川崎市での事件も落ち着き、警戒を解いたGGGでは獅子王博士が今回の時空震の再検証を行っていた。
既に深夜になっていたが、研究室の中は新たなデーター取りとその分析に大わらわであった。
現在、総合科学技術会議に参加している鷲羽・F・小林博士が提唱し実践的な時空ノ法術を確立した水原誠博士らが賛同する、時空融合現象の主理論となっている「平行時間線論」の立証には実践的なデーターが必要であったからだ。
後に時空融合を解除する時や局地的な時空の歪みによる障害を取り除く際にも実際のデーター取りは必要不可欠だからだ。
現在日本各地にアメダスと似たような計器が配置されつつあった。
それはGGGや日本各地の研究所とネットワークを組んでおり、時空震最多発地帯たるこの日本での異常を少しでも見逃すことのない様に24時間体制で全ての記録を収集し、コンピューターによる統計と人間による解析が続けられているのだ。
だが、そのデーターを眺めていた獅子王博士は少しばかりヘンな事に気が付いた。
「スワンくん、ちょっと」
「ハイ? ナんですか?」
博士はグラフの一部を指差した。
「時空震が発生してから各地の観測データーなんじゃが、西関東の測定ポイントはここだけかの?」
「チョと待って下さぁイ」
スワンは胸から小型のPDAを取り出すと情報の検索を行った。
ムーっと顔を顰めていたがようやく満足のいった結果が出たらしく、ウィンクしながら報告した。
「Dr.獅子王。確かに、西関東、埼玉・群馬県の測定ポイントは少ないデース。ですが、その周辺には・・・秩父、小鹿野町、・・・後は少し北になりますガ、早乙女研究所のある浅間山に観測ポイントがありますネ」
「ふぅーむ。そうか、スマンなスワンくん」
「No.プロブレム、これがワタクシのシゴトで〜す! トコロでDr.獅子王? 何か異常なデーターでもあったノデスか?」
「いや、ちょっとな。・・・奥秩父の方で小規模な時空震のエコーのような物が有るのじゃが・・・他の観測ポイントで捉えられていないのであればノイズか何かじゃろうて」
「フムン? ログを追ってみまショーか?」
博士は少し考えたが他にも色々と気になる事象があった為それを断った。
そしてそれがどの様な結果になるか、この時点ではまだ分からない。
奥秩父山中。
全高6メートル程の格闘戦を想定し製造された赤い人型兵器が1機とそれを取り囲むように機動戦を重視した足のない異様な形状の6機の半人型兵器が着地し辺りの警戒を行っていた。
彼らは本日の昼頃、テツジンとマジンが出現する少し前に虚空から突然出現していた。
目的である座標に間違いなかった筈なのだが、辺りの雰囲気が異なっていることに気が付いた彼らは警戒を怠らずに布陣を組んでいたのだ。
暫くすると赤い人型兵器、夜天光と呼ばれるそれは胸にある狭いコクピットを開き中の人物を解放した。
狭苦しいコクピットから顔を覗かせた男の雰囲気は、闇。
まるで彼らの昔の名称「木星蜥蜴」と呼ばれていた事を証明するかのように、爬虫類のような一種異様な雰囲気をまとわりつかせていたのだ。
彼は銀色の装甲服のようなパイロットスーツに身を包んだまま夜天光から地面に足を着けた。
夜空を見上げた彼のその目、左目は義眼であり一種独特の雰囲気を出していた。
彼の認識では初夏であるべき奥秩父、幾ら山奥と言えど凍えるようなこの冷気は明らかに異常であった。
−−ボゾンジャンプの失敗? 出現時期を見誤ったのか? 「火星の後継者」の頭脳たるヤマサキ・ヨシオ博士は自信満々に遺跡の生体翻訳機テンカワ・ユリカの制御に成功していたと語っていたが。
「隊長・・・」
先程まで半人型の機動兵器「六連」にて無線などの情報を収集していた彼の部下、北辰六人衆の一人が音もなく忍び寄っていた。
「何か掴めたか」
「ハ、音声情報、画像情報共に二〇〇年前の規格が使用されていた為解析に手間取りましたが・・・、情報の大半は元の世界と関連を示す物はありませんでした。しかし、川崎の地にてジンシリーズの襲撃があり、それを撃退したのが・・・例の娘のようだと」
「ふっ・・・。よくよく縁が有るものよな。電子の妖精、地球の亡者達が造り上げたる金色の瞳を持つ人形よ。くくくく」
「如何致しましょう」
「貴様らは川崎へ飛べ、かの人形の足取りを掴むのだ・・・」
「はは」
隊長呼ばれた男、北辰の命令が下ると彼の配下、通称北辰六人衆は人里を遠く離れた全くの無人地帯であったが、搭乗していた機体をそのまま放置する事もなく、破壊活動用の機動兵器に木々のカムフラージュを施し、銀色のパイロットスーツからまるで時代劇のような顔を隠す編み笠とマントと言う格好に着替え闇夜に散っていった。
職務質問間違いなしの怪しい風体であったが暗殺をその生業としている彼らは、細かい事を一切気にしていないらしい。
部下がその姿を消すと、北辰はひとり冬空の下に佇んでいた。
「くくく、人の業、どの世にあっても消せぬか」
そう独り言ちていると、突然背後に何者かの気配が出現した。
「!! 何奴っ!!」
北辰が主に暗殺の際に用いる小刀を構えると闇の中から女が現れた。
