達は、世界最高の魔法使いである導師クレフにより異世界セフィーロから東京タワー展望台へと送り返されてきた。
エメロード姫の悲しすぎる願いを叶えざるを得なかった魔法騎士達は、自らのパートナーであるレイアース達と別れ、気が付いたら出発の地、東京タワー大展望台にしっかりと抱き合いながら立っていた。
後悔する事ばかりだった、自分たちはあの世界では受動的に流されて、受け取った情報に従い自分たち「魔法騎士」としての役割を果たした。
つまり自分たちの召還者である「柱」エメロード姫を「柱」ではなくしてしまう事、即ち姫の命を絶つ事、それを果たしてしまう事になったのだ、エメロード姫の願いのままに。
本当にあれしか解決法はなかったのか、悲しみに包まれながら涙を流す3人であったが、辺りが異様に静かなことに気付いた。
魔法騎士達が異世界セフィーロへと飛ばされた時、社会科見学として東京タワーに訪れていたのだ。
当然の事ながら彼女たちの周りには三校分の生徒がおり、元の世界、元の時間へと戻った筈ならば同級生達が見学して騒がしい大展望台である筈だった、しかし、級友達の姿はその場に存在していなかったのだ。
更に気を付けて見回すと東京タワーの大展望台は、彼女たち以外、完全に無人であった。
シンと静まりかえった屋内には、僅かに非常灯とエレベーターの電源が確認できるだけである。
導師クレフは元の場所、元の時間に戻してくれたはずだった。
だがそれならば多くの観光客の姿があって然るべき。
導師クレフが間違ったのか?
だが、あれほどの手練れが間違いなど犯すだろうか。
長いストレートの髪をした青い制服の少女、竜咲海が不安げに言葉を零す。
「停電かしら・・・?」
「ううん、違うみたいだ。外の電気はついてる」
だが、その呟きに赤い制服の小柄な少女、獅堂光が冷静に指摘する。その落ち着きに釣られたのか、茶色い髪の緑の制服の少女、鳳凰寺風が答えを出そうと言葉を紡ぐ。
「あら、本当ですわね。これは一体・・・もしかして・・・」
「もしかして・・・なに?」
「教えて、風ちゃん」
恐らく、藁をも掴む心境だったのであろう。3人の中で一番落ち着いた彼女ならば何か自分たちの気付かなかった事実に気付いたのかも知れない。
だから、ふたりは彼女の言葉を促した。
出来るだけ気丈に、平穏そのものの笑顔を浮かべた彼女は言葉を継ぐ。
「はい、もしかして・・・この状況が示す事、それは・・・」
風の言葉に不吉な物を感じたのか、光と海は緊張して思わずツバを飲み込んだ。
「今日は休館日なのではないでしょうか?」
のほほんとした口調で繰り出された言葉にふたりは
「あ、あのねーっ!」
「いや、それはないよ風ちゃん、クレフが云っていたじゃないか。元の時間に戻すって。外を見てよ、どう見たって夕方だもの」
「やはり気付いてましたか。少しばかり露骨すぎましたね。導師クレフが間違えた訳ではないはずです。つまり」
「・・・事故って事?」
「恐らくは・・・」
「でも、外の景色におかしい所は見当たらない。日本の首都、東京だよ。だから私達は間違いなく元の世界に戻れたんだと思うけど・・・何か変な気がする」
「そう言えば・・・あっちの方」
海は海岸の方を示して二人の注意を促す。
「あんな高層ビルが一杯建っていたかしら」
「そういえばそうですわね。見学した時に展望台に書かれていた説明では、あっちには汐留停車場の跡地があった筈ですけれど・・・」
「・・・ねえ、東京タワーも何か変わってない? 私はここに入ってきた時、私が生まれる前から建っていた建物だからこんなに古くさいんだわって思ってたの。でも、これはまるで・・・」
「改装したばかりみたいになってますわね。確かに変ですわ」
「どういう事なんだろう?」
そうやって違和感がある景色を見て狼狽えていた三人だったが、ふと上から影が差したのに気付き、思わず仰ぎ見た。
するとそこには、赤いバンダナを頭に巻き、右手を顔の横に当てて硬直した年上の少年が落下して来るではないか。
余りの出来事に周りの動きがスローモーションに感じられるほど<でなければ重力加速度により自由落下している人間の姿を目で追い続ける事など出来るであろうか、イヤ出来ない>である。
驚きの余り声も出せない状態の魔法騎士達は、ゆっくりとしか時間が流れていない間隔の中、その少年のことを凝視した。
するとその少年と風の目が合ってしまった。
彼は必死に空中に留まろうと手足を動かして無駄な努力をしていたが、彼女と目があった瞬間、まるで助けを乞うように右手を彼女に伸ばしてきたのだ。
必死になって生にしがみつく彼の意志は明白である。
ならば、彼女にはそれを救うことの出来る手段があった。
そう、それは魔法の世界、異世界セフィーロで慣れざるを得なかった超自然的な力、魔法である。
その能力はこの世界に戻ってきた瞬間に彼女の中から消滅した筈であった、だがしかし、そんな事を彼女はすっかり忘れていた。
だから、咄嗟に風は、ここがセフィーロではなく地球である事など忘れて叫んでいたのである。
「縛めの風ぇえーっ!!」
するとどうした事か、展望台の外に一陣の風が巻き上がり、落下して行く少年を包み込んだかと思うと激しい勢いで展望台の中に引き込んだ。
当然、分厚い強化硝子が邪魔をしたのだが、彼女の強力な魔法はその強化硝子を粉微塵に砕け散らせて、である。
もちろん、大概の衝撃ならば難なく耐えてしまう強化硝子を突き破ったのは少年の身体であり、もろにその破壊力は少年の身体に突き刺さった。
撒き散らされた硝子の破片の上に倒れ込み、全身に硝子の破片を食い込ませた少年は苦痛の余り、やるせない気持ちを声に出して暴れ出した。
「うっぎゃーっ! 痛て痛て!!」
と喚きながらしばらくの間転げ回っていた。
その余りの様子に、暫し呆然としていた魔法騎士達だが、風は口元に右手のひらを充てるとぽつりと呟いた。
「まあ」
「風っ! 『まあ』、じゃないでしょ、『まあ』じゃ。大怪我してるじゃないのよ、コレ」