この人里離れた場所に女とは。しかも見た目は少女と言っても良いような年頃である。
だが、その身に纏った雰囲気がそれを裏切っていた。
北辰はその少女に対しての認識を正しく働かせられない事に気付いた。
職業柄「人」の気配については異常に敏感な彼がここまで近付けてしまうというのは尋常ではなかった。
しかし、彼はある意味間違っていなかったし、また間違った認識もしていた。
「おやおや、こんな所に人間がいるとはねぇ。意外って感じぃ? どの道、私らのテリトリーに入ったからには生かしちゃ帰さないけど? 誰かに喋られたら困るしぃ?」
季節感を完全に裏切る薄着の少女は妙に疑問符の多い口調で喋りながら北辰に近付いてきた。
北辰も常人ならば優に気絶してしまう程の殺気を浴びせているのだが、少女は一向に気にした風もない。
「あはは?! 何その気合い?! くすぐったいじゃないのさ、フフフハハハハハッッ」
少女は北辰の必殺の気合いを受けてそれを鼻で笑った。
「貴様は何者だ・・・」
「フフフ、可愛いねぇオジサン? 食べちゃいたい位さ! ビッグイーター!!」
彼女は吊り上がった目を更につり上げ壮絶な笑みを浮かべながら右手を差し出した。
北辰は冷静に個人用のディストーションフィールド発生装置のスイッチを入れると小刀を構えた。
しかし、彼女の攻撃は北辰の想像を超えていた。
彼女がその名を呼ぶと右手の平の先から全長一メートルほどの顔に口しかない蛇のような物が飛び出してきたのだ。
「木連式抜刀術−「斬」!!」
目にも止まらぬ速さで北辰の腕が走った。
北辰は冷静にそのバケモノを切り捨てると少女に向き直った。
「怪しげな奴め・・・貴様、何者だ。見たままの者ではないな」
「クフフフ、アタシの眷属を倒すなんて、まぁ人間にしちゃあなかなかやるじゃん? て感じぃ?」
その少女の顔には最早邪悪としか呼べないような表情が張り付いていた。
「まぁ、冥土の土産に教えて上げる。アタシの名前はメデューサ。じゃあねバイバイ、オジン」
メデューサと名乗った少女はケケケケと笑い声を上げた。
その隙を突いて北辰はクナイを投げつけるがメデューサはフンと笑って髪の毛の先で叩き落とした。
そのバケモノじみた能力に北辰は、嗤った。
「フハハハハハハッ!! この醜いバケモノめが」
「なんだってぇっ!! このピチピチしたアタシに向かって! 死ね、ジジイ!!」
北辰の言葉にちょっと檄吼したメデューサは立て続けにビッグイーターなる物の怪をけしかけた。
しかし、それすら北辰は斬り裂いた。
その北辰の実力にメデューサは少し彼の事を見直したようだが、余裕の笑みを捨ててはいない。
「フム、こんな物か? 女 」
「フハハハハ。何意気がってんのよ、オジサン勝ってると思ってるとか? バカじゃん?! アハハハ! 後ろを見な!!」
メデューサが後ろを指差すとそこに異様な気配が生まれた。
息を呑みつつ一瞬で後ろを見た北辰の目に先程切り捨てたはずのビッグイーターが倍の数となって空中に浮かびながら彼を襲おうと渦巻いていた。
「なんだ・・・これは」
流石に唖然とした北辰に隙有りと見てそいつらは一斉に飛び掛かっていった。
北辰は狂気にも似た気迫にてそれらを切り捨てていったが、その内の一匹が遺跡文明の粋を凝らした個人用のディストーションフィールドの事など存在し無い様にすり抜け北辰の左腕に噛み付いた。
「グオォオオ! 何だ小奴は・・・何っ!? 」
北辰が左腕に噛み付いたそれを振り払おうと腕を振ろうとした瞬間、噛まれた腕が石に変化し始めた。しかもその顎はシッカリと肉に食い込んでおり外れようがなかった。
「グォオアアアアアッ!! 離れろぉぉおおお!!!」
流石に恐慌状態に陥った北辰であったが、このままでは左腕だけでは済まないと咄嗟に判断し自らの左腕を付け根から切り落とした。
痛みに顔を引き攣らせ、脂汗を流していたが、北辰はそれでも嗤っていた。
「クックックッ、この世にこの様な存在があるとは、なかなか面白いワ。残念だがここは退かせて貰おう」
「ハハハ、何言ってるのさ。逃げられると思ってるのかい? アンタはここで死ぬんだよ!!」
「フ・・・・・・跳躍!」
北辰の言葉と同時にディストーションフィールドの輝きが高まった。
「フハハハハハハ! メデューサとやら、また会おうっ! ハハハハハハハ!」
その高笑いが収まらぬ内に北辰の姿は消え去った。
「何だって!? あいつ、何のチカラも持っていなかった癖に! くそぉ!!」
確実に仕留められる自信があったにも関わらずまんまと獲物に逃げられた事実に、メデューサは自駄を踏んで悔しがった。
「あいつ、絶対に殺す! 何処まで逃げても逃がしやしないからね!!」
ギリギリと歯を食いしばった彼女は傍らに落ちていた血の滴り落ちる北辰の左腕を掴むと、悔しさをぶつけるようにそれに喰らいついた。
メデューサは口の周りを血だらけにしながら尚、嗤った。
「あ、意外と美味しいじゃん。次は生き肝を喰らってやる、待ってな、ククククク、ハハハハハハハハ、ハァッハッハッハッハッハ!!」