「ええ、困りましたわ。でも、あのまま地上に叩き付けられてしまうよりも良かったのではないかと」
目の前の惨状に思わず風に当たり掛けた海であったが、確かに言われればその通りである。
思わず納得してしまった。
「む、それもそうね。確かに日本に戻ってきていきなり飛び降り自殺の現場に現場に出会うなんて思っても見なかったから、動転しちゃったわよ。本当に」
「まったくですわ」
確かに地面に当たってペチャンコになるよりは、全身血まみれの方が生命があるだけマシだろうが、それでもいきなりの状況に動転しまくりであったのか、目の前の惨状から逃避する様にふたりは呟いた。
だが、それでも落ち着いてくるといきなり自殺なんかしようとした目の前の年上の少年に説教という文句でも付けねばやってられない気分になった海は床にゴロゴロと転がり続けるソレを睨み付けて、大声で怒鳴りつけた。
「ちょっと貴方っ!」
海の激しい叱責の声に、年上のバンダナの少年は身体を酷く緊張させて返事を返す。
「ハ、ハイ。何でございましょうか」
海が怒鳴りつけると、その迫力に少年は相手が年下にも関わらず敬語で返事をしてしまった。
ある意味滑稽な情景だが、海は気にせず話を続ける。
「何があったか知らないけど、いきなり東京タワーから飛び降り自殺なんてなに考えてるのよ。ビックリしたじゃないの」
海は柳眉を逆立て、物凄い剣幕で食って掛かった。だが、そのバンダナの少年は相手の言葉が意外だったのか、思わず自分のことを指さしながら相手の言ったことを繰り返してしまった。
「えっ? 飛び降り自殺っ!? オレが?!」
「そうよ、風が魔法でって風っ!? 今あなた、使ってた?!」
それまで興奮していて気付かなかったその事実、魔法の現実世界での行使と言う事実に海は風に確認する。
捲し立てるような海の問いにも風は冷静に、自分のした事を一々確認するように思い出し、ソレが事実であったことを確認した。
「そう言えば、無意識の内にですが使ってましたわ。セフィーロではないですのに」
あの世界での事は彼女達魔法騎士にとって確かな事実ではあったが、この世界に戻ってきた瞬間から魔法力の行使能力と云うそれが、自分たちの手から離れていった能力であることは実感していたのだ。
だから驚いた。この世界で自分たちがまるでセフィーロのように魔法を使ってしまった事実に。
その事に二人が囚われた為、今まで心配の余り意識の中心であったバンダナの少年の事が意識から消えてしまったのも無理はないことなのだ。
だが、光だけはそんな事は些細な事だとばかりに目の前の少年の事を心配し続けていた。そして、目の前の怪我人を放って議論を始めてしまった二人の仲間に向かってこう言った。
「海ちゃん、風ちゃん、今はそんな事を言っている場合じゃない。そこのお兄さん、あなたは大丈夫なのかっ?! 全身から血を流してるけど」
全身血まみれというスプラッターな姿をした少年は、だが、意外と平然とした様子で立っている。
見た目よりも怪我が軽傷なのか、それとも驚異的な回復力を持っているのか。
しかし、肉体的には不死人の様なバンダナの少年であるが、心の方は優しさに飢えていたようで、この自分よりも年下の少女に心配された事で思わず泣きが入ってしまった。
しかし、自分が年上であり、年下の子供に心配をさせたくないという心理が働き、強がって笑いを浮かべる。
「うう、ええ子じゃぁ。おう、大丈夫大丈夫」
バンダナの少年が浮かべた笑い顔は、しかし、全身血塗れという事もあり、気の弱い人ならば一発で気絶間違い無しの壮絶なグロさであった。
もっとも、死線を潜り抜けた彼女にはそれほどの打撃を与えなかったらしく、笑い返されたのだが。
そんな様子にバンダナの少年は安心し、そして現在の状況を確認するため辺りに視線を巡らすと自分が撒き散らかした強化硝子の破片が散乱していた。
強化硝子は割れづらい代わりに、一度割れると小さな破片となり粉々になる性質を持つ。
下手に大きな破片となり、危険な凶器となるよりはマシだが、その小さな断片でも鋭利な刃物である事には変わりなく、特にここは地上からかなりの高さを持つ大展望台だった。
ならば、下にその破片を落としてしまえば、思わぬ怪我人を出してしまう可能性が高い。
出来るだけ早急に片付ける必要があったのだ。
「それよりも、この硝子が危ないな、下に落ちたら危険だし、バレたら弁償じゃ済まないもんな。ちょっとどいててくんねえ?」
彼が割れた硝子の事を話題にすると、魔法騎士達も仕方なかったとは言え自分たちが作ってしまった危険物資の危険を思い出した。
彼を東京タワーに入れる時に割ったガラスの破片は確かに危険な存在である。
もしも目の前の彼が云う様な事になったとしたら・・・その光景を思い浮かべた三人は慌てて割れた破片を拾おうとしゃがみ込んだ。
だが、それを見たバンダナの少年はこう言って三人を止めた。
「あぁ、オレがやるから。少し離れてくんないかな?」
「え? あ、ハイ」
彼女たちが少し離れたのを見た彼は、いつの間にか掌に忍ばせていたビー玉のような玉を握りしめて何やら思い悩んでいるように目を閉じ、眉間に皺を寄せた。
すると何とも不思議な事に、半透明なその玉の内部に『復』と読める漢字が浮かんだのである。
玉の表面に何かを書き込んだのではないし、玉の内側に小型のディスプレイが仕込まれていたわけでもない。実に不思議な光景であった。
しばらくそうしていたバンダナの少年であったが、何がしかのタイミングが合ったのか、その玉を割れた硝子が散乱している辺りへ放り投げた。
すると、その玉が空中で弾けた。
まるで最初から物質ではなかったように、光の粒子になると床に散らばった破片に纏わり付いていったのだ。
そしてその光を纏った破片は物理法則から外れて空中へ浮き、そのまま元の板ガラスへと『復』元して行った。
当然の事ながら、魔法騎士達は驚愕した。
魔法が元もと私達の世界にも存在した!?
セフィーロだけの存在じゃなかったのか、と。
「そんな、今のって魔法っ!?」
「信じられませんわ」
「でも、確かに今のは魔法だよ、セフィーロでしか使えないはずなのに。はっ、もしかして帰れなかったのか? 私達は」
光はその事実に激しく衝撃を受けた。
その過程で意に染まない事になったとは言え、結果として自分たちは元の世界に帰ってきた筈だったのだ。
だが、苦労の挙げ句に送り返されたのが別の世界であった等と言うのは、何の為に彼女たちは戦い抜いたというのか。
その彼女たちの反応を目にしたバンダナの少年はこう聞いて来た。
「君たちは、今ここに出現したって事で間違いないのかな?」
何か含む所があるのだろうか、彼はとても丁寧なしゃべり方で話し始めた。
そんな本来ならば使用出来ないはずの「魔法」を使う存在に、魔法騎士達が警戒してしまったのも仕方がない所である。
先程まで居た異世界セフィーロに於いては、騙された訳ではないにしろ、魔法を使う存在に意に染まない事を『させられた』のだから。
警戒感を隠そうともしない少女達にバンダナの少年は苦笑を漏らすと突然自己紹介を始めた。
「俺の名前は横島忠夫、GS見習いなんだ」
彼はGoastSweeperの部分を強気に、見習いの部分を情けなく口にした。
だが、彼女たちの記憶にはゴーストスイーパーという単語に該当する物は存在しなかった。
「ごーすとすいぃぱぁ?」
「見習いですの?」
「あなたは横島さんて云うのか」
だが、この融合世界に於いても霊力が存在する世界はその数が少なく、ましてや霊媒師をゴーストスイーパーと呼ぶ世界は彼の属した世界以外には存在していなかった。
よって、彼が自分の職業名にGSと名乗ってもそれが理解される事はなかった。
「ああ、っと、つまりゴーストスイーパーって言うのは…悪霊祓いって言うかエクソシストというか、そういう物なんだけど、知らない?」
バンダナの少年、横島がそう言ってきたが、元より彼女たちには聞き覚えのない単語で有った為、極めて簡潔に答える事が出来た。
「「「知りません」」」
そのハッキリとした魔法騎士達の返事により、彼女たちが彼の世界とは違う世界の人間であり、尚かつ時空融合後の世界に暮らしている人間でもない事が理解出来た様だ。
それを聞いた彼は「ふぅむ」と唸ると
「ちなみに今の日本の首相は誰?」
突然の常識クイズに三人は面を喰らった。
自分らが異世界セフィーロに召還される前の事 〜今となっては随分と前の事だった様な気がするが〜 を何とか思い出すと
「確か細川首相だったような」
「違うわよ、羽田首相じゃないの」
「嫌ですわ、村山首相ですわよ」
「ぅそうだっけ、ここの所直ぐに替わってしまうから覚え切らないんだ」
「それは言えてるけどね」
彼女たちが新聞やニュースで得ていた知識を披露していると、横島は彼女たちの知識はまるで見当違いであるとでも云うかの様にこう云った。
「残念ながら、今の日本連合の首相は加治首相さ」
「加治首相?」
「って言うか、日本連合ってどういう事!?」
少なくとも彼女たちの知識の中には「日本連合」だの「加治首相」だのと云う組織も人物も存在していなかった。
だから、彼の云う事が真実ならばこの世界は最初に推理した通り、自分たちがセフィーロに旅立った時間ではない事が確定してしまう。
それ以前に世界自体が彼女たちの居た世界ではないと彼は言っているのだ。
素直に信じるべきか、疑って掛かるべきか、如何に異世界での冒険によって鍛えられた精神にとっても直ぐに判断しきれる物では無かった。
その様子を見て取ったのか横島も今すぐにどうこうしろと指図するわけではなく、取り敢えず落ち着けるようにと次の様に言ってきた。
「それは道々教えるから着いて来て貰えるかな。一応これでも準公務員の立場でさ、君たちみたいな人達を見つけたら保護して貰えるようにしているんだ。だから、もしかしたら君たちの保護者に連絡が取れるかも知れない。今の東京はちょっと事情があって混乱しているから電話じゃ連絡取れないかも知れないし、何だったら上の組織に言って直接連絡を取れるように取り計らって貰えるしな」
横島がそう提案すると三人は顔を突き合わせて相談していたが、直ぐに向き直り了解した。
「で、君たちの名前は何ていうのかな?」
「私、獅堂光(しどうひかる)」
「鳳凰寺風(ほうおうじふう)と申します」
「龍咲海(りゅうざきうみ)よ」
彼女達の名前を聞き、横島は頷いた。
横島のストライクゾーンから外れた年齢であったので、彼の女の子達に対する態度はセクハラの微塵も存在しないお兄さん的な態度である。
とにかく、三人の魔法騎士は横島の後について行く事に決めたのだが、自発的な行動を諦めたわけでもなかった。
「あの、横島さん。家に電話を掛けてみてもいいかな? もしかしたら繋がるかも知れないしね」
未だ時空融合という現象を説明して貰っていない海は、ここが自分たちの世界であり、横島は自分たちの知らなかった業界の人間であると認識していた。
だから、社会が混乱していると聞いても大丈夫なのではないかと思ったのだ。
だが、横島は連絡が付くかどうかという点では絶望視していた。
特に揺り戻しで現れた場合、その人物の世界が現れている確率は非常に低いからだ。
だが、それを否定する必要もないのは事実だ。それにこの世界のことを知って貰うには良い機会だし、もしかしたら本当に繋がるかも知れない。
だから彼は「良いけど、東京タワーから降りてからで良いかな? この展望台から電話を掛けたら管理会社から変に思われちゃうしさ」と言った。
そう言いながら横島は再度文珠を取り出すと下の階段に繋がる扉の前に立った。
残念ながら現在東京タワーは営業を終えており、エレベーターも使えない。
そこで、実際に行ったことのある人は知っているかも知れないが、直接下に繋がる階段が東京タワーにはあり、普通にそこを降りて行けるようになっている。
その扉の鍵を文珠で解錠し、普通のビルの階段のような地味な区画を過ぎると、外が一望できる鉄骨に囲まれた階段の踊り場へと出た。
ハッキリ言って、高所恐怖症の人間には堪った物ではないのだが、わざわざ下を見なければ済むことである。
ただ、既に日が沈み、今日は東京タワーのライトアップがされていない上に街全体が暗い。
その為に足元が暗く、おっかなびっくりとなってしまうのは仕方がない。
後ろで三人がきゃいきゃい言いながら横島が先導して階段を下りてゆくが、その途中で携帯を出すと何処かへと連絡を入れた。
しばらく画面を見ていた横島の後ろから海が歩きながら覗き込んでくる。
「隊長、横島です。東京タワーの大展望台でM関係の女の子三人を保護しましたんで、タクシー呼んで貰えませんか?」
『……』
「えー・・・そう言う言い方だとアレですけど。はい、間違いないっスよ」
『…、………。…』
「ハイ、じゃあ東京タワーのバス停で待機してますんで、よろしくお願いするっス」
ピッとボタンを押すと通話が切れる。
「ねえ、横島さん。今の誰?」
「ん? ああ、オレの上司。…キャリアウーマンの……おねいさんダヨ」
「ふふーん、もしかして横島さんの好きな人とかだったりして」
「何を言うんダイ。二人の子供を持つキャリアウーマンだゾ、そんな恐ろしい事…」
『ふーん、じゃあそのオバサンって結構歳イってるんだ。人の良い横島さんがこんなに怯えてるって事は、かなり怖い人なのかな?』
海は内心で、美智恵に聞こえたら凄い事になりそうな事を考えた。
とはいえ、彼女の頭の中では20代中盤の相手であると認識されていたが、まさか二人の娘の内、長女の年齢が21歳を越えているとは想像の範囲外であったのだが。
もっとも、どのみち10代の人間としては20歳以上の人間はオジさん、オバさんである。
「ふーん、それで何て言ってきたの?」
「取り敢えず、迎えに来てくれるって事だったから。下に着いたら電話してから待ってようか」
「はーい」
と言うわけで、彼女たち一行は東京タワーから続く階段を降りきった。
もっとも、その階段は東京タワーの下にあるビルディングの屋上へと繋がっているので、そこから更にビルの中を歩かなければならなかったが。
そうして彼女たちは東京タワーの下、バス停にあるベンチへと移動し、そこへ腰を落ち着けた。
「あー、ジュースとかいるなら買ってくるけど。どうする」
横島がそう言ってくるが、どことなく金銭に縁遠そうな彼に奢って貰うのは躊躇われたのか、風はやんわりとした言い方であったが、キッパリと断った。
「いえ、そこまでしていただくと悪いですし」
「最近金回りが良くなったから、そうでもないんだけど。まあ良いか」
「ええ、次の機会にでも」
実際、それほど喉が渇いている訳でもなかったのでわざわざ水分を摂る必要も無かったし、第一に知らない人に物を貰ってはいけないという親の教育が行き届いていたのだ。
「あ、横島さん。私あそこの電話ボックスで電話を掛けてくるわね」
海はそう言うと直ぐにでも電話ボックスに駆けていきそうになったのだが、何かを思い出したのか、横島はそれを止める。
「えー、海ちゃん。お金は持ってる?」
「え、あるわよ、それくらい。ホラ、10円玉が…ひと、ふた、み〜、よ〜、いつ、む〜、ななつ。七十円あれば大丈夫でしょ」
「うーん、やっぱりか。ほら、これ使って」
そう言うと横島はポケットから小銭入れを取り出し、そこから数枚の新円の10円玉を取り出した。
海は横島から手渡された見たことのない10円玉に少し興味が沸いたが、取り敢えず家族に連絡を取ることが先だと考え、公衆電話にコインを投入する。
ジーコロジーコロとダイヤルを回すとTelllllTellllllと呼び出し音が流れた。
内心「なんだ、やっぱり通じるじゃない」と考えた海であったが、直ぐに考えを改めるハメになる。
10コール位待つと、受話器を取る音が聞こえた。
『ハイ、こちらバイク用品店「立花オートコーナー」です、どちらさまでしょうか』
自分の知らない相手が電話に出た事に海は当惑した。
未だ、携帯が現在ほど普及していなかった世相の人間である海は基本的に指で番号を覚えていた。だから、携帯に登録した短縮の番号しか覚えていない近頃の人間と違って、今自分が掛けた電話番号に間違いがない自信があったのだ。
だが、当惑によって開いた時間が受話器の向こうの人間に不信感を抱かせた様である。
『…ん? もしかして、隼人かっ!? オレだ、立花 藤兵衛だ。どうしたんだ一体、今まで連絡もしないで。で、本郷は見つかったのか?』
電話の声の主は誰かと勘違いしたのか、突然ヒートアップしてしゃべり掛けてくるが、残念ながら海、立花籐兵衛双方共に待ち侘びていた相手ではなかった。
「あ、あのっ! そちらは竜咲さんのお家じゃぁ…」
『あ、失礼。いや、家は立花オートコーナーと立花レーシングクラブの…』
「そ、それじゃ、何か竜咲の家のことで何か知っていませんか? お父さんとお母さんの事」
『もしかして…お嬢ちゃん、時空融合孤児の?』
「いえ、私、今、そう言うこと分からないんです。ここ、本当に私達の世界じゃ無いんですかっ!?」
『そうか…残念ながら、オレは竜崎という名前に心当たりは無いんだ。今住んでいる所も時空融合以前から…ああ、つまり世界がこんなになる前から住んでいた所なんでな…お嬢ちゃんの名前は? 』
「海、竜咲海です」
『そうか、うみちゃん、この世界には、君の様な境遇の子供たちが沢山いる。その中には無事親に会えた子もいれば、会えない子もいる。だが、希望を捨ててはダメだ。強く生きなければ希望も潰える、君は…一人なのかい?』
「いえ、友達がふたり。一緒にいます。それとゴーストスイーパーのお兄さんが、私達を保護してくれて…」
『そうか、なら友達と一緒に頑張らなくちゃな。このどんな敵が現れるかも知れない物騒な世界になっちまったが、大丈夫、俺たちには仮面ライダーが付いている。どんな強力な敵が現れても俺たちを守ってくれるさ。だから自分をしっかり持って生きて行くんだぞ』
「仮面…ライダー?」
『おう、正義の味方だ。頑張るんだよ、うみちゃん』
「はい…それじゃあ失礼します」
『じゃあな』
ガチャリ
重たい音を立てて受話器が置かれる。
「海ちゃん、どうだったんだ?」
「その様子ですと、やはり…」
「うん、お家に繋がらなかった。お父さんもお母さんも、本当にいないみたい…」
海のその言葉を聞いて近くで待っていた光と風も肩を落とした。
今まで、無理矢理召還されてセフィーロという世界で冒険を繰り広げてきた三人であったが、この現実世界での出来事にかなりのショックを受けてしまった。
いつか帰れる、使命を果たせば帰れる、何かをすれば役割が終わり元の世界へ帰れる、そう言った類の物ではないのだ。
これはいつまでも続く災難なのだから。
どんな災害も一過すれば復興の槌の音が響く、そう言った物ではないのだ。
しっかりした人間であるとは言え、未だ中学生の身である彼女達に、その事実は重くのし掛かってきた。
辛い現実に打ちのめされた三人はトボトボとした足取りで横島の座っているベンチへ歩いてきた。
「どうだった? 海ちゃん」
無神経にも見える調子で横島が訊いてくるが、海は力なく頭を振るだけだった。
「そっか…。ホラ、これでも飲みな。缶コーヒー・オリジナルブレンドだけど」
「…頂きます」
「ありがとう」
「頂戴します」
缶コーヒーを受け取った三人は暗い気持ちでそれに口を付けた。
ミルク分控えめのそれは苦々しく感じられた。
三人の中では最も普通の女の子に近い感性の海が落ち込んでいる為、どことなく口を開きがたい雰囲気が漂っていたが、そんな空気を嫌ったのか、横島が「俺もさ・・・」と、出来るだけ陽気な雰囲気で三人に語りかけた。
「親とはぐれてね。俺の親達は外国へ赴任していたからなぁ…。でもまぁ、美神さんが、あっと俺の雇い主ね、その人がまだゴーストスイーパーって云う奴が全然有名じゃなくて仕事も無かったから収入もなかった頃にさ、ぶつくさ言いながら食事とか用意してくれたんだ。そのお陰で食いっぱぐれることはなかったし。それに美神さんの他にもおキヌちゃんやシロやタマモって云う仲間がいたから。俺みたいなヤツでも何とかなったんだ。だから、君たちも大丈夫だと思うよ」
普段からこういった事をまじめに語ると言った事が少ないのか、照れ笑いを浮かべながら赤面している横島を見て3人は『ああ、この人は優しい人なんだな』と感じた様だ。
彼の場合、いつものおちゃらけた態度の中に隠されているので、セフィーロの王子フェリオの様なツンデレとはまた違った、分かりにくい優しさであったが。
そう言った態度に元の世界に居るはずの「兄」を感じたのか、光はゴロニャンとばかりに懐いた。
それに対する横島も気さくなお兄さんが近所の女の子にするように打算のない態度で光の話を聞いていた。
「だから、私のお父さんはとっても剣道が強いんだ。私もああいう風になりたいと常々思っている」
「そうかぁ、俺もなぁ除霊作業で霊剣を使う事もあるから分かるけど、剣って意外と間合いが近くて本気の相手が攻撃してくるとすごく怖いんだよなぁ」
「確かに、木刀ですらない竹刀でも達人の人が本気で気迫を込めると私なんか思わず後退ってしまうんだ。話を聞くとそんな人でも相手が本気になると怖いって思うって言ってた。道場で習う剣道のままでは実際に戦う時に役に立たないかも知れない・・・。けど、普段から鍛練を積む事はいざと云う時に確実に自分を守ってくれるって信じているんだ」
「そうだなぁ。俺はどちらかというと現場だけで憶えてきた方だから、除霊作業みたいな変則上等な戦いだったら結構使えるんだけど。きちんと剣術を習ってきた奴を相手にするとコロッと負けちまう事があるんだよなぁ。西城の野郎とか、小龍姫様とか」
「ふ〜ん。やはりそうか。けど、横島さんはそれに抵抗出来ないのか?」
「むー、まあ何とか・・・道場剣術じゃあり得ないトリッキーな動きで翻弄すれば。基本的にはそうだなあ、蝶の様に舞い、蜂の様に刺す、そしてゴキブリの様に逃げるってのが俺のやり方かな」
「ゴキブリ・・・」
「まあ、きちんと修行した相手からは軽蔑される様なやり方しか出来ない、情けない奴なんだけどな。なはは」
「でも・・・」
「うん?」
「それで今まで無事に来たんだろう? 相手に攻撃して、倒したつもりで慢心して返り討ちにあったって事は無かったはずだ。横島さんは」
「ああ〜っと、うん、本当に自分が倒せたのか疑問やからなあ。相手が倒れたらすぐに離れてからビクビクしながら確認するかな」
「ならば、残心がしっかりしているって事だから、すごい事だよ」
「あ、あはは。そうかな? お世辞でも嬉しいぞ」
そう言いながら横島は光の頭を撫でた。
「えへへ」
横島に頭を撫でられて照れている光を珍しい目で見ていた海と風だったが、道の方からエンジン音が聞こえてきた事に気付いた。
異常に静まりかえったこの東京で、その音は異様に響いたのだ。
ふたりが注目していると光と横島も気付いたのか、そちらの方を向く。
やってきたのは国産高級車の胴の長いタイプである。
「あれがお迎えですの? 横島さん」
「いや、俺もあんなのに乗った知り合いはいないんだけど」
風の疑問に横島も答えるが、正直な所彼は知らなかったらしく疑問に頭を捻っている。
だが、その助手席のドアが開いて網タイツの長い足が伸びて出てくると横島は思わず目を見開き「おおっ」と声を出して驚いていた。
途端に冷たい目で横島を見て、微妙に距離を取る魔法騎士達。
「横島クン、待たせたわね。で、彼女達がそうなの?」
颯爽とクルマから降りた女性はキラキラとした瞳で三人を見た。
きちんとパーマネントにセットされた髪は亜麻色の色合いと共に華やかな雰囲気を醸しだし、タイトな制服はその身体の魅力を完全に引き出していた。
通常の3割り増しである。
元々霊能一族として生計を立ててきた美神家の家訓には「初対面の相手はハッタリでも圧倒すべし」と云う物があり、彼女個人の行動パターンにもキッチリと組み込まれているのだ。
現に光と海は、自分では圧倒的に敵わない女性的魅力を溢れさせた目の前の横島の知り合いの女性に精神的に圧されていた。
風だけは感情を感じさせない微笑みを湛えて冷静に相手を観察していたが。
クルマから降りた女性と横島、魔法騎士達の反応は兎も角として、横島はその女性に答えた。
「はい隊長」
「隊長?」
今まで一緒にいた横島のその態度と少し異なる行動に違和感を感じた海は思わずそう聞き返していた。
「ああ、昔この人の下で魔神との戦いをしたことがあったのさ」
一瞬、様々な事柄が浮かんでは消えたのだろう、感慨深い声で横島は苦笑した。
「だから、その時の癖で隊長って呼んじまうんだよな」
「へー、魔神と…」
魔神という単語に何かを感じたのか海はそう呟くが、自分から焦点が逸れたことが不満だったのか隊長と呼ばれた女性は咳払いをして自己紹介を始めた。
「初めまして皆さん。私はオカルトGメンの責任者の美神美智恵と言います」
その不敵な笑顔は頼もしい反面何かしらの意図が感じられた。
東京タワーのある芝浦公園から東京都庁のある新宿までの道すがら、美智恵は現在の日本に起こっていることを掻い摘んで説明した。
リムジンの客席側、向かい合った座席の先頭側に座った美智恵はキリリと引き締まった顔をしてホワイトボードとフリップを座席の真ん中にちょこんとあるミニテーブルにセットした。
「では説明します」
余談だが、この時、富士山麓のとある組織の女性科学者がピクリと反応したかどうかは未確認である。恐らく反応したと思うが。
「この絵を見て貰える? 何処か変な所があったら言ってみて頂戴」
因みにリムジンのサスペンションは正常に動作している為、机に置かれた写真を見ても気分が悪くなる事はない。
「えーと、どれどれ」
海が目を凝らして写真を見てみる。
「あっ、海ちゃん、オーストラリアの真ん中に湖があるよ。確かここは砂漠だったはず」
「あ、私も気付いていたのにぃ」
光の指摘に悔しがる海だったが、更にその脇から風が口を出した。
「そう言えば、ここも、ホラ、南米大陸の真ん中辺りのアマゾンが大分切り開かれてますわ。こんな酷い環境破壊が行われているなんて」
風は許し難いとばかりにアマゾン流域の赤茶けた部分に指を突きつける。
「あ〜ん、そこも気付いてたのにぃ、また先を越されたぁ」
「そう言えば、その代わりにヨーロッパの方が大分緑色になっている。これって森林、と云うより樹海みたいだ」
「うう゛う゛〜」
「そうですわね、ある意味釣り合いが取れている様な・・・もしかしてこの世界の歴史では産業革命はインカ帝国で行われた、とか」
「そうなのか? 風ちゃん」
「いえ、ただ単に、横島さんの言う通りにここが私達の世界と違う世界ならって思っただけで、単なる想像ですわ」
「・・・もしかして二人して私の事いぢめてる?」
妙に拗ねている海が恨めしそうな声でそう言うが、ふたりは何の事かも気付かずに返事をする。
「いいえ? 海さんにそんな事はしませんわ」
「私はそんな事しないよ。海ちゃんを苛めるだなんて」
「…つまり、天然だってワケか」
ひとつ溜息をつきながら海は思うところをを述べた。
「天然て何が?」
「このお写真の事でしょうか? 天然素材だとか」
「そうなのかぁ」
海のセリフに更なるボケが帰って来てしまい、海は頭を抱えた。
「あのねぇ」
「はい、それでは今あなたたちが指摘した点を説明してみましょうか」
次から次へと会話が続いていってしまいそうな事を感じた美智恵は、そう言って自分に注目を集めた。
「この絵で目に着く変化としては大まかに分けて地形、自然的な変化と文明とその開発による物に大別できるわね」
そしてフリップの一角を示した、最初に指摘されたオーストラリア大陸である。
「まず地形自然的な変化としてこのオーストラリア大陸に出現した巨大な湖ね。元々オーストラリアは周囲を海に囲まれているのに、海から蒸発した水分がほとんど避けて通るという変わった気象条件を持っているのだけれど、今現在のオーストラリア大陸には比較的豊富な降水量が観測されているわ。その為、この日本列島がすっぽりと入ってしまうような広大な湖も水位が保たれている。何故出現したかは、後で説明するわね」
続けて今度はヨーロッパ半島の辺りを指し示し、その周囲を赤線で大雑把に囲った。
「ヨーロッパが緑の森に覆われているというのは正解、でも、私達の世界でも昔のヨーロッパは深く広い樹海に覆われていたのよ、現代に於いてはそうでもなかったけどね。さて、何故でしょう」
今度は自分で考えるようにと、学校の先生風に質問を投げかけてみた。
「それは開拓と燃料、でしょうか。ヨーロッパの文明の発達と共に森林は姿を消していったと学校で習いましたが」
そこで答えたのが、風だった。
簡潔な答えに及第点を与えたらしく、それに加えて、と文化のバックボーンたる宗教や精神面から、どうしてそこまで進んだのかを解説しだした。
「そうね。私の専門はオカルトに関係する物なんだけど、その視点から見るとキリスト教が入ったことによって、ヨーロッパ人が元々信仰していたヨーロッパ版の神道と言っても良いゲルマン人やケルト人達の持っていた原始習俗が崩壊したことによって母なる森に対する畏敬がなくなったというのも大きいわね。それはともかく、人類の文明の発達には開発という自然破壊が付き物だわ。けど、文明の発達と自然破壊の速度が一致しない文化を持つ民族がいたら、話は別だと云う証明みたいな物ね。この地域に広がる国は、私達の文明を遙かに凌駕する高度な文明を持っている、って言ったら信じられるかしら」
「私達の文明って、現代は文化は色々あるけど、文明はヨーロッパ発祥の物しかないんじゃないのか?」
美智恵の言葉に疑問を覚えた光が美智恵に聞き返す。
「そうね。そこがミソなんだけど、私達ホモ・サピエンスは世界中に広がっていく過程でホモ・サピエンス以外の人類を追い落として行った。考古学での最新の報告ではつい最近までジャワ原人の子孫が生存していたらしいけど、私達は人間以外の人類と会話した事はなかった。この世界になるまでは、ね」
「この世界、ですか」
その如何にも意味深な言葉に風は反応する。
「ええ、続いて説明してしまうと、アマゾンには人類は存在していないと考えられています。何故なら、ここに存在している文明は人間を必要としていない、と言うか目の敵にしているロボット達のゾーンだからです」
「目の敵って」
「そのロボット達の目的は人類の抹殺、対話の余地はなく、非常に自動的な論理的思考を持つ殺人ロボットの集団よ」
「殺人ロボット…」
「ええ、それからアフリカ大陸には金属生命体のゾイドと、それを駆る人間達のゾイド連邦があるし、アメリカ大陸にもインビットという異星の…」
「ちょっ、ちょっと待ってよっ! 頭が混乱しちゃうわ」
次から次へと自分たちのいた地球ではあり得ない存在を告げられて三人は混乱した。
少しでも自分の頭の中を整理しようと海が美智恵の言葉を遮る。
「この世界ってそんなのが本当にいるのぉ?」
「ええ、とっても困ってるし、ある意味高揚感もあるけどね」
「でも、それってどう考えてもおかしいですわ、あ、別に高揚感がどうのじゃなくてですけれど…ちょっと質問しても良いですか?」
「ええ、どうぞ」
「私達がセフィーロから戻ってきてから少しですけど、色々知りました。でも、この日本は私達の知る日本ととても良く似た国です。でも、オーストラリア大陸には湖があり、ヨーロッパには樹海を維持する高度な文明があり、アマゾンには自然破壊をしなから人類に敵対するロボットの集団があるとの事。アフリカには金属生命体のゾイド…ですか、そしてアメリカにはインビットという異星人。例え違う歴史を辿ったのとしても、いえ、そんな違う要素があると言うこと自体、ここが異世界なのだという証拠なのです。そんな世界に私達の住んでいた日本とそっくりな文明が存在することはあり得ない筈ですわ」
「ええ、正にその通り。こういう世界に存在する日本列島が私達の日本になることはあり得ないわね、今まで言ってきた物、それらは全て異物なのだもの。私達も含めてね」
「それって…どういう事なんだ? 教えて欲しい」
「今日の日付は『新世紀2年7月2日』、あの異変、時空融合現象が起こってから丸1年と3ヶ月。あの日、世界が壊れたわ。バラバラに引き裂かれて粉々になった世界はその断片が集まって今の世界が出来上がったって訳ね。今言った物は全部、別の世界からこの世界に来た物なの。そしてこの日本は更に凄いことになっているわ」
「世界が壊れちゃったって、どうしてそんな事に?」
「原因は分からないわ、未だにね。それで、日本なんだけど他の国が大陸単位や国家単位でこの世界に集められたって言うのに、日本だけは本当にバラバラ、国家単位よりも更に細かく、市町村であれば大きな方、一軒毎異なる世界って地域もあるし、同じ家に住む家族が全員バラバラの世界出身という悲劇的な事例も知られている位。少なくても1000、多ければ一億を越えていても不思議じゃないわね」
そのすさまじい状況にさしもの魔法騎士も絶句せざるを得なかった。
「だから、もしも知り合いがこの世界にいるのなら、その人はとってもラッキーな境遇にあると言えるわね」
「そうなんだ。じゃあ、今この世界に現れた私達の知り合いは、この世界にいない?」
「残念だけど、その可能性は非常に高いわね。もちろん八方手を尽くして私達も探すのを手伝いますけど。最初に地域毎出現した人たちなら兎も角、正直言って揺り戻しで現れた個人のケースだと。覚悟して貰う必要があると思うのよ」
「だとしたら、私達はこれからの生活の事を考えなければなりませんわね」
非常にあっさりと風はそう言い切った。
あまりにもあっけらかんとした拘りの無さに海と光までも一瞬絶句する。
「ちょっ、ちょっと風」
「風ちゃんはご両親のことが心配じゃないのか?」
「いいえまさか」
光の言葉にも風はニッコリと笑って自分の真意を説明した。
「だって、私は家族に愛されて育てられてきましたわ。ですから、私は自分のことがとても大事です。だって、私が無事に生きて行けると言うことは家族の願いに適うことですもの。それに、この過酷な世界に私の家族がいないと言うことは私の家族は元の世界で幸せに暮らしていられていると言うことを意味しますし。確かに、私が家族に会えないのはとても残念ですし、家族が私のことを心配しているかと思うと心が張り裂けそうです。それでも、誰かが犠牲になるよりはずっとマシですもの」
「風」
「風ちゃん…」
「ですから、私の考えは決まっていますわ」
「分かった、風ちゃん。私もクヨクヨするのを止める」
「そうね。そういう風に言われると、この世界に来てしまったのが家族の中で私だけって却ってラッキーだったのかも。ありがとう、風」
「いいえ、ただ単に私の考えを述べただけですから」
魔法騎士達の覚悟が決められた頃、リムジンは新宿副都心にある都庁へと到着した。
さて、新宿新都庁の地下駐車場の一角にあるエレベーターから地下の秘密施設、GS世界で魔神アシュタロスとの戦いで活躍したオカルトGメンの保有する最大の心霊研究施設に五人は入っていった。
ここで魔法騎士達は美智恵の元で情報収集を行った。
本来ならば時空融合孤児の可能性のある揺り戻しによって現れた未成年者は地区の民生委員によって保護されるのだが、魔法関係者と云うことで神秘学関係の美智恵の元にて保護されている。
美智恵としても彼女達の身元を調査しておきたいという事や何かがあった為、急遽各方面に連絡を取って保護者の情報等から電話連絡や住所への出現を確認して貰うも、彼女達の家族が現れたという証拠は見つからなかった。
それが午後8時頃の事である。
「それじゃ、私達の両親はこの世界にはいないって事なんですか…」
「ええ、残念だけど、あなたたちの言う住所や電話番号、両親の名前、会社、その他のパーソナル情報を住民基本台帳で検索してみましたが。まだ、調査自体は行われてます、けど、取り敢えず今夜はここで休んでいなさいな。それに、異世界から帰ってきたばかりで疲れたでしょうし。食事にしましょう、久し振りに日本の料理も悪くないでしょう?」
食事と聞いた途端、『ぐぅうううう』と豪快に腹の虫が鳴いた。
『誰だろう』と内心焦った魔法騎士達だったが。
「あ、すんません」
ヘラヘラとした声でそう言ったのは一緒に待っていた横島だった。
彼もここで一緒に待機していて、その間、備え付けの珈琲を啜ってはいたがそれではとうてい足りる物ではなかった。
「もう、仕方ないわね。一緒に食べて行きなさい横島クン」
「ゴチになります隊長」
と、この晩の食事は3人にとっても印象深い物になった。
この後、横島は自分のアパートに引き上げて行き、美智恵に案内された個室に三人は泊まる事になった。
だが、この晩の出来事はこれからが本番だったのだ。